第294話 どうするムドーラ商会
リュカーラサ達妖精族を救出してから、数日が経過した。
はっきり言って現地に行くまでの移動時間の方が長かったけど……振り返ってみるとあの移動時間はバンガゴンガの為に敢えて時間をかけたのだろう。
友人が辛い目にあわされているかもしれないのに、何もせずに準備が整うのを待つだけというのは……バンガゴンガでも耐えきれない程辛かっただろうからね。
流石はイルミットである。
さてさて、そんな感じで俺達は既にエインヘリアへと帰還しているのだけど、最近イルミットが非常に忙しそうにしているのがとても気になる。
なんでも予定を前倒しにした分、処理しないといけないことが山のようにあるのだとか……そんなにスケジュールがきついのであれば元の予定のまま進めれば?と思い尋ねてみたのだが、折角俺が打った手を最大限活用出来ないのは名折れだとかなんとか……全く理解が追い付かない。
いや、俺が打った手ってのは……多分今回妖精族を助けた事だと思うんだけど……それがどういう作用を起こし、結果何が起きるのか……さっぱり分からん。
でもまぁ、イルミットがめっちゃ上機嫌に仕事をしている感じだったから、問題はないのだろう。
まぁ、後は仕上げを御覧じろってことだね。
何がどうなるか分からんけど……いきなり商協連盟が属国になる……とかはないよね?
そんなことを考えていると、扉がノックされる。
「……フェルズ様、バンガゴンガ殿です」
「もうそんな時間か。分かった、入れてくれ」
リーンフェリアが訪問者を確認して教えてくれたので、入室の許可を出してから俺は応接用のソファへと移動する。
「失礼する」
「し、失礼しまする!」
バンガゴンガに続いて入って来た女性は、がっちがちに緊張しているようだ。しまするって……。
「よく来てくれた、リュカーラサ。もう体調は大丈夫か?」
「は、はい!もう問題ありません!」
明らかに距離感のおかしい声量で、リュカーラサが返事をする。
そんなに叫ばなくても聞こえてるよ?
「そうか、バンガゴンガも一安心といったところだな」
「あぁ。フェルズ……毎度のことながら、本当に感謝する。借りばかり作って、一生かかっても恩を返しきれないかもしれないが……少しでも恩を返せるように全力を尽くしたいと思う」
「あ、わ、私も!バン君……バンガゴンガと共に、恩返しをさせて下さい!」
「くくっ……そんなに気にするな。何度も言っただろう?俺は友人として出来ることをやっただけだし、王として自らの民を救うのは当然の責務だ。その二つが偶々重なっただけということ、個人的な恩義を感じる必要はない」
「「……」」
俺の言葉にバンガゴンガは困ったような、リュカーラサは驚いたような表情を浮かべる。
「とりあえず二人とも座ってくれ。立たれていては落ち着いて話も出来ないからな」
俺が肩を竦めながら言うと、二人は俺の向かい側のソファへと座る。
リュカーラサは恐る恐るといった感じだったけど……大丈夫かな?
まぁ……逆の立場だったら、俺はもっとがちがちになっていただろうし、気持ちはよく分かる。
「今日来てもらったのは、今回の件で色々判明したことがあるからそれを伝えようと思ってな。面白くない話だとは思うが、リュカーラサは当事者の代表として聞いてくれ」
「は、はい!」
若干声をひっくり返しながら返事をするリュカーラサに、隣に座るバンガゴンガが苦笑すると、そんなバンガゴンガの様子に気付いたらしいリュカーラサが、バンガゴンガを横目で物凄く睨みつけている。
緊張している割に視野は中々広いみたいだ……この様子ならすぐに慣れそうだな。
俺がそんな風に考えていると、部屋にいたメイドの子が俺達の前にお茶を並べ、その横に資料を置いてくれる。
「簡単に資料に纏めさせたが……リュカーラサ、字は読めるか?」
「えっと……」
目を泳がせながらも申し訳無さそうな顔を浮かべるリュカーラサ。
うん、これはこっちが配慮すべきだったな。
「いや、すまない。集落では必要なかっただろうし当然だな。ふむ……もし興味があるなら、バンガゴンガに習うと良いだろう」
「バン君は読めるの!?」
「あぁ」
物凄く驚いた表情で隣にいるバンガゴンガに詰め寄ったリュカーラサだったが、事も無げに頷くバンガゴンガに今度はショックを受けた様に身を引く。
「知識はあって損をすることはない。それにバンガゴンガも、元々読み書きは出来なかったよな?」
「あぁ。エインヘリアに来てから勉強させて貰った」
「勉強……?」
「あぁ、文字を教えてもらって、書けるようになって……後は慣れるためにひたすら練習だな。本を読んだり日記を書いたり……半年くらいで何とか書類も処理できるようになったな」
文字習い始めてたった半年で公的書類の処理を出来るようになったバンガゴンガさん、マジ優秀。
「えっと……それって教えて貰ったり……」
「あぁ、勿論構わない。任せてくれ」
「ありがとう!バン君!」
仲睦まじいなぁ。
嬉しそうに笑みを浮かべるリュカーラサと穏やかに凶悪な笑みを浮かべるバンガゴンガ……美女と野獣感が半端ないけど、不思議ととてもお似合いな感じでもある。
しかし……話を振ったのは俺だけど、目の前で二人の世界を作られると非常にいたたまれない。
でもまぁ、これがオスカーだったらぶん殴りたくなるけど、バンガゴンガだとそんな気持ちにならないから不思議だ。
寧ろなんか微笑ましい……。
そんな俺の視線に気づいたのか、バンガゴンガが軽く咳払いをしてから俺に頭を下げる。
「すまない、フェルズ」
「いや、話を振ったのは俺だからな。まぁ、仲が良さそうで何よりだ」
「あ、あはは」
何とも言えな微妙な表情をするバンガゴンガと、若干顔を赤くしながら照れ笑いをするリュカーラサ。
「二人の話も聞きたい所だが……今はこちらを先に済ませてしまおう。この資料に書かれているのは、大きく三つ。一つはリュカーラサや妖精族、そして多くの人族を違法奴隷として売り捌いていたムドーラ商会、そしてその傘下にある犯罪組織について。二つ目は妖精族を弱体化させる首輪について。最後に港街に集められた妖精族が何処に送られる予定だったかについてだ」
「「……」」
俺が資料の概要を話すと二人の表情が一気に引き締まる。
「まずはムドーラ商会について。この商会は紡績業を表向きの顔として営んでいるが、裏では人身売買や違法な薬の売買、密輸、地上げ、詐欺、暗殺請負……まぁ、凡そ犯罪と名のつくことを一手に引き受けている商会だな。下にはいくつもの犯罪組織があって、依頼をアウトソーシングしているようだが……まぁ、碌でもない奴等だ」
わざわざ表向きの顔として紡績業とか謳う意味がないくらい真っ黒だし、それを隠そうともしていない辺り、商協連盟の闇が透けて見える。
「そんな商会でありながら、会長は商協連盟において議決権を有する執行役員の一人だ。まぁ、人が人である限り、食いっぱぐれない職種ではあるからな。表に出せない後ろ暗い部分を一手に引き受ければ、権力者の後ろ暗い情報の一つや二つ握っているだろうし、表の権力を保有していても不思議ではない」
ムドーラ商会と接触するだけで、後ろ暗い事がありますよと言っているようなものだけど……暴力こそ最大の力なのは、どの世界でも真理だからな。
「まぁ、そんなムドーラ商会だが、今回の襲撃によって違法奴隷売買部門は壊滅的なダメージを受けた……だけには留まらない。うちの国民に手を出したんだ、ムドーラ商会は相応の対価を払ってもらう。既に見習いだけじゃなく外交官が数人動いているからな……少なくとも、二度とムドーラ商会は馬鹿な真似は出来なくなる」
「……フェルズ、それだけ巨大な組織を潰せば一時の混乱の後、後釜が生まれるんじゃないか?」
「まぁ、ムドーラ商会をただ潰しただけならそうなるだろうな。こいつらがそれだけ力を持っていたのは、商協連盟において奴らの存在が必要だったからだ。それを綺麗さっぱり失くしてしまえば、当然同じような奴等が湧いて出て来るだろう」
どれだけ犯罪者を捕まえて罰しようとも、罪を犯すものは次から次へと出て来る。
一人一人の犯罪者は捕まってしまえば大体終わりだが、社会全体から見ればいたちごっこもいいところだろう。
「えっと……結局、そういう奴等は根本的には潰せないってことですか?」
「そうだな。ムドーラ商会という頭を潰しても、犯罪という体から別の頭が生えて来るということだ。ならば話は簡単だ。犯罪そのものを俺達が握れば良い」
「それは……エインヘリアが犯罪組織を裏で操るってことか?」
「そういうことだ。あぁ、勘違いしないでくれ。俺達が率先して罪を犯すって話じゃない。犯罪組織が一番警戒するのは国家権力だが、一番恐れるのは自分達よりも力のある犯罪組織だ。何故なら法に縛られた国家権力と違って、犯罪組織は何をして来るか分からないからな」
まぁ、現代日本と違って、この世界の国家権力は最初から殺る気満々で犯罪者を追いかけるから、一概にそうとも言えないけどね。
ただ、物凄く鼻薬が効くんだよね……この世界の国家権力は。
エインヘリアには効かんけど……。
まぁ、エインヘリアに組み込んだばかりの頃は賄賂を受け取っちゃう連中もいたけど……かなり厳しく取り締まっているし、二度受け取れば首だ。因みに悪質な物だったら物理的に首になる。
我が国の刑罰ながら中々恐ろしいものがあるけど、取り調べはしっかりと行っているし出来る限り罪の基準も曖昧にはしていないので、真面目にやっていれば問題はない。
それはさて置き、俺達が管理するというのは、裏を管理する官憲みたいなものとしてムドーラ商会という入れ物を使うという事だ。
当然中身は総入れ替えだけどね……。
「犯罪組織を見張る犯罪組織にするってことか?」
「そういうことだ。ムドーラ商会は手広くやっているからな、商協連盟全域を見張ることが出来るぞ?因みに構成員は、外交官見習いの新人たちが務めるそうだ。犯罪組織の皮を被った諜報機関だな」
「そりゃ、実質潰しているようなもんじゃねぇか?」
「ムドーラ商会という名前は残してやるんだ。恐らく未来永劫残るぞ?実に誉れ高い話じゃないか」
俺がそう言って肩を竦めると、バンガゴンガは呆れた様なため息をついた後苦笑する。
「とりあえず、ムドーラ商会については以上だ。次にあの首輪だが、あれには装着者の魔力を吸い上げる力がある。妖精族は人族に比べて生命活動の多くを魔力に依存しているらしい。その魔力を強引に吸い上げることで衰弱させるのがあの首輪の効果だ。それと、これはまだ確証がある訳ではないのだが……あの首輪によって自身の魔力を空にされた後に首輪を外すことで、その人物を人為的に狂化させられるかもしれない」
「なんだと!?」
バンガゴンガの叫び声が部屋の中にこだました。
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