第293話 幼馴染



View of リュカーラサ ハーピー集落のエルフ






 ゴトゴトと優しくない振動を感じながら、私は自分の意識が浮上してくるのを感じた。


 それを自覚した瞬間、一気に覚醒した意識は飛び跳ねる様に体へと命令を下し……あっさりと却下される。


「っ!?」


「リュカ!目が覚めたか?」


 勢いよく体を起こそうとしたけど全く力が入らず、傍から見れば身じろぎした程度の動きだったと思うけど、そんな私の動きを察知した誰かが声をかけて来る。


 っていうかリュカって……随分となれなれしい呼び方じゃない。


「……」


 私は訝し気な視線を声の主に向ける……なんだろう?この……凄まじい巨体の……そこはかとなくゴブリン風な大男は。


「リュカ、これを飲め。ポーションという薬だ、これを飲めば体力がある程度は戻る」


 そう言って私の事を抱き起そうとする大男……ってちょっと待ちなさいよ!


 そんな怪しい薬飲むわけないし!そもそも誰に断って私に触れているのよ!


 私は大男の腕から逃れようと体を捻ろうとしたけど、やはり体は言う事を聞いてくれない。


 意識を失う前よりはマシだけど……まだ体力は全然戻っていないみたいだ。


「……どうした?大丈夫か?リュカ」


 だからなんでそんな呼び方……。


 抱き起されるのは、抗えないから仕方ないにしても……薬だけは絶対に飲まないように私は口を固く結ぶ。


「バンガゴンガ、焦るな。お前の気持ちは分かるが、その娘は気を失う直前まで捕えられていたのだ。現状について何も把握していない状態で、いきなり差し出された物を口にする訳ないだろう?それに……恐らくお前の事も誰か分かっていない様だしな」


 少し離れた位置で尊大な態度で座っている男が大男にそんな言葉をかける。


「……そ、そうだな。すまん、リュカ。俺達はカリオーテさんからハーピーが襲撃されたことを聞いて助けに来た。あの建物にいたゴブリン、ハーピー、スプリガン、エルフは救出して……今は移動中だ。今のところは追手もいないようだし、ひとまず安心してくれて大丈夫だ」


 大男がそう言った瞬間、私は気を失う直前の事を思い出す。


 限界を超えて、殆ど体を動かすことが出来ず倒れ伏した私の周りで騒ぐ男達……突然聞こえた雄たけび、何かが倒れる音……そして大男に抱きかかえられ……そうだ、確か私の村の子達ももう大丈夫って……。


「それと、この薬は他の捕まっていた者達も飲んでいる。彼らはもう自分達で歩けるくらいに回復して、今は別の馬車で移動中だ。不安な様なら誰かに来てもらうが……」


 この大男が私を助けてくれたのは間違いない……あの状況で私を騙す必要なんて一切ないし、何より、この人からはどことなくお人好しな空気を感じる。


 少し困ったような表情を浮かべながらそういう大男の顔に、なんとなく既視感のようなものを感じながら、私は何とか首を横に振ってから小さく口を開ける。


 恥ずかしいことこの上ないけど……自分で体を起こす事も出来ないし、薬の入った瓶を持ち上げることも出来そうにない。


 ほっとした様な表情を浮かべた大男は、私の口元に瓶を持ってきてゆっくりと飲ませてくれる。


 何とか薬を飲み込むことが出来た直後……倦怠感に包まれていた体が一気に軽くなった。


「うそ……」


 飲んだ瞬間、効き目が?


 効果が凄すぎて気持ち悪いんだけど……。


「どうだ?リュカ?」


「え、えぇ。まだ体は重いけど、もう支えて貰わなくても大丈夫……です」


 私は支えてくれていた大男の腕から自分の力で体を起こす。


 そして体の向きを変えて大男へと正面から向き直った。


「助けて下さりありがとうございます」


「あぁ、気にしないでくれ。それと、集落の者達も助けることが出来たから安心して欲しい」


「それは……私が探していた?」


「あぁ。全員の無事が確認出来た。今はまだ護送中だが、安心して貰って良い」


 やはり気を失う直前に聞いた言葉は聞き間違いではなかったようだ。


「そう……ですか。本当にありがとうございます」


「……俺に礼は必要ないぞ?礼は他の奴に言ってくれ。俺は……どちらかというと一緒に礼を言わなきゃいけない立場だ」


「それはどういう……?」


 私が首をかしげると、大男は苦笑しながら口を開く。


「あー、忘れているかもしれないが、リュカ……いや、リュカーラサ。俺はバンガゴンガ。随分と昔の話だが、以前ゴブリンの隠れ里で暫く過ごしたことがあっただろ?その村にいたバンガゴンガだ」


「……?」


 ゴブリンの村の……バンガゴンガ?


 私は目の前の大男の顔をマジマジと見る。


 その名前は勿論憶えている……私の大切な友人の名前だ。


 ……面影は全く無いような……いやでも、その困ったような苦笑顔は見覚えがある様な……本当にそうなの?


「……バン君?」


「お、おぉ。覚えててくれたか」


 私が名前を呼ぶと大男……バン君が破顔する。


「え、ええええええええええええ!?本当にバン君!?おっきくなり過ぎじゃない!?」


 バン君と最後にあったのは十年以上も前の話、あの時はお互い子供だったし……バン君はゴブリンの中でもあまり大きな方ではなかったと思う。


 それが……何がどうなったらこんな大男に……。


「あぁ、何か知らんが……でかくなったんだ。まぁ、親父の後を継いで村長になったからな。魔物の襲撃も良くあったし、でかい体は役に立ったよ」


「なんか知らんがって……ゴブリンにしては規格外過ぎるんじゃ……。って、え?もしかして、ロンガドンガおじさんは……」


「あぁ、結構前に魔物の襲撃でな。まぁ、気にしないでくれ、長としての役目を果たして満足そうに逝ったからな」


 そう言ってバン君は穏やかな笑みを浮かべる。


 その姿からは、本当におじさんは満足して逝くことが出来たんだと感じ取れる。


「それにしても……リュカも……随分変わったな?」


「あ、うん。なんか……お母さんの方に寄ったみたい?あはは、道理で中々飛べない訳だよねー」


「ん。そ、そうか」


 自分から言いだした話なのにバツが悪そうにしているバン君の顔は……子供の頃からあまり変わっていない。


 あぁ……だからさっき既視感を覚えたのね。


 体は物凄く大きくなっているけど、その表情や……優しさはあの頃と変わっていないみたいだ。


「ふふっ……」


「……なんだ?」


「なんでもない……こともないかな?えっと、バン君が助けてくれたのは分かったんだけど……まだ分からないことだらけだから色々聞きたいんだけど、いいかな?」


「あぁ。勿論、構わない」


 バン君が頷くと同時に、少し離れた位置から私達の事を見ていた人族の男が立ち上がる。


「バンガゴンガ。馬車のせいで腰が痛くなって来た。俺は暫く外を歩くから、リュカーラサに色々説明してやるといい」


「あぁ……すまないな」


「くくっ……仲良くな」


 何故か皮肉気に笑いながら男は馬車から出ていく。


 その後ろ姿を、やはりバン君は気まずそうにしながら見送っていた。






View of フェルズ 空気を読むタイプの覇王






 バンガゴンガとリュカーラサを残して俺は馬車の外に出る。


 積もる話もあるだろうしな、俺がいない方が話しやすいだろう。


 まぁ、リュカーラサの方はあまり俺の事を気にしていなかったようにも見えたが……バンガゴンガはあまり見られたくはないだろうしな。


 俺は気を使える覇王だからな。因みに、女心も理解するタイプだ。


 多分リュカーラサ的にも俺がいない方が良い筈。


「フェルズ様?どうかされたのですか?」


 馬車の外を歩いていたリーンフェリアが俺に気付き、声をかけて来た。


 流石にバンガゴンガ達に譲ったというのは……リーンフェリアは怒りそうだし、適当に誤魔化すか。


「……馬車に乗っているより歩いた方が楽でな」


 これは結構本音だ。


 いや、地面のでこぼこをもろに食らう馬車は、はっきりいってきつすぎる。


 なんかこう……いい感じに衝撃を吸収する機構が欲しい。


 サスペンションとか言ったっけ?なんかそういう感じの奴……鉄道を作るなら、そういうのもいるのか?プ〇レールにはついていなかった気もするけど……線路を走るんだから要らないのか?


 少なくともでこぼこはあまりしていないだろうけど……線路のつなぎ目とかで衝撃とかはありそうだな……あったほうがいいのかもしれん。


 ただタイヤ転がせるようになるだけじゃダメそうだな……。


 ん?鉄道は……タイヤとは言わんのか?なんだっけ?車輪?


「然様でしたか。ですが、目的地までは数日はかかりますし……馬車で休まれている方が良いかと思いますが」


「……休める気がしないな」


 俺がそう言って肩を竦めると、リーンフェリアが珍しく苦笑する。


「私もあまり得意ではないのでお気持ちは分かりますが……ところでバンガゴンガ殿の御友人は目覚められたのですか?」


「あぁ、丁度今しがたな。今はバンガゴンガが状況説明をしている」


「なるほど……だから、フェルズ様は外に出てこられたのですね?」


「……違うぞ?」


 なんか……一瞬でバレたんだが……?


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