第292話 三発
View of バンガゴンガ エインヘリアゴブリン代表 対外妖精族担当
「バンガゴンガ!英雄を見つけた!もう自由に動いていいぞ!」
部屋の中でナイフを振り回す若い人族を殴りつけていると、部屋の外からフェルズの声が聞こえて来た。
「すまん!助かる!」
最後とばかりに、少し離れた位置で顔を引き攣らせていた人族の男に椅子を投げつけ気絶させた俺は、フェルズに礼を言ってから駆けだす。
ウルル殿の話では、地下にいる妖精族は檻に入れられており、更に首輪をつけられているという。
そしてどういう仕組みか分からないが、その首輪によって衰弱させられているという話だった。
リュカーラサは集落ではずば抜けて力があって、山の魔物相手でも一人で軽々と倒してしまう程だったというが……その首輪のせいで殆ど身動きすら出来ない状態らしい。
俺は手近な扉を次々と開け放ちながら、廊下の奥にある階段を目指す。
どの部屋にもリュカーラサの姿は無く、閉じこもって震える人族が数人いただけだった。
これだけ派手に暴れているにもかかわらず、部屋に閉じこもって震える事しか出来ないような奴等だ。捨ておいても問題はない。
最後の扉を蹴破り、部屋の中に誰もいないことを確認した俺は階段を一気に駆け上る。
二階も一階とほぼ同じ造り……まっすぐ伸びた廊下の先に数人の男、そしてその足元に倒れ伏す女の姿が見えた。
うつぶせに倒れている為、顔は見えない。
幼い頃の記憶にある姿かたちとは、全く違う。
だが……何故か分かった。
彼女がリュカーラサだ!
「早く立てや!クソエルフ!てめぇを檻に入れねぇと俺らが殺されちまうんだよ!」
そう言って傍に立っていた男が、倒れているリュカーラサに手を伸ばそうとして……。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
自分でも驚くような速度で飛び出した俺は、一瞬で男達との間合いを詰め……驚いたような顔でこちらを見る男の顔面に拳を叩き込む!
「は?」
二人目は間の抜けた声を呆けた様に上げた男。
胸ぐらをつかみ上げ、一気に引き寄せながら頭突きを入れてから投げ捨てる。
「……」
そして最後、倒れているリュカーラサに手を伸ばそうとしていながらも、今は状況が理解出来ず呆けている男の髪を掴み、下を向かせ……思いっきり膝を叩き込む!
時間にして五秒足らず……倒れ伏した男達からはうめき声すら聞こえないが、もはやこんな奴等の事はどうでもいい!
「リュカ!」
俺は名前を呼びつつピクリとも動かないリュカーラサを抱き上げる!
「……」
俺が抱き上げると、どうやら意識はあったようで殺気の籠った視線を向けられたが、とりあえず命に別状は無さそうだ。
「リュカ!もう大丈夫だ!お前も、地下に捕まっている奴等も……それからお前の村のハーピー達も!」
俺の腕の中で浅く呼吸を繰り返し体を弛緩させていながらも、敵意に満ちた視線を俺に向けていたリュカーラサだったが、俺の言葉に反応して僅かに目を見開く。
「……」
何かを喋ろうとしているのか、口元が僅かに動くのだが、息の漏れるような音しか聞こえて来ず何を言いたいのか分からない。
「首輪の効果か……!外してやりたいが、すまん!もう少し我慢してくれ!適当に外してもいい代物なのかまだ分かんねぇんだ。出来るだけ早く外せるようにするから、しんどいだろうが頑張ってくれ!」
俺がそういうと、微妙に動かしていた口元を緩め、本当に小さくだがリュカーラサは頷いた。
まだ、安心出来てはいないだろうが、少なくとも俺が敵でないことは信じてくれたようだ。
俺はリュカーラサに負担がかからない様にゆっくり立ち上がる。
さて、これからどうした物か……。
二階には人の気配が感じられず、どうやら俺が倒した三人以外には誰もいない様だ。
恐らく階下では、フェルズと敵英雄が激しくやり合っている筈……身動きの取れないリュカーラサを連れて一階に下りるのは危険か?
いや、フェルズ達が本気で戦ったら、多少離れていようと関係ないかも知れんが……だとするなら、入口を固めているリーンフェリア殿の傍にいる方が安全か?
窓……は見当たらないが、壁をぶち抜いて外に飛び出したほうが安全かもしれないが、ここは二階。
俺はともかく、完全に脱力しているリュカーラサには、抱きかかえているとはいえ少々危険だろう。
フェルズ達が敵英雄に負けることは考えられないし、他の者達にしても一階で暴れているフェルズを無視して二階に上がって来るとは考えにくい。
仮に立ち向かうことが出来なかったとしても、一階の出入り口が塞がれている以上、逃げ道は件の地下道しかない……逃げ場のない二階に上がってくるような奴は……まぁ、相当テンパっている奴だけだろう。
リュカーラサを何処かの部屋に寝かせておけば、俺の両手は空くが……なんとなく、ここに在る寝具にリュカーラサを寝かせたくない。
いや、しんどそうなリュカーラサを見るに寝かせた方が良いのだろうが……本人もそれを嫌がりそうな気がする……。
そんなことを考えていると、階段のきしむ音が聞こえてきた。
誰かが二階に上がって来る……。
その足音からは慌てている様子は一切感じられず、ただ二階に上がろうとしているだけといった気楽ささえ伺える。
恐らくその様子からこちらの味方であろうことは予想出来るのだが、それでもリュカーラサを抱えたまま無防備に立っている訳にはいかない。
俺は急ぎ開けっ放しになっている扉に身を滑り込ませようとしたのだが、それよりも一瞬早く、二階に上がって来た人物に声をかけられた。
「バンガゴンガ、一階の制圧は完了したぞ」
聞こえて来た声に俺はほっと胸をなでおろし、階段の方へと歩きながら返事をする。
「……流石だな、フェルズ」
とても大陸中で謳われている、英雄という規格外の存在を倒してきたとは思えないような気軽さで、エインヘリアの王が階下から顔を出す。
「大したことはない。それと、地下に逃げた者も全部ウルルが対処した。港の方からの援軍も無し……それと、ハーピー達が乗せられている馬車の方だが、そちらも無事制圧完了だ」
「……そうか」
作戦開始から三十分どころか、十五分もかかっていないだろう。
それなのに敵の拠点も十数人の護衛がついている馬車も……そして恐らく、各地で同時に襲撃をした他の拠点も……全て制圧。
ため息しか出ないな……。
「バンガゴンガ。安心しているようだが、まだ作戦は途中だぞ?捕まっていた者達を、安全な場所まで逃がすところまでが策だからな。急ぎ、街外れに用意してある馬車まで皆を移動させねばならん」
「すまねぇ、確かにその通りだ。だが、フェルズ……この首輪のせいで恐らく地下で捕らえられている者達もまともに動けないはずだ」
俺はリュカーラサの首に嵌められている首輪を顎で示す。
「あぁ、首輪についてだが、ウルルが地下で管理用のメモを発見してな。首輪はすぐに外しても問題ない。だが、元の力が戻るまでには早くても数時間はかかるみたいだ」
「っ!そうか……とりあえず、リュカーラサの首輪は外していいんだな?」
「あぁ、大丈夫だ。ウルルが地下にいる妖精族の首輪を既に外して、問題ない事も確認出来ている」
フェルズの話を聞き、俺はリュカーラサを床へと置いて首輪を取ってやろうとしたのだが、いつの間にか俺の腕の中でリュカーラサが気絶していた。
気絶している奴を床に降ろすのもな……。
「……フェルズ、すまないが、彼女の首輪をとってやってくれないか?気を失っているようだ」
「……分かった。少し頭を持ち上げるぞ?」
フェルズが丁寧な手つきでリュカーラサの頭を持ち上げ、首輪の後ろを弄る。
次の瞬間、パキっと何かが割れるような音がして、リュカーラサの首から首輪がするりと外れた。
「首輪が無ければ歩くくらいは何とかなるみたいだ。リュカーラサのように気を失っている者は無理だな。目が覚めたらポーションを使ってやれ。それでかなり状態はマシになるようだ」
「分かった」
ポーションか……さっきリュカーラサの意識があるうちに飲ませるべきだったか。
よく見れば、リュカーラサは何カ所か怪我をしているようにも見える……俺は随分と冷静ではなかったようだな。
それに引き換え、フェルズは英雄と戦いながらも、ウルル殿や他の場所の状況もしっかり把握していた……分かり切っていたことだが、やはり器が違うな。
目の前の事すら見えていない俺と、目の届かない位置まで把握し指揮を執るフェルズ。
比べられる筈もないか……そんな風に自嘲していると、フェルズが外した首輪を観察しながら歩き出したので、出来る限りリュカーラサを揺らさないようにしながら俺も階段を降りる。
その途中で複数の気配が地下から上がって来るのを感じた。
どうやらウルル殿が解放した妖精族達もこちらに合流できたみたいだな。
地下から上がって来た者達は怪我こそ無いものの頬はこけ、明らかに健康的とは言い難い状態のようだ。
いや、怪我が無いのはウルル殿がポーションを使ったからかも知れないな……よく見ると服に血がついている者の方が多い。
だが、気を失う前のリュカーラサに比べればかなり状態はマシなようだ。しっかりと歩けているようだし、これならば街はずれまで何とか移動出来るだろう。
何人かが俺の方を見て驚いたような表情を見せたが、俺の腕に抱かれているリュカーラサの姿を見て安心したような表情に変わる。
「バンガゴンガ、ゴブリンであるお前が説明してやった方が彼等も安心出来るだろう。あまりのんびりしてはいられない、手短に着いて来るように言ってくれ」
「了解だ」
俺は、入口へ向かうフェルズに返事をしてから、一階へと上がって来た者達の方へと向き直る。
「俺はバンガゴンガ。エインヘリアに所属するゴブリンだ」
俺が名乗ると小さくエインヘリア?とか、ゴブリン?という訝し気な声が聞こえて来る。
いや、エインヘリアはともかくゴブリンであることに首を傾げられるのは……まぁ、仕方ないかもしれないが……そこは受け入れてもらうより他ない。
「商協連盟において、妖精族が不当に略取されているという話を聞いて助けに来た。色々聞きたい事はあるだろうし、体力的にもしんどいとは思うが、今は急いでここから移動しなくてはならない。馬車を用意してあるから、そこまで何とか着いて来て欲しい」
「……」
「突然現れて、助けるからついてこいと言われても信じられない気持ちは分かる。だが、この場に残ってもロクな事にならないのは分かっているだろう?」
「……バンガゴンガ殿。我々は貴殿等を疑っている訳ではない。ただ、絶望の淵にいたところを突然救ってもらった故、まだ現実感がないのだ」
先頭にいたエルフの男がそういうと、後ろの者達も同意するように頷く。
「地下で貰ったあの不思議な薬のおかげで、歩いてついていくことくらいは出来そうだ。厚かましい願いなのは重々承知しているが……どうか助けて欲しい」
「あぁ、任せろ。必ず助け出してやる」
気丈に俺に話しかけてはいるが、いまだ目の奥に恐怖を残しているエルフの男に俺は力強く頷く。
威勢のいいことを言ったが、フェルズ達任せなのは情けない限りだな。
内心そんな風に苦笑しつつ、俺は皆を安心させるように笑みを浮かべて見せた。
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