第291話 これは〇〇の分!



 爆散した扉の残骸を踏み越えて、俺は建物へと足を踏み入れた。


「リーンフェリア、出入口は任せる。入って来るものは中に入れて構わんが、誰一人として外には出すな」


「畏まりました」


「バンガゴンガ。ウルルの話では地下にリュカーラサが見当たらないとのことだ。恐らく別の場所に連れていかれたのだろうが、この建物の外に連れ出された様子はない。英雄の所在が分かり次第、お前はリュカーラサの捜索に向かえ」


「あぁ」


 すぐにでもリュカーラサを探しに行きたいだろうけど、あと少しだけ我慢して欲しい……。


 ウルルがリュカーラサを確保出来なかったのは痛恨の極みだけど……これだけ爆音を鳴らしたんだ。この状況でリュカーラサに危害を加えるような暇はない筈だ。


「これだけ派手にノックをしたのだ。余程腰抜けじゃない限り、英雄の方から出てくる筈だ。それまで我慢してくれ」


「……すまん」


 申し訳なさそうに謝るバンガゴンガに肩を竦めて見せながら、廊下を進もうとすると、入り口の脇で呆けていた少年が我を取り戻したように騒ぎ始めた。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと、あんた何してんだ!?」


「……ノックだが?」


「そんな破壊力のあるノックがあってたまるかよ!?」


 客と名乗った時とは打って変わった様子だが、まぁ、元々敬語も使えていなかったのだから素が出ているだけだろう。


「奥まで聞こえるように力を込めただけだ。さて、それよりもお前は少しそこから離れていた方がいいだろう。ここで何が行われているか、知らないのだろう?」


 俺が見下ろしながらそう言うと、少年は少したじろいだ様だったが歯を食いしばりながら俺の事を睨み返す。


「だ、ダメだ!俺は見張りをしているんだ!あんたはさっき客と言ったが……」


「職務に忠実なのは美徳だが……ここはお前が忠義を尽くすに値する場所ではないぞ?」


「な、何を言ってやがる……」


「……リーンフェリア。ついでだ、その少年にここで何が行われているのか教えてやれ。どうやら出迎えが来たようだからな」


 建物の奥から叫び声が聞こえて来る……さて、ゴミ掃除の時間だな。


 俺は腰に佩いている覇王剣ヴェルディアではなく、廊下に立てかけてあった箒を手に取る。


 入り口にいた少年はともかく、この建物内にいる奴等がここで行われている事を知らない筈はない。


 当然慈悲はない……慈悲はないけど……覇王剣でずんばらりんとやるのはちょっと抵抗がある。


 まぁ、流石に英雄相手に箒で攻撃しても箒が折れるだけだろうけど、下っ端AとかBとか相手なら十分伝説の武器並みの働きをしてくれる筈だ。


 そんなことを考えていると、近くのドアが勢いよく開け放たれ、人相の悪い男が剣を振りかぶりながら飛び出してきた。


 早速箒の出番だと思い箒を構えようとしたのだが……それよりも一瞬早く、俺の傍にいたバンガゴンガが飛び出し、その丸太のような剛腕で男を吹き飛ばした。


 ピンボールのような勢いで吹っ飛んで行った男は、廊下の突き当りの壁に叩きつけられてようやく動きを止める。


 滅茶苦茶痛そう……。


 でも、今まで我慢に我慢を重ねて来たバンガゴンガが、遂に怒りを吐き出すことが出来る時が来たのだ、英雄が顔を出すまでは俺は後ろに控えておくか。


「バンガゴンガ、とりあえずこのフロアから手あたり次第調べていくぞ。英雄以外は全部任せていいな?」


「おう!」


 勢いよく返事をしながら、バンガゴンガは更にもう一人廊下に出て来た男を……今度はかなり貧相な男だったが……先程の男と同じように殴りつけ壁際まで吹き飛ばす。


 パワフルだね……。


 続けざまに部屋に飛び込み、中にいた三人の男をあっという間に殴り飛ばすバンガゴンガ……その姿は、まさに千切っては投げ千切っては投げといった様子だ。


 知ってるか……?今お前達を紙きれのように扱っているその男……ゴブリンなんだぜ?


 およそ、世間のゴブリン像からかけ離れた暴れっぷりを見せるバンガゴンガ。


 元々バンガゴンガは隠れ里で魔物相手に村を守るため戦っていたのだから、けして弱くはなかったのだろうけど……今はエインヘリア式訓練のおかげでそこらのチンピラ程度じゃ、たとえ武器を持っていても何の障害にもならないようだ。


 そんな、凶悪としか言いようのない表情を見せながら暴れまわるバンガゴンガを見ていると、廊下の先にある階段から一人の男が姿を現すのが見えた。


 短い金髪に無精ひげ……粗末なチュニックから飛び出した筋骨隆々と言った腕にガントレットを装備。身長はあまり高くはないが、全身これ筋肉といった姿は実際の身長よりも一回り程大きく見える。


 ガントレットを除き防具の類を一切つけていないその男こそ、ウルルから教えてもらっているムドーラ商会に所属する英雄、オーレルだ。


「あー、外れだ。男かよ……くっそつまんねぇ!!」


 階段を降りながらそんなことを叫ぶオーレル。


 なんだこいつ……?


 今の台詞……女の人がよかったってことかだよな?見た目や雰囲気は戦闘大好きって感じだけど……『至天』のエリアス君みたいなバトルジャンキーって訳でもないのか……というか、エリアス君と違ってなんか下種っぽい。


 まぁ、こんな商売してるような奴に雇われているんだから、普通にこいつも下種野郎だろうね。


「ん?……なんだよ、女もいるじゃねぇか!おーしおしおし、ちょっとやる気が出て来たぜぇ?頼むから俺を楽しませてくれよ?あんま雑魚だと、勃つもんも勃たねぇからよぉ?」


 何言ってんだコイツ?


 いや、多分出入口の所にいるリーンフェリアの事を見て言っているのだろうけど……きもちわる。


「顔は……なんかよく分かんねぇな。まぁ、でも気が強そうな雰囲気だし、いいじゃねぇかいいじゃねぇか!久しぶりに……うまそうだ!」


 もはや間にいる俺には視線も向けず、リーンフェリアの事だけを見ながら随分とでかい独り言を続けるオーレル。


 とりあえず、こいつをリーンフェリアの傍まで行かせるのは非常に面白くない。


 完全に俺を無視して横を通り過ぎようとしていたオーレルの行く手を遮るように、俺は箒を翳す。


「あ?クソが、死ねよ」


 行く手を遮られたオーレルは、それでも俺の方を見ることなくおもむろに裏拳を放ち、当然俺はそれを軽く躱す。


「あ?」


 適当に放ったとはいえ、自分の攻撃が躱されるとは思っていなかったのだろう。


 オーレルが至近距離でまじまじと俺の方を見る。


「ちっ……お前が女だったら最高だったのによぉ。男は役に立たねぇから、とりあえず死んどけや!」


 ほぼ真横にいた俺に一歩踏み込みつつ、今度は左ストレートを放って来るオーレルに対し、俺は持っていた箒で迎撃しようとして……流石に箒が折れそうだったので左足で前蹴りを放つ。


 オーレルが踏み込んで来ていたこともあり、カウンターで入った俺の前蹴りによってすぐ傍のドアを突き破ってオーレルはぶっ飛んで行く。


 よし、リーンフェリアの方に行くのを阻みつつ、バンガゴンガのいる方からも引き離せられたな。


「バンガゴンガ!英雄を見つけた!もう自由に動いていいぞ!」


「すまん!助かる!」


 オーレルを叩き込んだ部屋とは別の部屋からバンガゴンガが飛び出してきて、俺に短く礼を言ってから走り去る。


 こんな時でも礼儀正しい奴だな……そんな事を想いつつ、俺は箒を捨ててからオーレルを追って部屋の中へと入る。


「ごはっ……げほっ……て、てめぇ、何もんだ!?」


 ドアを突き破り、更に壁際まで吹っ飛んでいたらしいオーレルが、忌々し気な視線を俺に向けながら誰何してくる。


「ただの覇王だ」


「はぁ!?いかれてやがんのか!?」


 顔出しNGなりにちゃんと答えた方なんだが……まぁ、別にお前がどう受け止めようがどうでもいいけど。


「まぁいい、そのふざけたつらごとぶっ殺してやる」


 ふざけた面って……俺は仮面を被っているからどんな顔か分からんやろうに……いや、もしかしたら、こいつには仮面じゃなくって別の何かが見えているのだろうか?


 俺にはリーンフェリアもバンガゴンガも、普通に仮面を被っているようにしか見えていなかったけど……他の人からみたらどういう風に見えているのか調べて無かったな……。


 うん、今度ちゃんと調べておこう。


 そんなことを心のメモ帳に書き留めつつ、俺は片手を突き出し指を四本立てる。


「四発だ」


「あ?」


「四発で終わらせてやろう」


「……」


 ちょっと言ってみたかった台詞と、一度はやってみたかっ事をせっかくの機会なので実行することにした。


 というのも、扉をノックした時はかなりイラついていたのだけど、ここまで全力で我慢していたバンガゴンガが、ついに我慢を止めたのを見て……つい先日反省したばかりの事を思い出したのだ。


 そういうわけで、怒りを露にしながらコイツを叩き伏せるのではなく、これ以上ないくらいふざけた態度で、おちょくるように叩きのめそうと思う。


「くはははっ!……クソが!運よく一撃入れられたからって、調子に乗ってんじゃねぇ!だが気に入った!てめぇは男だが、ぐちゃぐちゃにしてやったら最高に楽しいだろうなぁ!」


 そんなことを叫びながら距離を詰め、その勢いのまま先程よりも鋭い左ストレートを放って来るオーレル。


 コイツはもしかしてサウスポーなんだろうか?


 そんなことを考えつつ、俺は相手の一撃に割り込むように右ストレートを放ちつつ叫ぶ!


「これはお前達に略取されている妖精族の分!」


 相手の左ストレートに対してこちらは右ストレート……大砲の打ち合いは圧倒的に速度に勝っている俺に軍配があがる。


 タイミング的には完全に後出しの俺の一撃が、オーレルの顔面を打ち抜く!


 凄いなフェルズ……相手の攻撃を目で見てから攻撃をしたのにカウンターが間に合うって……。


 まぁ、それはさて置き……追撃を入れないとな!


 今回の一撃では、先程のように相手は吹き飛んではいない。


 次は左フックだ!


 右こぶしを引きながら腰を捻り、巻き込むように左フックを相手に叩き……込もうとした瞬間、糸の切れた人形のようにオーレルが崩れ落ちた。


 ……あれ?


 思いっきり左フックを構えた格好のまま俺は固まる。


 崩れ落ちたオーレルは完全に白目をむいて気絶している。後鼻が潰れてまっ平になっている……多分鼻の骨が粉々になったのだろう。


 ……えぇ?まだ一発目なんですけどぉ?


 これからリュカーラサの分、バンガゴンガの分、そして気持ち悪い視線を向けられたリーンフェリアの分!って叫びながら殴るつもりだったんだけど?


 最後の一発はコークスクリューブローをねじ込むつもりだったのに……あれぇ?


 全然宣言通りにいかなかったんですけどぉ?


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