第290話 囚われの……

 


View of リュカーラサ ハーピー集落のエルフ






 後悔って言うのは必ず後からするものだけど、今回の失敗はそんな一言では済ませることが出来ない。


 二か月近く前……私達の集落の子達が人族に襲撃され攫われることがあった。


 私はその話を聞いてすぐ、攫われた皆を助けるために村を飛び出した。


 色んな街や村で皆の事を尋ねて回ったけど、確かな情報を得ることは出来なかった……でも、一つだけ……商協連盟という人族の国では、妖精族が奴隷として取引されているという噂を耳にした。だから私は、一縷の望みをかけてその国へと向かったのだ。


 集落の人達がそこに居なかったとしても、もしかしたら何らかの情報を得られるかもしれない……そう考えて国境を越えた私は……化け物みたいな強さの人族に捕らえられてしまった。


 その人族の強さは圧倒的だった……道中、何度か人族に襲われることはあった。


 その悉くを返り討ちにしてきた私だったけど……その人族には全く歯が立たなかったのだ。


 そしてそのままここに連れて来られて……私と同じように捕まっている妖精族と会った。


 ゴブリン、ハーピー、スプリガン、エルフ……ドワーフだけはいなかったけど、それ以外の妖精族が一人一人檻に入れられて、皆同じ首輪をつけていた。


 そして、私も同じ首輪をつけられた瞬間……どうして皆が抵抗もせずに捕えられているのか理解した……この首輪には、私達の動きを極端に制限する力があったのだ。


 わざわざ一人一人別の檻に入れているのは、何らかの方法で首輪を外すことを危惧しての事だろう……でも、正直そんなことをする気力すら沸かないくらい、この首輪の力は強力なものだった。


 体を普通に動かすだけでもかなり気合を入れなければ動かすことが出来ないし、そうやって動かしたとしても、精々歩くのがやっと……階段を少し上るだけで、足腰が立たなくなるし息切れもする。


 今の私みたいに。


 私は今……四肢を投げだし、非常にだらしのない恰好で床に倒れている。


 部屋にいるのが私だけなら問題はないのだけど……今この部屋には私以外に人族の男が三人いて、下卑た笑みを浮かべながら私の事を見下ろしている。


 物凄くムカつくし、恥ずかしくて死にたくなるけど……地下の檻から建物の二階にまで引きずられるように連れてこられた私の体力は限界で、これ以上体を動かす気力すら沸いてこなかった。


 流石の私でも、このクズ共が何を考えているのかくらいは分かる……でも、抵抗することすらできない。


 今も半開きの口は呼吸することで精いっぱいで、舌をかみ切る力さえ籠められないだろう。


 ……くやしい。


 どうすることも出来ずに辱められるのを待つだけの自分も、同胞たちを助ける事の出来ない自分も……今にも襲い掛かろうとしてくる男どもよりも、無力な自分が許せない。


「ははっ!こいつ泣いてやがるぜ?」


「おいおい、まだ何もしてないってのに……もしかして嬉し泣きか?」


「マジかよ?俺達そんなに感謝されちゃってる?おーけーおーけー、たっぷり可愛がってやるからいっぱい感謝しちゃってよ!」


 私の事を馬鹿にしたように大笑いを始める三人。


 その癇に障る笑い声を聞いて、私は最初に近づいて来た奴に全力で反撃してやろうと心に誓う。


 今の私の力では、たとえ急所を狙ったとしても大した痛痒は与えられないだろうけど……このままこいつらのいいようにされるのだけは我慢ならない。


 その後でどうなるかなんて知った事か!


 絶対に一撃入れてやる!


 私はそう決心して……息も絶え絶えといった様子を維持したまま、無防備を晒しながら相手が近づいてくるのを待つ。


 しかし、こいつ等の笑い声が耳障りだったのは……どうやら私だけではなかったらしい。


「うるせぇ!!」


 突如聞こえて来た怒声と共に、閉まっていた扉が激しい音を立てて吹っ飛んで行く。


「「っ……」」


 一瞬前まで下品な笑い声をあげていた男たちが、顔を青褪めさせながら一斉に黙る。


「人が寝てんのに、ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ!殺すぞ!」


「す、すみません!オーレルの旦那!」


 聞こえて来た怒声に対しすぐに平謝りを始める男達だったが、謝られた人物は更に怒りを増しながら叫ぶ。


「あぁ!?うるせぇつってんだろ!」


「「っ!?」」


 謝る男達を一括して黙らせた男は、イライラした様子を隠すことなく部屋へと入って来る。


「あぁ?何してんだ?てめぇら……」


「えっと……これは……その……」


 ぎらぎらした視線で部屋を見渡したオーレルと呼ばれた男は、倒れている私に一瞬目を止めてから鼻を鳴らす。


「ちっ……下らねぇ。男三人も集まって、身動きできねぇ女で遊ぼうってか?」


「い、いや……その……」


「違うのか?」


「い、いや……違わなくは……」


「はっきりしろや!」


「「っ!?」」


 再び響いたオーレルの怒声に、三人は竦みあがる。


 下種であるこいつ等にはお似合いの姿ではあるけど……一応助けられた私は非常に複雑な気分だった。


 何故なら……このオーレルという男こそ、旅をしていた私を捕えた張本人だからだ。


 非常に腹立たしいし、こいつ自身もクソ野郎には違いないけど、助けられたのは事実……今この時だけは感謝しても……。


「ったくよ……おめぇらなっちゃいねぇ」


「「……」」


「女を抱くってのは、そういうもんじゃねぇだろ」


「「……」」


「女ってのはなぁ。やっぱこう……殺るか殺られるかって戦いの末によぉ、力でねじ伏せて、その上で蹂躙するのがいいんじゃねぇか」


 ……感謝はないな、うん。ただの特殊性癖のクソ野郎だったわ。


「こっちを射殺さんばかりの殺気の籠った目で見られながら、力でねじ伏せるのが最高だろ?こんな潰れたカエルみてぇにひっくり返った女を抱いて何が楽しいんだよ?」


 私の事を蔑むような視線で見ながら、三人にそう語るオーレル。


 コイツは私を助けた訳じゃない、ただうるさかったから怒鳴り込んで来ただけで、自分の趣味に合わない相手に手を出そうとするこいつらが理解出来なかっただけなのだろう。


「お、オーレルさんの高尚な趣味は、ちょっと俺達程度にはハードルが高すぎるんですよ」


「ハッ、可哀想な奴等だな。ま、てめぇら程度にゃ、そこのカエル女程度がお似合いだろうけどよ……」


「へ、へへっ……」


 オーレルが自分達を止める気がないことを悟った三人は、媚びる様な笑みをオーレルに向ける。


 恐らくオーレルが自分達に興味を失って部屋から出て行ってから、場所を変えて欲望を満たせばいいとでも考えているのだろう。


「だがよ……そのカエル女……俺の獲物じゃね?」


「……え?」


「だからよぉ?そこで倒れてる女……俺がこの前とっ捕まえた奴だろ?」


「え、えっと……そう、なんですか?」


「……間違いねぇ。手練れのエルフが商売の邪魔になるからとっ捕まえてこいって言われてよぉ、期待して行ってみりゃぁクソみてぇに弱くて萎えちまったんだよ。折角、久しぶりに楽しめると思ってたのによぉ」


 再び怒気を滲ませながらオーレルが言う。


「確かにこのカエル女はゴミみたいな獲物だったがよぉ……お前ら俺の獲物に手を出そうとしてるよなぁ?」


「あ、いや!そ、それは!」


「あー、ダメだダメだ。それは許せねぇ、人の獲物に手を出すような奴は許しちゃおけねぇ」


 かぶりを振りながら、一歩男達に歩み寄るオーレル。


「ひっ……お、オーレルの旦那……」


「泥棒だ、それは良くねぇ。あぁ、良くねぇとも。お仕置きだ。お仕置きが必要だ。そうだろう?お前達もそう思うよな?」


「も、もう二度としません!」


「おぉ、そりゃそうだ、二度としちゃいけねぇ……いや、二度とさせちゃいけねぇ……そうだろう?なぁ?そうだよな?」


 的にされている訳でもない私でさえも縮み上がる様な殺気をまき散らしながら、オーレルが狂相を浮かべる。


「ひっ……!」


 もはや、私の前で圧倒的優位な状況に笑っていた三人は何処にもいない。


 死刑を宣告されたかのように青褪め、身体を震わせる男たちの姿は……けして私の留飲を下げるようなものではなかったが、憐れではあった。


 ごきりと拳を鳴らしながらオーレルが右手をあげた次の瞬間、下の階から凄まじい爆発音のようなものが聞こえて来た。


「……んだぁ?」


 一瞬訝しげにそう言ったオーレルが、突如狂気を孕んだ笑みを浮かべる。


「おい」


「は、はい!」


「そこのカエル女を地下の檻にぶち込んどけ。俺がこの後でお前らの事を忘れていたら許してやる、忘れて無かったら殺す。精々襲撃してきた奴が、俺を没頭させるくらい楽しませることを祈ってろ」


「はい!」


 既に私達には興味はないといった様子で部屋からオーレルが出ていく。


 襲撃者……もしかして妖精族……?ここに捕らえられている同胞を助けに?


 一瞬そんな風に期待してしまったけど……あのオーレルという男の異常な強さを思い出し、ゾッとした物を感じる。


 ダメ……逃げて!


 あの男がいる限り、襲撃は絶対に成功しない!


 私は誰とも知れない襲撃者にそう叫んで知らせたかったけど……嵌められた首輪のせいで空気が漏れるような音しか出せない。


「おら!立てや!」


 オーレルがいなくなったことでようやく威勢を取り戻した……いや、オーレルが自分達の事を忘れるように必死で祈っているであろう男が、私の髪を掴んで立たせようとする。


 ……ここでコイツ等の言う事を聞いてやる必要はないし、そもそも髪を掴まれ引っ張られ、殴りつけられたところで、こっちは立ち上がることが出来ないくらい衰弱しているのだ。


 さっきまでは近づいてきたら一撃入れてやろうと考えていたけど、いざ近づかれてみれば私の身体はピクリとも動いてくれなかった。


 当然、こんな状態で男たちが望むように動くのは無理というもの。


 騒がしくなって来た階下の音を聞きながら、私は意識を繋ぎとめておくのがやっとだった。


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