第289話 ノックしてぼん



 商協連盟の中でも一番西にある国、レガル王国。


 ベイルーラ地方を出発した俺達は、数日をかけてこのレガル王国の中でも更に西の端にある港町へとやって来ていた。


 道中はあまり治安が良いとは言えず、魔物や盗賊を見かけることもあった。


 他所の国の事とは言え、それらの被害を受けるのは民だからな……商協連盟自体は今の所悪いところが目立っていて良い印象はないけど、そこに住む民には関係ない話。


 時間的にも余裕があった俺達は、道中でそれなりに魔物退治や盗賊退治を行った。


 道中の村に盗賊は引き渡して、懸賞金もそのまま好きにして良いと伝えたら物凄く感謝されたり、食べられそうな魔物を村にあげたらとても喜ばれたりと……中々派手に暴れまわりながらここまでやって来ている。


 因みに、ウルルを除く三人……俺とリーンフェリアとバンガゴンガは『韜晦する者』という仮面を身に着けている。


 以前……ソラキルの王と話した時に出したアイテムで、身に着けると明らかに怪しい仮面姿なのに普通に受け入れられ、更に本人達の印象を限りなく薄くするという効果がある。


 これはレギオンズにおいて毛生え薬と同様イベントアイテムであり、装備品ではないので、武器やアクセサリーとは別枠で効果が発揮されるようだ。


 アクセサリーと言えば……今回も一応『飛翔マント』は持ってきているが、今回の道中では使用することはなかった。


 前回ハーピーの集落に行った時は、道中の険しさから多少浮かんでもらった箇所もあったけど、平地であればバンガゴンガもかなり俺達の移動に着いて来ることが出来るようになっていた。


 勿論、速度も全力という程ではないし、休憩を挟みながらの移動だからというのもあるのだろうが、それでもとんでもない成長だと思う。


 外交官見習い達も、バンガゴンガと同じくらい鍛え上げているのだろうか?


 どのくらいまで強くなることが可能なのか分からないけど、一年足らずでこの能力……末恐ろしいね。


 そんなことを考えながら、俺は『鷹の声』を起動する。


「イルミット、聞こえるか?」


『はい~。お待ちしておりました~』


 俺が声をかけるとすぐに、イルミットののんびりとした返事が聞こえて来る。


 ここに来るまで朝昼晩と毎日イルミットに連絡をしていたが、何の問題も起きることなく準備は進んだようだ。


 そして今日は、イルミットが準備に必要だと言っていた七日目の夜。


 既に手筈についてはイルミットから聞かされているし、ウルルは一足先に街に潜入して街の情報とリュカーラサを始めとする、複数人の妖精族達が捕らえられている場所も調べてくれている。


 正直、イルミットが商協連盟に仕掛けていたことには驚かされたというか、そう来たか……って感じだけど、そのお陰で色々楽になったのだから文句は何もない。


 後は、予定時刻になると同時にウルルが件の建物に侵入。


 リュカーラサおよび妖精族が捕まっている牢……というか、檻を確保する。


 捕まっている妖精族は全部で十八人。拠点の地下に三カ所に分けて監禁されているとの事。


 いくらウルルと言えど、相手に見つからず素人十八人を抱えて脱出するのは困難だ。


 だからこそ、先に潜入したウルルが地下を制圧、捕まっている者達の安全を確保した上で俺達が拠点に突入する手筈となっている。


 因みに檻の置かれている地下には、少し離れた位置にある港まで直通の地下道が掘られているらしいので、港側から増援が送られたり、そちらに逃げられたりする可能性があるのだが、港側の拠点についてはこの街にいる外交官見習いが受け持ってくれることになった。


「そろそろ、時間だが……行けるか?」


「問題ない。ここまで来たら、後はあそこにいる奴等をぶっ潰すだけだ」


 力を蓄える様に手を組んでいるバンガゴンガに声をかけると、いつも以上に凶悪な表情を見せながら、バンガゴンガは静かに言う。


「そうだな。だが、英雄には気をつけろよ?今のバンガゴンガであれば大抵の相手は問題ないだろうが、英雄だけは別格だ」


「あぁ、その時はお前に任せる」


「帝国の『至天』みたいに、対峙した時点でアウトって可能性もあるからな……十分気を付けてくれよ?最悪、死ななければ絶対に助けるからな」


「あぁ、頑丈さには自信がある、もしもの時は精々生きあがいてみせるさ」


 バンガゴンガの言葉に俺は頷く。


 本当は万が一が起こりかねない場所にバンガゴンガを突入させたくはないのだが、今回の件……バンガゴンガに下がっていろとは流石に言えない。


 バンガゴンガの願いから端を発している事だし、そもそもエインヘリアを出る前から英雄がここにいることは分かっていたのだ。


 それでもここまで連れてきた時点で、既にそんなことを言う段階ではない。


 俺に出来るのはバンガゴンガの決意に水を差さない事……それくらいだろう。


『フェルズ様~お時間です~。御武運を~』


「了解だ。ウルル、始めてくれ」


 アビリティを通して聞こえて来たイルミットの声に頷いた俺は、ウルルへと短く命じる。


 さぁ、パーティの始まりだ!






View of トッド ムドーラ商会 丁稚






 俺はドアの横に置かれた木箱の上で、今日何度目になるかも分からないあくびをしていた。


 マジでだるい。


 もはや真夜中は通り過ぎた時間……日の出までは後二刻くらいだと思うけど、こんな時間にこんな人気のない場所で一人寂しく木箱の上にいる俺は……こう見えて絶賛仕事中だ。


 まぁ、仕事中っつっても、特に何かやる事があるわけじゃなく、日の出までここでぼーっと座っていればいいだけだけど。


 本当は眠ってしまいたい所だが、流石にそういう訳にはいかない。


 もし居眠りがバレたら、アニキにぶっ殺されちまう。


 う……アニキがキレた時のことを思い出して、身震いしちまった……。


 アニキはめっちゃすげぇ人で、俺と同じスラムの出身なのに気付いたら、ムドーラ商会っていうスラムの人間でもその名前を知っている様な大きな商会で働いていた。


 俺達スラムのガキは計算どころか字もロクに読めない……それなのに、アニキは大手商会に就職出来たっていうんだから、マジ尊敬しかない。


 しかもアニキは俺みたいな何のとりえもないスラムのガキを、ムドーラ商会で働けるように口利きまでしてくれた。


 でっけぇ人だ。


 アニキみたいな人と知り合いだったのは、クソみたいな俺の人生で唯一の幸運と言える。


 当然だけど、俺には学なんてもんはねーし、頭を使うのは正直苦手だ。


 そんな俺でも出来る仕事が、夜中にこうしてドアの横で見張りをしている事だった。


 本当は俺だけじゃなく、アニキも一緒に見張りをする筈なんだけど、アニキは他にやらないといけない仕事があるらしく、いつも最初の方に顔を出したらすぐに建物の中に入っちまう。


 アニキに時間があったら、こうして見張りをする時間を使って色々教えて貰いたいんだけど……残念ながらそういう機会には恵まれない。


 俺もアニキみてぇにもっと色々な仕事が出来るようになりてぇけど……俺一人じゃどうしたらいいか分からない。


 だからこの仕事をするようになって半年経つけど、未だにこの仕事以外をさせて貰ったことはない。


「くああぁぁぁぁぁぁぁ」


 あくびが止まんねぇ。


 まぁ、見張りって言っても、ここに誰かが来ることなんてこの半年で一度もなかったしな。


 昼間はそれなりに人が出入りするみたいだけど、夜中は誰かが来るどころか、この道を通った奴すら見た事が無い。


 この半年ずっとそうだったのだから、今日もそうだろうし明日もそうだろう。


 はぁ……何もせずに、ただここに座っているだけって、マジで労働ってキツイわ。


 正直貰える金も……スリをしていた頃の方が実入りはかなり良かった。


 まぁ、その分失敗すると殺されかねないって考えると、座っているだけで食いっぱぐれない程度の金が貰えるのは、すげぇことだよな。


 そんなことを考えながら今日もいつも通り眠気と戦っているってわけだけど……ここで仕事をするようになって半年……一度も聞いたことのない音が暗がりの向こうから聞こえて来た。


 これは……足音……だよな?


 じゃりじゃりと砂を踏みしめるような音は、間違いなく足音だと思う。


 俺は急いで箱から飛び降りて扉の前に立った。


 もし、本当に誰かがここに来ようとしているのなら、俺は声を上げて建物の中にいる人達に知らせないといけない。


 でも……もし違ったら?


 この通りに面した建物は、当然ながらここだけじゃない。


 他の場所に用事がある奴かもしれないし……唯の通りすがりかもしれない。


 どうする……?


 俺は、働き始めてすぐの頃に一回失敗してこっぴどく叱られた……というかぶん殴られたことを思い出す。


 その時は、何かの拍子に近くに積まれていた荷物が崩れて大きな音を立てたんだけど……突然の大きな音に驚いた俺は、扉をガンガン叩いて中の人達に知らせた。


 結局すぐに俺の勘違いだったことが判明し、アニキにはめっちゃ殴られたし、他の人にもめちゃくちゃ怒鳴られた。


 多分、あの人達はアニキよりも立場が上なのだろう、俺と一緒にアニキも滅茶苦茶謝っていたし……あの事を思い出すと、軽々に中の人達に知らせることは出来ない。


 でも……あぁ、どうしたらいいんだ?


 せめてアニキがいてくれたら……!


 固唾を飲んで足音の聞こえて来た方を凝視していると、闇の奥からめっちゃ高そうな服を着た男が現れた。


「ん?見張り……にしては随分と幼いが……」


 俺を見ながら男は首をかしげたが……次の瞬間、男に続いて暗がりから巨大な何かがぬっと出て来た。


「な、なんだ!?あんたら!」


 巨大な影は大男……とてもじゃないが人には見えない。もしかして魔物か?


 大男が気になって目を逸らせない俺は、辛うじて絞り出す様にそう尋ねた。


「俺達は客だ。お前ムドーラ商会の者か?」


「そ、そうだ……です」


 俺の近くまで歩いて来た男は、今客と言った。


 客である以上丁寧にしなきゃいけない……でも俺はまだそのやり方を知らない……ど、どうしたら?


 大男から視線を外し、俺は身なりの良い男と向き合う。


「そうか。商品を受け取りに来たんだが……」


「しょ、商品?」


「ん?商品の事を知らないのか?」


「知らねぇ……です」


 俺はそう言いながら内心めちゃくちゃ焦ると同時に、恥ずかしい想いでいっぱいになる。


 俺はムドーラ商会で働いているのに、商品の事すら知らないなんて……!


「そうか、それは良かった。気にすることはないぞ少年。商品の事は中の者と話をするからな」


「ぁ……ぅ……」


 そんな俺の内心に気付くはずも無く、男はそう言ってノックをするように手を上げる。


 しまった!


 こういう時は俺が扉を開けないといけないんじゃないか?


 俺は身なりの良い男と扉の間で視線を泳がす。


「そこにいると危ないから、少し脇に避けてくれるか?」


「あ、悪い……です」


 俺が謝りながら扉の前から退くと、何故か男は苦笑しながら頷く。


 不思議な雰囲気の男だ……普通金持ちってのは、俺みたいなガキを見る時は何か汚い者でも見る様な目で見て来るのだが、この男にはそう言った嫌な感じが無い。


 それと、今気づいたけど……金を持ってそうな男と大男の他に、もう一人女がいた。


 残念ながら顔は見えないけど……胸も大きいし多分美人だ。


 大男は護衛とかだろうけど……この女に何かを買ってやるとかそんな感じだろうか?


 俺はこの建物の中には入ったことが無いから分からないけど、アニキ達はそういう物を売っているのかもしれない。


 半年で客がこいつ等だけってのも不思議だけど、まぁ普通は昼間に買いに来るんだろうな。


 そんな事を考えた次の瞬間、男が手を振り下ろし……轟音と共に扉が爆発した。


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