第288話 出来る娘



「……見つけました」


 執務室でいつものように午前の書類仕事を行っていると、ノックをした後に扉を開けずに部屋に入って来たウルルがそんなことを言う。


 ……どうやって入って来たの?


 いや、それよりも何を見つけたの?俺?


「ハーピー……後エルフも……」


「!?」


 そっちか!?


「バンガゴンガをここへ」


「……もう呼んで……ます……もうすぐ……来る……」


「そうか。それにしても随分と早かったな」


 うん……ほんと早いと思う。


 だって……先日の会議からまだ三日しか経ってない。


 商協連盟への国境付近までは転移で移動出来るけど、そこからの移動は当然徒歩だし、情報を探るにも当然時間はかかる。


 どう調べたのか分からないけど、普通に移動だけでも三日丸々使ってもおかしくないと思う……まぁでも、ウルルが調べたと言っているのだから疑うべくもないか。


「……問題ない……です」


「流石ウルルだな。頼りになる」


 俺がそう言って笑いかけると、無表情ながらも機嫌良さそうにウルルが身体を揺らす。


 もしウルルに尻尾があったら、思いっきり振ってそうな雰囲気だ。


 そんな雰囲気だったからか、思わず俺はウルルの頭を撫でてしまう。


 その瞬間、ウルルが驚いたように目を丸くしたので思わず手を引っ込めようとしたのだが、その気配を察知したらしいウルルに思いっきり手首を掴まれた。


「「……」」


 これは……止めるなってことだろうか?


 手首を掴まれた俺が手を引くのを止めると、それを感じたのだろうウルルがそっと手を離す。


 俺は自由になった手でウルルの頭を撫でるのを再開し……そのままバンガゴンガが部屋にやって来るまでウルルを撫で続けた。


 普段護衛をしている時は俺の方を見ているようで見ていないような……そんな風に気配を殺しているリーンフェリアが、何故かめちゃくちゃ真顔でこちらを凝視しているのが、非常に居心地悪かった。






「すまない、遅くなった」


「来たか。少し時間がかかったようだが……何かあったのか?」


 ウルルが俺の部屋に来てから優に一時間は経過したころ、ようやくバンガゴンガがやって来た。


 因みに……ウルルが禿げあがってしまうのではないかと危惧した俺が、頭を撫でる手を止めようとするたびにウルル上目遣いで俺の手に頭を擦り付けて来るので止めるにやめられなかった……フェルズの肉体じゃなかったら、確実に筋肉痛か腱鞘炎になっていたと思う。


「今日は丁度帝国のアプルソン領で収穫だったからな。流石に放り投げて来るわけにもいかないだろ?」


 ……別に代役がいない訳でもないだろうに、抜けて来ても構わないと思うのだが……いや、これがバンガゴンガという男のやり方なのだろう。


 そういう部分に大いに助けられている俺がとやかく言う物ではないな。


「そうか……問題は無かったか?」


「あぁ。大丈夫だ。収穫時期をずらす様に種を植えているから一度に収穫する量も多くない。畑ごとに十日おきに種植えの時期をずらしているから、収穫回数は多いがな。しかし、一度の量が多くなると種の管理も大変になるからこの方法が今の所一番効率が良い。それに元々エインヘリアの種は手間暇がかからないからな。向こうの男爵もこんなに楽な農作業は生まれて初めてだって驚きっぱなしだ」


「俺達が提供できる種は種類が限られているからな……主食である小麦や米も採れるが、やはり地方ごとに味や品種が違ったりするものも少なくない。既存の農家への配慮だけ気をつけねばならない」


 下手したら色んな食材が生産されなくなってしまう恐れがあるからね……それはこの世界の未来にとって、非常に由々しき事態だ。


 だからこそ、うちの農作物は生産と出荷量は絞らなくてはならない。


「あぁ。だからこそ種の管理は厳重にしているし、必要以上に農地を増やすこともしない、だろ?」


「その通りだ。さて、ひとまず農業の件は置いておこう。ウルルが調べてくれた情報を共有して、今後の動きについて話すぞ」


 俺がそう言うと、バンガゴンガとウルル、それからバンガゴンガよりも先に部屋に来たイルミットが頷く。


 因みに……俺がウルルを撫でている間、リーンフェリア同様イルミットも俺達の事をガン見していた。いや、リーンフェリアと違って微笑んではいたんだけどね?


「ウルル、報告を頼む」


「……ハーピーとリュカーラサ……現在……別のルートで運ばれてる……。でも目的地は同じ場所……商協連盟の西……大陸最西端に位置する街……」


 大陸最西端……その先は海か。


 まだこの世界に来て一度も海は見た事無いが……海かぁ。


 海沿い専用の特産品用施設もあるんだよなぁ……是非、それも設置したい所だが……今はそれ所じゃないな。


「そこで売られるのか?」


「……いえ……そこからは船で移動する……目的地は……まだ不明……」


「なるほど……」


 船で移動か……まさか別大陸とか言わんよね?


 今の所、他の大陸があるって話は聞いたことないけど……。


「……目的地を……調べる?」


「いや、それは追々で良い。今はリュカーラサやハーピー達を救出する方が先だ。襲撃するなら道中で襲う方が楽だが、その辺りはどうだ?」


「……ハーピー達の方は……問題ない……。数が多いから……到着まで……もう少しかかる……。でも……リュカーラサの方は……明日にでも到着する……」


 後から捕まったリュカーラサの方が先に到着するのか……別ルートの方が身軽ってことなんだろうけど……。


「ハーピー達を運んでいる連中は……他にも……エルフとか……スプリガンとかも……運んでいる……妖精族ばかり……二十人近く……」


 妖精族を集めている……?


 二十人って結構な数だけど……逃げられない様に護衛の数も結構いるだろうし……だから足が遅いのか?


「リュカーラサも、ハーピー達と船で同じ場所に運ばれると?」


「……間違いない……港には……他にも妖精族が……十数人集められていた……」


 大型の船で運ぶって感じだろうか?それともリスク分散で複数の船で小分けにして……?


 どちらにしても、妖精族を一気に同じ場所に運ぶって雰囲気ではあるか。


 海上に出られると厄介だし、陸にいる間に奪還する必要があるな。


 もし本当に別大陸に運ばれたりでもしたら、追跡は困難だしな……いくら飛行船があっても、夜の海で追跡するのは難しそうだし。


「移動中のハーピー達は街に入る前に救出する方が楽だな。問題はリュカーラサか……流石に今から救出に向かっても、街に入る前に助けるのは無理だろう。ついでだ、その港に囚われているという妖精族も纏めて救い出す。同時に、ベイルーラ地方から連れていかれた者達も助け出したいが……流石に手が足りないか?」


「ウルル~英雄の居場所は確認してあるかしら~?」


「……リュカーラサを捕まえたのは……ソイツ……」


 リュカーラサ、英雄に捕まったのか……。


 ってか英雄って割に、やってる仕事が微妙過ぎるだろ……英雄の名が泣くわ。


 リズバーン達に謝れ。


「ではフェルズ様~港以外の襲撃は私にお任せください~」


「良いのか?」


「はい~。ですが~見習い達だけでは少々手が足りないので~何人か戦闘部隊の者を動かしたいのですが~」


「構わん。好きなだけ使え……件の港以外ということは、そこは俺が好きにして良いのだろう?」


 俺が挑むような笑みを浮かべながら尋ねると、イルミットは笑みを絶やさずに頷く。


「顔を隠して頂ければ~」


「ならば、ウルルとリーンフェリアを連れて、海の幸を味わいに行くとするか。バンガゴンガ、お前も来るだろう?」


「いいのか?」


「当然だ。捕まっているのは妖精族。同じ妖精族であるお前がいる方が、話はスムーズにいくだろうからな」


 そう言って俺が肩を竦めると、バンガゴンガが深々と頭を下げる。


「すまねぇ……」


「いつも通り、お前の力が必要なだけだ。謝られるような事ではない。さて……襲撃は問題ないとしても、どうやって救出した者達を移動させるかが問題だな。流石に飛行船を使う訳にはいくまい?」


「はい~飛行船を商協連盟の勢力圏に入れるのはもう少々お待ちください~。ですが~移動に関しては~私が進めていた計画の方で対応出来ますので~大丈夫です~」


 ……どんな計画を進めていたのかは知らないけど……イルミット……流石やで……。


「準備に~あと七日頂いてもよろしいでしょうか~?」


「捕えられている者達には悪いが、万全を期す必要がある。七日でいいんだな?」


「はい~フェルズ様が向かわれるのは西の端ですので~ベイルーラ地方からでもそれなりに距離があります~。明日出発すれば~余裕をもって到着できると思います~」


「そうか。ならばウルル、道案内を頼む」


「……了解」


「リーンフェリア、バンガゴンガ。旅支度を頼む」


「「はっ!」」


「イルミット、朝昼夜に一度ずつ連絡を入れる。今回の件以外でも何かあったら教えてくれ」


「畏まりました~」


 俺が一通り全員に指示を出して会議は終了となる。


 バンガゴンガはすぐに旅支度の為に動き始め、イルミットも普段以上ににこにこしながら部屋を出ていく。


 ウルルはいつの間にか部屋から姿を消しており、部屋に残っているのは俺とリーンフェリアの二人だけだ。


「久しぶりに、自分の足で遠出をする気がするな」


 ギギル・ポー以来じゃないだろうか?


「最近は飛行船での移動でしたから、そう感じるのも無理はないかと」


「そうだな。そういえば、リーンフェリアは船には乗ったことがあるか?」


「いえ、経験がありません」


「そうか、俺も乗ったことはないんだが……アレは随分と酔うらしいぞ?俺は馬車も得意ではないから、船に乗るのは避けたい所だな」


 そう言って俺が笑うと、リーンフェリアも釣られた様に微笑む。


 レギオンズには海戦とかはなかったからな……当然船での移動とかも無かった。


 魔王のいる北の大陸への移動は飛行船だったし……まぁ、空飛んで移動出来るならわざわざ船で移動する必要はないよね?


 速度が段違いだし。


 飛行船も船って名前がついているだけあって形状はほぼ船だし、積載量も中々の物だから輸送の主力になり得るだろう。わざわざ海路を使って輸送する必要はない。


「確かに……馬車もかなり揺れて気分が悪くなりますし……私も船は出来れば避けたいですね」


「やはり移動は自分の足か飛行船に限るな。無論一番は転移だが」


 そう言って肩を竦めると、リーンフェリアが苦笑する。


「海と言えば……生簀を設置したい所だが、流石に領土でもない場所に設置は出来ないか」


「生簀……海の特産品ですね」


「あぁ。生簀を設置出来れば、今は制限している海鮮系の特産品を使った料理が楽しめるからな……」


 レギオンズには村やら街に施設を作り、特産品を得ることが出来る。


 国営農場や帝国で使っている種がその代表格だが、海沿いの集落には生簀を作ることが出来るのだ。


 しかもその生簀……設置すると何故か色々な海産資源が採れる。


 確定で採れるのが海藻と小魚。


 中くらいの確率で採れるのが貝や中型魚。


 低確率でカニ、エビ、大型魚。


 超低確率でとれるのがフカヒレやキャビア、大トロ。


 大型魚のアイコンは完全にマグロだったけど……大トロが別枠なのはどういうことなのだろうか?とか、そもそも生簀とは?って感じがするけど、採れてしまうのだから仕方ない。


 そんなこと考えてたら、海が欲しくなって来たな……。


 海……海……生簀……作りたいな……イルミットに頼むか?


 いや、待てよ?帝国って海に面してるよな?


 フィリアに頼むと言う手も……。


 いや、流石に実験もしていない物を他国に作るのはマズいか……くっそぅ、エインヘリアから海はまだ結構遠いんだよな。


 南も西も……いくつか国がある。


 流石に、海が欲しいから攻めるわって……それは色々マズかろう。


 あーでもなぁ……商協連盟って海持ってるのか……いいなぁ。


 そんなことを考えながら一日を過ごした俺は、翌朝商協連盟勢力圏へと足を踏み入れた。


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