第287話 怒り、自覚、切り札



「陛下の御懸念通り、今回の火災は自然災害ではありませんでした」


 いきなりキナ臭いを通り越してアウト確定な情報が……。


 後、陛下そんな事懸念してたの?


 やべーな陛下……。


「助燃剤を使ったと思われる場所を数カ所発見しました」


 助燃剤……油とかか?いや、今それはどうでもいいか……それよりも、ベイルーラ王国にとどめを刺した火災は、誰かが意図して燃やしたってことか。


 これベイルーラの元王様の耳に入ったらぶっ倒れるかもしれんが……隠すのもまた不義理だよな……。


 厄介な情報だ。


「それにより焼き払われたのは、穀倉地帯の中でも西側に位置する数カ所の村です」


「そこから火が広がって行ったということか?」


「はい。本来であれば、類焼を防ぐため村人たちがすぐに動くはずだったのでしょうが……火元となった村の者達は全滅しておりました。恐らく、火がつけられる前に」


 襲撃後に燃やされた……ってことか?


 随分と胸糞悪い話になって来たぞ……。


「焼かれた遺体には全て致命傷となり得る傷がありました。それと、どの村でも子供や女性の遺体が、世帯数に対して極端に少なかったのです」


「何者かに村が襲撃され女子供が連れ去られ、残ったものは皆殺し、賊は最終的に火をつけた……その火が穀倉地帯全域に広がったということか?」


「そう考えられます。それと、手口から下手人についてあたりをつけております」


 もう犯人も分かっているのか……。


「ここからは調査した者に報告してもらいます。ロブ」


 レブラントに指名され、ロブが立ち上がり報告を始める。


「はい。私はイルミット様の命で商協連盟内の商会が関わっているとされる、違法奴隷についての調査をしておりました。その際に村を襲撃して人を攫い、奴隷にするという犯罪集団の話を耳にしました。その者達がつい先日、大量の商品……奴隷を市場に流しました。その多くが人族の女子供。その足取りから、ベイルーラ地方から運び込まれた者達であることが分かっております」


「ベイルーラ王国の民は既にエインヘリアの民。そちら方面から商協連盟に抗議できないか?」


「難しいですね~違法奴隷は存在しないものとして扱われておりますので~表向き彼等は死亡した存在として扱われています~」


 俺の問いかけに、イルミットが普段通りの様子で否定してきた。


「そのような建前的戯言を受け入れろと?」


「も、申し訳ございません!」


 若干イラっとしながら言ってしまった俺の言葉に、イルミットが珍しく間延びせずに恐縮しながら謝る。


 しまった……馬鹿か俺は。


「いや……悪かったな。イルミットが悪いわけではない。だが、イルミットの言うように対応するであろう商協連盟……それと実行部隊である犯罪組織、違法奴隷を取り扱う商会。どれも気に食わないな」


 何も悪くないイルミットを謝らせてしまうという失態を苦々しく思いながらも、俺は言葉を続ける。


「ロブ、話を止めてすまない。報告を続けてくれ」


「はっ!ベイルーラ地方から連れてこられた者達は複数箇所に分けられて管理されていますが、今の所全ての場所を外交官見習いが監視しております。また、その場所は奴隷取引も行っている様で、もし奴隷として買われた場合は、その顧客も追う手筈となっております」


「ふむ……」


 一瞬、奴隷とされた者達を買うのもありかと考えたけど……例え最終的には潰す奴等であったとしても、一時的にでも儲けたと満足させてやるのは業腹だ。


 外交官皆習いが見張っているのであれば……襲撃も可能か……?


 いや、待て待て。短絡的に考えるな。


 商協連盟に対しては、イルミットやレブラントが色々手を打っているんだ。


 ここで俺が、こいつらむかつくから潰そうぜと言おうものなら、今まで進めて来た計画を破綻さてでもイルミットはそれを実行するだろう。


 そもそも、商協連盟を潰すだけなら簡単なのだ。


 ウルルに一言、ちょっと商協連盟潰してきてよとでも言えば、外交官達が綺麗さっぱり上層部全員の首を斬ってくれるだろうし、ジョウセン達に頼めば商協連盟加盟国をがれきの山にしてくれるだろうし、カミラに頼めばがれきも残さずまっ平にしてくれるだろう。


 しかし、そんなことをしても何の意味も無い。


 中身がどうアレ……今の俺は覇王フェルズだ。


 その言葉は何百万、何千万もの人生を左右し、振り下ろした手は、それ以上の数の命を摘み取ることが出来る。


 その事実をはっきりと自覚していたわけではないけど……それでも俺は、ここまで出来る限り犠牲が出ないようにことを進めて来た。


 だというのに……一部の外道共の為に、全てをひっくり返すわけにはいかない。


 商協連盟は色々と良くないイメージが先行してしまっているけど、執行役員と呼ばれる連中の中にも色々な考えの奴がいる筈だ。十把一絡げに扱うのは間違っている。


 そこまで考えたところで、部屋にいる全員が俺に注目していることにはたと気付いた。


 ……しまった。


 ロブの報告に俺が相槌を打ったまま考え込んでいたから、何か意見を出そうとしているように思われているのか!


 やっべ……どうしよう……。


「……イルミット。問題ないな?」


「はい~。フェルズ様を不快にさせた輩には~相応の裁きを用意してあります~」


「急かすつもりはない。予定通りやれ。ただし、件の者らに一切の慈悲は必要ない。だが一族郎党などとは言わん。罪は本人達だけのものであるべきだ」


「畏まりました~。入念な調査の元~正しき裁きをお約束いたします~」


 俺が声をかけた瞬間……ほんの少しだけイルミットは強張ったようだが、すぐに普段通りの笑みを浮かべながら返事をしてくれる。


 うん……イルミットには後で超謝ろう。


「ロブ、度々悪いな。話を続けてくれ」


 いや、ロブもほんとごめんね?


 ほんといかんわ……自分の報告で上司を不機嫌にさせたくらいでも若干気まずいだろうに、俺は立場が立場だからな……先日フィリア達に配慮について注意されたというのに、思いっきり失敗してしまうとは。


 フィリアやエファリアだったら、こんな失態はしないんだろうな。


 俺はなんちゃって覇王ではあるけど、エインヘリアの王であることは紛れも無い事実。


 ノリや勢いだけではなく、もう少しその事を自覚して行動するべきなのだろう……。


 まぁ……ほんの数秒前に、色々困ってイルミットに丸投げしちゃったけど……。


 いやいや、自覚ってそういうことじゃないからね?


 出来ることは出来るけど出来ないことは出来ない……だから人に投げる。


 うん、何も間違っていない……俺が言いたいのは王であることを自覚して、言動に気をつけろってことですゆえ……。


「……以上が私からの報告となります」


 ……とかなんとか考えている間に、ロブの報告が終わっとる!?


 だ、大丈夫かな……?いや、多分大丈夫……大丈夫に違いない……本当に大丈夫か?


 ちゃんとやらなくてはって考えてから、五秒くらいでちゃんとやれていないことが発覚してしまったんだが……?


 これは確実にフィオに後でダメ出しされる案件だ。


 い、いや、そんな事より、大事な事を聞き逃している可能性の方がやばいな。


「……イルミット。今後について何かあるか?」


 ってわけで、何かこう……いい感じにイルミットに纏めて貰おう。


「そうですね~フェルズ様のおかげで~後回しにするつもりだった部分を~先倒し出来るようになったのは大きいかと~。おかげで次の一手を早めることが出来そうですね~。本当は来年を狙っていたのですが~違法奴隷関係を潰せば芋づる式にいけるので~、少しぎりぎりですが~今年の役員会で終わらせましょう~」


 うん、何言ってるかさっぱり分からん……俺のお陰ってなんぞ?


 でもまぁ、イルミットが上機嫌に言っているし、予定を早められるってことは、やっぱり俺は余計な事を言わなくて正解だったってことだよね?でも、終わるって何が?商協連盟が終わるの?


「ふむ。俺がやることはあるか?」


「仕上げに~少々お力をお借りしても良いでしょうか~?」


「構わん、好きに使え」


「ありがとうございます~」


 何したらいいか分からんけど、それはその時が来たらちゃんと説明してくれるだろう。


 ……してくれるよね?


 まぁ……最悪、心を入れ替えた未来の覇王が何とかするやろ。


 色々な意味で丸投げすることを決めた俺は、全員を見渡す。


 それにしても……バンガゴンガにも会議に来てもらっているのに、話が出てこなかったな?


 まぁ、確認してみればいいか。


「報告は以上か?」


「陛下。私からもう一点、バンガゴンガ殿の御友人についての情報がございます」


 そう言ってレブラントが資料を手に立ち上がる。


 良かった……ちゃんと情報はあったのか。


 会議中も実に真面目に……しかも微動だにせずに報告を聞いていたバンガゴンガの表情が、僅かに変化する。


「ハーピーの集落に最寄りの街で聞き取りを行ったところ、ハーピーの奴隷を探す女性の情報が入りました。フードを被っていて、一番の特徴である耳は見えなかったそうですが、ハーピー達に確認した人相から、その女性がバンガゴンガ殿の御友人であるリュカーラサ殿で間違いないと」


 リュカーラサの容姿は、完全にハーピーではなくエルフのものとなっているらしい。


 因みにエルフは、耳が多少とんがっているらしいけど、笹の葉のように長細く尖っている訳ではない様だ。


 それでも人族の耳とは一見して違うらしいので、エルフの一番の外見的特徴はそこであるとのことだ。


 しかし、攫われたハーピー達が奴隷にされているとあたりをつけたのか……攫われたら奴隷になるのは既定路線なのかな?


「ですが、当然と言いますか……手がかりらしい手掛かりは得ることが出来なかったようで、かなり広範囲で彼女の目撃情報が得られました」


 手あたり次第探し回っている感じか……運が良ければエインヘリアの方に向かって来ている可能性もあるか?


「そしておよそ半月ほど前、ベイルーラ地方の北西側の国境付近で目撃された情報を最後に、足取りが掴めなくなりました」


 速攻で俺の希望は潰されたが……北西ってことは完全に商協連盟側に行ってるな。


 もしかしたら、違法奴隷を探すなら商協連盟って情報をどこかで得たのかもしれないな。


「商協連盟側では探していないのか?」


「いえ。最後に目撃された国境付近から、その辺りの集落を一通り確認しましたが、情報が一切出て来ませんでした」


 厄介なことになった……。


 半月前と言えば、丁度俺達がハーピーの集落を訪れた頃……間に合わなかったのか?


 そんな嫌な考えが頭を過ってしまう。


「国境付近は治安が悪く、何らかの事件に巻き込まれた可能性もありますが……もう一つの可能性としては、ハーピーの奴隷を探している事を本人は一切隠していなかったので、件の犯罪組織に目をつけられた可能性があります」


 ……木乃伊取りが木乃伊のパターン?


 いや、でも犯罪組織の立場からすれば、自分達が捕まえたハーピーを追いかけてくる奴がいたら……どこかで対処しようとするよな。


 リュカーラサはハーピー達を探している事を隠そうとしていなかったみたいだし、犯罪組織の目にも止まりやすいだろう。


 それにしても……バンガゴンガはレブラントの話が始まってから一切動きを見せないけど、はっきり言って、凄まじい威圧感を放っている。


 しかし、それだけ怒りを湛えながらも何も言わないのは……バンガゴンガがどこまでも真面目で、そして何より自制出来ているということだ。


 先程の俺の失態が、本当に恥ずかしいものであると自覚させられるが……今そんなことは言っていられない。


 何としてもリュカーラサを見つけなくては……。


「リュカーラサが犯罪組織に捕らえられたとして、ベイルーラ地方から連れていかれた民達と同じ場所に運ばれてはいないのか?」


「はい。監視している者からの報告では、リュカーラサ殿だけではなく、ハーピー達もそこにはいないとのことです」


「妖精族は別の場所で管理している……もしくは、それを求めている顧客がいて、直接取引をしている可能性があるか」


 どちらであっても、恐らくそう簡単には見つからないだろう。


 現に、ベイルーラ地方から攫われた人族はあっさりと見つけた外交官見習い達が、ハーピー達を未だ発見出来ていないのだ。


 ハーピー達の件は、ベイルーラ地方で暴れた犯罪集団とは別件という可能性もあるか……?


 いや、そうであるならリュカーラサが商協連盟の勢力圏内に入った瞬間情報が追えなくなるのはおかしい。


 無論偶然が偶然を呼んで、ハーピー達とは何の関係も無くリュカーラサが襲われた可能性もある……国境付近は治安が悪いらしいし。


 だが、そんなことを言っていてはキリがない。


 ……よし。


「イルミット。ウルルにこの件を探らせようと思うが、問題ないか?」


「大丈夫です~見習いでは時間がかかると思いますし~丁度良い頃合いかと~」


 頃合いってのはよく分からんけど……よし、イルミットの許可も出たし、リュカーラサおよびハーピーの件はウルルに探ってもらおう。


 ウルルなら絶対に見つけてくれる筈だ。


「……バンガゴンガ、絶対に見つけ出す。約束する」


「……ありがとうございます、陛下。厚かましい願いではありますが……よろしくお願いします」


 バンガゴンガに頷いて見せた俺は、すぐにウルルを呼ぶように命じた。


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