第286話 レブラントの提案



 スラージアン帝国の皇帝であるフィリアと、ルフェロン聖王国の聖王であるエファリア。


 思っていた以上に相性が良かったらしい二人は、中々仲良さげに話をしていた。


 同じ王という立場ではあるが、エファリアは年齢に見合わない聡明さがあるし、フィリアはとても大陸最大の国のトップであるとは思えない程気さくで面倒見のいい奴だ。


 年齢は一回り以上離れているが、良き友人となってくれるようであれば、俺としても紹介した甲斐があるというものだ。


 さて、そんな二人の事はさて置き、今日も今日とて覇王は忙しいのだ。


 既に俺とバンガゴンガがベイルーラ地方にあるハーピー達の集落に行ってから、半月以上が経過している。


 俺は情報が集まるまで適当に一か月くらいかな?って思っていたけど……どうやら俺の予想の半分程度で、報告出来るくらいの情報が集まったらしい。


 今日はハーピー、そしてバンガゴンガの友人であるリュカーラサというハーピー……いや、エルフか?まぁ、彼女に関する件の報告会となっている。


 出席者は俺、イルミット、レブラント、ロブそしてバンガゴンガとなっている……キリクがいないのは珍しい気がするな。


「それでは、報告を始めさせていただきます。まずはベイルーラ地方全体の話から……」


 レブラントが報告会の開始を宣言する……うん、ベイルーラ地方の話からだったわ。


 そりゃそうか……レブラントはベイルーラ地方の立て直しを命じられていたんだから、先にそっちの話になるのは当然だね。


 てっきりハーピー達の件がメインだと思っていたけど、ベイルーラ地方の件がメインなのか?


 いかんな……会議の目的をしっかりと確認しておかなかったツケが……自分は報告するようなことが無いからって適当過ぎたな。


 いや、それだけハーピー達の件が気になりまくっているってこと……ということにしておこう。さぼっていたわけではない。


「ざっと調べてみましたが、ベイルーラ地方の各集落は、大都市から地方の村落まで軒並みまともな経済活動が行われていない状況です。農村部はまだ、自分達で確保していた食料でなんとか凌いでいましたが、地方にある小規模な街や火災のあった穀倉地帯付近の集落では、既にかなりの数の餓死者が出ておりました。現在は飛行船を使って各地に十分な食料を配っておりますので、今後餓死する者は出ないでしょうが……飢餓がしばらく続いたため、体力を落とし病気に罹る者が未だ相当数確認されています」


「……食料の件は引き続き輸送してやるように。国営農場で採れた物は全部回して構わんが……輸出量は少し減るが問題ないか?」


「問題ありません。エインヘリアの輸出する食品は非常に高品質なので、量を絞った分価格を上げて対応しても十分過ぎる程の利益が見込めます」


「ならば、ベイルーラ地方を優先しろ。我がエインヘリアの民となった以上、一人の死者も出すな。病気に関しては……エイシャ達を派遣して対応させろ」


 一人も死なせるなって……我ながら無茶を言っているのは理解しているけど、ここは王として、こう言わざるを得ないよね?


 それはさて置き、エイシャは大司教という役職ではあるけど、その下に司祭とか神官とか……そういった者達は存在しない。


 しかし、エイシャを中心として、聖属性魔法を得意とする者達をエインヘリアの医療担当として任命している。怪我は勿論、病気すらも魔法で治してしまうトンデモ医療集団だけど……そこまで出番は多くない。


 今の所俺を含め、うちの子達が怪我をしたことはないし、病気にかかった者もいない。


 なので、彼女らの主な仕事は、定期的に都市を巡回して出張医療を行う事なのだが……今はそちらよりも、ベイルーラ地方に力を入れるべきだろう。


 勿論出張医療を完全に取りやめる訳ではなく、人数を減らすという形で対応する。


「畏まりました。今は全ての食糧を配給という形で賄っていますが、出来る限り早い段階で正常な状態に戻したく存じます」


「ふむ。それに向けての案を聞かせて貰おう」


「まずは彼等を健康な状態に戻すことが最優先です。しかし、それと並行して治安の回復、および孤児たちの保護を進める必要があります。それと国境沿い……特に商協連盟加盟国と国境を接している北や西側への魔力収集装置の設置。こちらは現在ヘパイ様を中心に進められており、既に八割程は完了しております。南側の国境沿いはまだがら空きですが、そちらへの設置が終了次第、ヘパイ様達には一度ソラキル地方や帝国への設置に戻ってもらう予定です」


 魔力収集装置の設置は、基本的に国境以外は後回しってことだね。


 旧王都とハーピーの集落、その最寄りの街……後は国境付近への設置……それだけ転移出来れば今は十分か。


「勿論、転移機能のない簡易版の魔力収集装置の設置は、ベイルーラ地方でも進めていきます。それと雇用促進の為、他の地方でも行っている公共事業を行います。治水、道路整備……それから、火災によって消失してしまった穀倉地帯の復旧、これらを一つの軸にしようと考えているのですが……陛下の御許可がいただけるのであれば、一つ建設したい物がございます」


「俺の許可があれば?随分と大掛かりな物のようだな?」


「はい。ベイルーラ地方に、飛行船の発着場を作りたいと考えております」


「ほう?」


「現在、飛行船の発着場はこのエインヘリア城にしか存在しておりません。ですが、今後飛行船を使った輸送を大規模に展開していくのであれば、各地に発着場が必要となって来ると思われます。その試金石として……ベイルーラ地方を使われてはいかがでしょうか?」


 飛行船の発着場か……。


 確かに転移は一般の人達が気軽に使うには少々ハードルが高いけど……飛行船での移動はありかもしれない。


 俺としては、オスカー達による鉄道計画も捨てがたいんだけど……まだ鉱山にレールを敷いてトロッコレベルでの実験中だからな……まだもう少しこちらは時間がかかるだろう。


「ベイルーラ地方は立地的に西や南への玄関口となる立地です。ここに飛行船の発着場を設置出来れば、各地方への移動や……今後他国へと飛行船を飛ばす時に良い拠点となることでしょう」


 確かに、エインヘリアがこれ以上国土を広げないのであれば、ベイルーラ地方は大陸南西部からの玄関口となるだろう。


 今後、飛行船が国際線のように世界中に飛んで行くかもしれないし……そうでなかったとしても、城以外に発着場があるのは南西部に召喚兵を送り込むときにも便利に使える筈だ。


 だが、問題もある。


 まず気になるのは……そもそも発着場を作る事が出来るのかという問題だ。


 レギオンズ時代、飛行船の発着場はあくまで城の施設として建築が可能だった代物……果たしてオトノハ達は、それを城以外の場所に建設することが出来るのだろうか?


「正直、ベイルーラ地方には今の所これと言った強みがありません。ですが、飛行船の発着場を作り、流通の拠点となれば必ず付近は発展します。それを機に、地方全体にまでその流れを広げられたらと考えております」


 うーん、特色が無いから空港を誘致して地域活性ってことか……。


 飛行船を使った輸送やら移動やらが本格化すればありだろうけど……いや、違うか。


 レブラントはその試金石として、ベイルーラ地方を使って欲しいと言っている訳だな。


「イルミット、どう思う?」


 正直経済効果云々に関してはさっぱり分からん……駅が出来ればそこを中心に発展して行く……くらいなら分かるけど。でも地方のローカル線の駅だったら、発展と呼べる程のものにはならないよね……。


 いや、違うか。


 飛行船は唯一無二の移動手段と言えるわけで……その飛行船の発着場が出来れば、確実にそこを目指して人は集まって来るだろうし……人が集まればお金が動くってのは当然か。


「試金石として使うには良い立地かと~。ですが~問題は発着場建設の人手ですね~。レブラントが言うように~ベイルーラ地方を大陸南西方面における玄関口とするならば~国の威信をかけた物を建設する必要があります~。公共事業として素人を公募するには向いていないかと~」


「それにつきましては、ベイルーラ地方の職人たちを中心に集めようと考えておりますが……」


「発着場の建設には~緻密な計算と設計~それから相応の腕が必要です~。責任者は開発部の誰になるかまだ分かりませんが~その人物の審査をパスしなければ~雇い入れることは難しいですね~。私の予想では~殆どの人材がギギル・ポーのドワーフ達になるかと~。勿論雑用や単純作業等でいくらかの人員を雇い入れる事にはなるでしょうが~その規模に反して~数は少なくなるかと~。恐らく治水工事の方が~大規模に雇用出来るでしょうね~」


「……」


 イルミットの指摘に、レブラントが言葉に詰まっている。


「それと~資材に関してもこちらからの持ち出しが多くなるかと~。石材や木材をベイルーラ地方で購入出来れば大商いとなるでしょうが~、強度や使い勝手を考えると~難しいですね~」


「……」


 それはつまり……飛行船の発着場の建設は、ベイルーラ地方には殆どお金が落ちないってことだよね。


 レブラントの案は中々悪くないように感じたけど……イルミットにぼっこぼこにされてるな。


「ですが~発着場の建設という着眼点は素晴らしいですね~」


 イルミットの言葉に、レブラントがピクリと反応する。


「建設自体を雇用促進とするには難しいですが~建設終了後は間違いなくベイルーラ地方の経済拠点となるでしょう~。発着場建設と合わせて街づくりも進めれば~一大商業都市として発展させることも夢ではありません~。即効性のある経済効果はあまり見込めませんが~長期的に見れば莫大な利益を上げられる筈です~」


 問題点を指摘しまくった後で滅茶苦茶持ち上げるやん……。


「ベイルーラ地方の現状改善というには少し早すぎる案ですが~こちらはこちらで少し計画を煮詰めていきましょう~」


「はい!よろしくお願いします!」


「ふふふ~頑張るのは貴方ですよ~?」


 笑顔で言うイルミットに、先程よりも気合の入った表情で頷くレブラント……どうやらイルミットの部下掌握はばっちりのようだね。


「失礼しました。飛行船発着場建設については一端保留とさせていただきます。公共事業は各地の治水工事と穀倉地帯の開墾、復旧をメインとし、各街や村では街壁や道の敷設で雇用を促進していきます」


「……軽作業も募集するべきだな」


 纏めに入ったレブラントに、俺は口を挟む。


「軽作業というと……食事等を用意する者達ですか?」


「それは工事作業員の補助という形だろう?だが、それだと雇用できる数はそう多くはないからな。怪我をしている者や女性や子供でも出来るような、力をあまり必要としない作業も積極的に募集した方が良いだろう。例えば……街の清掃とかだな」


「街の清掃……?」


「あぁ。街の清掃は重労働ではあるが、力が弱い者でも出来ることは多い。それに衛生面もさることながら、治安の向上にもつながる良い仕事だぞ?」


「清掃が……治安の向上に?どういうことでしょうか?」


 俺の言葉にレブラントが首を傾げる。


「綺麗に清掃された場所では犯罪は発生しない……という訳ではないが、汚い場所の方が犯罪の発生率が高いという話だ。それに、綺麗な場所を汚すのは……それなりに心理的にブレーキがかかるし、他人の目も厳しくなる。特に自分達が頑張って清掃した場所であれば、なおさら見る目は厳しくなる……その目が犯罪抑制の一助ともなるということだ」


「なるほど……分かりました。清掃や他の軽作業も公共事業として募集をかけてみます。半日作業として一食支給といった形にすれば、孤児達も参加してくるでしょうし、そこから保護も出来ると思います」


 流石と言いたげな表情で俺を見ながらレブラントが言う。


 いや、孤児云々に関して考えたのは君の方でしょ?


 俺が言ったのは、力作業に向かない女子供や怪我等をしている人達でも出来るお仕事も作りましょうってだけよ?


「公共事業の件は以上です。後は、商人達に関してですが、食料以外の在庫がかなりだぶついているようなので、アーグル商会に買い取らせようと思います。このままだと、公共事業が広まってお金が行き渡る前に商人達が倒れかねません。まずは市場から物を抜いて、金を増やします。当面は食料を買い込むことで精一杯でしょうが、公共事業によって民の懐にお金が増え始めたら、今度は抜いた以上の物を供給して……後は、自分達でどんどん回していけるようになるでしょう。その段階に辿り着ければ、ベイルーラ地方も他の地方と同じくらい好景気の恩恵をあずかれるかと」


 急激なインフレにさえ気をつければ、大丈夫かな?


 その辺りの匙加減は、イルミットやレブラントが上手くやってくれるでしょう。


 少なくとも俺には全く分からん!敢えて言うなら良きに計らえ。


 俺が異論はないと言うように頷くと、それを見たレブラントが安心したようにため息をつくような仕草を見せてから議題を先に進める。


「ベイルーラの支援、および経済関係は以上になります。次に、陛下から調べるように命じられていた件についてお話しさせて頂きます」


 よし、これからハーピーの件だな。


 バンガゴンガもじれているだろうし……何か良い情報が出てくると良いのだけど……。


「ベイルーラ地方……いえ、ベイルーラ王国にとどめを刺した、穀倉地帯での火災の件です」


 んんぅ?


 何のお話かしら?


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る