第285話 Round.1



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 私は本日、公務の合間を縫ってエインヘリアへとやって来ていた。


 やはり、転移というのは凄い技術ね。


 帝都とエインヘリアを一瞬で移動出来るというのは勿論……道中の危険も一切排除……私達のような立場の者からすれば至上の移動手段とも言えるわ。


 まぁ、問題が無いわけではないけど……。


 本来……私達のような立場の人間が、遠くへ移動するというだけで、道中の街や関係者にはかなりのお金を落とすことになる。


 当然国庫にもそれなりのダメージはあるけど、経済効果として見ると非常に大きなものがある。


 もし、今後各地への移動……貴族達が中央に来る時等、転移による移動がメインとなったなら……かなり経済への影響が出かねない。


 便利に使っている私が言うのもなんだが……何かしら対策を講じるべきだろう。


 それにしても……突如ベイルーラ王国を併合したと聞かされた時は驚いたわ。エインヘリアはもう次に動き始めている……いえ、恐らく帝国とやり合いながら、商協連盟にも手を出していたと見るのが正しいわね。


 恐らく……ベイルーラ王国の併合は、商協連盟に対しての大きな一手となる。


 北を帝国、東をエインヘリアに封じられている商協連盟は南側に手を伸ばすしかない。


 しかし、エインヘリアが南西方面へと動き始めた……商協連盟の上層部は今頃大慌てでしょうね。


 それに、動きの早さもさることながら、兵を動かすことなく一国を落とすなんて……普通の手段でそんなことは到底不可能……まだまだエインヘリアの底が見えない。


 勿論、それを率いるフェルズも……。


 フェルズが私の事を買ってくれているのは分かるけど……貴方に並び立つって、かなり難しいわよ?


 こうやって面と向かって話していると、皮肉っぽいけど民の事をよく考えている善き王って感じだけど……その実、とても一代で成したとは思えないような功績を上げている王。


 とても興味深い人……そして、不思議と心地良いというか、話していて……いえ、一緒にいると安心できる。でも、ラヴェルナと一緒に寛いでいるのとは、やっぱり少し違うのよね……。


 フェルズと会うたびに、似た様な想いがぐるぐると頭を巡る。


 まぁ……今日の話題はちょっと生臭い感じだけど。


 とてもお茶を飲みながら男女がする話ではないわね……私的なお茶会と言っても、私も彼も根っからの仕事人間みたい。


 フェルズと……そして私自身に少し呆れながら内心苦笑していると、メイドが近づいてきてルフェロン聖王国の聖王が来訪したと告げて来る。


 フェルズが言うには、ルフェロン聖王は特に約束をせずにエインヘリアに遊びに来るらしい……一国の王が?


 そんなこと、この国以外で耳にすれば一笑に付すところだけど、何もかもがおかしいエインヘリア……属国との関係も理解できない物である可能性は否めないわね。


 ルフェロン聖王とは以前の記念式典で軽く挨拶をしただけだから、顔を見ておくのも悪くないだろう……フェルズが妙に買っている相手みたいだし。


 いや、違うわね……悪くないじゃない。


 ルフェロン聖王とは会っておかなくてはならない。


 ……フェルズが幼女趣味って疑惑がある。


 それを確認する必要がある……絶対に!


 ……何故かそんな使命感に駆られていると、部屋の扉が開かれて薄紫色の長い髪をした少女が入って来た。


 以前式典で見たから間違える筈もない、ルフェロン聖王国の聖王ね。


 年齢は、確か十一だったかしら?


 一見すると、品の良さがありながらも快活そうな印象を与える笑みを浮かべているけど……この娘、部屋に入った瞬間、私のことを値踏みしたわね?


 フェルズから年齢に似合わずかなり優秀だって聞いているし、資源調査部からの情報でも一国の王として相応しい器だと報告を受けている。


 でも、あの一瞬の目は……何処か、敵意とも違う何かを感じたわね。


 本当に一瞬の事だったので、人によっては見られたことにすら気付けないかもしれない。


 日頃から人の視線を受け続けているからこそ気付けたレベル……そんな一瞬で何を値踏みしたのか分からないけど……向こうも何かしら私に思う所があるのは間違いなわね。


 因みに、彼女とは違い、私はルフェロン聖王の事を正面からじっと観察している。


 他国の王に対しての態度としては不躾だが……彼女はエインヘリアの属国の王。


 対する私はエインヘリアと同格の国の王なのだから、向こうは不快に思っても文句をつけられる立場ではない。


 だからと言って、年端も行かぬ少女に無体をするつもりはないのだけど……それでもやはり気になってしまう。


 ……確かに可愛らしい娘ではある。


 それに、かなり優秀だし……フェルズは元々の知り合いだからともかく、スラージアン帝国皇帝である私の前でも自然体に見える……相当肝が据わっているようね。


 私の事を知っている者なら……たとえ、何十も年上の王であったとしても、緊張を隠しきれないというのに。


 まぁ……ついこの前、そんな私に対して初対面でこれ以上なくらい尊大な態度を取った奴ならいたけど……。


「御無沙汰しておりますわ、フェルズ陛下」


「よく来たなエファリア」


 そんな例外人物は、気安い様子で聖王に挨拶をしている。


「フィリア、知っているとは思うが紹介しておこう。ルフェロン王国の聖王のエファリアだ。エファリア、彼女はスラージアン帝国皇帝、フィリアだ」


「エファリア=ファルク=ルフェロンです。先日の式典でご挨拶はさせていただきましたが、今日は個人的なお茶会ということで、もう一度御挨拶させて頂きますわ、スラージアン皇帝陛下」


「よろしく頼む、聖王殿。フィリア=フィンブル=スラージアンだ」


 私の言葉に、礼を見せるルフェロン聖王。


「折角の個人的な茶会だ。堅苦しい挨拶はそこまでにして気軽に話さないか?」


 茶会の主催者であるフェルズがそう言うのであれば、それに従わぬ道理はない。


「無論、二人が構わないのであれば、だがな」


「……構わないとも。エファリア殿、良ければ私の事はフィリアと呼んで欲しい」


「畏まりました、フィリア様」


 そう言ってにこりと微笑み、即座に受け入れるルフェロン聖王……エファリア。


 うん。これは、見立て以上かもしれないわね……幼さからくる無知故の態度じゃないところが末恐ろしいわ。


 そんなことを考える私の視線に気づいていながらも、平然と空いていた椅子に座るエファリア。


 ……今ちょっとだけ、フェルズの方に椅子を近づけなかったかしら?この娘。


「それにしても、フェルズ様は相変わらず強引過ぎますわ」


 椅子に座ったエファリアは、ため息交じりにそんな事を口にする。


「ん?何かあったか?」


「本来であれば、私はここに座ることできるような立場ではありませんもの」


「そうか?気にすることも無いだろう?」


「もう。とてもフェルズ様らしくて素敵ですが……普通は気にするのですわ」


 ……この娘、めちゃくちゃ媚びてる!?


 まるでラヴェルナが旦那さんと一緒にいる時のような……なんだか甘くて桃色のオーラを出してるわ!


「……そうね。フェルズはもう少しそういった配慮を覚えるべきね。上に立つ者として大事な事よ?」


 そう口にしながら、私は自分の髪を指で掬い耳にかける。


「面倒な事だな。だが、確かに俺の言葉は押し付けとなってしまう可能性がある事は否めないか。二人はそういった事はそつなくこなしていそうだな」


 しかし、ラヴェルナから教えてもらったこの仕草は、フェルズには特に響かなかった様ね……っていうか、どちらかというとエファリアの方が反応していたわ。


 一瞬エファリアは私に視線を向けたけど……すぐに可愛らしい笑顔をフェルズの方に向ける。


「私はまだお飾りですからね、そういった事はあまり」


「エファリアをお飾りの王と思って接した奴は……後で痛い目に合わされそうだな」


 フェルズが普段通り皮肉気な笑みを浮かべながら言うと、エファリアは可愛らしく頬を少し膨らませながら言葉を返す。


「酷いですわ、そんなこと致しませんのに……」


「ふふっ。エファリアの話はフェルズからよく聞いているわ。末恐ろしい……って言っていたかしら?」


「まぁ、帝国でもそんな風に話されているのですか?とんだ風評被害ですわ、責任を取って下さい」


 私の言葉に目を丸くしながら反応したエファリアは、フェルズに向かってとんでもないことを言う。


 責任って……どういう意味よ!


「くくっ……嘘は言っていない。俺の正直な感想だが……恐らく俺以外であっても同じことを言うだろうな?」


「うー」


 だが、フェルズはあっさりとエファリアの言葉を流してしまう。


 そんな反応にエファリアは不満気に唸って見せるけど……大体分かったわ。


 どうやら、フェルズが幼女趣味というのは邪推だったようね。


 恐らくフェルズの方は、エファリアにも対等な友人としての立場を望んでいるみたい。


 属国の王であるエファリアにとって、それはとても難しい事なのだろうけど……フェルズのその想いに全力で答えようとして、こんな風に振舞っているのかも。


「こんな可愛らしい娘への評価としては、妥当な物とは思えないわね」


「エファリアが可愛らしいというのには異論はないが……それと優秀であることは別の話だろう?」


「可愛いだなんて……恥ずかしいです」


 私達の言葉に、エファリアは両手で目を隠しながら恥ずかしがる。


 耳も赤くなっているから、恥ずかしいのは嘘じゃないみたいだけど……あざといわね!?


 この娘……自分が子供であることを最大限に活用しているわ……。


 フェルズの想いに応えるというよりも……めちゃくちゃフェルズの隣を狙っているわね!?


 ……なんかちょっと、もやっとするわ……いえ、別にこの娘がどうしようと良いのだけど……ま、まぁ、フェルズに幼女趣味はないようだし?どれだけアピールしても響いていないみたいだし?


「そういえば、エファリアは何か用事があったのか?」


「いえ、特には。ただ、フェルズ様とお話し出来たらと思って訪問させて頂きました」


「そうか、いつも通りだな。しかし、良いタイミングだったな」


「はい。こうして、フィリア様ともお話しすることが出来ましたし……」


 そう言って私の方を見ながら、にっこりと微笑むエファリア。


 フェルズに向けている笑顔とそっくりなのだけど……根本的に向けて来る感情が違うわね。


 少なくとも、他国の属国の王がスラージアン帝国の皇帝に向けて来る類の感情じゃない事だけは確かだわ。


「そうね。私も会うことが出来て嬉しいわ。ところで、いつも通りということは……エファリアは、よくエインヘリアに訪問しているのかしら?」


「はい。といっても、週に一度程でしょうか?」


 多いわね!?


 っていうか多すぎないかしら!?


「随分と頻繁に訪問しているのね……」


「やはり、気軽に転移が出来ると……使ってしまいますね」


 ……もしかして、エファリアは自由にエインヘリアへと転移出来る許可が出ているのかしら?


 私の場合、通信機能を使って何日後の何時頃に転移したいという約束をしてからでないと、国境を越えての転移は出来ないのだけど……。


「あ、勿論毎回フェルズ様に逢えるという訳ではありませんよ?フェルズ様はお忙しくされている事が多いので……先月は五回くらいしかお逢い出来ませんでした」


 毎週会ってる計算じゃない!


「そうだったか?」


「えぇ……最後にお逢い出来た時は……らーめんを食べた時ですわ」


「あぁ、あの時か」


「らーめん?」


 仲良さげに話す二人も気になるけど、その単語も気になるわ。


 また知らない食事みたいだけど……エインヘリアの料理は聞いたことすらない料理が多くて、しかもどれも凄く美味しいのよね……。


「麺をスープに絡めながら食べる麺料理だ。スープに色々と種類があって、同じらーめんでも全然違う味わいが楽しめる一品だな」


「へぇ、興味深いわね」


「出来たらすぐに食べないと、麺がスープを吸って伸びるからな……フィリアが食べるのは難しいだろうな」


「……」


 私の食事は……複数人の毒見役が一口ずつ食べて、何事も無いか暫く時間を置いてからようやく食べ始めることが出来る。


 当然暖かい料理は冷めてしまうし、冷たい料理はぬるくなる。


 出来立てを食べるということは、まずないのだ。


 毒見をせずに食べられるのは……ラヴェルナが用意してくれたお菓子くらいかしら?


 そんな私がらーめんを美味しく食べるのは……無理に近い。


「貴方達は毒見をしないの?」


「俺に毒は効かん」


「私も……フェルズ様から毒が効かなくなる魔道具をお借りしているので」


「え?……何それ?毒が効かなくなる……魔道具?」


「あぁ、そういう魔道具があるんだ。今の所……どの毒も効かなかったな」


 そんな魔道具が……?


 いえ……普通に考えてどんな毒も無効化できるような魔道具なんてありえないわ。


 ……でも、ここはエインヘリア。


 その、ありえないがまかり通ってしまう国……。


「……そうだな。フィリア、お前にも渡しておこう」


「……え?」


 一瞬考えるそぶりを見せたフェルズが、軽い様子でとんでもないことを言う。


「毒無効化の魔道具。あった方が良いだろう?」


「え?あ、うん。あった方が良いけど……」


 毒無効化の魔道具よ?


 なんでそんな、お土産のケーキあげる的なノリで言ってるの?


 私が困惑している間に、フェルズはメイドを呼んで何やら頼みごとをしている。


 よろず屋で買って来るって……どういう意味かしら?え?店売りの品なの?


 っていうか、そんな国宝級の魔道具をメイドに持って来させるの?あれ?国宝級の魔道具が店売りしてるの?


 いやいや、そもそも私に渡すのって有りなの?


 そんな風に混乱していると、エファリアが暖かい目でこちらを見ているのに気付いた。


「ふふっ……フィリア様、大丈夫ですよ」


 そんな言葉をかけられた私は、急速に混乱から覚める。


「そうね……もう、大分慣れたと思っていたけど、まだまだだったみたい」


「ふふっ、きっと、まだまだ序の口ですよ」


 エファリアの言葉に苦笑してみせると、彼女も楽しそうに笑いだした。


「これで、フィリアもらーめんを食べられるな。いや……だが、流石に食堂はマズいか?」


 この男は一体何を言っているのだろう?天然?


 とんでもない代物をお土産感覚で用意させながら、ズレた事を言うフェルズ……。


 紛れもなくアホなことを言っていると思うのに……どこかそれを可愛いと思ってしまう私は……色々とダメなのかもしれない。


 そう思いつつエファリアの方を見ると、彼女も少しだけ困ったように……しかし、嬉しそうにはにかんだ。


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