第284話 奴隷について
ハーピーの集落から戻ってきた俺は、早速イルミットにリュカーラサや攫われたと思われるハーピー達の件を伝え、人員を割くように命じた。
イルミットは少しだけ考える様な素振りを見せたが、すぐにいつもの笑顔を見せて了承してくれた。
商協連盟になんか色々仕掛けているところに仕事を増やして、大変申し訳ない気もするけど……多分今回の件は商協連盟のなんとかいう商会が絡んでそうだしな。
いや、ただの勘だけど……違法奴隷とかいうヤツは、別に商協連盟だけが取り扱っている訳じゃないだろうしね。
ひとまず、ハーピー達の件は情報待ち……どのくらい時間がかかるかは分からないけど、一ヵ月もあればある程度の情報は集まるだろう。
バンガゴンガには長い一ヵ月になるだろうけど……無闇矢鱈に探し回ってもそう簡単に探し人は見つけられない。
無論バンガゴンガもそれを理解しているから、心配を押し殺して情報が手に入るのを待ってくれている。
本当に、早いところ見つかるといいんだがな……。
ハーピーと商協連盟の件を鑑みて、帝国に派遣していた魔力収集装置設置の人員を、一部ベイルーラ地方に回して国境沿いへの設置を急がせている。
もはや隠す必要が無くなった飛行船もがんがん使っているし、ドワーフの職人も増えてきているので、今までよりも早いペースで進んでいるようだけど……流石に一朝一夕という訳にはいかない。
国境沿いをカバーするだけでもやはり二、三週間はかかってしまうんじゃないだろうか?うちの子達に比べると、ドワーフ達だけでの設置は数日単位で余計に時間がかかるらしいしね。
しかし……ベイルーラ地方が傘下に加わったのは急な話だった割に、代官の選出も非常にスムーズに行っているらしいし、正にトントン拍子と言った感じで事が進んでいくな。
イルミットはやっぱ凄いわ。
そんな感じで、ハーピーの件およびベイルーラ地方の事をイルミットに丸投げした俺だったが、何も仕事をしていない訳ではない。
今日もこうして、外交に精を出しているのだからね。
「なるほど、奴隷ね……」
「帝国にもいるのか?」
「勿論いるわ。って、勘違いしないで欲しいけど、奴隷に関する法整備はしっかりしているわよ?」
そう言って手にしたカップをテーブルの上のソーサーに戻すのはスラージアン帝国皇帝……フィリアだ。
今日は前々から予定していたお茶会……のようなものがうちの城で開催されている。
出席者は俺とフィリアの二人だけだけどね。
勿論、リーンフェリア達護衛と給仕をしてくれるメイドの子達もいるけど……お茶会の参加者は俺とフィリアだけだ。
「ふむ?帝国では奴隷とはどのようなものなのだ?」
しかし、奴隷関係の話は……果たしてお茶会の話題として適切なのだろうか?
そんなことを若干思わなくもないけど、フィリアも特に気にした様子はなく普通に返事をして来る。
「基本的に奴隷として認められているのは二種類。借金奴隷か犯罪奴隷ね。内容は分かるわよね?」
「あぁ。借金奴隷は身売りした人間がなるもので、自分を買い戻すか主人に解放されることで奴隷ではなくなる。戦争で捕虜となった者も保釈金が払えなければ借金奴隷に落とされるんだったな?犯罪奴隷はその名の通り、罪を犯した者が奴隷とされて働かされる。刑期を終えるまでは解放されることは基本的にない」
「なんだ、奴隷制度を嫌っている割にちゃんと知っているのね?」
「当然だ。知りもせずに否定するのは俺の主義ではないからな」
ふっ……つい先日、ハーピーの件でレブラントに教えてもらったばかりのにわか知識が火を吹くぜ……。
「貴方がそういう人で良かったわ。世の中には良く知らない物を否定する輩が多くてね。でも……それが分かっているのなら、借金奴隷や犯罪奴隷が必要って事も分かるのではないかしら?」
「……借金奴隷は、職に就くことが出来ない、食うに困った者が最後の手段として自分を売る……救済という見かたもある。犯罪奴隷は……税を使って犯罪者を養うくらいなら、少しでも国の為に稼げといったところだな。特に、鉱山等の危険な場所に送り込み、作業に従事させるにはうってつけの人材だ」
「えぇ、そうね。借金奴隷は商品として売られていくけど、奴隷を購入する側には当然義務が課せられる。購入には申請が必要だし、どういった目的で何人を購入するか、解放条件と契約内容の開示。長期的に見れば人を雇うよりも安く労働力を得ることが出来るけど、養う必要があるし、人頭税も発生する。購入時に交わした契約に違反するようなことをすれば……当然その主人は犯罪者となる。帝国ではざっとこんな感じね」
俺が思っていた以上に、奴隷関係の法律はしっかりとしたものがあるんだな。
まぁ、人そのものを商品として扱うのであれば、相応のリスクはあるわけだし……犯罪にも利用されやすいだろうからな。
しっかりと国が管理しておかなければ、違法なやり取りの温床となるだろう。
「因みに帝国の奴隷売買の元締めは私よ」
どうやらフィリアは奴隷商人だったらしい……。
「つまり……奴隷商は役人ということか?」
俺が皮肉気に口元を歪ませながら言うと、少し得意気な表情を見せながらフィリアは頷く。
皇帝として振舞っている時の鉄面皮とは違い、実に人間味あふれる表情だ。
話している内容は人間味とは程遠い内容だが……。
「えぇ。だから、奴隷関係は帝国ではかなり厳しく取り締まっているわ。違法奴隷なんかに対しては……『至天』を動かすこともあるわね」
そりゃ凄いな。
違法な奴隷を扱うと、リズバーンが飛んできたりするのか……。
「借金奴隷になる理由は様々だけど……だからと言って、その人の全てを否定して良い訳じゃない。少なくとも、帝国で正規の奴隷を手に入れることが出来るのは、その事をしっかりと理解している者だけね」
「なるほどな……因みに、商協連盟では奴隷がどういう扱いなのかは知っているか?」
「あそこは難しいわね……拝金主義というか、お金を多く集められる人こそ偉いって風潮だから……当然、奴隷の立場は低いものになる。帝国では取り締まり対象である違法奴隷に関しても、黙認されている節があるわね。現に、そういった表に出せないような商売をしている癖に、議決権を持つ執行役員がいるくらいだし」
あぁ、なんかそんな報告があったような……。
「そう言えば前にリズバーンから聞いたな。英雄が所属している商会だったか?」
「えぇ、ムドーラ商会ね。それにしても……今度は商協連盟に手を出す気なの?」
「さてな?」
ジト目でこちらを見て来るフィリアに肩をすくめてみせると、呆れたようにため息をつかれた。
「いくらエインヘリアが規格外の戦力を持っているからって、生き急ぎすぎじゃないかしら?ついこの前までうちとやり合っていたのよ?」
「くくっ……その節は世話になったな」
皮肉っぽく俺が言うと、一瞬口元をひきつらせたフィリアが忌々しげに睨みつけて来たので、そんな視線から逃れるように、俺はテーブルの上にあったお茶を一口飲む。
本気で怒ってはいないと思うが……。
こんな風に軽口を言うようになったのはごく最近の事だが、フィリアは結構懐が深いというか、こういったやりとりを楽しんでいる様な感じがある。
多分……気のせいではない筈。
そんな風に若干ひやひやしつつも紅茶を飲んでいると、向かい側に座るフィリアがこれ見よがしに大きなため息をついた。
「商協連盟は面倒な相手よ?有力者の数は決まっているけど、頭を多少刈り取ったとしてもすぐに新しい頭が生えて来る。武力で国を潰したとしても、商人達はいなくならないし。寧ろエインヘリアに巣食って、甘い汁を吸おうとするでしょうね……それこそ、有力な商人を皆殺しにするくらいしないと、商協連盟という組織を消すことは出来ないわ」
「くくっ……物騒な話だ。平和裏に事を進めたい俺では、とてもではないが出てこない発想だ」
「……貴方の言う平和裏って……一度思いっきり殴りつけて、力の差を分からせてから交渉に入り、相手を良いようにするってことでしょ?」
「心外だな。お互いに一番被害の少ない方法を選んでいるというのに」
再び肩を竦めた俺だったが、フィリアはフィリアで再び俺をジト目で見る。
まぁ、冗談はさて置き……俺の目的は、別に商協連盟をぶっ潰すことではないからな。
商協連盟の勢力圏に魔力収集装置を設置出来れば問題ない……まぁ、それを設置すること自体が侵略行為とみなされるような代物ではあるけど。
商協連盟は、国を守らなければならない立場とは若干違う……商人達の寄り合いだからこそ、その辺上手くつけるのではないかと思うんだけどね。
具体的に、どんな風にうまくついたら良いって案がある訳じゃないけど……。
フィリアの視線を浴びつつそんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、扉の傍に控えていたメイドの子が俺達の方に近づいてくる。
「御歓談中失礼いたします。陛下、ルフェロン聖王国の聖王陛下がお会いしたいと……」
エファリアが?
今日は特に会う約束はしていなかったから……個人的に遊びに来たとかだろう。
エファリアは、王様とは思えないフットワークの軽さでうちに遊びに来るからな……まぁしかし、丁度良い機会か?
「フィリア。もし良ければ、聖王をここに招こうと思うのだが……」
「ここに呼ぶの?」
「あぁ。フィリアが良ければな。今日は彼女と会う約束をしていたわけではないから、個人的に遊びに来たのだろう。今の俺達のように、公的な立場として会うのではなく個人的に友好を結ぶという話だが……どうだ?」
「属国の王が約束も無く来訪してくるの?」
「それだけ気安く付き合っているということだ」
俺はそう言って笑みを浮かべる。
まぁ……普通王様が、隣に住んでいる友達の家に遊びに行く的な気軽さで、他国の王城に訪問したりはせんよね。しかも立場的には格下の属国の王様が。
フィリアも、今日は皇帝としてではなく個人としてうちの城に訪問してきてはいるけど、当然これは事前に約束されていたものだ。
「……そうね。聖王とは以前の式典の時に軽く挨拶をしただけだし、親交を深めるのも良いでしょう。呼んでもらって構わないわ」
「感謝する。エファリアにここに来るように伝えてくれ、それと皇帝殿がいることもな」
「畏まりました」
メイドの子が礼をしてから下がって行く。
恐らくエファリアは近くにいるだろうから、すぐにでも部屋に来るだろう。
フィリアとエファリア……年の差は結構あるけど、中々くせ者同士……反発し合うのか、それとも意気投合するのか、ちょっと楽しみだな。
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