第282話 ハーピー



 街を出た俺達は、岩山を飛んだり跳ねたり……引っ張ったりしながらハーピーの集落を目指し疾走した。


 この山は、ドワーフ達の住んでいるギギル・ポーに比べてもかなり険しい山で、遠くから見た印象通りの岩山だった。


 おかげで道中は中々ハードな山登りだったね。


 正直、フェルズの肉体じゃなかったら開始十分で立ち往生していたと思う。


 確かにレブラントの言う通り、この山に鉱脈があったとしても、開発は一筋縄ではいかなさそうだな。


 ベイルーラ王国が手を出せなかったのも無理はない。


 とりあえず、そんな険しい道のりを越えた俺達は、ハーピー達の集落に辿り着いていた。


 しかし……これは予想していなかった光景だな。


「中々、危なそうな住居だな」


「そ、そうだな。それに、俺は家に入るのは無理そうだな」


 俺の呟きに、隣にいたバンガゴンガが若干戦慄したように答える。


 俺達の視線の先には、ハーピー達が住んでいると思われる家が……崖にくっついていた。


 いや、崖っぷちにある危険な建物とかってのは記憶にもあるけど……崖に張り付いている家って……危険どころじゃないだろ……。


 今俺達がいる場所は峡谷の谷底。


 左右は切り立った崖に挟まれており、その岩肌に小屋のような家が……ツバメの巣のように張り付いているのだ。


 多分杭とかを打ち込んだりしているのだろうけど……いや、全然安心できないな。


 一応谷底の地面にも数軒家はあるみたいだけど……明らかに崖にくっついている家の方が多い。


 しかし、小屋サイズの家に家族で住むのは難しそうだけど……アレって一人暮らし用のワンルームとかなのだろうか?


 そんなことを考えながら崖に張り付いた小屋を見上げていると、頭上が騒がしくなって来た。


 うん……実は、小屋以外にも、上空からこちらを窺う大きな影は見えていたんだけどね?


 俺は視線を崖に張り付いている小屋から、大きな影の方へと移す。


 アレがハーピーか……肩から先が翼になっていて、翼は片側一メートルちょいって感じか?


 身体の大きさは普通の人と同じくらいだけど……バンガゴンガから聞いていた食事量で、よくその身体を維持できるものだ。


 上半身には蓑のような物を着ているようだけど……下半身は羽毛っぽい物に覆われているようだ。


 顔は……ゴブリン達よりも人族に近い顔立ちのようだけど、耳が……なんだろう?垂れ耳の犬みたいな耳だな。耳当て……ではないよな?


 それにしても……高い所から飛び降りて滑空するように飛ぶ感じなのかと思っていたけど、普通に羽ばたいてホバリングするように滞空している奴もいるな。しかもハチドリみたいに物凄い勢いで翼を動かしている風でもない……。


 魔法的な何かで飛んでいる感じだろうか?


 そんなことを考えながらこちらを警戒しているハーピー達を見ていると、若い男のハーピーが数人俺達から少し離れた位置に降りて来た。


「バンガゴンガ、任せる」


「はっ……」


 俺の言葉に、仕事モードのバンガゴンガが応える。


 しかし……街に下りて人族と取引をしている割には、随分とこちらを警戒しているようにも見えるが……田舎独特の排他的な感じだろうか?


「お前達は何者だ!?ここは我々の集落だ!用がないならすぐに立ち去ってくれ!」


「用はある。私はここより遥か北方にある森に棲んでいたゴブリンだ。以前、私の村に滞在したハーピー達がこの集落にいると聞いて会いに来た。カリオーテという方は、この集落に居られるだろうか?もし居られるのであれば、ロンガドンガの息子、バンガゴンガが来たと伝えてほしい」


「……ゴブリン?お前はゴブリンなのか?」


 訝しげな表情を見せるハーピーの男性……その気持ちは良く分かるぞ。


 バンガゴンガは普通のゴブリンの倍以上に横も縦もデカいからな……。


「あぁ、ゴブリンだ。少し大きいがな」


 少しじゃないだろ。


「少し……?あぁ、いや、すまん。カリオーテとは長の名前だが……確認するから、少しそこで待て」


 知ってる名前が出たからか、代表で話していたハーピーが少しだけ態度を軟化させる。


 それにしても、長の名前か……これは思ったよりも話がスムーズに行きそうだな。


 俺がそんなことを内心思っていると、ハーピーが一羽……いや、一人でいいのか?翼を広げて飛び立っていった。


 凄いな……勢いをつけるわけでもなく真上に飛んだぞ?


 やはり鳥とも違うようだな。


 まぁ、ハーピーの生態はどうでもいいか。


 それよりもカリオーテってのがバンガゴンガの友達か……?いや、バンガゴンガの親父さんの名前を出していたから、多分親父さんの知り合いって奴か。


 そんなことを考えている間に、崖の上の方へと上がって行ったハーピーは小屋へと入って行き、一人のハーピーを連れて戻って来た。


 少し年配のように見えるけど、恐らく彼がバンガゴンガの親父さんの知人なのだろう。


「お久しぶりです、カリオーテさん」


「むぅ……君がロンガドンガの息子のバンガゴンガ君かい?その……随分と大きくなったな?」


 地面に降り立った年配のハーピーにバンガゴンガが挨拶をすると、若干……いやかなり困惑しながらバンガゴンガに声をかけて来る。


「お久しぶりです。カリオーテさんと会ったのは子供の頃ですから、流石にあのころと比べると……」


 バンガゴンガは子供の頃は普通のゴブリンと同じくらいのサイズだったのだろうか?


「あ、あぁ、そうだったね。ところで、ロンガドンガは息災かい?」


「いえ、父は数年前に魔物に……」


「なっ!?そうだったのか……気の良い男だったのに、残念だ」


 困惑した様子から一変、沈痛な面持ちとなったカリオーテ。


 長い事連絡を取っていなかったとはいえ、友人が亡くなったと聞けばショックも大きいだろう。


 それにしても、バンガゴンガの親父さんか……移住してきたゴブリン達の中にいなかったから既に亡くなっているとは思っていたが、魔物にやられていたのか……。


 暫く表情を暗い物にしていたカリオーテだったが、少し苦しげではあったが笑顔を作りバンガゴンガに話しかける。


「ところでバンガゴンガ君、ここには何をしに来たんだい?それに後ろの方々は?」


「実は、今日ここに来たのは大切な話があるからなのですが……その前にこちらの方々を紹介させて頂きます。この方は、この辺りを統べるエインヘリアの王、フェルズ陛下です」


「お、王様!?」


 カリオーテが目を丸くして俺を見ながら固まる……まぁ、突然自分の村に王様がやってきたらそうなるよね。


「それと、近衛騎士長のリーンフェリア様に開発部のヘパイ様です」


 バンガゴンガは続けてリーンフェリア達を紹介するけど、カリオーテも他のハーピーも王様来訪の衝撃から立ち直れてないみたいだから、多分聞いてないぞ?


「ば、バンガゴンガ君。ちょっと待ってくれ!エインヘリアとは?ここはベイルーラ王国のはずだが?」


「つい先日、ベイルーラ王国はエインヘリアに併合されました。本当に数日前の事なのでカリオーテさんが知らないのも無理はない……というか当然です。ですが、こちらに居られる方が、エインヘリアの国王陛下なのは紛れも無い真実です」


「……えっと、その……よく分からないが……その、エインヘリア?の王様が何故私達の集落に?今までは自治を認められていたのだが……税を納めろとかそう言う話かい?」


 混乱から立ち直り切れていないカリオーテだけど、何とか疑問を口にする。


 それにしても税か……まぁ、普通は国に納めるものだよね……うちでは街とかの運営費に全部回して、上前をはねてないからかなり安い設定になってるけど……この集落からそれを徴収する必要はないだろうね。


「税の徴収については基本的に考えていません。今回は、私達ゴブリンと同じ妖精族である皆さんが、狂化に苦しんでいるのではないかと思いやってきました」


「狂化……」


 バンガゴンガの言葉に、さざ波のようなどよめきが広がる。


 上空からこちらを窺っているハーピー達にも、バンガゴンガの言葉が聞こえているみたいだね。


 って今更気付いたけど、ハーピー達からは翼をはばたかせる音が殆ど聞こえてこないな……ホバリングして結構大きく翼をはばたかせているのに、殆ど無音だ。


 ドワーフ達も中々尋常じゃない体を持っていたけど、ハーピー達もかなり凄い能力を持っているみたいだ。


 まぁ、ほぼ人型なのに飛べる時点で凄いか。


 俺がそんなことを考えている間にも、バンガゴンガの話は進んでいる。


「私の村では、狂化する者が続出していましたが……この集落ではどうですか?」


「それは……」


 先程バンガゴンガの親父さんの訃報を聞いた時と違い、悔しげな表情をしながら言葉に詰まるカリオーテ。


 この様子だと、ハーピー達も間違いなく狂化に苦しめられているだろうな。


「エインヘリアには狂化を予防し、狂化してしまった者を癒す装置があります」


「何!?」


 バンガゴンガがサラリといった言葉に、先程以上のざわめきが生まれる。


「私達ゴブリンがエインヘリアの傘下に加わってから一年以上……一人も狂化した者はいません」


「い……一年以上も……?」


「はい。それに……エインヘリアの傘下に加わる直前、私は狂化しかけました」


「……」


「ですが、エインヘリア王陛下は……自ら私を救ってくださいました。狂化しかけた私を治療してくださったのです」


 ……懐かしい話だ。


 一か八かだったけど……あの時バンガゴンガを救えて本当に良かったと思う。


 でも、改めて言われると恥ずかしいな……。


「そして、ここより北東に位置するドワーフ達の国、ギギル・ポー。エインヘリア王陛下は彼等ドワーフも救われました」


「なんと……」


「エインヘリアに住むゴブリンも、ドワーフも、もはや狂化に怯えることはありません。そして次は貴方達ハーピーの番です。私達はハーピーを狂化から救うためにここに来ました」


「……何故」


 呆然とした様子のカリオーテが、バンガゴンガ……そしてその先にいる俺に問いかけるように呟く。


「……何故私達を……?エインヘリアとは人族の国なのでしょう?」


「それは……」


「くくっ……どうして皆、そのような事を気にするのだろうな?」


 カリオーテの問いにバンガゴンガが答えようとしたが、俺は口を挟ませてもらう。


 ここだけは俺の言葉で伝えた方が良いだろう。


 口を開いた俺を見て、再び驚いたような表情になったカリオーテに向かい、俺は言葉を続ける。


「俺にとって、エインヘリアに住む者は皆民だ。人族だろうと妖精族だろうと魔族だろうと、全て同じエインヘリアの民だ。そこに貴賎はないし、差別もない。救う事の出来る者が自分の腕の中にいるのだ、救って当然だろう?お前達がどう思おうと、ここはエインヘリアの領土内で、お前達は俺の国の民だ」


 まぁ……ここのハーピー達は、エインヘリアの民じゃなくても救う予定だったけどね。


「突然やって来た人族の王……かどうかも怪しいだろうが、そんな相手を信じられない気持ちは分かる。だが今は、亡き旧友の息子を、少しだけ信用してやってくれないか?」


「そ、それは……」


「カリオーテさん、ここに来た目的は既に述べた通りです。勿論納得がいくまで説明させていただくので……話を聞いて貰えませんか?」


「そ、そうですね……このまま立ち話というの何ですので、こちらの集会場へどうぞ」


 そう言ってカリオーテは俺達を先導するように歩き始める。


 集会場……崖にくっついてる小屋のどれかとかじゃないよね?


 流石にそこに案内されても落ち着かない……立ち話の方が百倍マシだ。


 しかし、それは杞憂だったようで、案内された集会場は地面の上にあった。


 というか、ただの地面だった。


 いや、一応椅子代わりの岩とか丸太とかが置かれているけど、野ざらし感が半端ない。


 どうやら俺が今まで会った妖精族の中で、ハーピーが一番野性味あふれる生活を送っているようだ。


 そんな集会場で、バンガゴンガが数人のハーピー相手に魔力収集装置の事を説明し、ハーピー達からの質問に真摯に答えている。


 やっぱり対価とか見返りが気になっている者が多いかな?


 次に多いのは……本当に狂化を防ぐことが出来るのかってのと、魔力を吸われることによって害がないのかってところだね。


 まぁ、バンガゴンガにとっては想定範囲内の質問だろうし、ゴブリンの隠れ里で何度も繰り返した問答だから問題ない。


 一時間と掛らずバンガゴンガの説明会は終わり、晴れて集落への魔力収集装置の設置が決定し、早速ヘパイが作業に取り掛かった。


 作業を始めたヘパイと、その周りで興味深げにしているハーピー達をバンガゴンガとリーンフェリアの三人で遠巻きに見ていると、カリオーテが近づいて来た。


「ありがとう、バンガゴンガ君」


「いえ、この集落を助けると決めたのは陛下ですから」


「そうだったね……ありがとうございます、エインヘリアの王様。まさか、狂化の恐怖から解放される日が来るとは思ってもいませんでした」


「気にするな。先も言ったが、俺が俺の民を救うのは当然だ」


「それでも、私達は感謝せずにはいられません」


「……ならばその感謝はバンガゴンガに向けてくれ。ところでバンガゴンガ、友人はいいのか?」


 一仕事終えた事だし、旧友と会っておきたいだろうと思い俺が尋ねると、小さく頷いたバンガゴンガがカリオーテの方に向き直る。


「カリオーテさん、リュカーラサはどうしていますか?」


 そのバンガゴンガの質問に、カリオーテの表情が強張る。


 その表情に、嫌な物を覚えたのは俺だけではないだろう……。


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