第281話 物理か精神か



 ベイルーラ王国を併合してから数日後、俺はバンガゴンガとリーンフェリアを連れてハーピーが定期的に鉱石を売りに来ているという街へとやって来ていた。


 街には魔力収集装置を設置してくれたヘパイと、外交官見習いであるリーナスが俺達を待っていたのだが、リーナスは俺に報告書を渡すとすぐに去って行った。


 集落に行く前に、この報告書はしっかりと読んでおいた方が良いだろう。


 そう考えた俺は、早く集落に向かいたいであろうバンガゴンガに悪いとは思いつつも、ヘパイが用意してくれていた宿に向かい報告書に目を通す。


「食料不足はハーピー達にもかなり影響がありそうだな」


 報告書によると、最後にハーピー達が街に来た時は殆ど食料を購入することが出来なかったとなっている。


「食料不足か……街全体に活気が無いのもそのせいなのか?」


 部屋で俺が報告書を読み終えるのを待っていたバンガゴンガが尋ねて来る。


「あぁ、来る前に軽く説明した通り……ベイルーラ地方は元々貧しかったんだが、去年の大きな火事で一気に国が傾いてしまうくらいのダメージを受けたからな」


「それでエインヘリアに併合されたのか?」


「あぁ。詳しい部分は省くが……」


 正確には、詳しい部分は分からんが……だけど……。


「ベイルーラの王がそれを望んでな。こちらとしては最大限支援するということで話を収めたかったのだが」


「支援よりも臣従を選んだということか。エインヘリアを良く知る身としては……英断だと思う」


「物好きな事だ。支援を受けてじっくり国力を回復させるという道もあったと思うのだがな?」


「……俺……というか、エインヘリアに暮らす者としては、フェルズが自分達の王として君臨してくれるのは、本当に心強いし幸せな事だと思う。どの程度エインヘリアについて調べたのかは知らないが、ベイルーラの王は見る目があるな」


「……そうか」


 淡々と言うバンガゴンガの姿に、少し照れが入った俺はやや不愛想に相槌を打つ。


「これはきっと、妖精族である俺達ゴブリンやドワーフだけじゃなく、人族の民達も同じ意見だと思うがな。エインヘリアという国は、言うまでもなく強大な国だ。そしてフェルズ……エインヘリアという国は、お前だからこそ率いて行けるのだと思う」


「くくっ……俺は大層な事はしていない。今のエインヘリアを管理しているのは、キリクやイルミットを始めとした皆だからな」


「俺はそうじゃないと思う。フェルズという王だからこそ……エインヘリアは強く、そして何より全ての民にとって暮らしやすい国なんだ。ただ力があるだけ、ただ頭がいいだけでは今のエインヘリアにはなれない。国を導く者がフェルズだからこそ、今のエインヘリアという国があるんだ」


 やばい……心臓がとぅんくした……。


 これ……未だかつてないくらい褒められているのでは?


 俺が最近やった事なんて……ルミナにころんを教えたくらいじゃよ?


 わんこ好き……いや、ルミナは一応狼だけど……偶に仕事もするけど、基本遊び惚けている覇王じゃよ?


 そんな高評価……身悶えしてしまうんじゃが?


 うちの子達からならともかく、バンガゴンガにここまで言われると……嬉しいやら照れるやらときめくやら……。


「俺は俺のやりたいようにやっているだけだ。それが偶々、お前達にとっても過ごしやすい国の形になっただけ。大したことではない」


 俺がバンガゴンガに向けていた視線を書類に戻しながらそう言うと、視線を逸らす瞬間、バンガゴンガがにやりと凶相を浮かべたのが見えた。


「……照れているのか?」


「馬鹿を言うな。それよりも今はハーピーの件だ。資料によると、食料を購入しているようだが、随分と毎回量が少ないようだな。この辺りの食糧事情がマズくなってからは殆ど購入出来ていない様だが……あの山はあまり自然豊かという感じではないが、大丈夫なのか?」


 俺は宿に来る前に見た山を思い出しながら言う。


 ハーピーの集落のある山は、禿山というか岩山って感じの山で、あまり暮らしやすそうには見えないし食料を獲るのも難しそうだ。


「恐らく大丈夫だと思う。ハーピー達は食事の量が非常に少ないからな。一回の食事はスプーン一匙くらいだ。それを一日に六、七回って感じだな」


「スプーン一匙?それはまた随分と少食だな……」


 一日通してもスプーン七匙……お皿一枚分あるかないかくらいか?


 やはり鳥系だから……食事量を減らして軽くしているのか?


「あぁ。まぁ、俺の知り合いはそれだと少ないらしく、俺達と同じくらい食っていたが」


「以前話していた、子供の頃の友人か。確か当時は飛べなかったんだよな?」


「あぁ」


「……それ、食べ過ぎで重くて飛べなかったんじゃないのか?」


「……フェルズ。もしアイツが今も飛べなくて……昔と同じように良く食べていたとして……それは絶対に言っちゃいけねぇ」


 バンガゴンガが真顔でそんなことを言いだす。


「何か事情があるのか?」


「昔、俺も同じことを思って指摘した。そして……次の瞬間、俺は家で寝かされていたよ。因みに三日が経っていた」


「……どういうことだ?」


「……当時は俺もまだ小さいガキだったからな……ぶん殴られて、吹っ飛んで……そのまま気絶していたらしい」


 三日も気絶してたら、それはもう意識不明って奴じゃないですかね?


「恐ろしい事に……俺をぶん殴ったソイツが目覚めた俺に言った最初の一言が、あたしが太ってるって言いたいの?と、底冷えするような声で言ってきたことだ」


 三日も経っているのに、怒りが収まって無かったということか……ってあれ……?


 もしかしてバンガゴンガの友達って……。


「バンガゴンガ」


「ん?」


「その友人のハーピーだが、もしや女性か?」


「女性って年齢じゃなかったが、まぁ女だな」


「そうか……ならばバンガゴンガが悪い。良くそれで済ませて貰えたものだな」


「ま、マジか?」


「当然だ。女性に振ってはいけない話題はいくつかある。その中でトップクラスに出してはいけないのが、年齢と体重の話だ」


 って、以前レブラントが教えてくれました。


「……なるほど」


「人によっては、百グラム単位で瘦せた太ったを気にする……絶対に碌な事にならないから、男は踏み込んではいけない。絶対にだ」


「わ、分かった」


 戦慄した様な雰囲気で、バンガゴンガが頷く。


 バンガゴンガの友達は、物理的に攻撃してくるタイプのようだが……フィオの奴は物理と精神両方で仕掛けて来るからな……もう少しレブラントに教えを乞うた方がいいだろうか?


 いや、でもな……フィオには全部筒抜けな訳で……。


 ……よし、そんな事よりもこっちだな。


 何故か部屋にいるリーンフェリアの視線が非常に気になった俺は、話を元に戻す。


「ハーピー達が俺達に比べて食事量が少ないとは言え、集落である以上それなりの数が暮らしていて……当然それなりの食糧が必要な筈だ。今回土産として食料を持ってきてはいるが、早めに運んだ方がいいかも知れんな」


「……あぁ。そうだな」


「……引っ張るか?」


 俺がそう言った瞬間、バンガゴンガの顔が引きつる。


 引っ張る……この一言で俺が何を言っているかバンガゴンガは瞬時に理解し、俺もまた、バンガゴンガの表情で彼が正確に理解したと確信する。


「『飛翔マント』持って来るか」


「待て!フェルズ!話を聞け!」


 俺が必要なアイテムを取りに城に戻ろうと腰を上げた瞬間、バンガゴンガから待ったが入った。


 珍しく滅茶苦茶慌てているようにも見える。


「なんだ?」


「実はな……最近ずっと、空いている時間に体を鍛えているんだ」


「ほう?」


「外交官見習いの訓練に混ぜて貰ったりな。だから……以前とは段違いに動けるようになっている」


「そうだったのか……かなり忙しいだろうに、凄いな」


 バンガゴンガには色々と細かい仕事を振っているから、そこらの代官よりもよっぽど忙しい生活を送っている筈なんだけど……いや、仕事を振っているのは俺だが。


「おう……だから、今回は何とかついていけると思う」


「それは、以前ギギル・ポーに行った時くらいの速度であれば問題ないってことか?」


「……アレより少し遅いくらいなら」


「ここから集落まで……多少遅く走っても半日もかからんだろうし、別に良いか」


 俺がそう言うと、あからさまにほっとしたような表情をバンガゴンガが見せる。


「だが、念の為『飛翔マント』は持ってきておくか。岩山を登るわけだし、滑落した時の備えになるだろう?」


「な、なるほど」


「いざとなれば引っ張ればいいしな」


「……」


 物凄く凶悪な表情になったバンガゴンガを尻目に、俺は報告書を片付け準備を始める。恐らく、俺達の足なら三時間もあればハーピーの集落に到着出来るだろう。


 その後は色々と忙しくなりそうだが、早急にヘパイに魔力収集装置を設置してもらう必要がある……設置までの間に運悪く狂化する者が現れたら、この村まで運ばないといけないし……その時にも『飛翔マント』は役に立ちそうだ。


 そんな風に予定を立てつつ、一度城に戻り『飛翔マント』を手にしてから、俺達はハーピーの集落に向けて出発した。


 到着後、すぐにバンガゴンガには働いて貰わないといけないから、以前のように真っ白になってもらう訳にはいかない。


 最悪着いて来るのがきつそうだったら引っ張るけど……前回よりは気持ち安全重視で引っ張ってもらうとしよう。


 クーガーよりは安全運転を……リーンフェリアがしてくれる筈だ。


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