第278話 内務大臣補佐とベイルーラ王国



View of レブラント=アーグル エインヘリア内務大臣補佐 貿易担当 元アーグル商会会長






「兄貴、楽しそうっスね」


「そうか?」


 ベイルーラ王国に向かう飛行船の中で書類整理をしていると、ロブの奴がソファに寝そべったまま声をかけて来る。


「かなり意外っス。兄貴は商売してる時が一番楽しいんだと思っていたっスから」


「あーせやな。俺もちょい意外やったわ」


 今俺がやっとる仕事はエインヘリアの貿易に関する書類や。


 しかし、これは俺がやりたかった商売とは違う……エインヘリアの商品は眠りながら売っても確実に利益出るし、売り買いの楽しみは全然あらへん。


 扱う金額も、商会会長やっとった俺から見てもデカすぎて、現実感全くないしな。


「商売とはちゃうけど……めっちゃ遣り甲斐あるで?」


「まぁ、俺は兄貴が楽しいならそれでいいんスけどね?」


 ソファの上でだらだらしながら言うロブの姿は、どっからどうみても凄腕には見えへんけど……これでめっちゃ優秀やからな。


「めっちゃおもろいで?まぁ、イルミット様はめっちゃ怖いけどな。そう言えば、ロブはなんか外交官の人らに訓練して貰っとるんやろ?腕上がったか?」


「……」


 俺がそう尋ねると、ロブが今まで見た事が無いくらい感情の消えた表情になる。


 あとなんか若干震えとる。


「どないしたん?」


「……イエ、ナンデモナイッスヨ?」


「何で片言なん?」


「……」


「んで、つよなったん?」


「……えぇ……まぁ……なったっスよ……」


「……ロブが虚ろになるほどキツかったんか」


「分かってるなら聞かないでくれないっスか!?」


 俺は最後の書類にサインしながらせせら笑うと、ロブは忌々しげな表情で俺の事を睨む。



「お互い充実しとるようやなぁ」


「……兄貴が楽しそうで何よりっス」


 すぐにげんなりした表情に転じたロブが肩を落としながら言う。


 ロブがそんなんなる程キツイん?


「めっちゃ重要な仕事も任せられてるしなー。今回の件も陛下直々の話やし……ついこの前まで他国の商人やで?俺」


「兄貴の上司は剛毅っスねー」


「お前の上司でもあるやろ?」


「んー、俺は兄貴の直属っスから」


「物好きなこっちゃ」


 大したことしてやったわけやないのに、ほんま義理堅いやっちゃな。


 まぁ、その言葉に甘えてめっちゃ世話になっとるから、偉そうなことは言えんけど。


「ところで今回の仕事っスけど……飛行船とか使っていいんスか?確か、前ベイルーラ王国に行った時は馬車を使ってましたっスよね?」


「あぁ、前回は初訪問やったからな。なるべく威圧せんようにせんといかんかったけど、今回はそういう配慮は必要あらへん。こっちからの要求は伝えとるし、提案も大盤振る舞いしたったからな。相手の答えを聞くだけの簡単なお仕事やし、空飛んで行くくらいかまへんやろ」


「そうなんスね。でも今までひた隠しにしてた飛行船を、大々的に使うのはいいんスか?」


「それは今更やろ。帝国相手にがんがん使っとるしな。ってか、多分対帝国用に隠しとったんとちゃうか?目的を果たしたからもう隠す必要ないって事やろ」


「兄貴の上司の方々は、何処まで先を見て動いているんスかねぇ」


 何処まで先か……。


「キリク様は結構先の展開を教えてくれるんやけど……イルミット様は教えてくれんからなぁ。今回の指示も、どういうことかさっぱり分からんし……」


「今回の指示っスか?」


「ベイルーラ王国の現状は把握しとるか?」


「うっス、問題ないっス。昨年、ベイルーラ王国西部にある穀倉地帯で大規模な野火が発生。収穫前の小麦を直撃したっス。ただでさえ財政的に苦しかったベイルーラ王国は、それがとどめの一撃になったっス。立ち行かなくなったベイルーラ王国は、商協連盟に借金や食糧支援を申し込んでいるっスけど、交渉は全然上手くいってないっス。商協連盟としては担保となるものもないし、返って来る可能性もほぼないんで、当然といえば当然っスけどね」


「せやな。国を乗っとるにしても……現状一切旨みがあらへんからなぁ。国内の治安はぼろぼろ、民も難民となり他国へ逃げ出し始めとる。ベイルーラ王は悪い人やないんやけど……優し過ぎるんは、王様としては欠点や。全てを救おうとして全てを取りこぼす……言っちゃ悪いけど、典型的愚王やな」


 言っとることもやっとる事も、人としては正しいんやろうけど国の長としてはまちごうとる。


「そう言えば、なんでベイルーラ王国はエインヘリアに助けを求めなかったんスかね?兄貴が使者としていくまで、一切コンタクト無かったっスよね?」


「それはしゃーないやろ。エインヘリアは他国に情報が流れんように封鎖しとるし、結果だけ見ればガンガン戦争を繰り返す侵略国家や。普通、隣の家に犯罪結社のボスが住んどったとして、お金貸してくださいって言いに行けるか?」


「なるほど……陛下を犯罪結社のボスに例えるとは、兄貴が相変わらず命知らずで良い事だと思うっス。イルミット様に報告しておくんで、長い間お世話になりましたっス!」


「ちょぉ、待てや。言うとらん、そんなん言うとらんで?」


 イルミット様にそんなん告げ口されたら首飛ぶわ!物理的に!


 冗談でもあの人の前で陛下の事悪く言うたらあかん……。


「いや、それにしても陛下はほんま凄いお人やで」


「露骨なごますりっスか?時すでに遅しっスよ?」


「ちゃうわ!今回の件や!お前も会議で聞いとったやろが、武力提供を含め、相手の要求をいくらでも飲むって。国が一つ破綻しとるのに、それを全部飲み込んだるって言っとるんやで?他国の民を救う……言うのは簡単やけど、普通の国では絶対に出来へん。エインヘリアと陛下だからこそやな」


「さっき兄貴が言ってた愚王云々とは違うんですか?やってる事は一緒だと思いますが」


「お前の方こそ不敬やろが!それに、分かっとって言うとるやろ?出来る見込みがないのに、良い顔だけして皆で一緒に滅んで行くのは愚王。苦痛と苦悩に塗れながら最善を尽くし、犠牲を限りなく減らそうとするのは賢王。小を切り捨て大を救うのが普通の王。そして、絶大な力で全てをあっさりと救えてしまうんが、ぶっ飛んだ王様や。全然ちゃうやろ」


 勿論、フェルズ陛下が優しいだけの王様やないっちゅうのは分かっとる。


 せやけど、あれだけの力を持ち、その気になれば敵国を根絶やしにするだけの力を持ちながらも、極力短い期間で戦争を含めた全てを終わらせ、自国の民にも敵国の民にも負担を強いないようにしている……圧倒的強者だからこそ許されたやり方や。


 苛烈さも傲慢さも持ち合わせていながらも、民の負担や細かい配慮も決して忘れない。


 平和的に事を進めようとする割に、目的のためにがんがん戦争を引き起こす。


 バリバリ威圧感をまき散らす割に、かなり気さく……めっちゃ普通に食堂で飯食って、自分で食器片すし……そんな王様他に……いや、聖王様も一緒にやっとったか。


 アンバランスなようで、一本筋が通っとってぶれへん。


 後世でどんな王として評価されるのか……全く読めへん。


 それがフェルズ陛下や。


「兄貴が今の仕事や陛下の事をめっちゃ気に入っているのは、良く分かったっス。ところで、話が逸れた気がするっスけど、今回のイルミット様の指示はどんなだったっス?」


「あぁ、その話やったな。相手の要求は全部飲んでええって言われたな。まぁ、それ自体は最初に陛下に言われとったからそのつもりやけど……何故かヘパイ様を連れて行くように言われてん」


「ヘパイ様?あぁ、そう言えばドワーフの人達も乗ってたっスね」


「せやねん。ヘパイ様の弟子のドワーフ達やけど……もしかしたらなんか工事とか要求されるんかな?」


「工事っスか?」


「治水工事とかな。穀倉地帯の早期復旧に、あの辺の設備を急ぎ修復したいとか……そんな要求があるんやないか?」


「なるほどっス」


 エインヘリアの北の方や、帝国の魔力収集装置の設置でめっちゃ忙しい筈のヘパイ様を派遣するんやから、多分大規模な工事かなんかがあるんやろう。


 フェルズ陛下がハーピーの件を急げって言うとるし、イルミット様がその為にヘパイ様の派遣を決めてもおかしくない。


 流石に俺やったらそんな判断は出来ひんしな……。


「それはそうと、ロブ。お前はイルミット様の指示で商協連盟の奴隷関係探っとるんやろ?なんでついて来たん?」


「いや、兄貴についてきたわけじゃないっスよ。俺がこっちに来たのはちゃんと奴隷の件っス」


「……ベイルーラ王国のハーピーが奴隷にされとったんか?」


「そこはまだ分からないっス。でもこの不安定な国情っスからね。人攫いとかが増えてるみたいっス。今回はこっち方面からの調査って訳っスよ」


 けったくそ悪い話や。


 まぁ、フェルズ陛下もかなり不快そうにしとったし、遠からずぶっ潰してくれるやろ。


 ご愁傷様って奴やな。勿論同情は一切せえへんけど。


「だから、向こうに着いたらすぐ別行動っス。寂しいっスか?」


「アホか。気合入れて調査せぇ」


「それは勿論っス。兄貴も下手こかないように気をつけるっス」


「おう。目玉飛び出るくらいの成果だしたるわ」


 まぁ、成果言うてもハーピーの集落に魔力収集装置を設置するか、ハーピーをエインヘリア国内に移動させるかってとこやけどな。


 山を活用できとらんみたいやし……ハーピーの集落に魔力収集装置を置いて、山の管理をエインヘリアがするって感じに持っていくのもアリやな。偶に山から魔物が降りてくるって話もあるみたいやし。


 国を立て直すだけの金や資材に比べたら、持て余しとる山の一つや二つ安い対価やろ。


 エインヘリアとしても、ハーピーの集落に魔力収集装置を置けるなら山の資源はどうあれ、南西方面に向けての良い拠点になるやろしな。


 普通は飛び地の領地なんて、管理も防衛もしにくくて全然役に立たんけど……エインヘリアからしたら地続きだろうと飛び地だろうと大して関係あらへん。


 四方を敵に囲まれとっても、気にせんどころか寧ろウェルカム状態で攻めて来るの待つやろうしな。迂闊にも攻めて来る国があったら……そのままごっそさんってとこや。


 我が国ながらえぐいわぁ。






 再びやって来たベイルーラ王国は王都とは思えん程活気が無いし、城もなんかどんよりしとる。晴天やのに。


 謁見の間に集まっとるお偉いさん等も、皆めっちゃ陰気っちゅうか……魂抜けとる感じやな。


 そんでベイルーラの王様は……うん、この前見た時以上に顔色悪いわ。


 俺は今ベイルーラ王城の謁見の間に来とる。


 既にロブの奴とは別れ、共をしてくれとるのはロッズ様とヘパイ様の二人。


 使節団としては何ともこじんまりしとるけど、ベイルーラ王国がこちらを侮る事はないやろ。


 王都の外には飛行船も泊まっとるし、これで侮ったら大物どころやないで。


「御無沙汰しております、ベイルーラ王陛下」


「よく来てくれた、アーグル殿。以前そなたがここを訪れてから、随分と長い時が経ったように感じておるぞ?」


 俺が挨拶をするとベイルーラ王は鷹揚に頷き言葉を返してくる。


 この王様、人柄はいいんやけどな……。


「お待たせしてしまったようで申し訳ございません。ですが、前回は突然の来訪でしたから陛下もゆっくりと考える時間が必要なのではと思いまして」


「う、うむ。ところで……一つ聞きたいのだが、あの空飛ぶ船は一体?」


「アレは我がエインヘリアの所有する飛行船という乗り物です。見ての通り空を行く船ですが……物資や人員の大量輸送を可能としており、今後ベイルーラ王国を支援する上で、心強い足となってくれることでしょう」


「な、なるほど。あのようなものまで貴国にはあるのだな……正直、想像以上だ」


 生気が抜けた様なベイルーラ王やったけど、その一瞬だけ心の底から驚愕を滲ませたように言う。


 まぁ、その気持ちはよう分かる……俺もアレを初めて見た時、色々終わったって思うたし。


「陸路とは比べ物にならない速度で様々な物を輸送出来る飛行船は、貴国の大きな助けとなるでしょう」


「うむ……アーグル殿、その貴国が提案してくれた支援なのだが……」


 挨拶もそこそこ、早速本題のようやけど……そう口にしたベイルーラ王は若干言い難そうに口籠る。


 本来、王様相手に口を挟むことは不敬やけど……。


「足りませんでしたか?」


「い、いや、そのようなことはない。非常に手厚い支援を約束してくれて、とても嬉しく思っておる」


「もし必要であれば物資の追加は可能なので遠慮なく言ってください。我が王は貴国の民が飢えぬように、十全な支援を考えておられます故。借金に関しても、お約束通り、返済期限も利子も設定いたしません。貴国が持ち直し、国力を回復してからゆっくりと返して頂ければ問題ありません」


「……アーグル殿。何故、同盟国どころか国交すらなかった我が国に、斯様に桁外れな支援を申し出てくれたのだ?」


「我が王にとって、自国であろうと他国であろうと民に違いはありません。困窮している民がいると聞けば、何としても手を差し伸べようとするのです。無論、それだけの力を有しているからこそ言える事でしょうが……我が王はそれを善なる行為とも、傲慢であるとも考えておりません。王が王であるために、その信念の元に手を差し伸べただけです。それに、以前こちらから支援の条件をお話しした通り……我が国は妖精族を保護しています。貴国にはハーピーの集落があり、彼等は今この時も狂化という現象に苦しめられているのです。この国を救うことは、ハーピー達を救うことでもあります」


「……エインヘリア王のお心……同じ王として敬服するばかりだ」


 そう言って深くため息を吐く、ベイルーラ王。


 ……なんや?


 周りに居る重鎮達が、なんかめっちゃ辛そうに……。


「アーグル殿。可能であれば、近い内にエインヘリア王に謁見させて頂きたい」


「それは勿論構いません……」


 ん?


 思わず頷いてもうたが……謁見?


 会いたいではなく……?


「その際……我が国、ベイルーラ王国はエインヘリアに併合して頂きたく。アーグル殿、とりなしをお願いしたい」


 なんて?


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