第277話 リズバーンとちょっとした雑談
帝国への農業協力を始めてから一ヵ月以上が過ぎた。
バンガゴンガの報告では、アプルソン領でも問題なく栽培に成功……既に一回目の収穫を終えて、ばっちり男爵たちの度肝を抜いたとの事。
……いや、別に驚かしたかったわけじゃないけど、驚いてくれないとそれはそれで寂しい感じがする。
そんなことを考えながら、俺は向かい側に座るリズバーンへと肩をすくめてみせる。
「帝国でも問題なくうちの種は収穫まで行ったようだな」
「おや?陛下は実がならない可能性を考えていたのですかな?」
俺の言葉に、リズバーンは意外そうな表情をしながら言う。
「そういう訳ではないがな。だが、皇帝達は安心したのではないか?」
今回の農場の件……この世界の常識からすれば、まぁまぁ突拍子もない作物と言えなくもない気がしないでもない。
そんな得体のしれない物なので、当然帝国内では今回の農業協力について賛成派と反対派に別れ、その議論が紛糾したらしい……。
いや、わからんでもねーですよ?
三十日でバンバン野菜やら果物やら羊やらが採れるって……まぁ、ありえないよね。
そりゃ反対派も出ますわ。
しかし、そんな反対派を皇帝が鶴の一声で黙らせたそうだ。
こちらとしては失敗するとは思っていなかったけど……ちゃんと結果が出て皇帝も一安心という所だろう。
「ほっほっほ。皇帝陛下は元々心配していらっしゃらなかったようですぞ?無論、話に聞いていた通り三十日での収穫が出来たというのは、皇帝陛下にとって良い追い風になりましたがな」
「ふむ?」
「今回戦争で派手に負けましたからなぁ」
それ、嬉しそうに言う事なの?
いや、派手に負かしたのは俺だけどさ。
っていうか、その口ぶりだと……戦争に負けて皇帝の権威が落ちてたのか?
そんな俺の考えを読んだのか、リズバーンは再び朗らかに笑う。
「権威が落ちたという程ではありません。ですが、この機に自分達の権威を高めようと動く者達がいたのも事実……というわけですな。まぁ、その目論見も今回の一手であえなく潰れましたがのう」
なるほど……どうりで皇帝自ら農地に視察しに行くわけだ。
あれは、うちとの友好を示す他にも、帝都での権力争いに対しての一手でもあったのか。
うちを上手い事利用した……うん、やっぱ皇帝は油断ならないね。
「国が広くなると面倒な権力争いがあるものだな……」
「ふむ……エインヘリアには派閥等はないのですかな?」
「……ないんじゃないか?」
ないよね?
うちはみんな仲良し……というか俺に絶対服従って感じだし。
いや、本来は色々な派閥が生まれる方が健全、というか当たり前なんだろうけどね?
しかし、エインヘリアにはレギオンズの子達だけが所属している訳じゃないからな……ルモリア派とかソラキル派とかフレギス派とか……あるかもしれん?
……まぁ、仮にあったとしても、キリクとかイルミットがしっかりと統制してくれるか。
暴走したりは……せんよね?
「エインヘリアはエインヘリア王陛下の元、権力が一本化されていて羨ましいですなぁ」
「多角的な視点というのも大事だとは思うがな?とはいえ、一本化されていると国としての動きは早くなる。どちらが良いとは一概には言えないがな」
「ふぅむ」
「独裁では、トップが乱心した際に国全体が破滅に向かって突き進むことになる。そういった意味では、トップを諫められる対抗勢力というのは大事だろう?」
「……権力争いという意味での対抗勢力ではなく、主義主張の為の派閥……ということですな」
「それが健全な派閥という物だ。他人の失敗をなじり、貶め、揚げ足を取り……その上で優位に立ったような気になる。そんな権力争いに何の意味がある?必要なのは議論だ。それも国をより良い方向へ導くためのな」
「耳が痛いですのう……」
滅私奉公なんて早々出来る事じゃない、というかそんなこと口にする奴は胡散臭いにも程がある。まぁ、我欲であっても国を富ませることが出来るのであれば、為政者としては正しいのだろうけど……権力を求める意味をもう少し考えて貰いたいものだ……誰とは言わんが。
「ところでリズバーン、今日は何か用事があったのではないか?」
「今日は、農場の件でエインヘリア王陛下へお礼と……少々確認させて頂きたい事がありましてのう」
「ふむ?視察か何かか?」
「いえいえ、そうではありません。その……うちのリカルドが、最近エインヘリアによくお邪魔していると聞きましてのう」
「……あぁ、リカルドか。確かによく城の訓練所に来ているな」
よく来ているというか……毎日来てるよ。
『至天』って仕事ないのかしら?って思うくらい、いつでもいる。
「申し訳ありません、エインヘリア王陛下。『至天』という立場にありながら、そのようなご迷惑をかけているとは……」
「気にする必要はない。ジョウセンも楽しそうに指導しているからな。しかし、他国の者に師事するというのは『至天』の第一席としての立場的にマズいか?」
「帝国の武の象徴としてはあまり良くありませんが、リカルド……いえ、儂を含めた『至天』とエインヘリアの将の方々とは隔絶した実力差がありますからのう。少しでもその領域に近づけるように努力するのは大事じゃが……エインヘリアにご迷惑をおかけするのは、立場ある者として許容されるべきではありますまい」
それは確かにそうだろうね。
俺は訓練所でリカルドを見かけてびっくりしたけど……うちの子達は平然としていたからな……いつからかは知らないけど、あれはもう日常の光景なのだろう。
帝国としては、間違いなく色々な意味で気まずそうだけど。
「迷惑とは思っていないが、確かにリカルドの立場的になあなあで済ませるのも良くないか。なんだったら出向という形でエインヘリアに来てもらっても良いが……『至天』としての務めはないのか?」
「『至天』には各地の防衛についている者以外、特に責務はありませぬ。まぁ、基本的に各々自らを高めるために研鑽をしているといったところですな」
「有事に備えてということか。そういうことであれば、リカルド自身は職務を全うしているとも言えるか」
他国で修行ってのは……中々思い切った方法だと思うけど。
俺が笑って見せると、リズバーンは困ったような表情になる。
「この件でこちらから帝国に何かを要求するつもりはないが……そうだな、少しリズバーンに聞きたい事がある」
そこまで知りたいって程じゃないけど、何かしら要求をしてあげた方がリズバーンとしても少しは罪悪感も減るだろうしね。
「儂で答えられる事でしたら、何でもお答えいたしましょう」
「知っていればで良いのだが、商協連盟の英雄や上層部について何か知っているか?」
「ふむ、商協連盟に所属している英雄については、申し訳ありませんが儂は殆ど知りませんのう。ですが、上層部の者でしたら少しは」
「聞かせてくれるか?我々も調べてはいるが、帝国から見た商協連盟というのも知っておきたいのだ。基本的な所からな」
俺がそう言うと、リズバーンは少し考えるそぶりをしながら頷く。
「元々商協連盟は小国間の経済的な協力が始まりですが、各国の代表となっていた商人達が国の力を越えて、逆に金の力で各国を支配下に納めて行ったことが本当の始まりとも言えますのじゃ。彼等代表たちは執行役員会と呼ばれており、商協連盟内の経済も政治も握っておる」
この辺は基本情報だから齟齬が生まれようもないな。
「まぁ、商人達が悪いというような言い方になってしもうたが、儂は別に彼らが間違っているとは思わんのじゃ。連盟内の小国を治めていた王侯貴族よりも彼らの方が優秀じゃった……ただそれだけの話じゃな」
「ほう?その辺り貴族的には面白くない事かと思っていたが、そうでもないのか?」
「ほっほっほ、帝国は実力主義じゃからのう。特に今代の陛下はその想いが強い……大陸最大の国を回していくには、貴族達だけじゃ手が足らんというのも大きいのじゃが」
俺の質問に対し、朗らかに笑ったリズバーンが簡潔に答える。
「なるほどな。すまん、続けてくれ」
「彼らが優秀なのは疑いようもない事実です。連盟というだけあって、その運営は合議制となっておりますが、執行役員会には三種類の役員が居ります。年に一度開催される役員会において議決権を持つ十一名の役員。議題に対し発言権を持つ役員。それから傍聴権のみを持つ准役員」
「議論に参加出来ずとも、話を聞くだけで千金の価値があるということか」
「おっしゃる通り、彼らは政治を操る商人じゃからのう。誰よりも早く情報を得て、自らの利益に還元する……それを繰り返し、商協連盟はどんどん勢力を拡大して言った訳じゃな」
「彼等の良いところは、自分達が利益を得るついでに、連盟に所属する国も富ませて行ったということか」
皮肉気に笑いながら言うと、リズバーンも嬉しそうに頷く。
「議決権を持つ十一人の役員。彼らの内、五人……いや、五つの商会については連盟発足時から代表を務めておる老舗じゃな。その中でも御大と呼ばれておるビューイック商会会長、バークス=アルバラッド。儂と同じくらいのジジイじゃが……商協連盟内の流通と情報を牛耳っており、その権勢は執行役員の中でも群を抜いております」
流通と情報か……そりゃ、逆らえないだろうね。
「他は、建築関係や薬品、魔道具辺りを担う商会じゃったかのう?トップのジジイ以外はその時々によって力が変わって来るから、今どうなっておるか正確には分かりません。彼らは商人じゃから、帝国でも商売をやっておるが……流石に議決権を持つ商会が直接店を開いておるということはないのう。無論、連盟に本籍を置く商会であれば、確実に息がかかっておるし、その辺りは気にしても仕方ないがのう」
「なるほどな。仮想敵国ではあるが、相手が商人ということもあり完全に堰き止めるのは不可能ということか」
「そうなりますのう。国内で経済を回すのも大事じゃが、外貨を得ねばすぐに破綻してしまいますからのう。しかし、そういった目こぼしのせいで調子に乗るのが奴等の悪癖。帝国西方は度々奴等にちょっかいをかけられております」
面倒くさそうな顔をしながらリズバーンが言う。
……まぁ、帝国西方って色々仕掛けやすい土壌だしな。とは流石に言えないけど。
「商人ゆえの貪欲さとカネの使い方の上手さ、そして図々しさという訳だな。面倒な相手だ。そのビューイック商会以外に厄介そうな相手はいるのか?」
「ムドーラ商会ですかのう。表立っては紡績業を営んでいる商会ですが……」
「表向きか……」
あからさまに裏の顔があるって言ってるよね。
「はい。連盟に所属している英雄の一人は、このムドーラ商会に雇われていますからな」
「くくっ……英雄に糸を紡がせているのか?贅沢な使い方だ」
俺が肩を竦めながらそういうと、リズバーンは朗らかに笑う。
ムドーラ商会ね……リズバーンの口ぶりからして、裏社会どっぷりって感じの商会なんだろうな。
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