第275話 早い



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国男爵 西方貴族派閥末端






 種を植えてから一ヵ月で収穫出来ます……何かの隠語でしょうか?


 それともエインヘリアでは一ヵ月の数え方が違う……あ、多分これですわ。


 バンガゴンガ様は説明も丁寧にしてくださっていますし、恐らく隠語を使われたというよりも常識が違うと考える方がしっくりきますわ。


「バンガゴンガ様、その……一ヵ月と言うのは何日でしょうか?」


「失礼しました、アプルソン男爵。種を植えてから収穫出来るまで……三十日です」


 ……さんじゅうにちです。


 さんじゅうにちって何日ですの?


「えっと……」


「アプルソン男爵。その気持ちはよく分かります。私も通った道ですので……」


 バンガゴンガ様が苦笑するような笑みを浮かべながら言う。


 ……え?


 さんじゅうにちって三十日の事ですの?


「ふむ、リンゴは一ヵ月で実が出来るのか?」


「あぁ、収穫後も一ヵ月後には再収穫出来るぞ?リンゴだけではなく他の果物もな」


「それは凄いな」


 ちょっ!?


 両陛下がとんでもない話をしていますわ!?


 ば、バンガゴンガ様!早く否定しないと毎月納品しないといけなくなりますわ!


 さっきバンガゴンガ様が、リンゴは木に生るって言っていたではありませんか!


 私よりも背の高い木が、種を植えてから一ヵ月で育つとでも!?


「今回は四種類だけだが、男爵たちが慣れれば種類を増やして行っても良いだろう」


「それは楽しみだな」


 いやいやいやいや、お待ちくださいな!


 一ヵ月で木は育ちませんし、そもそも野菜や果物は種類によって収穫出来る時期が決まっています!


 それに、気候や土壌によっては一切育たない可能性もありますし……アプルソン領は土地がやせ細っているとは言いませんが、特別肥沃とも言うわけでもありません。


 今回の四種類だってちゃんと育つかどうか……。


「あ、あの……バンガゴンガ様……」


「はい、なんでしょうか?」


 いえ、なんでしょうかではありませんわ!せめて、そんなに早く農作物は出来ませんと、両陛下に言ってくださいまし!


 わたくしの切実な思いはバンガゴンガ様には伝わらなかったようで、少し困惑したように首を傾げられ……駄目ですわ!


 でしたら、帝都から来た役人の方に!


 そう考えたわたくしが、説明を終え部屋の隅へと移動していた役人の方へと目を向けると……目を逸らされましたわ!


 あの人絶対理解していますわ!


 一言!一言でいいから陛下に言ってくださいまし!


 わたくしは目に力を込めながら役人の方を見るのですが……あの方、頑なにこちらに目線をむけませんわ!


「アプルソン男爵」


「は、はい。何でございましょう!?」


「ご安心ください。はっきりと申し上げますが、私共が用意した種は、今日から三十日後間違いなく実をつけ収穫することが出来ます。エインヘリアにはその実績があり、様々な土で試しましたが、今まで収穫出来なかったことはございません。アプルソン男爵の懸念はもっともではありますが、信じて頂きたい」


「も、勿論、信じております」


 ……そうですわ。


 この部屋に入った時点で……いえ、両陛下がアプルソン領に来られた時点でわたくしに否と言う権利はありません。


 選択肢は、「はい」か「御意」か「応」しかありませんわ。


 ですが……わたくしの首はともかく、領民の皆さんの生活だけは何としても守らねばなりません。


「アプルソン男爵は自らが農業に従事しており、農作物を育てるという事に関して、確実に私よりも詳しいと思います。私は……実は農業の経験が一年程度しかありません。ですが、このエインヘリアにしか存在しないであろう作物に関しては、絶対の自信を持っております。仮に三十日での収穫が果たせなかった場合……その責任の全てを私が負います」


「バンガゴンガ様、それは!」


「アプルソン男爵、そしてその領民の皆様にとって……この農場計画は死活問題となるのではありませんか?」


 バンガゴンガ様の真摯な様子に、わたくしは覚悟を決めて小さく頷きます。


「……恥ずかしながら、おっしゃる通りです。我が領は自分達で育てた芋や豆を主食とし、季節ごとの野菜、森から取れる少量の肉によって生活しており……けして余裕のある生活とは言えません。そんなわたくし達が、これ程の規模の農場を管理できるのか……正直不安が無いといえば嘘になります」


 植物というのはその場から動きませんし、余程大きな変化でもない限り日々の成長は目に見えません。


 ですが、それでも確実に成長し、変化し続けているのです。


 農作業とは、そんな変化との戦いになります。天候、害獣、雑草、病気、虫……ありとあらゆるものから農作物を守らなければ……次に倒れるのはわたくし達です。


 ですので、わたくし達は自分達の畑に対し一切手を抜くことが出来ません……その上、予定している規模の農地の管理なんてとてもではありませんが……。


 そう考えた時、わたくしは遅まきながら一つの事に思い至ります。


 そもそも……なぜそれを理解している筈のセイバスは、この話を誘致したのでしょうか?


 いえ、恐らくセイバスも誘致等を考えていた訳ではなく、何とかしてエインヘリアとの繋ぎを作ろうとしただけなのでしょうが……というか、詳しく聞いていませんでしたが、セイバスは一体どなたと繋ぎを作ったのでしょうか?


「ん?おかしいな。その辺は既にアプルソン家の者と話し合い、農場の広さや必要な支援等は綿密に計画している筈だが」


 エインヘリア王が訝しげな顔をしながらそう言いました。


「……え?」


「くくっ……中々剛毅な人材を抱えているようだな?アプルソン男爵。捕虜の身でありながら、うちのジョウセンと親しくなり、そこから参謀であるキリク……そして俺の元までやってきたのだからな」


 ……。


 ……。


 ……ふぁ?


「その時に男爵領の話や人口、そこから許容できる農場の広さ等を試算して、問題ない事は確認してあったんだがな?無論、エインヘリアで農作業も確認して貰っている」


 ……。


 ……。


 ほ、捕虜で……剛毅……エインヘリア王に謁見……?


 アプルソン家の者が……?だ、誰がそのような……?


「確か、セイバスと言ったか?アプルソン家の執事だそうだな」


 や・は・り・お・ま・え・か!


 いえ……まぁ、薄々……いえ、確実にあんにゃろうしかいないと思っていましたが!


 ですが、今はそんなことどうでもいいですわ!


 これはいつものような、洒落などでは済まない話です!


「も、申し訳ございません!エインヘリア王陛下」


「ん?もしや報告を受けていないのか?」


「……は、はい」


 終わりましたわ……。


 頭を下げる直前、皇帝陛下や帝都の役人の方が凄まじい目でわたくしの事を見ておりました……。


 国の頭越しに他国の王へと繋がりを作った件。


 誘致しておきながら実態を把握していなかった件。


 部下の管理不行き届き。


 どれか一つだけでもかなりの大問題ですが……トリプルコンボともなれば……お家取り潰しは確実……わ、わたくし一人の首で収めて頂けるでしょうか……?


「あぁ、そうか。すまない、アプルソン男爵。俺の勘違いだ」


「……へ?」


 頭こそ下げませんでしたが、謝罪を口にし苦笑するような表情を見せるエインヘリア王の姿に、わたくしはお間抜けな声を漏らしてしまいました。


「捕虜となっていたアプルソン家の者が家臣と友好を深めたのは事実だが、その後参謀や俺と会ったのは全くの偶然だ。彼が何か動いた結果ではない。当時、偶々帝国内での農場計画を考えていた時に、ジョウセンが彼の事を思い出してな。それでこちらから話を聞いたのだ。本来であれば上役であるアプルソン男爵に話を通すべきだったのだが、まだ正式に帝国側と話をしたわけではなかったからな。個人的な話に留めておいたのだ。男爵に報告しなかったのは、機密事項故、絶対に漏らさないようにと約束したからだな。俺としては男爵には報告して貰っても良かったのだが……随分と義理堅い人物のようだ」


 エインヘリア王がわたくしに説明してくださいますが、半分くらいは皇帝陛下へ弁明して下さっている様な感じにも聞こえます。


 現に、エインヘリア王の言葉を聞き、皇帝陛下の表情が少し和らいだ気がしますわ。


「なるほど、そういう事情だったか。アプルソン男爵、今回は不問といたすが……本来は重罪となり得る越権行為だ。此度は上手くいったが、大問題となっていた可能性も否定出来ぬ。その事をゆめゆめ忘れる事のないように」


「はっ!誠に申し訳ございませんでした!」


 エインヘリア王のおかげで首の皮一枚繋がりましたわ……ですが、皇帝陛下の心証はかなり悪くなってしまいました……挽回するには、なんとしても此度の農場を成功させなくてはなりません。


 いえ、それだけでは足りないかもしれませんが……わたくしに出来ることはそれしかありませんわ!


 わたくしは気合を入れ直し、バンガゴンガ様の説明に全神経を集中させます。


 しかし、バンガゴンガ様の説明は……なんというか……農業を舐めていらっしゃる?としか返せないような内容でした。


 豊作も凶作も無く、病気もせず、どんな土壌でも芽吹き、三十日で実を成す。


 肥料を必要とせず、天候にも左右されず、三十日後には規定量が必ず収穫できる。


 間引きや雑草の処理も必要なく、病気や虫害にも侵されず、枯れた姿を見た事が無い。


 実験では水撒きさえも必要としなかったとか……悪魔の植物ですの?


 唯一、手間と言ってよい物が……魔石を必要とするという事。


 その魔石はエインヘリアでのみ生成可能な代物だそうで、栽培に必要な分だけエインヘリアから提供されるそうです。


 バンガゴンガ様の説明を全て信じるのであれば……確かにわたくし達の負担は殆ど増えませんわ……種まきと収穫作業くらいでしょうか?


「最後に、収穫の翌日。その場にあった木等は全て消え去りますが……」


 消え去るんですの!?


「木のあった場所に種が二つ残されます。これは確実に回収してください。御理解いただけているとは思いますが、この種は既存の植物の種とは全く異なる物。これらを外に流出させるわけにはいきません。二つの種の内、一つはそのままアプルソン領で植えて貰い、もう一つはエインヘリアが回収させて頂きます。この時、在庫管理を徹底して行う必要がありますのでご留意下さい。種の紛失等が起こった際には、かなり厳しい処罰が下されることになります」


 種を一粒一粒在庫管理!?


 今までの農作業の楽さから一変して、とんでもねー作業がぶち込まれましたわ!?


 やはり、上手い話はないという事ですわね……。


 いえ、ですが……その程度の苦労と考えてしまうくらいに、他の作業は緩すぎますわ……。


 もし他の農作物も……たとえば小麦なんかがあれば、我が領の生活もかなり楽に……。


「畏まりました、バンガゴンガ様。種の管理は徹底して行わせて頂きます」


「種の管理についてもノウハウがありますので、同じようにしていただければ負担も少なくなります」


「はい、しっかりと勉強させて頂きます」


 わたくしがそういうと、バンガゴンガ殿が力強く頷く。


「では、私からの説明は以上になりますが、何か質問などございますか?」


「……今のところは特にありません。明日以降、作業をして行く上で色々と確認したい事も出て来るかと思いますが」


「その時は遠慮なくご質問してください。その為の指導員ですから」


「ありがとうござます、バンガゴンガ様。これからよろしくお願いいたします」


「こちらこそ。共に頑張っていきましょう」


 バンガゴンガ様は、その見た目に反しとても紳士的な方ですわね。


 どこぞの、見せかけだけ丁寧な執事に見習わせたいですわ。


「……アプルソン男爵」


「はっ!」


 エインヘリア王から声をかけられたわたくしは、考えていたことを投げ捨て、即座に膝をつき応える。


「畏まらずとも良い、楽にしてくれ」


「はっ!」


 わたくしが立ち上がると、満足げに頷いたエインヘリア王が言葉を続ける。


「先程ちらりと言っていたが、男爵の領では肉の確保は森での狩りだけなのか?」


「はい。牧畜をしようにも、森や山を抜けてここまで連れてくることが難しく……」


 以前、牛やヤギを他所で購入して連れて来ようとしたことがあったのですが……森で魔物の襲撃に遭い、村まで連れてくることが出来ませんでした。


 魔物の住む森……ここを、家畜を連れた状態で踏破するのはほぼ不可能と言えますわ。


「ふむ……であるならば……」


「へ、陛下!少々お待ちください!」


 先程まで穏やかな様子で説明をしてくれていたバンガゴンガ様が、突如慌てたような声を出す。


 どうしたのでしょうか?


「陛下、まずは今回持ってきた四種で慣れて貰って……ほかの作物に関してはそれからの方が……」


「そうか?しかし、早めに必要なんじゃないか?」


「大丈夫です!今回持ってきた支援物資がありますし……それに、魔力収集装置の設置が終われば、追加で必要な食料があれば私が運び入れますので!」


「バンガゴンガ一人では運べる量にも限界があるだろう?」


「何度か往復すれば良いだけなので問題ありません!大丈夫です!お任せください!」


「ふむ……分かった。バンガゴンガがそう言うのであれば」


 何の話かは分かりませんが、エインヘリア王がそう言うとバンガゴンガ様が安堵された様に息を吐きました。


「本当にいいのか?」


「問題ありません!後日、様子を見てからという事で!」


「……分かった」


 どことなくエインヘリア王が不満気な気もしますが……バンガゴンガ様の言を聞き入れたようです。


 というか……バンガゴンガ様はエインヘリア王に諫言できる程の立場の方でしたの?


 農業指導員とおっしゃられていたので、下級役人かと思っていたのですが……もしや、エインヘリアでも相当な重鎮なのでは……。


 これから作る農場もとんでもねーモノですし、指導してくださる方は他国の重鎮……アプルソン領は一体どうなってしまうんですの?


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