第276話 ある日のお偉いさん



View of アレクス=ヒンギア 商協連盟執行部 プルコッセ王国代表 ヒンギア商会会長






 私は自分の執務室で上がって来た報告書に目を通し、価格操作をしていた商会が嵌められた事を確信する。


 エインヘリアと帝国との戦争。


 これが泥沼化すると読んだ商協連盟の東側のいくつかの商会が、武器や食料の類を買い占めて価格操作を行っていたのだが……アーグル商会という小さな商会がこれに反発。


 どこからか複数の商会が買い占めた量の倍以上の商品を用意して、寧ろ価格を下げ……更に自分達の規模をこの機に一気に拡大させた。


 保存がきく武器はともかく、小麦を中心とした食料に関しては大きな損失となりそうだな。


 武器に関しても在庫を圧迫するだろうし、保管料もかかる。最大の取引相手と目していたエインヘリアが購入する気配を一切見せない以上、過剰となった在庫により仕掛けようとしていた商会は軒並みひっ迫していくだろう。連盟東側の勢力図は大きく塗り替えられそうだ。


 気になるのは……このアーグル商会だな。


 商協連盟の一番東、ゾ・ロッシュを拠点とする若い商会。


 元はレブラント=アーグルという男が立ち上げた商会だったが、数か月前にルシオ=クロファという者が会長となってから急拡大を始めた商会だ。


 しかし……このアーグルという男も若いながらもかなり優秀だったようだが……何故突然会長が代わった?ルシオは元番頭だったようだが……情報を見る限り、乗っ取りという訳でもなさそうだ。


 これは単純に、アーグルが築いた土台にルシオが花を咲かせた……そう見るには、些か異常な数字だ。


 アーグル商会自体は、数年でゾ・ロッシュの中でも五本の指に入るほどに急成長していたみたいだが……ここ数か月の業績は異常とも言える。


 無論、買い占めを行った商会に、大量の商品を供給し……その上で市場にも十分な商品を卸したのだから大儲けしたのは間違いないが……その供給量が異常なのだ。


 アーグル商会の規模で供給できる量ではない。


 しかも、それだけの在庫を有していながらも、新規店舗をどんどん展開して行っているのだ。


 既に店舗はゾ・ロッシュだけでなく連盟内の東側数か国にまで広げている……扱っている商品は手広く、一般向けの低価格の生活雑貨から、富裕層向けの高級品……更には武器に食料、衣料品……特に目を引くのは、ドワーフ製の品々だ。


 一般的な商品の在庫量も異常だが、これ程大量にドワーフ製品を仕入れることが出来るというのは異常を通り越し、もはやありえない事と言えるだろう。


 商協連盟内にもドワーフは住んではいるが、そもそも数が少ない。


 それに彼らは既に大手商会が専属契約しているので、他所の商会に商品を売る事は出来ないし、何より店頭に並べ、在庫も十分等と言ったふざけた量を抱え込むことなぞ出来るはずがない。


 それを可能とする手段はただ一つ……ギギル・ポーのドワーフ達を抱え込むことだ。


 彼の国……いや、今は既にエインヘリアという国の一地方だが、ギギル・ポーのドワーフ達であれば、アーグル商会が現在取り扱っている量でかつ高品質の製品を作る事も可能だろう。


 しかし問題は、ギギル・ポーまでの距離だ。


 商協連盟の東の端であるゾ・ロッシュからであっても、片道で数か月はかかる距離……そんな距離にある場所から買い付けを行って在庫を充実させる等……はっきり言って不可能だ。


 エインヘリア国内は驚くほどに治安が良いとは聞いているが、それでもドワーフ製品を満載した商隊の護衛には相当な金がかかるだろうし、一度でも事故を起こせばその損害は商会を傾けかねないものとなるだろう。何しろ量が量だ。


 仮に、安全な輸送手段を確保できたとしても、問題はまだある。


 ドワーフ達は非常に融通がきかない……偏屈と言っても良い。


 そんな彼らから大量の製品を購入するという事は……もはや奇跡の手腕と言っても良いレベルだ。


 以前は食料等を購入するという契約で、ソラキル王国やクガルラン王国が少量の取引を成功させていたみたいだが、それでも今のアーグル商会のように豊富な種類の製品は取引していなかっただろう。


 ここまで考えれば……結論は出たようなものだ。


 アーグル商会……その後ろにいるのはエインヘリアだ。


 エインヘリアから資金提供、それに商品の供給をアーグル商会は受けている。


 流石に一国……しかも大国がバックについている商会相手では、資金力で太刀打ちできる商会は商協連盟内にも極僅かしかいない。


 執行部で議決権を持つ十一の商会……その中でもトップの資金力を持つ三商会、彼等以外はまともに太刀打ち出来ないだろうし、彼等であっても単独で立ち向かえば潰されてしまうだろう。


 無論、商協連盟が一丸となれば資金力において圧倒的に優位ではあるのだが……外部の敵に対しては一丸となると言われている商協連盟も、今となってはな……。


 十数年前の……帝国が戦帝という危険人物を戴いていた頃は、商協連盟も一丸となって対抗していたが……今の皇帝となり、外部の脅威が薄まった分……内部の敵の方が脅威となり、以前のように外敵に対して強固な繋がりで立ち向かうといった雰囲気は薄れてしまっている。


 まぁ、私も人の事は言えないが。


 しかし……エインヘリアか。


 一年ほど前突如として現れた国だったが、瞬く間に周辺国を併呑して大国となった……その勢いはかつての戦帝を遥かに上回るものだというのに、平和ボケした執行部の者達は良い金蔓程度にしかエインヘリアの事を見ていない。


 だが……はっきり言ってあの国はおかしい。


 一年足らずで数か国を併呑……しかも、中堅国としては大陸でもトップクラスの軍事力を持つソラキル王国までもあっという間に潰している。


 それだけならまだ良い。


 問題は、あれだけ派手に動いている国の情報が一切得られないということだ。


 もちろん、表層的な情報はいくらでも手に入るのだが、そこから一歩でも踏み込んだ情報を得ようとすれば……一切が闇の中といった感じなのだ。


 そんなことがあってたまるかと思うが……事実そうなのだから文句を言っても仕方がない。


 我々商人に対し、どうやったらそんなことが可能なのか……非常に興味深いと言えるが、今はそれ所ではないな。


 商協連盟は商人が力を持つ組織……その裏がどうであろうと、アーグル商会が連盟内で相当な力を持つのもそう遠くない。


 そうなった時、商協連盟内の高い位置にエインヘリアの意志が介入するということだが……その事自体は今更だろう。


 商協連盟は各執行役員達の思惑と利権で運営されている。


 他所の意志が潜り込むのは珍しい事ではないし、商協連盟は逆にそれを飲み込んで大きくなっていった。


 だが……今までの様に行かないのは間違いない。


 エインヘリアは今まで連盟が取り込んできたような相手とは違う。


 恐らく、アーグル商会が連盟内で強い影響力を持つことになれば、商協連盟はエインヘリアに掌握されることになる。


 アーグル商会が台頭してくるまで早ければ二、三年……時間がかかったとしても十年はかからないだろう。


 それを防ぐには……今しかない。


 今この段階であれば、商協連盟が一丸となれば防ぐことは出来るはずだ。


 しかし、アーグル商会の資金源や商品の供給源はエインヘリア……供給源の締め付けは厳しい、資金が尽きるまで値下げ合戦というのも相手が悪い。


 仮にそれが可能であったとしても……勝利した時には連盟内の経済はもはや立て直しが効かぬほどにボロボロになっているだろう。


 効果がありそうなのは流通経路の締め付け……後は、裏から手を回す方法もあるが……直接的な力を使った場合……エインヘリア側も裏で動き始める危険も出る……流石に武力ではエインヘリアに太刀打ちは不可能だ。


 やはり、他の執行役員達との連携が必要だろうな。


 特に、商協連盟内の流通網や情報網を掌握している御大の協力は不可欠となる。


 今年の執行役員会まで約二か月……間違いなく今回の役員会最大の議題はエインヘリアとのことになる。


 アーグル商会の事は、おそらく他の者達も気付いているだろうが……エインヘリアに関しては軽視している可能性が高い。


 無論、戦争を繰り返し勝ち続けている、エインヘリアの戦力自体は軽視していないだろうが、それを操る王やその周りにいる者達は別だ。なまじ、自分達が金の力で貴族達を下してきたという実績から、特に年齢や立場が上の者達は既存権力者を軽視する傾向がある。


 しかし、エインヘリアのアーグル商会を使った手腕……これは、どちらかというと我々商人のやり方に近い。


 それに情報の取り扱いは……もしかすると御大のそれを上回っている可能性がある。


 次の役員会でその事をしっかりと確認し、皆が認識して動かなければ……全てが後手に回り、気づいた時には取り返しのつかない状況に陥っている可能性がある。


 エインヘリアは、けして搾り取る相手として美味しい相手ではない。


 いや、色々と美味しい相手であるのは間違いないが、それ以上に危険な相手だ。


 もしエインヘリアを取り込んだり、利用しようと考えている者達がいるのであれば、しっかりと釘を刺す必要がある。


 私は執行役員ではあるものの、議決権を持つ役員の中での地位は底辺に近い。


 出来れば私と同じ考えの同士を得たい所だが……まずは役員会までの二か月で根回しに勤しむとしよう。


 まぁ、最悪の場合は損切りしてしまえば良いだけだが……沈む船に乗り続ける必要はないからな。


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