第274話 飛んで来た



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国男爵 西方貴族派閥末端






「セイバス?」


「なんでしょうか?」


「今日、帝国とエインヘリアの方々がいらっしゃるのですよね?お忍びで」


「私は書状を確認していませんが、お嬢様はそうおっしゃられていましたな」


 そう、書状を確認したのはわたくしだけ……セイバスに確認するのは間違いですわ。


 わたくしは念の為持って来ていた書状に目を落とします……そこにははっきりと書かれておりました。


 本日、日の出より二刻後、帝国とエインヘリアの使者がアプルソン男爵領に訪問……その際は他の貴族に農地の場所を知られぬように向かう故、出迎えや歓待等は必要ない……うん、間違いありませんわ。


 わたくしは、リズバーン様から渡された書状を懐に戻しながら空を見上げる。


「お忍び……お忍びとは?」


 わたくしの視線の先には、以前戦場で見たエインヘリアの飛行船が堂々とした姿をさらしております。


 お忍びとは?


「お嬢様、そろそろ正気にお戻りください。これがエインヘリア流のお忍びなのでしょう。それよりも、歓迎は必要ないとの事ですが、お嬢様は使者の方々をお出迎えしなくては」


「そ、そうですわね。恐らく降りる場所を知らせるためにあのように一か所に留まられているのでしょう。セイバス、すぐに向かいますわ」


「畏まりました」


 あれ程派手で、わたくしの能力でなくともかなり遠くからでも発見出来る乗り物でやってきて、本当に忍べているのでしょうか?


 ここに農場を作る事は極秘と聞いていましたのに……いえ、これに関してはわたくしが気にすることではありませんわね。


 恐らく帝国とエインヘリア双方に、何らかの意図があるのでしょう。


 何も考えずに移動が楽だからという理由では、ないですわよね?


 わたくしはそんなことを考えつつ、上空にいる飛行船の方に向かって馬を走らせました。






 うえええええええええ?


 って、うえええええええええ?


 ちょ……どういうことですのおおおおおおお?


「聞いていた通り、三方は山に囲まれて唯一山が無い方は深い森か……確かに簡単には辿り着けそうに無さそうな立地だな」


「あぁ。外から人が入ってくることは基本的に無いとのことだからな。立地条件だけでもかなりの防諜力と言えるだろう」


 飛行船から降りて来たお二人が、周囲を見渡すようにしながら雑談をされています。


 他にもリズバーン様を始め、多くの方が飛行船から降りて来ておりますが……問題は御歓談をされている御二人ですわ!


 ど、どどどど、どおおおおしてこの方々がここに!?


 御一人は……戦場で見たとんでもねーイケメン……恐らく……エインヘリア王……ですよね?


 そしてもう御一方は……一度だけお姿を見た事があるので間違いありません。


 スラージアン帝国皇帝陛下、その人ですわ!?


 何故この地に皇帝陛下が!?


「見事な領地だ、アプルソン男爵。これからこの地に我が国とエインヘリアの友好を示す為の農地を作らせてもらう。我々も出来る限り協力するつもりだが、何よりも貴公等の力が必要だ」


「はっ!このヘルミナーデ=アプルソン。スラージアン帝国とエインヘリアの友好の為、粉骨砕身の思いで取り組ませて頂きます!」


 呆けている場合ではありませんわ!


 慌てて膝をついたわたくしに、陛下は立ち上がるように命じてから鷹揚に頷く。


「期待している。さて、早速ではあるが……書状では詳しい説明が出来なかった故、今回の件についての説明が必要であろう?」


「ありがとうございます。どのような作物をどの程度の規模で育てるのか等、確認したき事が多く御座いましたので……」


 とは申しましたが……正直、お二方の出現で色々考えていたモノがぶっ飛びましたわ!


 え……?わたくしこれからどうなるんですの?


「ならば、飛行船の部屋を使うと良い。ここは物資の運び出しで騒がしいしな。我が国の農業指導員もそこで紹介しよう」


「借りても良いのか?」


「構わん。ついでだから俺達の国からの説明もそこでさせてもらうが、同席しても問題ないか?」


「あぁ、その方が効率が良いだろう?」


 陛下とエインヘリア王が気安い様子で話をしている。


 これが先日まで戦争をしていた二国の王ですの?まるで旧来の友人のようではありませんか……。


 トントン拍子に進めていく御二方の会話を、わたくしは呆然としながらも必死で理解しようと頑張る。


 えっと……つまりこれから農場についての説明を……飛行船の中でして下さる?


 いえ、勿論皇帝陛下がされるわけではないでしょうが……この話からして、少なくともエインヘリア王はその説明の場にいらっしゃるわけで……正直とんでもねーイケメンとか、喜んでいられないですわ!?吐きそうですわ!


「ではアプルソン男爵、物資の受け渡しの監督は部下に任せると良い。引継ぎをしたら飛行船に向かうぞ」


「はっ!すぐに引き継いでまいります!」


 皇帝陛下の御言葉に、私は急ぎその場から離れセイバスの元に向かいます。


 御二方から離れた瞬間、空気が軽くなったのを感じますわ……!


「セイバス!」


 少し離れた位置で膝をついているセイバスの元に向かい声をかける。


「はい」


「私はこれから農場についての説明を聞いてきます。今運び出されている物資の検品と適切な場所への保管をお願いします」


「畏まりました……お嬢様」


「何かしら?急いでいるのだけど」


「それは分かっておりますが、少々緊張し過ぎではないかと」


 セイバスにそんなことを言われて、わたくしは初めてセイバスの顔を正面から見る。


 こんな事態だというのに、セイバスは普段通り落ち着いた態度を見せております……。


 それに引き換えわたくしは……。


「ふぅ……確かに舞い上がっていたようですわ。ありがとう、セイバス。もう大丈夫です、貴方はこちらの監督をおねがいしますわ」


「畏まりました……ところでお嬢様」


「……本当に急いでいるのだけど、まだ何か?」


「いえ、大したことではないのですが……確か昨日、たとえ相手が皇帝陛下であろうと、無理な物は無理ときっぱり断ると……」


「委細任せましたわ!」


 セイバスに皆まで言わせず、わたくしは両陛下のおられる場所に戻ります。


 とんでもねーことをとんでもねー場所で言わないで下さいまし!


 そんなこと出来る訳ないでしょう!?


 ……でも、領民の皆さんに負担を強いる訳には……うぅ……お腹が痛くなってきましたわ。






「以上がアプルソン男爵領に作る農場の概要となります」


 帝都から来られた役人が今回の農場を作る意味やその狙いについてを説明してくださいます。


 ですが、わたくし達のすることは結局農場の管理……いくつか聞いたこともない、作物もありますがみかんと……ばなな?


 なんか不思議な響きですわね……ばなな。


 帝国側からの説明が終わり、今度はエインヘリアから派遣されてくる農業指導員のバンガゴンガ様の説明が始まります。


 このバンガゴンガさんは、ゴブリンなのだそうですが……一般的なゴブリンに比べて物凄い巨躯ですわ。


 うちの領内で一番大きなグッテさんよりも横にも縦にも一回りくらい大きいですわね……。


 ですが、そんな威圧感のある風貌と異なり、その言葉はとても理性的でこちらへの配慮に満ちたものであることが分かります。


「かなりの広さを耕す必要があるのですね……我が領は人手が少ないので、開墾だけでもかなりの時間がかかると思われます」


「開墾に関しては土地を指定して頂ければ、我々が終わらせます。その為の人員は連れて来ておりますのでご心配なく」


「ありがとうございます、バンガゴンガ様」


「今日中には開墾を終わらせられるので、すぐに種を植えられるでしょう」


「きょ、今日中ですか?」


 この辺りはけして耕しやすい土地ではありません……いえ、お聞きしている規模の土を起こすだけでもかなりの時間が必要なのですが……それに水分と肥料を混ぜて、整地して畝を作り……畑を少し広げるだけでも相当な作業量なのですが……それを一日で全部?


 一体どれだけの人を連れて来たのでしょうか……?


 いえ、バンガゴンガ様が出来るとおっしゃられているのですから、そこに疑問を挟むべきではありませんわね。


「ところで今回植える四種類の作物ですが、全て畑に植えてよろしいのですしょうか?リンゴとぶどうは、確か木に生るのでは?」


 果樹園とするのでしたら、土を起こし肥料を混ぜる必要はありますが、畝を作る必要はないでしょう。


 いえ、わたくしも果物を育てたことはないので詳しいやり方は知らないのですが……。


「あぁ、御想像されている様な大きな木にはなりません。リンゴであれば二メートル……私よりも少し小さいくらいまで成長したら実がなります。横にも大きく広がったりはしないので、ある程度の間隔を開けて植えれば大丈夫です。その辺りは私が教えるので、再来月からは自分達だけで出来るようにしてください」


「再来月……えっと、全てを一斉に植えるという訳ではないのでしょうか?あ、もしや時期が違うのですか?」


「……そうですね。では、今回育てて頂く作物の詳細をお伝えしますが……これより先は機密事項となります。アプルソン領で作業される皆さんにも守秘義務が生じますので、情報の取り扱いには注意してください」


 真剣な表情で念押ししてくるバンガゴンガ様の様子に、わたくしは唾を飲み込みます。


 エインヘリアの機密……それを帝国に伝えるということは、本当にエインヘリアは帝国との友好を求めているという事ですわ。


 そしてこの地はその友好の象徴として選ばれた……その事を強く実感したわたくしは、その栄誉と責任の重さに小さく身を震わせる。


 そうですわ……両陛下がこの地にいらしたのは、これ以上ない程、今回の件を重要視しているという事の証左に他なりません。


「承知いたしました。我が家名と皇帝陛下に誓って、今日これより見聞きした情報を他所に漏らさぬと約束いたします」


「よろしくお願いします。では、説明させて頂きます。エインヘリアから今回提供する四種の種ですが、これら全ては種を植えてから一ヵ月で収穫出来ます」


「……??」


 収穫まで一ヵ月……?


 どういう意味でしょうか?


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