第266話 近衛騎士長と・中編



 ところで、いつも思うんだけど……城の中で俺に護衛って必要なのかしら?


 俺はリーンフェリアから護衛を引き継いだシャイナを見ながら、城の庭に置いてある魔力収集装置の前でリーンフェリアを待ちつつ、そんなことを考えていた。


「どうしたのぉ?お兄ちゃん?」


「いや、いつも皆に護衛の手間をかけさせているのもどうかと思ってな」


「あはは!私達が護衛をするのは当然だよー。お兄ちゃんは私達の王様なんだからね!私達の事を想ってくれるなら、しっかり守られてくれた方が皆嬉しいと思うな!」


「そうか……そうだな。つまらぬことを言った。リーンフェリアが合流するまでしっかり護衛を頼む、シャイナ」


「うん、任せて!って言いたいけど、もう来ちゃったね」


 シャイナの返事とほぼ同じタイミングで、城からリーンフェリアが出てくるのが見えた。


 普段の鎧姿とは違い、清楚な感じのワンピースを着たリーンフェリアは、以前領都を視察した時の村娘スタイルとは違い、お嬢様といった装いだ。


 因みに俺も前回の村人スタイルとは違い、若干仕立ての良い服を着ているけど……リーンフェリアには見劣りするかもしれないな。


 装飾等も派手な感じは無いのだが、リーンフェリアという素材の良さが服の品質を二段階程上げているようにも見える。


「お、お待たせいたしました!フェルズ様」


「いや、大丈夫だ」


 普段と違い、自信なさげに近づいて来たリーンフェリアが、小さく頭を下げる。


 若干頬を赤らめつつ、スカートの裾をリーンフェリアはしきりに気にしているようだ。


 丈は長いタイプだし、皴とかもないから何を気にしているのか分からないけど……普段は鎧だから、ひらひら感が落ち着かないとかだろうか?


 とりあえず、女性相手にはまずは褒めろと聞いたことがある……実践すべきは今だろう。


「普段の凛とした姿も良いが、そのように楚々とした雰囲気もリーンフェリアには良く似合っているな」


「……ひゃぃ」


 俺がリーンフェリアの姿に感想を言うと、耳まで真っ赤にしたリーンフェリアが俯きながら小さく返事をする。


 うん、リーンフェリアはこういった点で褒めると余計に縮こまってしまうな……実に可愛らしい反応だが。


 そんなリーンフェリアを見ていると、シャイナの方から小さく舌打ちのような音が聞こえた為そちらに視線を向けたが、シャイナは先程と変わらずにこにことしている。


 どうやら気のせいだったようだ。


「うんうん、リーンフェリアちゃん良く似合ってるよ!今日はいっぱい楽しんで来てね。護衛は気にならない程度に離しておくから安心して!」


 流石に護衛無しとはいかないが……シャイナが気にならない程度に離してくれていると言っているので、問題はないだろう。


 リーンフェリアへのご褒美のお出かけだから、リーンフェリアが護衛として気を割いたり、居心地悪かったりしたら意味がないからね。


「ではシャイナ、後の事は任せる。リーンフェリア、行こうか?」


「ひゃ……は、はい!」


 どこからどう見ても全力で緊張しているリーンフェリアだが……向こうについて動き出したら少しはマシに……なるかなぁ?


 そんな一抹の不安を抱えつつ、俺達は旧ルモリア王都へと転移した。






「流石に元王都ともなると賑やかだな」


「はい。平時からこの人出というのは凄いですね」


 俺とリーンフェリアは、目の前に広がる旧ルモリア王都の賑やかさに驚いていた。


 現在エインヘリア国内は非常に好景気で、商人や一部の特権階級だけでなく、民一人一人に至るまで以前とは段違いの暮らしが出来ているらしい。


 一応、俺が推し進めた公共事業策やら減税が効いているということみたいだけど、頑張ってくれたのはイルミットなので彼女の功績と言える。


 それと既存の孤児院の国営化も順調に進み、また、孤児院が足りない地域には新しい孤児院が作られている。これにより浮浪児が殆ど街から姿を消し、治安もかなり良くなっているらしい。


 俺が計画した大型孤児院というか学校計画もそろそろ箱の建築が終わり、職員を集めているところだという。


 こっちに関しては結果が出るのは数年先だろうけど、いずれは識字率九割を目指したいね。


 エインヘリア王都もここに負けないくらい大きく発展してもらいたいものだ……。


 っと、今はそういうのはどうでもいいな。


 俺はまだ緊張している様子のリーンフェリアの手を取る。


「ふぇ、ふぇる、フェイ!?」


 ぎりぎりでフェルズと呼ぶのを堪えたリーンフェリアだったが、その目は渦巻きを描いている。


 ちゃんと俺の事見えているのだろうか?


「行こうか、リーン。ここで圧倒されていても仕方ないだろう?」


「ひゃ、ひゃい……あの、て、手が!」


「この人ごみだからな。はぐれてしまっては折角の時間が勿体ないだろう?」


 まぁ、護衛をしてくれている子達がしっかり見張っているので、はぐれたとしてもすぐ合流出来るだろうけど、それは言わない御約束だ。


「ぁぁう……あの、はい……」


「どこか行きたい所はあるのか?」


「あ……はい。少し気になっているところがありまして……」


「良し、ではまずはそこからいこう」


「はい!えっと、こちら……こっちです!」


 少しだけ緊張がほぐれて来たのか、リーンフェリアが俺の手をしっかり握ったまま目的の場所への案内を始める。


 リーンフェリアにはしっかり楽しんでもらいたいと思う。


 因みに吾輩……さらっとリーンフェリアの手を握って見せたが、実は内心バクバクである。


 今も手汗が気になって仕方がない……。


 だが……役者は気合で汗をコントロールしてみせるという。


 吾輩、普段から覇王力を全開にして覇王ムーブをしている故……その程度、コントロールしてみせるとも!


 それに今は、覇王ムーブをしていながらもその状態で一般人に偽装しているという、実にややこしいシチュエーションだ。


 しかも台本はない。


 劇中劇のエチュード……相当な手練れかな?覇王を引退したら役者にでもなるか?


 出来る役は覇王だけだが……。


 そんなことを考えながら、俺はリーンフェリアを退屈させないように色々と話しかけながら、目的地へと案内されていった。






「まさか、俺を題材にした劇とはな……」


 リーンフェリアに案内されて向かったのは大きな劇場で、そこではエインヘリア王フェルズを主人公とした演劇が行われていた。


 まさかの自分を題材とした演劇を観るという羞恥プレイ……誘ってきたのがキリクやイルミットだったら、何か俺に言いたい事でもあるのかな?と邪推するところだけど、目を輝かせながら舞台上を見つめていたリーンフェリアに他意はないのだろう。


 俺はもだえ苦しんだけど……。


 因みに劇の内容は、隣国であるルフェロン聖王国の窮状をエインヘリア王が助けるという内容だったのだが……何故かフェルズが隣国の邪悪な宰相相手に陰謀を暴きつつ大立ち回りをしたり、囚われの妙齢の聖王さんを助けたりと……物凄い歴史改変が行われていた。


 最終的にはエインヘリアが聖王国を庇護する形で共に歩んで行こう的な終わり方をしたのだが……何故かエインヘリア王と聖王さんの恋愛模様が挿入されていたのだけど……事実無根もいいところでは?


「大変すばらしい劇でした。イルミットやエファリア殿が監修しただけの事はあります」


「……イルミットとエファリアが監修しているのか?」


 なんで……?


 いや、イルミットの方は何となく分かる……これは一種のイメージアップ戦略とかそんな感じなのだろう。


 王を題材として金を稼ぐことを不敬とするのではなく、しっかりと興行として認め、権威を損なわない程度に大衆に娯楽として提供させているって感じだろうか?


 まぁ、終始エインヘリア王が格好良く描かれている感じだったし……ご本人様的には、あんた誰?って感じだったけど……まぁ、観客もリーンフェリアも満足そうだったので良しとするか。


 俺は二度と見たくないが……。


 ん?エファリア役の年齢が本人よりも若干上がっているのは……本人の願望とか入ってる感じか?


 っていうか、聖王的にあの内容は良いのだろうか……完全に囚われのお姫様ポジションだったんだが……グリエルとか頭抱えてないかな?


「聖王国編は、恋愛要素があって女性にも人気があるそうです」


 にこにこしながら、少し気になる発言をするリーンフェリア。


「……聖王国編以外にもあるという事か?」


「はい。今あるのはルモリア地方統一編とエインヘリア包囲網編、それと聖王国編ですね。前二つは戦記物と言った感じなので男性人気が強いそうですが、三作目の聖王国編はロマンス色が強く女性人気が凄く高いらしいですよ」


「……そうか」


 道理で俺がもだえ苦しむ羽目になったわけだ……。


 それにしても、まさかの三部作……いや、人気があるというのが嘘でないなら第四弾もありそうだ……。


「フェルズ様の偉大さを、少しでも民達に分かるようにと作られた劇だそうですが、結末は分かっていても中々ハラハラする内容でした」


 若干頬が紅潮しているのは、興奮しているからだろうけど……まぁ、俺が誘ったわけではないがそれだけ楽しんでくれたのであればこちらとしては嬉しいね。俺はリーンフェリアとは違った意味でドキドキしっぱなしだったけど。


 因みに俺達は今、劇場近くにあるカフェテラスにてのんびりとお茶を飲みながら話をしている。俺が淹れたお茶とは雲泥の差だが……どちらが泥かは改めて言うまでもない。


 俺達の周りからも劇の感想を喋り合う声が聞こえているし、観劇後はここでお茶をするというのが一般的な流れなのかもしれないな。


 だが、周囲は自分達のおしゃべりに夢中になっている者達だけではない。


 劇場に入る前からなのだが……リーンフェリアは周囲の人の視線を集めまくっているのだ。


 まぁ、これだけの美貌の女性が少しだけ恥じらいを見せながら歩いていたり、楽しそうに笑っていれば、いやがおうでも注目を集めるだろう。


 特に男の視線を集め、その後で俺の方を見て舌打ちをするまでがワンセットだ。


 まぁ、舌打ちされるだけで絡まれたりしないのは……護衛の子達のおかげか、それともリーンフェリアに釣り合っていると判断されたおかげか……フェルズの外見スペックは高いから、どっちもありそうだね。


 後、絡んで来ようとしたら物理的に排除される可能性が高いから、お互いの為に是非とも近寄ってこないでほしいと思う。


 さて……それはそうと、劇は中々の長編で、前編と後編に分けられており、間に休憩を挟み三時間くらいは上演されていたと思う。


 元々午後からのお出かけだったので、もう少ししたら日が暮れ始めるだろう。


 もう少し時間が経ったら夕食をどこかでとりたい気もするけど……美味しい店なんか一軒も知らんし……どうしたもんか。


 いや、急な事だったからね?事前に分かっていればちゃんと調べた……いや、ウルルとかに教えてもらったよ?……って、そうか。待っている間にシャイナに聞けばよかったのか。


 覇王、こういうの慣れてない故の失敗である。


 ……うん、エスコートのエの字もないが、ここはリーンフェリアに尋ねるとしよう。


「リーン、この後はどうする?他に行きたい所はあるか?」


「えっと……もう少し日が落ちてから行きたい所があるのですが……よろしいでしょうか?」


「あぁ、勿論だ。今日という日はお前の為にある、リーンの好きに使ってくれて構わない。それに、リーンが楽しそうにしているのを見るのは、俺も嬉しいからな」


「きゅ……」


 笑みを浮かべながら言った俺の言葉により一瞬で顔を真っ赤にしながら、躍動感のある目の泳がせ方をするリーンフェリア。


 うむ、いかんね。


 リーンフェリアの反応が良くて、ちょいちょい揶揄うような台詞を言ってしまう。


 どこぞの魔王のように、相手を絶望に叩き落とす様な揶揄い方をするつもりはないが……いつもキリっとしているリーンフェリアが見せるこういう反応は、本当に可愛い……。


 俺は笑みを浮かべながらカフェのテーブルに頬杖を突き、恥ずかしがるリーンフェリアを暫く愛でた。


 

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