第264話 国交樹立後の二人



View of ラヴェルナ=イオドナッテ スラージアン帝国公爵家長子 皇帝補佐官筆頭






 我がスラージアン帝国は突如現れた南の大国、エインヘリアに敗れた。


 現在の皇帝、フィリア=フィンブル=スラージアンが即位してから十一年、内乱やそれに伴い国境付近で不穏な動きを見せた小国相手の戦は数度経験してはいたが、そのどれもが大きな戦と呼べるほどの物ではなく、多くても動員した兵は五万程度だったと記憶している。


 その帝国が、今回動かした兵の数は六十五万。


 これは先帝陛下が行った数々の大戦の中でも、上位に比肩する動員数だと言える。


 先代、そして先々代の御世は戦いの絶えない御世であった。


 特に先々代が即位された頃、スラージアン帝国はまだ小さく、周辺国の脅威にさらされ続けていたと聞く。


 そんな中、帝国を守る為、先々代は戦いに身を投じていった。


 先々代の皇帝陛下は戦上手とはお世辞にも言えなかったらしいが、それでも国の為、民の為に戦い続け、一小国に過ぎなかったスラージアン帝国は大国と呼ばれるまで成長した。


 それは長い戦いの最中、先々代に忠誠を誓った英雄、ディアルド=リズバーン様の存在も大きかっただろう。


 他国の者の中には、先々代はリズバーン様という英雄を得ただけ……運が良かっただけと称する者達が少なからずいると聞く。


 確かに運が良かったのは確かだが、先々代が命を賭して戦い続けたからこそ、リズバーン様は先々代に忠誠を誓い英雄へと至ったのだ。


 そして先代……先々代が築いた礎を飛躍させた偉大なる皇帝。


 先々代と比べると大きな戦の才を持っていた先代は、各国を蹂躙し当時の大国二つを飲み込んだ。その強さと偉業については、口さがない他国の者達からも恐れられている。


 無論、同時に戦狂いの愚王とも呼ばれているらしいが……その評価に関しては退位と同時に起こった内乱の嵐を見れば妥当なものだとも言える……決して口には出来ないが。


 そんな偉大な両陛下とは言え、常勝無敗であったという訳ではない。


 何度も敗北し、何度も辛酸を嘗めたと聞いているが……それでも立ち上がり、帝国は最終的な勝者となった。


 だが……此度の敗戦が今までの敗戦と同じかと聞かれれば、それは否だ。


 帝国中から集められた優秀な人材……その中からさらに突出した者達『至天』


 帝国の武の象徴であった彼等を大量動員した上での敗北……帝国の屋台骨を揺るがしかねないその敗北は、帝国に住む民の心に暗い物を落とした。


 そんな危うい政情の中、一切の揺らぎを見せず国を導く皇帝の姿は少なからず民の不安を取り除き、貴族達に安心を与えた。


 歴史はあれど、ただの小国に過ぎなかったスラージアン帝国の礎を築き中興の祖と呼ばれる先々代皇帝。


 力をつけ始めた帝国を率い、大陸最大の国へと押し上げ戦帝と呼ばれる先代皇帝。


 そして荒れた国内を纏め上げ、帝国を真の強国へと導いたことで賢帝と呼ばれる現皇帝。


 三代に渡り優秀な力を示してきた皇帝を、帝国の民は心から信じているのだ。


 たとえ、『至天』という武が破られようと、現皇帝の賢が破られぬ限り、帝国はまだ終わりではない。


 帝国臣民……そして国を運営している貴族達から絶大な信頼と忠誠を受ける賢帝と名高き皇帝、フィリア=フィンブル=スラージアン……。


「ねぇ、ラヴェルナ……エインヘリアの食事やば過ぎない?」


 彼女は今、ちょっとアホになっていた。






 エインヘリアとの条約締結に伴い、帝都にはエインヘリアの手で魔力収集装置の設置が行われたのだが、帝国にとって何よりも大きいのはエインヘリアとの交流が本格的に始まった事だろう。


 その中でも最大の衝撃であったのは、やはり飛行船と魔力収集装置の二つ。


 現在エインヘリアは帝国の主要都市を飛行船で巡りつつ、魔力収集装置の設置を進めているのだが、国内をあんなものが飛び回っている時点で帝国とエインヘリアのパワーバランスはお察しという物だろう。


 ただ、一つ安心出来ることは、エインヘリアの要求が非常に穏やかなものという所だ。


 正直、戦勝国の要求としては手ぬるいどころの話ではない。


 エインヘリアが今後何を狙っているのか……油断は出来ないけど、私としてはエインヘリアと良き隣人でありたいと考えている。


 そしてそれはフィリアも同様だろう。


 まぁ……エインヘリアから貰ったショートケーキを前に、あんぐりと口を開きながら震えている今のこの娘は、そこまで頭が回っていないかもしれないけど。


「ショートケーキやばい……なにこれ?甘いしふわふわしてるし……後、このイチゴ甘すぎる……なにこれ?甘いの塊なのに色んな甘みがめくるめく……」


 この娘は何を言っているのだろう?


 本当に大丈夫かしら?


 私は小さくため息をつきつつ、自分のレアチーズケーキを一切れ口に入れる。


 程よい酸味と甘みが絡み合い、口の中で溶けていくような触感は今まで味わったことのない物で、ただのお菓子とは思えない程の美しさと儚さを秘めているように思う。


「……ほぅ」


 思わずため息が出てしまう。


「ラヴェルナはそれ好きよね」


「噂では他にもケーキの種類があるみたいだけど、今の所これが一番私の好みね」


「それも美味しいけど、ショートケーキには勝てないと思うわ」


「……他人の好みにケチをつけるのは下品じゃないかしら?」


「……確かにラヴェルナの言う通りだわ。ごめんなさい」


 ショートケーキに脳が溶かされたのかと思ったけど、少しは冷静さが残っていたらしい。


 謝るフィリアを尻目に、私はレアチーズケーキを食べ続ける。


「でも、このお菓子……本当にすごいわね。私が作っていたクッキーなんて相手にならない……」


「……ラヴェルナのクッキーはほっとする味だけど、エインヘリアのお菓子は暴力的なおいしさだわ」


 暴力的……確かに言い得て妙な表現ね。


「今はまだお土産として貰っているだけだけど……レシピとか教えて貰えるかしら?」


「欲しいのはお菓子のレシピだけじゃないわ。他の食事も本当においしかった……以前エインヘリア王と話した時に、食事が刺激的って言っていたけど……本当だったわ」


「……私は城で留守番をしていたから食べられなかったけど……そんなに凄かったの?」


「えぇ……今まで見た事のない料理だったわ。それに……食材一つ一つが本当においしかった。このイチゴもそうなんだけど……帝国でも作られている野菜や果物……それとは質が全然違う気がするのよね」


「農業でもかなり差があるって事ね……」


 軍事力、技術力、情報力、そして農業……これ程の国が一体どこに隠れていいたのかとも思うけど……転移や飛行船という技術を考えれば……海の向こうからやって来たという可能性も捨てきれないわね。


「農業については、今度視察させてもらう予定になっているわね。なんでも国営の農地があるとかで……」


「国営の農地?」


 私が聞き返すと、フィリアはショートケーキの最後の一切れを頬張りつつ頷く。


「公共事業の一環らしいわ。話によるとエインヘリア国内の大都市から急速に貧民街がなくなっていっているそうよ」


「……貧民街の者達も公共事業で雇用しているってこと?」


「そうみたいね。それと国営の孤児院をどんどん建てているみたい。軽作業から重作業まで、色々な仕事を公共事業として用意して、雇用を加速させている。財源が確保できるのであれば、素晴らしい施策だと思うわ」


 貧民救済……国としては、そういった職に就けない者達は非常に扱いに困る存在だ。


 何故なら、彼らは納めるべき税を納めていないにも拘らず、国の庇護下に在ろうとする者達。


 彼らの歩く道、彼らを守る街壁、衛兵、彼らの飲む水、彼らの住む街……これらは全て国に住んでいる民達が納めた税によって賄われているものだ。


 それらの恩恵にあずかりながら、国の為にならず……寧ろ犯罪の温床となりやすい貧民街とそこに住まう者達を歓迎する国はないだろう。


 彼らは、貧民街という救いのない場所に押しやられていると勝手に考えているようだが……我々からすれば、祖先が血と汗を流して手に入れた大事な土地に、国に一切貢献することのない者共が勝手に占拠していると言える。


「ラヴェルナ、怖い顔になっているわよ」


「……」


「ふぅ……そういう所は、物凄く貴族的ね」


「……」


「彼らだって好きでそうしている訳じゃないわ。まともな仕事と環境さえあれば、貧民街に住む大半の人は普通に暮らしていく。残るのは、その状態にあってなお、生き方を変えようとしない者か犯罪に手を染めている者よ」


「……分かっているわよ。そのきっかけを与えることが出来るのが私達だってこともね。でも現実問題として、彼らを救うのにどれだけのお金がかかるの?そこにかかる費用は……今日この時まで真面目に税を納めてくれている民達の血税なのよ?そんな風に自分達の納めた税を使われて、民は納得できるのかしら?」


「だからと言って手を差し伸べなければ……貧民街は貧民街のままよ。治安の悪化にもつながるし、使える土地も減る。どこかで何らかの手を打つべきじゃないかしら?」


「……それはそうだけど」


「これは一朝一夕にはいかない問題。だけどエインヘリアが実践しているのだし、私達も何らかの手を打つべきよ。でないと……民が流出するかもしれない」


「それはないでしょう?帝国とエインヘリアは国境を接していないし……民達にエインヘリアの話がどこまで正確に伝わるか……」


「今日明日はそうかもしれないけど、十年二十年先はどうかしら?ただでさえエインヘリアは情報力に長けているし、転移や飛行船っていう技術があるのよ?民が自由に使えないとは言え、これまでとは比べ物にならないくらい情報の移動が早くなると考えるべきだわ」


「……そうね。確かについこの前までとは状況が違い過ぎる」


 やっぱり、フィリアは凄いわね。


 こんな目まぐるしく変わってく状況に誰よりも早く順応して、今後の事を考えている。


 アホの娘になったなんて考えてごめんなさい。


「でも、それだけ色々と頭が回るんだったら、この前はもう少し頑張ってほしかったわね」


「……この前って?」


 そう聞き返してくるフィリアだけど、若干笑みが引きつっているから何の事を言われているのか分かっているのだろう。


「この前エインヘリア王と対談した時の事よ」


 先日、国交樹立を記念して行われたパーティーがこの帝城で行われたのだけど、そのパーティーの後にフィリアとエインヘリア王は近しい者だけを傍において、私人として初めて言葉を交わしたのだ。


 流石にいきなり自分をさらけ出せとは言わないけど……この娘ときたら……。


「何よアレ。もう少しグッと行きなさいよ!ガッと!」


「ど、どっちよ……」


「両方よ!それなのに貴女ときたら……『あぁ』とか『ほぅ』とか『ふむ』とか『そうか』とか『くくっ……』とか、会話はちゃんとキャッチボールしなきゃダメでしょ!?」


「いや……『くくっ……』ってのは私じゃない……」


「そんなことはどうでもいいのよ!それなのに貴女達ときたら……公務の時より若干よそよそしい感じなだけじゃない!何なのあれ!?恥ずかしがってるの!?お互い意識し合ってるの!?結婚したら!?」


「しないわよ!」


 なんというか、見ていてイライラする感じだったのだ。


 甘い雰囲気とか一切ないし、何だったら公人として話していた二人の方が距離感が近かった気がするくらいだけど……ぎこちないというか、お互い何かを探り合っているというか……とにかくイライラしたのよ!


 もしかして、フィリアだけじゃなくエインヘリア王も私生活はポンコツなのかしら?


 いえ、それはないわね。


 あれだけ周りに美人ばかり侍らしておいて……手を一切出していないとか……あり得ないわね。


 もしそうだとしたら男色を疑うわ。


 ……男色といえば……あの青い髪をした眼鏡の人は、偶にエインヘリア王に怪しい視線を向けていたような……。


 後、ござるござる言ってた人も中々……エインヘリア王と並んでいると……いえ青い髪も……というか三人とも恐ろしく美形だったから……ここは、やっぱり主従逆転……。


 あ、そういえばござるの人はリカルド殿と随分親し気に話をしていたけど……敵国の剣士同士の……おっふ。


「なんか、急にラヴェルナが変な空気を醸し出したんだけど……」


「気のせいでござるよ?」


「ござる?」


「……気にしないで頂戴。それより今は貴女の事よ!エインヘリア王はどうなのよ?」


 私はかなり強引に話を元に戻す。


 フィリアは……頭は凄い切れるけど、こういった攻めにはかなり弱い。


 ここは一気呵成に押し切るべき!


「いや、どうって言われても……」


「フィリアが以前に言っていた条件……優秀で顔の良いってのはクリアしているじゃない!」


「せ、性格も大事よ!」


「……でもフィリアの好みって俺様系でしょ?」


「なんでそんなことになっているのよ!」


「でも、強気に迫られてグッときたのでしょ?」


「い、いや、それは、その、なんていうか……」


 急にもじもじとしだすフィリア。


 この娘……結構マジかもしれないわね。


 ……うん、ちょっと私も真剣に考えてみましょう。


 まず、この二人はともに王。


 実力的には圧倒的に負けているとはいえ、今の立場は対等な同盟関係。


 当然結婚は無理。


 エインヘリア王に子供や兄弟がいれば、その辺りをフィリアの婿として貰う事は可能かもしれないけど……それでは意味がない。


 そもそも、エインヘリア王の子供だと、フィリアとの年齢差は二十じゃきかないかもしれない……そんなうらやま……じゃなくって、フィリアの希望とは全くそぐわない。大事なのは婚姻を結ぶことではなく、エインヘリア王本人との縁だ。


 可能性は……真に対等な関係として、お互いが王のまま婚姻を結ぶ。子供に関しては生まれた際に片方の国の継承権だけを与える。


 帝国の後継者は男児であろうと女児であろうと構わないけど、エインヘリアはそうでないかもしれないから、その辺は注意が必要だろう。


 双子が生まれれば最高なんだけど……そんなものには期待できない。


 この形に持っていけば、少なくとも数代の間、両国間は非常に親密な関係を築くことが出来るだろう。


 もう一つは……フィリアかエインヘリア王が退位して結婚。


 これはもうそのままだ。


 この場合であっても両国の繋がりは強くなるが、一つ前の案に比べれば弱い。


 それに何より、今代の皇帝の直系がいない……先帝に戻って来てもらうのが一番良いかもしれない。


 まぁ、フィリアだろうとエインヘリア王だろうと……退位は難しいだろう。


 二人とも王として優秀過ぎるし、まだまだ若い。


 周りが絶対に許さないだろう。


 後は……帝国かエインヘリア……力関係的には帝国が属国になればって感じかしら?


 これは流石に提案どころか、口に出すことも許されないけどね。


 他にも手はあるけど……一番丸く収まりそうなのは最初の策じゃないかしら?


 フィリアにそれとなく伝えて……いえ、ストレートに伝えてみることにしましょう。


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