閑章

第263話 とある植物の観察日記



View of バンガゴンガ エインヘリアゴブリン代表 対外妖精族担当






 俺達ゴブリンがエインヘリア王陛下……フェルズに保護されるようになって一年以上が過ぎた。


 人族から隠れ住むように過ごしていた俺達が人族の王の元、これ程までに満ちた生活を送れるようになるなんて、隠れ里に住んでいた頃の俺だったら想像すらも出来なかったな。


 人族から隠れ潜み、森の魔物を警戒し、そしていつ自分の身に降りかかるかも知れない狂化という現象に怯えていた日々……それら全てを一瞬で吹き飛ばしてくれただけではなく、暖かい寝床に食事を与えてくれて、俺達以外の隠れ里も積極的に探してゴブリン達を保護し、さらに国が戦争直前という大変な時期にもかかわらず俺の個人的な願いを聞き、手を打ってくれる。


 これだけの事をしてくれた人物に、敬意を持つなという方が難しい……だが、フェルズは俺に対等なやり取りを求めている。


 ならば、俺はそれを出来得る限り叶えてやりたい……王という立場上、そういった気を使わずに話せる相手というのは少ないだろうしな。


 少なくともフェルズは俺と話している時は、肩の力を抜き、気楽そうにしているように見える。


 アイツの周りにはとんでもなく優秀な人材が溢れている。俺程度では、アイツの力になってやれるようなことは殆ど無いだろう……だからこそ、俺は周りに不敬と思われようとこの態度を貫き通すつもりだ。


 無論、場は弁えさせてもらうが……。


 とは言っても、エインヘリアの重臣……いや、城で働いているメイド達に至るまで、俺に悪感情を向けて来る者はいない。


 恐らくフェルズからそういった命が下されているのだろう……だからこそ、俺はフェルズ以外にはしっかりと礼節を持った態度で接するし、その為の勉強も怠らない。


 礼儀作法に関して、エインヘリアはそこまで厳格なものがないようで、フェルズに対する敬意さえ持っていれば問題ないといった風潮だが……俺も妖精族相手の交渉等を任されている以上他国の者と接することがある。


 その時に、俺の勉強不足が理由でエインヘリアが舐められるようなことがあれば、俺は自死したとしても自分を許せないだろう。


 だからこそ、俺は礼儀作法や教養と言ったものをしっかりと身につけなければならない。


 エインヘリアに、そして俺にそう言ったことを任せてくれたフェルズに恥をかかせないために。


 幸い、俺が普段やらなければならないゴブリン達の取り纏めというのは、そこまで忙しい物ではないこともあり、勉強する時間は取れる。


 俺は自分の机に視線を向ける。


 そこには俺が文字の勉強がてら書いた日記等が並べられている。


 最初は文字の練習のために色々と書き記していたのだが、後から見返してみると当時の俺の気持ちを思い出すと同時に、その時とは違った考えをすることが出来て非常に面白い。


 俺は日記の最初の方を軽く見る。


 この頃はまだ文字を書くことに慣れていなかったから、読みにくいが……あぁ、エインヘリアに対する困惑が毎日のように書き綴られているな。


 最初の頃は驚くことばかりだったからな……当時の困惑を思い出し苦笑してしまう。


 その時、立てかけられたノートの一冊が目に入る。


 ん?


 これには何を書いたんだったか……そう考えた俺は、自分の書いたノートを開き目を落とす。






一日目


 ここ最近、フェルズから渡された種を色々と植えている。


 俺達ゴブリンは隠れ里に住んでいたこともあり、農業を本格的にやった経験が無い。


 フェルズは失敗しても構わないと笑っていたが、我々ゴブリンとしては保護されてから初めて与えられた役目、なんとしても成功させたい。


 幸いというか、今まで貰った種は大した手入れをせずとも目を見張らんばかりの成長を見せている。フェルズが一ヵ月で収穫することが出来ると言ったのも、あながち冗談ではなかったのかもしれない。


 ただ、木に生る類の果物まで一ヵ月で収穫出来るというのは、やはり意味が分からない……エインヘリアで暮らすようになって何度この台詞を言ったか分からないが。


 まぁ、本当に収穫できる程木が育つかはあと半月もすれば分かる事だ。


 それよりも今は、この観察日記を書こうと思った新しい種について記そう。


 フェルズから貰った種……『バロメッツの種』というらしい。


 フェルズと食堂で食事をしている時に話を聞かされたのだが、何でも肉が採れるとかなんとか……羊がどうこうと言っていた。


 いや、フェルズ自身も半信半疑といった感じであったし……どうなるかは分からんが、とりあえず植えてみよう。


 他の種と同じであれば、明日にはもう芽が出ている筈だ。






二日目


 朝起きてすぐ農地を見に行く。


 やはり他の種同様、『バロメッツの種』も既に芽が出ている。


 ひとまず水をやりつつ様子を見て行こう。






五日目


 植えた種はすくすくと成長している。


 フェルズにバロメッツがどのくらいの大きさに成長するのか尋ねてみたが首を傾げられた。


 まぁ、王様がそこまで農作物の事を詳しく知っている筈もないし、仕方ないことだろう。


 ただ、他の種と成長速度を見比べると、リンゴのように木に生るという事でもなさそうだし、ぶどうのようにツタの様な感じでもない。大根等のように根菜という訳でもなさそうだが……まぁ、いくら成長が早いと言ってもまだ五日。


 これからどうなって行くかが楽しみだ。






十五日目


 バロメッツは一メートル半を超える高さになった。


 今の所つぼみも無ければ実になりそうな部分もない。


 しかし、思っていたよりも大きく育ちそうなので畑から少し苗を間引くことにした。


 一応他の場所に植え直してみるが、移動させたものが今後も成長するかどうかは分からない。






十八日目


 バロメッツは成長を続け、二メートルを越えたあたりで先端が二つに分かれた。


 計ったように同じタイミングで全てのバロメッツの先端が分かれた為病気等ではなく、こういった成長をするのだろう。






二十日目


 二つに分かれた先端が、自重に負けて垂れ下がり始めた。


 どういった成長をするか分からないので、半数に添え木を当てて支えてみる。






二十三日目


 二つに分かれた先端がそれぞれ膨らみ始めた。


 今の所食べられそうな部分は根も含めて見当たらないので、このふくらみが食べられる部分になるのかもしれない。






二十五日目



 膨らんだ先端は丸くなり、大きさ的にはリンゴよりも若干大きい。色は緑色で匂いは特にない。


 茎の部分がそのまま膨らんでいる様子は、ウリのような感じにも見えるが形が真ん丸なのでウリというよりスイカっぽい。


 手に持ってみると重量が結構ある。自重に負けて垂れ下がっているとはいえ、よくこんな細い茎で支えられるものだと思う。


 折れたり倒れたりするとマズいので、念の為茎本体の方にも添え木をしておく。





二十六日目


 先端の膨らんでいた部分から白い綿毛のような物が出て来た。


 ネギの花みたいなものというよりも、タンポポの綿毛のような感じだ。


 遠目から見た時、カビでも生えたのかと焦ったが、植え直したものも含め全てのバロメッツがそうなっていたので問題は無さそうだ。


 先端が垂れ下がった時に、自重に負けないように半数に添え木をしていたが、全ての添え木が折れていた。






二十七日目


 昨日までは綿毛の中に緑色の膨らんだ部分が見えていたのだが、綿毛に包まれて全く見えなくなった。


 タンポポの綿毛の様だと思ったが、今日は綿花が弾けた後のような密度の高い綿のようになっている。


 もしかすると、木綿のようにこの綿を素材として使う植物だったのだろうか?


 これの事を、フェルズは羊と称していたのかもしれないな。


 確かに言われてみれば羊毛のようにも感じられるが……食べられそうではないな。


 今まで育てて来た野菜や果物と同じであるなら、三十日目に収穫出来るはずだ。


 あと数日あるし、しっかり観察しておこう。






二十八日目


 綿毛は更に密度を増しているが、それよりも気になるのはサイズがどんどん大きくなっている事だ。


 綿毛のせいで元の膨らんだ部分の大きさは分からないが、ゴブリンの中でも規格外に巨体を持つ俺でも両手でようやく抱えられるような大きになっている。


 この綿毛を回収するのは、背の低いゴブリンだと少々大変かもしれないな。


 それに先端部分の重量もかなりある。


 計ったわけではないが百キロは優に超えているだろう……収穫作業をする時は安全に気を付ける必要がある。






二十九日


 畑に行くと綿毛が全て地面へと落ちていた。


 ひとつ残らず落ちていたのでそういう物なのだろうが……収穫の手間が省けたと考えるべきだろうか?とりあえず綿毛は全て回収した。


 それと、綿毛が無くなったことで膨らんでいた部分が見えたのだが、緑色だった実のような部分は茶色くなっていた。


 非常に硬く殻のようになっているが……もしかするとこの中身は食べられるのかもしれないな。


 明日で丁度三十日目、実の部分は現時点で百キロを超す重量がある。


 実の部分は垂れ下がっているものの、一メートル以上の高さに百キロを超す実があるのだから、収穫はかなりの重労働になりそうだ。


 怪我には十分気を付けるつもりだが……明日はそれなりの覚悟が必要だと皆に伝えておこう。






三十日目


 羊が生った。






三十一日目


 昨日は衝撃のあまり記憶が曖昧だ。


 とりあえず今朝畑に向かうと、ヴェェェェっといった鳴き声の大合唱が聞こえて来た。


 畑に辿り着くと、多くの虚ろな視線が俺達を出迎えた……気のせいか、昨日もこの視線にさらされた気がする。いや、気のせいじゃないな。


 冷静になるまでかなり時間がかかったが……昨日も含めれば一日以上かかった……俺達は作業を始めた。


 どうやらバロメッツ一本から羊は二頭採れるようだ。


 羊の背中部分は茎に繋がっており、絶妙に地面に届かない高さに羊を固定していて、羊たちは自分で自由に動くことは出来ない様だ。


 宙に浮いている羊たちは首だけを動かしこちらを見ている……とりあえず、全体の四分の一の羊を収穫……解放……?してみた。


 茎から切り離した羊は非常に大人しい。特に走り回ったりすることも無く、茎から切り離した人物の後を着いて回っている。


 とりあえず、収穫……切り離す前に気付くべきだったのだが、羊を入れておく小屋が必要だ。


 それと餌はどうしたら……茎に繋がれている羊にも餌はいるのか……?


 というかあれは本当に羊なのか?


 何はともあれ、フェルズに報告する必要がある。






ある日


 晴れた日の昼下がり、羊が売られていった。






 そこまで読んだ俺は観察日記をゆっくりと閉じた。


 遠くからヴェェェェという鳴き声が聞こえて来る……そうか、今日は収穫日か。


 俺は枝切りばさみを手に畑へと向かう。


 エインヘリアは今日もいい天気だ。


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