第262話 世界の見え方



 どうもこんにちは。


 先日魔王の一撃を喰らい、その後遺症から数日仕事が手につかなかった覇王です。


 本日は御日柄も良く、絶好の飛行日和です……おや?遠くの方に鳥さんが群れを成して飛んでいるのが見えますね。


 あの群れの中には親子や番いがいたりするのでしょう……実に興味深い。


 あぁ、それにしても世界は広く美しい……。


 こうして大空を飛んでいると、地上で起こる争いが実に滑稽に思えてきますね、ふふふ……。


「あー、殿?」


「どうした?ジョウセン」


 遥か彼方へと意識を飛ばしていた俺は、飛行船の窓から室内へと視線を移す。


 そこには俺の護衛としてリーンフェリアとジョウセンの二人がいるのだが、何故かジョウセンが微妙な表情をしつつ何か言い辛そうにしていた。


「殿……もしや疲れているのではござらぬか?」


「いや、そうでもないが?帝国に関してはキリク達に任せっぱなしだったしな。寧ろ良く休んでいる方だと思うが、何かおかしかったか?」


「いや、そういう訳では無いでござるが……いつになくぼーっとしておられるようなので」


 ぼーっと……うむ、イカンな。


 指摘されてしまう程、俺は気が抜けていたのか?


 確かに、仕事中も一枚目の書類を手にしたまま、気付いたら昼過ぎになっていたこともあったし……多少、意識が散漫と言えなくも無いような……。


「そうだったか。心配させたようで悪かったな、ジョウセン。それにリーンフェリアも」


 俺はジョウセンに謝り……恐らく、ジョウセン以上にやきもきさせてしまったであろうリーンフェリアにも謝る。


 ジョウセンは護衛として着いてくれているが、リーンフェリアと違って毎日という訳ではない。


 しかし、リーンフェリアは毎日俺の傍にいて俺の様子をしっかりと見ている。そんなリーンフェリアは、俺がぼーっとしていても声をかけて来ることはなかった……恐らく俺の邪魔をしないようにしていたのだろうが……恐らく相当気を揉んでいたに違いない。


 俺が謝ると、リーンフェリアは一瞬驚いたように目を大きく開いたが、すぐに小さく頭を下げる。


 真面目だなぁ……アホなこと考えてぼーっとしていた何処かの覇王とはえらい違いだ。


 しかし……うん……フィオのアレはさて置き、そろそろしっかりと覇王ムーブせねばならんよね。


 今日は、帝国と条約を結ぶ大事な日だからな。


 といっても、条約の内容は既にキリクや帝国の上層部の間で決められていて、今日は調印が交わされるだけとなっているから、覇王の仕事はサイン一つで終わる。


 いや、無論そんな訳ないけどね?


 記念式典的なのとか、なんか色々セレモニー的なのがあるらしいので……はっきりいって、お家帰りたい。どう考えても中々の大仕事だ。


 因みに、俺はこうして飛行船に乗って移動しているのだが、その行く先は帝国ではなくエインヘリアのソラキル地方、旧ソラキル王都である。


 我等戦勝国だからね、敗戦国である帝国をこっちに呼びつけたって訳なんだけど……帝国のお偉方にえっちらほっちらエインヘリアまで来てもらっていたら、条約締結まで数か月はかかってしまう。


 そんなもんは待ってられないので、こちらから飛行船を一艘迎えに出している。


 送迎してやるのもおかしな話なのだろうけど、とっとと事を進めたいエインヘリア的にはそうも言っていられないのだ。


 どうせ迎えを出すのであれば、うちの城まで来てもらってもいいんだけど、調印の後、今度は帝都に移動して魔力収集装置の設置をしないといけないので、距離的に近い元ソラキル王都を選んだのだ。


 後、やっぱりちょっとうちの城下町は、まだ迫力に欠けるからね……。


 旧ソラキル王都まで先に転移で行っておいて、皇帝を出迎えても良さそうなもんだけど……何やら色々あるらしく、俺と皇帝は同時に城に入る手筈となっている。


 実に面倒な限りだし、理由は分かんないけど……こういったポーズが国家間のやりとりでは大事なのだろう。


 俺はキリク達からこうして欲しいと頼まれれば、二つ返事で引き受ける所存である。


 さて、それはさて置き……リーンフェリアやジョウセンに言い訳をせねば……。


「……少し、今後の事を考えていてな?」


「今後でござるか?」


「あぁ。我等がこのような状態になってから一年以上が過ぎた。お前達のおかげで順調に支配地域を広げ……今回の戦争では完封といった形でこの大陸最大の国を倒した。しかし、まだ道半ばも良いところ……それ故、先々の事を考えていたのだが、少々手元がおろそかになってしまっていたようだな」


「ふぅむ……殿がそこまで思い悩まれるとは、今後は難しい局面に立たされるという事でござるか?」


「くくっ……難しい局面としない為に、先を見据え手を打っておくのだ」


 キリクやイルミットがな!


「流石は殿!千里どころか遠き未来まで見通す目……感服致しまする」


 先のこと考えているとは言ったけど……見通してるとは……まぁ、言ったようなもんか。


「これからも二人には、色々と頼らせてもらうからな?」


「殿の剣として、殿の進む道……先陣を切って走らせていただく所存に!」


「私はフェルズ様の盾として、全てから御守りいたします!」


「頼んだぞ」


 二人が物凄くやる気に満ちた表情で俺の事を見る。


 うん……なんか、色々とアレな感じを誤魔化すために言った言葉に、こんなにもやる気を出してもらうと……覇王、心に罪悪感が芽生えるわ。


 ま、まぁ、あれだ。


 虚勢を張り、威厳を保つのも王様のお仕事だし?そう言った意味では俺は自らの仕事を全うしたという事で、ここは一つ……ご勘弁頂けないだろうか?


「……到着したようだな」


 別にいたたまれなくなった訳ではないけど、俺は二人から視線を外し窓の外へと向ける。


 気付けば、眼下には元ソラキル王都の街並みが広がっており、俺達の乗った飛行船は速度を落としつつ城の前にある広場へと向かっていた。


 恐らくソラキル王国の時代には、そこで演説とかやって王都民を集めたりしてたんだろうね。


 かなりスペースがあるので飛行船が二艘並んで着陸したとしても、十分余裕がある。


 俺のいる部屋の窓からは見えないけど、キリクや皇帝を乗せた飛行船も俺達と同じタイミングでここに到着する手はずになっている。多分、既に俺達の近くを飛んでいる筈だ。


 因みに皇帝というか……帝国の人達を迎えに行ったのは、キリクを筆頭に、カミラ、サリア、レンゲ……後はこっそりクーガーがついている。普通外交官がこっそりじゃダメだろうとは思うが、エインヘリアではこれがデフォだ。


 まぁ、クーガーはさて置き……流石に『至天』相手だとキリク一人じゃ危険だしね……。


 カミラがいれば逆に一人で帝国を灰燼に帰することも可能だけど……無論そんな命令は下していない。


 帝国とは文字通り仲良くやっていきたいですからな。


 そんなことを考えながら窓の外を見ていると、部屋の扉がノックされ帝国側の飛行船も着陸地点の上空に着いたとオトノハが言いに来た。


「降りる前に一度キリクと連絡を取る。その後降下を始めてくれ」


「あいよ」


 オトノハにそう告げた俺は、早速キリクへと『鷹の声』を繋げる。


「キリク、聞こえるか?」


『はっ!フェルズ様、聞こえております』


「皇帝達の案内ご苦労だった。問題は無かったか?」


『特に問題はありませんでした』


「そうか。皇帝の様子はどうだ?何か変わった様子はなかったか?」


 フィオに言われたことを思い出し、俺はキリクにそんな事を尋ねる。


 いや、フィオの考えすぎだとは思うよ?でも、一応ね。一応確認しておいた方がいいかなってね?


『飛行船に乗った直後は少し興味深げにしていましたが、特に……あ、いえ……少々気になる点が』


「聞かせてくれ」


『はっ!エインヘリアの話やフェルズ様の話を聞きたがっておりまして、いくつか話をしたところ……フェルズ様の話題について、エインヘリアの経済や技術の事以上に興味を持っていたように感じました』


「……ふむ」


 ……これは、どう取るべきだ?


 普通俺の話より経済とか技術の話の方が食いつくよね……?あの皇帝さんの感じからすれば尚更だ。なのに俺の話に食いついたの?


 いや、これから色々とやり取りをしなければならない相手の事を知ろうとしているだけだろう。


 フィオが妙な……下種の勘繰りをするので、変に意識してしまう。


 全く、フィオの奴め……けしからんな!


 俺は心の中でフィオに悪態をつきつつ……フィオの胸元やら数センチの距離まで近づいた顔やら……頬に触れた感触を思い出してしまい……けしからんな!


 ほんとけしからん!


 魔王許すまじ!


 フィオに向かって悪態をついていると、頭の中にキリクの声が響く。


『あの時、フェルズ様が皇帝に打ち込んだ一撃……見事に皇帝に響いていると思われます』


「……そうか」


 キリクまで何言うとんの?


『まさか、あのような手をお考えだったとは……私は帝国の属国化は数年先になると考えておりましたが、あの様子では意外と早くその時が訪れるのではないでしょうか?』


 ……なんて?


「くくっ……タイミングはキリクに任せる。好きに俺を使え」


 キリクが何を言っているのかさっぱり分からんけど、良きに計らえと言っておけば大体大丈夫!俺の予定とはかなり違うけど……キリクの予定と俺の予定、どっちが優先されるかなんて言うまでもないからね!


『はっ!では、その為の第一歩として、此度の条約を締結させてしまいましょう。こちらは既にいつでも降下できるように準備しております』


「オトノハ、向こうはいつでも大丈夫だそうだ」


「あいよ、じゃぁ二分後に降下を始めるように伝えて貰えるかい?」


「了解だ。キリク、二分後に降下を始めてくれ」


『畏まりました。それではフェルズ様、また後程』


「あぁ」


 その言葉を最後に、俺はアビリティを切る。


 ……。


 ……。


 あれぇ?


 フィオの話を聞いて皇帝の様子がちょっと気になったからキリクに聞いてみただけなのに……なんで帝国を属国にする的な話になったの?


 俺の一撃ってなんぞ?


 俺とキリクとフィオは、本当に同じ場面の話をしているのかしら?


 ……。


 ……ま、まぁ、キリクに任せておけばエインヘリアに害する結果にはならんやろ!


 ちょっと皇帝さんとかリズバーン達は辛い感じになるのかもしれないけど……うん、エインヘリアが一番大事だからね!仕方ないよね!


 でもこれだけは先に言っとく。


 なんか……ごめん。


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ


 何の因果か、友好的な関係を結ぼうと思っていた国を部下が属国にする気満々で……しかも、俺のやった何かが原因でそれが早まったと嬉しそうに言われる一歳を過ぎた覇王だ。


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