第261話 攻め



「お主、アレはないじゃろ」


「アレってなんだ?」


 開口一番そんなことを言ってきたフィオに、俺は首を傾げる。


 ここ最近、特に非難されるような酷い行為を行った記憶はない。


 今日も朝から書類整理にルミナの散歩、後は農場の視察……くらいしかしてない。


 昨日も大体同じ……農場の視察がオスカー達開発部の視察に変わったくらいだろう。


 ルーチンワークと言っていいくらい普段通りだ。出会い頭に非難されるようなことは何もない。


「いや、帝国の皇帝を口説いておったじゃろ?」


「……何の話だ?ボケたのか?」


「ボケとるのはお主じゃよ。アレは何処からどう聞いても口説いとるじゃろ」


「……いや、マジで分からん。そんなことしてないだろ?俺がやったのは魔力収集装置のプレゼンだぞ?それがどうして口説くとかいう話になるんだ?」


 フィオは俺がやったことも頭の中も把握しているのだから、そんな勘違い起こる筈ないんだが……。


 いや、確かに顧客を口説き落とす的な表現をすることはあるが、フィオの言うそれは違う意味だろう。


「……お主にその気がないのは分かっておるが、アレはいかん」


「どれがダメだったんだ?」


「プレゼンが一通り終わった後、エインヘリアと帝国で手を取り合い、良い関係を築いていこう的な事言ったじゃろ?」


「あぁ、言ったな」


「ソレじゃよ」


「……なんで?」


 大事な事だと思うんだが……。


「うむ。馬鹿だ馬鹿だと思っておったが、ここまでとは……あまりにも酷過ぎるのじゃ」


「おい……」


 魔王が謂れなき言葉の暴力で殴りつけて来るんだが……?


「謂れありまくりじゃ。お主のう……未婚の女性に、お前個人に興味があるとか、国を滅ぼしてでもお前が欲しいとか、対等な存在になって欲しいとか、信頼し合える仲になりたいとか……ほんと、いい加減にするのじゃ」


 改めて聞かされると中々恥ずかしい台詞だ……覇王力を全開にしている状態でなければ、はっきり言って聞くだけで悶える……今まさに悶えているが……。


 とりあえず……今は反論……いや、事実を伝えねば。


「いや、それはそれだけ優秀な人間として高く買っているって意味で……」


「分かっておる。お主がそういうつもりであったことはな。だが、言葉というのはどういう意図で言ったかではない。どういう意図で受け取ったかじゃ」


「……だとしても、相手はあの皇帝だぞ?俺がプレゼンしている間もめっちゃにらんで来ていたし、俺が対等な存在として手を取り合って行こうと言った時も、少し驚いたくらいだっただろ?」


「……いやぁ、それはどうかのう?ちょっと変な声漏れておったぞ?」


「気のせいだろ?あの皇帝が、あんなおべんちゃらっぽい言葉で絆されるとは思えん」


「お主……少し自分のスペックを甘く見積もり過ぎじゃぞ?あの皇帝は今まで完璧であったのじゃ。無論、苦労をしていないという意味ではない。大きな失敗をせず、帝国を完璧な形で統治しておった。それが今回の大敗……皇帝にとっては初めての大きな失敗じゃ。気丈に振舞えど、内心かなりダメージがあっただろうことは想像に難くないのじゃ。そんな時にそんな言葉を言われてみよ」


「いやいや、それってあれだろ?傷ついた心に付け込んでってやつ。それは確かに効果ありそうだけど、今回は違うだろ?傷つけたのは俺だぞ?傷ついた心に付け込むってより、傷ついた心に塩塗り込んだ感じだろ?」


 マッチポンプなんてレベルじゃないと思うんだが?


 え?そんなやり口でグッときちゃう娘いるの?


「そうじゃな。じゃが、お主が強く優秀であることを強烈に印象付けた上で、お前が欲しい……じゃからな。それに多分、皇帝は強引なタイプに弱そうじゃ」


 お前が欲しいとか言ってねぇ……後お前には皇帝がどう見えているんだ……?


「どう見てもそんなタイプには見えなかったが……まぁ、フィオの考えすぎだと思うけどな。そんなので惚れる奴おらんやろ……」


「意外とそうでもないのじゃ。世の中……なんでこんなのがモテるんじゃ?って思う奴がモテたりするじゃろ?アレはのう、異性の扱いに長けておるというのも勿論あるが……何より相手の願望を見抜き、それに上手い事応えておるからなんじゃよ」


「ふむ?」


 俺は皇帝相手に願望を見抜いてもいないし、応えてもいないと思うが?


「無理をして……自分を偽って相手に気に入られようとする。これは相手に気に入られようと努力するというのとは似たような感じであり、しかし大きく違うものじゃ。所謂テクニックの一つじゃな。じゃが、ごく稀に、自然なまま自分の願望に突き刺さる相手がおるものじゃ」


「一目惚れって奴か?」


「それとはちょっと違うのう。一目惚れというのは外見の印象だけの話じゃろ?願望……欲に応えるというのは、外見だけの話ではなく、もっと内側……心に刺さって来るものじゃ」


「……なんとなく分かった気はするが……俺のあの態度が、皇帝に刺さったってことか?」


「普通、大国のトップ相手にあんな態度を取れるものは居らんからのう。今頃、色々感情を持て余しておるかもしれん」


 人の趣味はそれぞれだから、あんな感じが好きな奴もいると思うけど……でもなぁ……。


「皇帝の好みのタイプは、強気で強引な俺様系だってフィオは言いたいわけだ。だが、それはお前の勝手な妄想だろ?上から来られて普通にブチ切れてるって可能性だって、十分あるだろ?」


 いや、あの皇帝さんは怜悧って感じだから、ブチ切れるってよりも冷静に……こちらをもっと調子に乗らせて、隙を見つけようとするタイプじゃないかな?


 キリクとかイルミットと同じで……敵に回すのはヤバいタイプだと思う。


 しっかりとキリクが整地してくれた上で会話の方向性を示してくれなかったら、俺は皇帝と一言も喋る事が出来ない気がする。


 今までいろんな王様と会ってきたけど、皇帝さんは一番怖い。


 ソラキル王と王女さんも中々きつかったけど……アレは別格だと思う。


「第三者という立場で見ていた限り、それはないと思うがのう。とはいえ、お主が皇帝を警戒するのもよく分かるのじゃ。絶対的優位に立っていると考えておったじゃろうに、あっさりと敗北を消化して、その上でお主と言葉を交わしておった。並大抵の人間には出来んじゃろうな」


「あぁ。お前の言う惚れた腫れたが介入する余地は全く無いだろ」


「まぁ、お主がそう思うならそれで良いのじゃ。どうせこれからも皇帝とは関わって行かねばならんわけじゃからのう。立場がある故、気の置けない関係にはなれんじゃろうが……聖王国のエファリアのように、良い関係となれるとよいのう」


「そうだな。味方となってくれたら心強いだろうよ」


「うむ……それにしても、遂に大陸最大の国を落としたか……」


 雰囲気を感慨深げなものに変えながらフィオが言う。


「魔力収集装置の設置はまだだが……悪くないペースじゃないか?」


「悪くないどころか、とんでもないペースじゃよ。まだこの世界に来て一年半も経っておらぬのじゃぞ?」


「といっても、帝国に関しては設置の許可は出るだろうが、設置は来年までかかるだろうな。まだエインヘリア国内ですら終わってないのに、その数倍の領土を持つ帝国でも設置を進めないといけないからな」


「お主はポンコツじゃが、その成果だけは褒めてやっても良いのじゃ」


「は!当然だろ?どこぞの残念魔王とは出来が違うんだよ。ここのな」


 そう言って俺は、頭を指でとんとんと叩く。


「なんじゃ?お主、こめかみに自信があるのかの?よく分からんところに自信を持っておるのう?他に誇れるところはなかったのかの?」


「頭脳だよ!脳みそだよ!頭の出来だよ!」


「まだかにみその方がマシじゃないかのう?」


「ぷっぷー、かにみそは内臓ですぅ。脳みそとは関係ありませーん!」


「……うんうん、そうじゃったな。すまんかったのう」


 俺がぷぎゃーと言うように指を突きつけると、何故か可哀想な物を見るような目で見られた。


 解せぬ。


「しかし、北の帝国を叩いたというのに、もう南に向かうつもりなのかの?」


 優しい目をしたままフィオが話題を変えて来たので、覇王的余裕な態度を見せつつその話題に乗る。


「……ハーピーの件か。南っていうより南西……どちらかといえば西よりじゃないかと思っているんだがな」


「どちらにせよ動くんじゃな。少し一息入れても良いのではないかの?」


「……いや、妖精族相手なら多少強引にでも動くべきだろう。彼らは狂化しやすいんだからな」


「……」


「既に後回しにしちまったし……これでバンガゴンガの知り合いを助けられなかったりしたら、寝覚めも悪いしな。出来る限り早くどうにかしたいんだよ」


「……そうじゃな」


 一瞬、フィオは表情を硬くしたがすぐに笑みを浮かべて見せる。


 別に今の魔王の魔力はフィオの物って訳じゃないんだから、そこまで責任とか感じる必要はないと思うが……まぁ、そういう問題じゃないんだろうな。


 ……魔力収集装置の設置が出来る人員をもっと増やすべきか?


 オトノハやイルミットに相談して……メイドの子達にアビリティを覚えてもらう……いや、本人達の希望もあるだろうし強要はしたくない。


 やはりもっとドワーフから希望者を募るか?


 だが、ドワーフ達にしても、魔力収集装置以外の物も作りたいだろうし……参ったな。人手はかなりマシになった筈なのに、帝国の事を考えると一気にまた人手不足な感じがするな。


 新規雇用契約書自体は安いのに、キャラクターエディットが最低五億かかるってのは、中々酷い話だと思うが……いや、普通に考えて五億で人を一人創造出来るって破格だよな。


 五千万人が一ヵ月で一人生み出せるってことだもんな……これには神様もびっくり。


 なんせ生み出されるのは赤子ではなく設定どおりの成長した人……能力的には信勝君だが……この世界で信勝君は相当強い部類になる。


 追加で能力値を上げてアビリティやらスキルを覚えさせておけば……雇用後、即『至天』とも戦えるだろう。


 まぁ、そこまで育成してたら、魔石いくらあっても足りんだろうけどね……。


 80だった俺の知略を5上げただけで五千万もかかったし……戦闘部隊みたいに能力カンストなんてさせようもんなら……いったい何十億かかることやら……。


 いや、何百億かもしれんな。


 今欲しいのは開発部や内政が得意なタイプなわけだけど、流石に五億使って魔力収集装置の設置要員を増やすのはコストに見合わない。


 既存の子達に覚えさせるなら数百万で済むけど……って駄目だな思考がループしてる気がする。


 俺は少し乱暴に頭を掻き……目の前にいるフィオが苦笑しているのに気付いた。


「……すまん。わざわざここで悩む様な内容じゃなかったな」


「ほほほ、気にせずとも良い。お主がそうやって色々と頭を悩ませておるのは……申し訳ないと思う反面、嬉しくもあるのじゃ」


「……別にフィオの為に悩んでるわけじゃないけどな?」


「それは残念じゃ。私としては、礼をするのもやぶさかではないのじゃが……」


 そういって流し目をしつつ、自分の唇に指を当てるフィオ。


 一瞬……そう、ほんの一瞬だけ、その妖艶な仕草に視線を奪われてしまった可能性が在りか無しかで言えばあったかもしれないと思う今日この頃、いかがお過ごしですか?


「……」


 だがしかし!


 毎回毎回、そういうアレなアレに翻弄される覇王ではない!


 俺は知っている!


 しおらしく見せかけて、その実、フィオの奴は俺を揶揄って遊んでいるのだと!


 あれだろう?


 何かしようとしたら、目が覚めてルミナが目の前にいるパターン。


 俺知ってる!


 そんな訳で吾輩、キリクばりに冷静に笑ってみせようと思う。


「ふっ……」


 フィオが出したテーブルに頬杖をつきながら俺が軽く笑うと、フィオが身を乗り出し……いや、テーブルの上に乗り、四つん這いになり正面から近づいてくる。


 ま、魔王さん……?テーブルの上に乗るなんて、はしたなくってよ?


 そんな心の声が聞こえているにも関わらず、にじり寄るようにフィオは近づいてくるのを止めない。


 大丈夫だ、落ち着くんだ俺。


 いつもの、そう、いつものパターンじゃないか。


 フィオは前かがみとも言える状態な訳で、ドレスの胸元が色々ちらちらと、アレしてて、こう……やばい感じがヤバイんだが、覇王はこんなことで動揺したりはしない。


 そう、何故なら私は冷静だからだ。


 びーくーる、びーくーる。


 そんな冷静な俺が、とある一部分から目を離せないでいると、いつのまにやらフィオが俺の目の前に……。


「……そんなに気になるの?」


 そういいながら、フィオがドレスの胸元を指で撫でるようにする。


「ふっ……」


 吐いた息が届くくらい顔を近づけているフィオから、頬杖をついたまま俺は視線だけを外す。


 近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!


 だが、俺はもう騙されん!


 偶に紅くも見える黒い瞳も、長いまつげも、柔らかそうな頬や唇も……俺から近づこうとすれば、はいざんねーん!と言わんばかりに消え去る幻だ。


「ほほほ、少し揶揄い過ぎたかのう。反応があまりにも良かったから、ついのう……」


「ふっ……」


 いつまでも揶揄われ、叫ぶだけの覇王と思うなよ?


 そんな強き意志を宿しつつ、目の前にいるフィオから目を逸らしていると、頬杖をついている俺の手にフィオがそっと手を添わせた。


 少しだけひんやりしているが、俺の手とは全く違う……繊細さを感じる手は、同じ手とは思えないほど柔らかい。


 ……いやいや、そうじゃない。


 揶揄い過ぎたとか言ってる割に、まだ仕掛けて来るか……!


 おのれ、魔王!


 俺が心の中で悪態をつくと、フィオの顔が俺の顔にゆっくりと近づいてくる。


「お主は放っておくと、どんどん女子を誑かしそうじゃからな……」


 そんなことをした覚えはない……と言いたかったが、フィオのかすれるような声とあまりにも近い距離に上手く言葉が出せない。


「……ふっ」


 もはや数センチの距離まで近づいたフィオ……当然俺は目を逸らしている訳だが?にらめっこ的なアレで、正面から見たら笑っちゃうからですが?それが何か?


 そんなことを考えた次の瞬間……俺の頬に少しだけ暖かい物が押し付けられる。


 驚いた俺が視線を向けると、そこにはいつものようにつぶらな瞳でこちらを見つめるルミナ……ではなく、若干頬を赤くしながらも挑発的な目でこちらを見るフィオの顔があった。


 ぴょ?


「……このヘタレ覇王が」


 そんな台詞が耳の残ったまま……俺はベッドの上で目を覚ました。


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