第259話 皇帝と補佐官



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「では、捕虜に関しては……?」


「解放が約束されておる。「至天」も同様だ」


「領土の割譲は……」


「必要ない。賠償金に関しても同様だ」


「馬鹿な……」


「正式な書面での通達だ。疑うべくもない」


「……やはり問題は、この……魔力収集装置……ですな」


「危険すぎる!エインヘリアの者共はこれを使い自由に動けるのだぞ!?設置を許せば、常に突如として万の兵が帝都内に現れる危険があるという事だ!」


「馬鹿か貴様は!今更そんな言葉に何の意味がある!そのような事は皆理解しておるわ!」


「我が帝国は敗れたのだ。完膚なきまでにな。エインヘリアが寛容であったが故……いや、あまりにも桁違いの強さを有していたが故、こちらの被害が殆ど無いというだけでな」


「であればこそ!今度は身命を賭して、最後まで抵抗するべきでしょう!戦力に損耗が無い今ならば、まだ戦えるのです!」


「本気で言っておるのか?」


「当然です!戦は兵家の常……必ず勝てる戦がないように、必ず負ける戦も無いのです!」


「いや……あるだろ……」


「分かった分かった……ならば貴公はまず、リカルド殿とリズバーン殿を同時に相手して倒す策を考えてくれ」


「……え?いや、それは……」


「そのくらい簡単に出来なくては、エインヘリアと伍する事すら出来まい。良い策を考えてくれ、それが思いつくまで貴公は発言をするな。では魔力収集装置についてだが……」


「地方で様子を見ては?」


「だが、転移を我等も使う事が出来るのだろう?」


「しかし、帝都内への設置は遅らせた方が……」


「遅かれ早かれ置くことになるのだろう?」


「この集落というのは、どの程度の規模の物を指しているのだ?百人程度の村も含まれているのか?」


「転移は確かに魅力的ですが、私としては魔物の狂化を抑えられるという点に注目したい。魔物の発生率の高い場所を優先的に設置するべきでは?」


「……エインヘリアに急所を抑えられている点はどうするのだ?」


「それは……対等な同盟関係とエインヘリアは言っているが、そもそも圧倒的な力の差がある両国が対等な関係を結べるか?」


「……属国にでもなれというのか?我等は帝国だぞ?」


「分かっている!だが……あまりにも彼我の差が開き過ぎて……『至天』さえ子供扱いだったそうではないか!」


「双方落ち着け、それに話が戻っているぞ?」


「そ、そうだな。各々方申し訳ありません。……私としては魔法大国との国境……あそこを優先すべきかと思います。通信機能という物があるのであれば、国境付近の情報がすぐに手に入るのは大きいかと」


「その場合受信側は……帝都ということだな?」


「他の街に設置しても良いですが……どちらにせよ帝都近郊に設置する必要があります。情報は鮮度が良ければ良い程価値があります故。わざわざ近郊に置くのであれば、いっそのこと帝都に置いてしまった方が良いかと」


「ふむ……まずはどのように活用するかを決めるべきだな。狂化対策として使うのか、情報のやり取りに使うのか、移動に使うのか……どれを重視するかが決まれば、おのずと設置の優先順位は決まろう」


「では、裁決を取る……」






 なんか……気付いたら会議が終わって私室に戻って来ていた。


 なんだろう……物凄く現実感がないというか……このふわふわした感じ……熱でもあるのかしら?


 会議の内容はしっかりと聞いていたはずだけど、どこかフィルターがかかったかのように見えていた気がする。


「……フィリアっ!」


「……え?どうしたの?ラヴェルナ。突然大声なんか出して……はしたないわよ?」


「貴女が反応もせずにぼーっとしてるからでしょ?……大丈夫?」


 私の事を心配してくれているのだろう、不安気な表情のラヴェルナは非常にレアだけど……私は軽く笑みを浮かべながら頷く。


「大丈夫……だと思う」


 私がそう答えると、私の座っているソファの横に座ったラヴェルナが、私の手を両手で包みながら口を開く。


「……まさかリズバーン様達が負けてしまうなんて思ってもいなかったわ」


 私が帝国の現状について思い悩んでいると見たのだろう……言い辛そうにしながらもラヴェルナがそう言葉にする。


「ディアルド爺やリカルドは至天の中でも抜きん出てはいるけど……だからと言って他所に同格以上がいないと考えるのは頭が固かったとしか言いようがないわね」


「でも、規格外と言われる『至天』の中でもさらに規格外と言われるような二人よ?普通そんなこと考えられないわよ」


「普通……じゃダメなのよ。特に今回……エインヘリアには私達の常識が通じないという事は戦う前から分かっていた……敵英雄の存在は確認出来ていたのだから、その事にも思い至らなければいけなかったのよ」


「フィリア……」


 私の手を包み込んでいるラヴェルナの手から、じんわりと熱が伝わって来る。


 ラヴェルナの暖かさが……私を現実へと繋ぎとめる。


 そうだ……今までの事は現実……実際に起こったことだ。


 今朝、エインヘリアとの戦が開戦して……飛行船が再び帝都にやって来て……ディアルド爺に敗戦を知らされて……エインヘリア王に会って……っ!?


 なんか、アレな感じのアレな事を思い出しそうになってアレしたので、私はとりあえず頭を振ってアレのアレをアレした。


「ど、どうしたの?フィリア、大丈夫?」


「えぇ……問題ない……と思う。でも……ちょっと熱っぽいかも?」


「なんですって!?」


 私の手を握っていたフィリアが、慌てて私のおでこや首筋を触って熱を確認する。


「熱は普通みたいだけど……どこかおかしいの?」


「少し……ぼーっとするっていうか、ふわふわするって言うか……」


「風邪……かしら?典医を呼ぶわ。喉が痛いとか寒気がするとかはない?」


「え、えぇ。多分、典医を呼ぶ程じゃないわ。ここ最近の疲れが押し寄せて来ただけだと思う」


「そうだとしても、典医は呼ぶわよ。貴女はこの国で誰よりも健康に気をつけなければならない人物なのよ?今貴女が倒れたら……多分帝国はおしまいよ」


「……」


 そう言ってラヴェルナは別室で待機しているメイドに命じ、典医を呼んだ。


 確かにラヴェルナの言う通り、今は暢気に倒れている暇はない……十中八九問題ないとは思うけど、ここは大人しくラヴェルナの言う事を聞いておいた方が良いだろう。


 そう考えた私は、暫くして部屋へとやって来た典医の診察を大人しく受けた。


「……疲労は見られますが、何かしらの病気に罹っているということはないようです。寝る前に鎮静効果のあるハーブティを飲んで暖かくして寝て下さい。まだお若いですから多少の無茶は問題なく感じるでしょうが、急に色々とダメージが来たりしますからね。特に肌の張りツヤ、そして肩や腰に……ゆめゆめ油断されぬように」


 注意なのか脅しなのか……そんな言葉を残して、典医は部屋から出て行った。


 なんか、私よりもラヴェルナの方が典医の言葉を聞いて深刻な表情をしている……私を心配してくれている……とはちょっと違う気がする。


 ラヴェルナの御夫君は非常に若々しいので、釣り合うように色々と苦労しているのかもしれない……お肌に良い物を送って労ってあげたいけど、多分私よりラヴェルナの方がそういう物は詳しいだろう。


「……とりあえず体調は問題ないみたいだけど、今日はもう休んだほうがいいわね。ハーブティの事は私がメイドに言っておくから、それを飲んで今日はもう休みなさい」


「……う、うん」


 ラヴェルナの御夫君の事を考え、少しだけぼーっとしてしまった私は返事に詰まった。


「……?本当に大丈夫?」


 私の態度を不審に思ったのか、ラヴェルナが眉を顰めつつ尋ねて来る。


 問題……ない、と思う。


「……ラヴェルナは……」


「うん?」


 なぜこんな事を聞こうとしているのか……全く持って理解不能ではあったけど、何故か私の口は勝手に動いてしまう。


「ラヴェルナは……御夫君と仲が良いわよね?」


「……?急にどうしたの?」


「……」


 ラヴェルナが何を言っているの?といった表情を見せながら首を傾げる。


 うん、私もそう思うよ。


 私は何を聞いているのだろうか?


「……お陰様で、仲はすこぶる良いわよ。お互い物凄く忙しいけど、寝る前は必ずゆっくりと二人で過ごして、その日どんなことがあったかを話すの。まぁ、私は貴女の補佐官だから話せないことも多いけど……あの子は御父様の補佐をしながら勉強しているから、事細かに教えてくれるわね」


 ……束縛……という訳ではなく、ただ純粋にその日あった事を仲睦まじく話しているのだろう。


 二人が一緒にいる姿は何度か見た事はあるけど……少しアンバランスというか、女性としては少し長身で、綺麗とか鋭いという言葉の似合うラヴェルナに対し、御夫君は背が低く顔も可愛らしいという言葉が似合うしょうね……いや青年……そんな二人だけど、本当にお互いを大事に想っているが伝わって来るのだ。


 公の場では、ラヴェルナは公爵家の令嬢という立場より、皇帝補佐官という立場でいることが多い為、パーティー等で二人が一緒にいる姿を目にしたことは二、三度程しかないけど、御夫君にエスコートされるラヴェルナ……いや、二人の姿は、非常に眩く見えたのを覚えている。


「……羨ましいくらいに仲が良いわね」


「羨ましい?……フィリア、貴女何かあったの!?」


 特に意識せずにぽつりと呟いた台詞だったのだが、ラヴェルナが物凄い勢いで食いついて来た。


「な、何か?何かってなんぞ!?」


「あからさまに言葉がおかしくなったわよ?羨ましいってどういうことかしら!?何が羨ましいの!?」


「い、いや、別に?何でもないぞよ?」


「どんな言葉遣いよ!そういうのいいから!いきなりどうしたのよ!?もしかして、男性に興味が……」


 物凄い剣幕でにじり寄って来るラヴェルナ……いや、ちょっと怖いんだけど。


「いや、だから違うんだってば!アレはそういうんじゃ……」


「アレ!?アレって何!?誰!?」


「ちょっと、ラヴェルナ落ち着いて……違うんだってば!」


「って……え!?嘘でしょ?このタイミングって事は、エインヘリアの!?」


「ぅぐ……」


「嘘でしょ!?貴女……帝国がこんな状況なのに……」


「いや、だから違うって言ってるでしょ!?」


「……じゃぁ、アレって何よ?」


 目を半眼にしつつ、ラヴェルナが問いかけて来る。


 詰め寄られた状態なので、その視線から逃げるのが難しい……。


 観念した私は、会談の最後……エインヘリア王に言われたことをラヴェルナに話した……話してしまった。


「エインヘリア王……凄いわね。国を滅ぼしてでもフィリアが欲しいだなんて……」


「いや、ちがっ!それ違うから!」


「何がよ?」


「アレはそういう意味で言ったんじゃないって!分かってるの!」


「いやいや、そんな事無いでしょ?」


 何故か、物凄く目をギラギラさせながらこちらを見て来るラヴェルナ……。


「いや!ほんと、アレは違うの!確かに、そう言われた時はなんか凄く……凄かったけど!アレは絶対人材が欲しい的なアレだった!」


「アレばっかりで分かりにくいけど……それはどうかしらね?貴方達は互いに王……その立場を考えれば、対等な存在として手を取り合うというのは、最大限伝えられる言葉じゃないかしら?」


「うぅ……」


「大体、皇帝としての貴女ではなく、個人としての貴女と対等な存在になりたいと言ったのでしょう?それはもう、完全に貴女を狙っているわよ」


「……きゅぅ」


「まぁ、最後にヘタレたのか、国の事を持ち出しているから……その辺はマイナスだけど、随分と上からぐいぐい来るタイプね。私の好みではないけど……フィリアはそういうタイプが好きなのかしら?」


「す……好きじゃないわよ!」


「本当にぃ?」


 すっごいイラっとするわ!今のラヴェルナの顔!


「当たり前でしょ!?帝国の状況を考えなさいよ!」


 皇帝と筆頭補佐官が今するべき会話じゃないでしょ!?


「……いえ、そうとも限らないわ。帝国はエインヘリアにこれでもかというくらい上をいかれているけど……フィリアとエインヘリア王が仲睦まじくなれば……いえ、もっと言えば、貴方がエインヘリア王を骨抜きにすれば、一発逆転が狙えるわ」


「……」


 骨抜きって……出来る訳ないでしょ!?


「こういう攻めっぽく見せている男はね、実は相手に依存しがちなのよ。サドとマゾの関係というヤツね」


「……へぅ」


「フィリア、ヤルしかないわ!」


「い、嫌よ!」


 鼻息を荒くするラヴェルナから、私は寝る直前まで逃げられなかった。


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