第258話 プレゼンター・フェルズ



 さて……ここまで魔力収集装置のプレゼンを進めてきたわけですが……はっきり言って皇帝のリアクションが超怖い……。


 理解が早いのは助かるし、的確な相槌を打ってくれるから、非常に話を進めやすいんだけど……こちらがいい感じにメリットを伝えていると、目が剣呑さを増すというか……眼光で貫いてくるというか……いや、まぁ、メリットを上回るリスクがあるのは確かだからな。


 今回の帝国への仕掛け……第一段階は情報操作。


 帝国中央へは諜報力の優位性を見せつけつつ、西方貴族達には欺瞞情報を流し上手く転がってくれるように仕向けた。


 正直、西方貴族の上の方は色々と上に立つ者としてダメな思考をしている者が多かった為、今後の事も考えてさよならしてもらった。


 まぁ、中にはまともなのもいたから、そういった連中はしっかりリストを作って悪いようにはしないように気を付けてある。


 それはさて置き、第二段階。


 情報を塞ぎ、更に帝国の耳目を奪った上での強襲……俺自身による帝都訪問と宣戦布告。


 帝国が帝国である限り、売られた喧嘩からは逃げられないだろうけど……普通に戦争をやったのでは、はっきり言って帝国との戦いは相当面倒な物になる可能性が高かった。


 一つは帝国の領土が凄まじく広いこと、そしてもう一つは『至天』の存在だ。


 エインヘリアには『至天』との交戦経験はあるが、それは席次下位の者。エインヘリアの英雄に警戒はするだろうが、そこまで脅威とは考えない筈だ。


 帝国には大陸の覇者であるという自負がある故、売られた喧嘩は買うが、けして全力は出さない。


 それは全力を出すまでも無く勝てるという驕りもあるが、何より周辺国への警戒があるからだ。


 小国ならともかく、魔法大国や商協連盟は、隙を見せれば色々な形で帝国を攻撃するはず。


 特に耳目を奪われている帝国は、両国への警戒をこれ以上緩めることが出来ない。


 だからエインヘリア相手の戦いは戦力を小出しにする戦いとなり……結果泥沼化する。


 ソラキル王国の時もそうだったが、短期間で一気にケリをつけるには、こちら以上に相手に本気になってもらう必要があるのだ。


 その為の策が、『至天』第二席という絶対的立場にいるリズバーンの一本釣り。


 彼の存在を上手く使い、エインヘリアへの警戒心を最大限に高めさせる……その上で覇王という調子に乗っている王様像を見せつけた。


 宣戦布告時もめっちゃ煽ったし……これによって帝国は、俺が戦場に喜び勇んで出て来るだろうと考える。


 エインヘリアに諜報力や技術力で大きく劣る帝国。


 勝てるとすれば……それは英雄の数と質、そして一般兵の圧倒的物量だ。


 敵国の王が調子に乗って戦場に出て来る……ならば一点集中、俺を狙って一気に戦争を終結させる。それが一番手っ取り早く、安全な策といったものだろう。


 そして複数人の英雄級の実力を持った者が確認出来ている以上……帝国も出し惜しみはしない。


 可能な限り『至天』を戦場に送り、初戦から本気を出して俺を狙う……帝国がその結論に至れば、計画は第三段階に移行する。


 三段階目は……実にシンプルだ。


 ぱわーでころす。


 俺という餌に釣られ、戦場に飛び出してきた『至天』と帝国軍……これを全く寄せ付けない形で撃破。


 完膚なきまでに力の差を叩き込むというやり方だ。


 これはもう、なんというか……『鷹の目』を使って見ていて、何かごめんってなるくらいのぼこぼこっぷりだった。


 特にリズバーン辺りは『え!?ちょ!ま!こ、殺しちゃったんとちゃうん!?』ってなった。


 生きててくれて本当に良かった。


 ありがとう、リズバーン。


 閑話休題。


 さて、そして第四段階……俺達の力は十分理解しただろう?よろしい、ならば交渉だ、である。


 俺達が一番嫌だったのは、帝国が中々俺達の力を認められず、戦争が泥沼化することだが……それを嫌ったのは、帝国が無駄に弱体化してしまうからだ。


 帝国を潰すだけなら、各地にうちの子らを派遣すればぼっこぼこに出来る。


 だが、その後の統治まで考えると……正直めんどくさすぎだ。帝国には今の力を保ったまま……いや、俺達が手を貸すことで、今以上の力を持って帝国内を治めて欲しいと考えているのだ。


 俺達にとっての税収は魔力収集装置を使った魔石……後は特産品を少々送ってもらうくらいだ。


 領土を広げ苦労して統治するより、他人の土地に魔力収集装置を置かせてもらった方がウハウハなのである。


 そもそも帝国にとって失うものはない……魔力収集装置自体に害はないのだから。


 ……まぁ、未知の技術の塊であり、俺達が自由に転移出来る時点で害はありまくるだろうけど……そんな無茶を飲み込ませる為、ただそれだけの為の今回の戦争であり今回の作戦だ。


 つまり……第四段階であるこの交渉を上手くやらなくては、ここ暫く頑張っていた作戦が水泡に帰すという訳だ。


 こちらの力を見せつけたのは出来る限りスムーズに事を運ぶ為であって、力ずくで言う事を聞かせる為ではない。


 はっきり言って、覇王の胃と心臓はねじ切れんばかりに痛い。


 だが……大丈夫だ。


 うちの魔力収集装置は凄いんだからね!ってアピールと、断れると思ってんのか?あぁん?って力押しで行ける筈!あくまでスマートに!


「俺達が自由に転移出来るという事実は否定できない。俺達がどう約束しようと、現実問題出来てしまうからな」


 簡易版魔力収集装置なら転移機能はないけど……そうなると帝国も転移が使えなくなっちゃうしね。


 それに、こっちのバージョンは転移機能無いよって言っても、信じるわけないしね。


「だが、こればかりは信じてもらうより他が無いな。それに……俺達が帝国を滅ぼすつもりなら……そもそも転移に頼らずとも可能であるしな」


 俺がそう口に出すと、皇帝……よりもその周りにいる連中が、俺に鋭い視線を飛ばしてくる。


 まぁ……そりゃそうだろうけどね。そんな小細工使わんでもお前等如き正面から簡単に潰せるし?って言った訳だし。


 ただ、こちらが憎いというよりも悔しげな感じなのは……こちらの力を認め、否定が出来ないからなのだろう。


「此度の戦……いや、我々が顔を合わせるよりもずっと前から、今日この時この交渉を飲ませるための策であったという事か」


 この追い込まれた状況の中、よくそれだけ頭回るよね……正直、俺は普通の状態でも、順序立てて説明されなかったら分からんよ?


「やはり、素晴らしいな。スラージアン帝国皇帝。材料を与えればすぐに正解に辿り着く。だからこそ、このように回りくどいやり方をさせて貰ったのだがな」


「……そんな回りくどい事をしてまで、何故帝国にその……魔力収集装置だったか?それを設置しようとする?エインヘリアにどんなメリットがあるのだ?」


「メリットか……そうだな。帝国には人族以外の民はいるか?」


「多くはないが、いないことはないな。一級市民は……寿命の事もあるからあまり多くはないが、二級や三級市民にはそれなりの数の妖精族、エルフやドワーフ、スプリガンがいたはずだ」


 突然の話題に一瞬眉を顰めながらも、皇帝はすぐに返事をくれる。


「そうか……では、狂化の話は知っているか?」


「狂化か……確か、妖精族や魔物が突然狂ったように暴れ出す事だったな?最近魔物による被害が各地で増えているが、多くはそれが原因と聞いている」


「魔物はともかく、妖精族が狂化した場合……どのように対処している?」


「基本的には捕えているが……縄を打ち、牢に放り込んでも暴れ狂い、自傷によって命を落とすことも少なくない。取り押さえるにも凄まじい力で暴れているのでそれも容易ではなく、特に地方で狂化した者が出た場合……多くはその場で殺してしまっているな」


「そうか……」


 仕方ない事だろう……ドワーフ達はその技術があったからこそ、狂化した者達を寝かしておけたが……多くの場合はバンガゴンガ達のように、直前まで親しくしていた間柄であったとしても手にかけるという選択しか出来ないだろう。


「……魔力収集装置は狂化を防ぐことが出来る」


「なんだと!?」


 俺の言葉に皇帝のみならず、帝国の者全員が色めき立つ。


「知っていると思うが、エインヘリアではゴブリンやドワーフ達が多く暮らしている。彼らは近年、急激にその猛威を振るいだした狂化という現象に悩まされていた。だが、エインヘリアの傘下に加わり、魔力収集装置の傍で暮らすようになったことで狂化する者はいなくなった」


「……」


「ギギル・ポー地方……元々はドワーフ達の国だが、エインヘリアに加わる直前……百名以上が狂化にかかり、薬によって眠らされていた。しかし、魔力収集装置の傍に暫く寝かせておくことにより、狂化した者達が正気を取り戻すに至った」


「そんなことが……」


 真剣な表情で皇帝が言うが……リズバーンたちも考え込む様な表情を見せている。


 この様子だと、結構狂化による被害が出ているのかもしれないね。


「狂化の原因が、魔王の魔力によるものだという事は知っているか?」


「……そんな話は聞いたことあるが、帝国では正式にそうだと結論付けられてはいない」


「それは事実だ。今代の魔王の持つ魔力、それが大陸中に広がり狂化という現象を引き起こしている。そして、この狂化という現象……妖精族や魔物だけの問題ではないぞ?」


「まさか……」


 俺のその一言で、何が言いたいかを瞬時に理解したらしい皇帝が目を見開く。


「そう。人族も狂化する。今はまだ魔王の魔力を取り込みやすい、妖精族や魔物……それに魔族だけが狂化しているのだろうが、時が経てば人族の中にも狂化する者が出て来る」


「それを防げると……?」


「あぁ。それからもう一つ、魔力収集装置は基本的に人の住む集落に設置して稼働させるものだが、これの配備を進めるとその辺り一帯で魔物も狂化することが無くなる」


「……」


 この言葉に反応したのは軍の総大将をやっていた二人だ。おそらく、狂化した魔物の討伐とかを軍でやっていたのだろう。


「ただ、これについては効果範囲が曖昧でな。人里離れた秘境で狂化した魔物が、人里まで降りてこないとも限らん。魔力収集装置に近づけば狂化は治るが、ある程度時間がかかる以上……正気に戻るよりも、狂化したまま人里に襲い掛かる方が早いという可能性は十分あるからな」


「魔王の魔力についての研究は進んでいないのか?」


「研究したいとは思っているのだが、まずは魔力収集装置の設置を最優先としていてな。我が国の研究者は、魔力収集装置を設置できる技術者でもあるのだ。彼らを総動員して魔力収集装置の設置を進めている現状、研究にまでは手が回らんのだ」


「……仮に、我が帝国が魔力収集装置の設置を認めたとして……やはりエインヘリアにメリットがあるとは思えないのだが?エインヘリア国内は既に狂化の問題は解決しているのだろう?」


 まぁ、そりゃそうだよね。


 さて、魔石のことを言うべきか否か……うん、まぁここはある程度腹を割って見せるべきだろう。


 無料程恐ろしいものはないからね。


「無論、メリットはある。我々エインヘリアの技術の根幹となる魔石。魔力収集装置を広く設置することで、我々はこれを得ることが出来る」


「魔石……?それは魔導具に使う?」


「いや、それとは別の物だ。我が国の魔道具技師に見せた事があるが、従来の魔道具作りには使えないという話だったな。だが、エインヘリアでは様々な物に使われる。そうだな……リズバーン、お前が先程使ったポーション。アレの材料にもなっているぞ?」


「……それは実に興味深いお話ですのう」


 俺が話を振ると、目を輝かせながらそう口にするリズバーン。


 研究者でもあるって言ってたからな……まぁ、ドワーフ達程ギラギラはしてないけどね。


「興味があるなら少しくれてやっても構わん。その場合は……技術交流という形で何らかの条約を結ぶ必要はあるが」


「……技術交流か。既にエインヘリアは戦後の事を考えているのだな」


「会談前はこの戦は道半ばと言ったが、魔力収集装置の件を皇帝である貴殿に伝え、双方のメリットも語ったからな。とは言っても、魔石を得られるとは言ったが、正直そこまで俺自身それを求めている訳ではない」


「どういう意味だ?」


「エインヘリア国内で得ている量で魔石は十分確保出来ているからな。無論、いくらあっても困るものではないが……帝国に魔力収集装置を設置したい一番の理由は、個人的な理由だ」


「個人的な?」


「……魔王の魔力が気に食わん。狂化という現象が心底気に食わん。だからこの大陸からそれを消し去りたい。そんなところだ」


 俺がそういうと、皇帝は呆気にとられたような表情になる。


 驚いたり目を丸くしたりと言った表情は何度か目にしていたけど……何というか、ぽかんって感じの表情は初めてだな。


「……そんな理由で帝国に戦争を仕掛けたのか?」


「馬鹿な。俺が帝国に戦争を仕掛けたのは、そちらの貴族がエインヘリアを踏みにじろうとしたからだろう?事実を捻じ曲げてくれるなよ?」


 俺が鼻で笑うようにしながら言うと、皇帝の目がこちらを射抜かんばかりに細く尖る。


「口が減らないな。エインヘリア王よ」


「忘れているようだが、俺達は勝者だからな。歴史を作る権利を有している」


 俺がそう言うと、今度は皇帝が鼻で笑って見せる。


 ……最初に帝都に来た時より、いや、この会談が始まった直後よりも感情を見せるようになったか?少しは警戒心が薄れたと見るべきか……いや、これもポーズと考えるべきか?


 まぁ、皇帝が油断ならないのは最初から変わらんか……。


「スラージアン帝国皇帝。俺は確かに此度の戦の勝者ではあるが、帝国を、『至天』を、そして皇帝を、蔑むつもりも馬鹿にするつもりもない」


「……」


「俺は、貴国を対等に扱いたいと考えている。だが、それと同時に……いや、それ以上に魔王の魔力をどうにかしたいと考えている。正攻法で……対等な条件の下、交渉という形で魔力収集装置の設置を求めても、間違いなく貴国は受け入れなかっただろう。だから強引な手段を取らせて貰った。傲慢だと、身勝手だと思うかもしれんが……俺は俺の道を譲るつもりはない。逆らうならば蹂躙するまで。現に、障害となりそうな者共は今まで力で排除して来たからな」


 まぁ、正確には障害というか、言う事聞きそうにない奴って感じだけど……概ね間違ってはいない。


「だが帝国は違う。先の会談の時にも言ったが、先代が広げた帝国を今の帝国の形に……真に帝国と呼べる国に育て上げた皇帝、まさに英傑と呼ぶにふさわしい人物だ。あの時、貴殿に興味があると言ったのは嘘偽りない想いだ。正直、貴殿が小国辺りの王であったなら、その国を滅ぼしてでも欲しかったな」


「っ!?」


 俺の言葉に、物凄く驚いて見せる皇帝。


 そんなおかしなことは言ってないと思うけど……優秀過ぎる人を懐に抱え込むのは危険も多いけど……キリクやイルミットがいれば裏切られる前に対処してくれるしね。


 皇帝程の能力であれば、代官として使うよりも、もう少し上の立場でその辣腕を揮ってもらいたい……新規雇用契約書を使うつもりではあるけど、ノーコストで優秀な人材を迎え入れられるなら、それに越したことはないしね。


 まぁ、皇帝にはこれからも帝国を引っ張って行ってもらわんといかんし、残念ながらエインヘリアに勧誘は出来ないけどね


「だが、貴殿はスラージアン帝国皇帝だ。そのような真似をすればいたずらに混乱を招くだけ……それは俺の良しとするものではない。だから、皇帝……いや、フィリア=フィンブル=スラージアンよ。俺と対等な存在となって欲しい。どちらが上でも下でもない、エインヘリアと帝国のより良き未来の為に、互いを信頼し合える相手として……手を取り合って行かないか?」


「……ぅぇ?」


 皇帝が少し唸るように声を上げた気もするが……今はこのまま言いたい事を言い切ろう。


「まずは、急務とも言える魔力収集装置の設置を……それを進めながら、互いの事を良く知って行けばよい。技術的な交流を始めとして、文化や経済的な繋がりも深めていけるだろう。エインヘリアの食事は、俺が言うのもなんだが、中々刺激的なものがある。きっと気に入ってもらえる筈だ」


「……」


 その後も暫く両国間の交流についての話を続けたのだが、いまいち皇帝の反応がよろしくない。


 やはり魔力収集装置の設置を受け入れるのは難しいか?


 いや、断るという選択は出来ないだろうが……他の貴族達を黙らせる方策を考えているとかだろうか?その辺りはエインヘリアの強さを主張してゴリ押して貰いたいが……。


 その後暫くして、皇帝は少し考える時間が欲しいと言い、今回の会談は御開きとなった。


 因みに、捕虜として連れて来たリズバーンたちは、そのまま皇帝と一緒に帝都に帰ってもらった。


 多分、戻ってから色々相談もあるだろうしね……魔力収集装置に関して、皇帝の反応は悪くなかったと思うけど、最悪反対派の貴族達相手にもう一戦する必要もあるかも知れない。


 その時は、再びけちょんけちょんにしてやろう……必要であれば、反対派は捕虜ではなく排除の方向で動くことも考えないとな……その辺りはこっそり皇帝と相談かな?


 それにしても……皇帝が答えをくれるまで、暫く胃の痛い日を過ごさないと行けなさそうだなぁ。


 辛いわぁ。


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