第257話 詐欺師



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 エインヘリア王の待つ場所へと向かう道すがら、戦場より戻って来たディアルド爺に何があったかを詳しく聞いた私は、そのあまりにもあんまりな話に眩暈どころか、意識を失いそうになった。


 しかし、ゴトゴトと揺れる馬車は私にそんな甘えを許さずに、ディアルド爺の話を最後まで聞くことを強いた。


 おかげでエインヘリアが会談の為に設置した天幕まで、私はその意識を手放すことなく辿り着けたのだが……はっきり言って感謝する気持ちは微塵も沸いてこなかった。


 馬車から降りた私は天幕を前に、胸中を渦巻く感情を持て余す。


 ……帰りたい。


 今ここに来ているのは、私とキルロイ、ディアルド爺の三人。それと、捕虜となっていたはずなのに、あっさりと解放され私達に合流したウィッカと第二陣の総大将を任せていたキュロス伯爵。


 勿論護衛の近衛騎士もいるにはいるが……彼らは英雄ではない。


 もしエインヘリアがここで私を害するつもりであれば、成すすべもなくやられてしまうだろう。


 しかし……それはそれで楽かもしれないと思ってしまうのは……心が弱っている証拠ね。


 私はなけなしの力を振り絞り、天幕の中へと入る。


「よく来てくれた、スラージアン帝国皇帝。急な呼びかけに応えてくれて感謝するぞ」


 天幕へと入った私を迎えたのは……憎たらしい程に余裕たっぷりな態度を見せるエインヘリア王。


 いや、この状況で余裕があるのは当然か……彼らは戦勝国で我々は敗戦国。寧ろこちらを見下す様な態度を見せない事には好感を……覚えないけどね!


「折角の招待だ。受けぬという選択肢はあるまい?エインヘリア王よ。聞くところによると戦場に出ていたそうだが、壮健そうで何よりだな」


「くくっ……戦場といっても、俺自身が剣を振るった訳ではないからな。総大将として本陣の天幕で座って、軽く指示を出した程度よ。大したことはしておらん」


 そういって肩を竦めるエインヘリア王からは、戦場独特の匂いのような物を一切感じない。


 戦から戻って来た父からよく漂っていた匂いだったが……正直あまり嗅ぎたいとは思わない類の匂いね。


「……随分と早い決着だったようだし、そうなのかもしれんな」


「ふむ。まぁ、何をもって決着とするかはそれぞれの思惑次第だと思うがな?少なくとも、今回の戦い……俺としてはまだ道半ばだ」


「……戦場に送り込んだ十五万のみならず、『至天』……それもそのトップである二人を制し、さらに援軍として戦場に向かっていた五十万の兵をも制しておきながら、道半ばと?」


「そうだ。俺にとって戦争は目的を遂げる為の一手段。ただの外交手段の一つに過ぎん。当然果たすべきは勝利ではなく、勝利の先のものだ」


 こういう所だ。


 エインヘリア王のこういう部分が油断ならない。


 圧倒的な軍事力に技術力を有していながら、ただの力押しを良しとしないところ……ただ力を持っただけの馬鹿であれば、ここまで翻弄されることもなかっただろうに……。


「……戦争が外交の一種に過ぎないという話には賛同しよう。戦争そのものを略奪としか見ない王も少なくないがな」


「実に勿体ない事だな。相手から奪いつくし、焼き尽くしてしまえば次はないというのに」


「そういう手立てに出るものは怯えているのだろうよ。今回は自分が奪う側だった、しかし次は奪われる側になるかもしれない。ならばその前に滅ぼしつくしてしまおう……そういう事だ」


「奪われるのが嫌なら最初から奪わなければ良いのだ……とは言えんな。奪われる側より奪う側に回りたいという気持ちを否定は出来ん。しかし、もっと上手くやる方法はあると思うがな」


 そう言って肩を竦めるエインヘリア王。


 確かに、エインヘリア王の言う通りなのだが……今まさにもっと上手くやられようとしている身としては笑えないな。


「……エインヘリア王。そろそろ聞かせて貰おうか?貴殿は何を考えている?」


「そうだな……その前に少し聞いておこうか。帝国は、まだ俺達と戦うか?」


「……」


 イラっとさせられる質問だが……答えない訳にはいかない。


 既に彼我の戦力差は十分過ぎる程思い知らされている。抗ったところで被害が拡大するだけ……それは理解しているが、抗わないという事が許されるわけではない。


「分かりきったことを聞くな。それは全てお前達次第だろう?」


「……くだらない質問をしてしまったようだ。すまなかったな」


 謝っている様には見えないが、それでも私の言葉に納得した様子を見せるエインヘリア王。


 その姿を見ながら、私は再び尋ねる。


「良い。それで話を聞かせてくれるか?エインヘリアは我々帝国に何を求める?」


「俺が帝国に求めるのは……帝国全土への魔力収集装置の設置だ」


「……それは一体なんだ?」


「リズバーンが我が国に来た時に見た転移装置だ。各集落に設置することで転移を可能とするものだ」


「……転移装置だと?我々の国でエインヘリアが自由にするということか?そんなもの認められる筈がないだろう?」


「ふむ?ならば力ずくで止めて見せるか?」


「……」


 私の物ではない歯ぎしりの音が聞こえて来る。


 確かにエインヘリア軍が魔力収集装置とやらの設置を強行した際、我々にそれを止める力はない……だが、それは無抵抗で相手の要求を受け入れる理由にはならない。


 エインヘリアが帝国を自由に闊歩する……それを認めることなぞ出来る訳が無いのだから。


 そもそも、力ずくで設置しても意味がないことはエインヘリアも理解している筈。


 そんなやり方で、エインヘリアが帝国全土に設置したそれを守り抜けるとは思えない。


 何らかの方法で装置が破壊されようとしている事を察知し、軍や英雄を送り込むことは可能かもしれないが……だからと言って四六時中監視しておけるような物ではないだろう。


「くくっ……冗談だ。俺はお前達に納得して魔力収集装置の設置に協力してもらいたいのだ」


 皮肉気な笑みを浮かべるエインヘリア王を見て、私は一つ思い出した。


「……そういえば、以前帝都に来た時目的は喉元に剣を突きつける事だとか言っていたな?もしや、あれは冗談などではなく、このことを言っていたのか?」


「その通りだ。帝国全土に魔力収集装置を設置する……喉元に剣を突きつけられる行為だろう?」


 確かにその通りだ……そしてその要求が通る筈がないことも……いや、そうか……だからこそ今回の戦争を……しかし、何故?いや、確かにエインヘリアが帝国国内を自由に移動することが出来るという事自体、帝国にとっては喉元に剣を突きつけられている状態ではあるが……エインヘリアにとってそこまで意味のある事の様には思えない。


 何故なら、現時点で飛行船という物が存在し、今日のように容易く帝国内を移動することが出来る。


 わざわざ要求として突き付けるには弱い気がする。


 なんせ、エインヘリアは『至天』すら歯牙にかけない程の武力を有しており、力を以て帝国全土を併呑することが可能なのだ。


 併呑後に魔力収集装置とやらを設置すれば、何処からも文句は出ない。それにエインヘリアであれば、我々が苦労している広すぎる領土の管理という問題も、転移という技術によって問題なくクリア出来るはずだ。


 エインヘリアが帝国を潰さない理由が分からない。


 ……魔力収集装置……もしや、その名の通り魔力を収集することが目的……?


 装置を設置することで、その地域に何らかのデメリットが発生する……?


 いや、エインヘリア国内にも設置されているのであればその線は薄い……だが、魔力を集めるという意図はあるのだろう……そのあまりにも分かりやすい装置名がブラフでなければだが。


「分からないな。その装置を設置する目的はなんだ?ただ帝国内を自由に移動したいという事ではないのだろう?帝国の喉元に剣を突きつける……確かに、我々帝国側からすればその通りだろうが、貴国にはそんな意図はないのではないか?」


「ほう?流石に理解が早いな、スラージアン帝国皇帝。では、まずはこの装置を設置するメリット……帝国にとってのメリットを話そう」


「帝国の……メリット?」


「まず何と言っても……魔力収集装置には転移機能がある。この転移機能、帝国の要人は自由に使えるようにしてやる。あぁ、勿論帝国国内の移動だけだがな?」


「「っ!?」」


 私だけではなく、ディアルド爺達もエインヘリア王の言葉に驚き目を丸くする。


「帝国はその国土の広さ故、地方にまで目が行き届いていないという弱点を抱えているだろう?魔力収集装置の設置は、その問題を解決するための一助となるだろう」


 た、確かに……エインヘリアだけが転移を使う物だと思っていたけど、私達にもそれを解放する?


 転移や飛行船の話を聞いて、この一ヵ月余り何度も考えた……アレさえあればと。


 それを……私達が自由に……?


 って駄目よ!これは悪魔の誘惑!


 甘い言葉に唆されて受け入れれば、後でとんでもない目にあうのは間違いない!


「それと、通信機能という物もある。これは、転移を許可されていない人物が緊急で連絡をしたいといった時に重宝する。こちらに関しては、要人でなくても使えるように条件を緩めにすることが出来る」


 ……そんなものまで……それがあれば、各地で起こった緊急事態への対応が迅速に出来るように……。


「例えば、とある地方の村で災害が起こったとしよう。災害が起こった村から帝都に連絡が入り、対応を検討……それに合わせ帝都からエインヘリアへ連絡して、一時的に転移装置の機能解放を行えば災害のあった村から、民を帝都に避難させることも可能だ」


「そんなことが……」


 そんなことが出来れば……水害や干ばつ、魔物による被害にも迅速に対応が出来る……いや、それだけじゃない。各拠点からの定時連絡に使えば……いや、そうなって来ると専門の部署が必要に……恐らくもっと色々な活用方法が……って違う!!


 何をその気になっているのよ!


 こんなの商人の手口じゃない……最初に大きなメリットを提示、その後軽い様子で小さなデメリットを……そして最後にもっと大きなメリットを出して購入させるって寸法でしょ?


「無論良い事ばかりとは言えない」


 ほら来た!


「まず、魔力収集装置を設置できるのは、今の所エインヘリアに所属する技術者とドワーフ達しかおらず、設置に非常に時間がかかる」


 デメリット……という程の話ではないようね。


「現在、ソラキル地方、クガルラン地方を除くエインヘリア全土と、ルフェロン聖王国には設置が完了しているが、先に挙げた二つの地方では現在進行形で設置を進めている最中。仮に皇帝……いや、帝国が俺の要求を受け入れたとしても、すぐに設置をするとは約束できない」


「……」


「それに帝国は広大だからな。全土への設置が終わるには年単位で時間がかかるだろう。もう少し設置技術を持った者が増えれば良いのだが……中々難しくてな」


「設置に時間がかかるというのは何か問題か?」


「設置の優先順位はそちらに任せるつもりだが……設置を後回しにした結果、助けられる筈だったものを助けられなかったという事になる可能性は十分ある。助ける手段があったにもかかわらず一つの判断でそのような事になってしまえば……悔やむに悔やみきれないだろう?」


「それはそうかもしれないが……その技術を持ったものを増やそうとはしなかったのか?」


「当然教育はしたが……人族では魔力の扱いが上手くいかず、技術を会得出来なかったのだ。辛うじてドワーフ達が魔力の扱いと手先の器用さで及第点を取れてな。もしその気があるなら、帝国からも技術者を派遣してみるか?習得できるかどうか分からんがな」


「……国家機密だろう?そんな技術を流出させて良いのか?」


「くくっ……あくまで設置の技術だからな。根幹部分はブラックボックスとなっていて、解析は容易ではないぞ?挑戦するなら止めはせんが……」


 ……そのような超技術、不可能だと言われても挑戦して損はないだろう……って違う!


 なんでもう設置に協力する気になっているのよ!


 くっ……明確な返事を求めてこないくせに、簡単にこちらをその気にさせて来る……エインヘリア王は実は商人か詐欺師なのではないか?


 私は絶対に気を許さず油断しないと何度も言い聞かせながら、エインヘリア王の話に耳を傾けた。


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