第256話 抜けた
View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝
飛行船が何で帝都に!?
西を攻めるというのがブラフだった!?
あの性悪王!あんな態度を取っておきながらいきなり帝都に奇襲ですって?
底が知れたわね!……と言いたい所だけど、事態はかなりマズイわ。
私達は、エインヘリアが奇襲等は行わないという前提で作戦を立てた。
勿論、だからと言って各都市の防御を空にしているわけではないし、帝都にもそれなりの備えはしてあるが、それはあくまで一般兵による守りだ。
飛来したという飛行船に英雄が乗っていた場合……帝都にどれだけの被害が出るか、想像すら出来ない。
私とラヴェルナは目を合わせ、焦りを表に出さないようにしながら休憩室の扉を開く。
「落ち着きなさい。もっと詳しく報告を。飛行船の数は?」
「い、今見えているのは一艘です!方角は前回と同じく南西!まだ距離があり、絶対ではありませんが、前回飛来した船と同型の物だと思われます!」
「分かりました。陛下どうされますか?」
「前回同様、兵を城下へ。民の混乱を最小限に。敵が一艘であるなら攻めて来たとは考えにくい。何らかの使者である可能性が高かろう」
私がそう言うと、少し落ち着きを取り戻した秘書官たちが動き始める。
今私が言った言葉は、飛行船に英雄が乗っていなければという但し書きがついているけど……冷静さを欠いている秘書官達はそこまで気づかない。
いや、気づいている者もいるのだろうけど、どうする事も出来ないというのが正直な所だろう。
英雄の相手は英雄にしか出来ない。
しかし、今帝都に『至天』はいない。半数以上が西へと向かい、残りの者達は各地の守りに就いている。
当然、どちらもすぐに帝都に救援に来られる距離ではない。
民に避難指示を出そうにも……空から飛来する飛行船相手に民を逃がすのは至難であるし、何より大きな混乱が起こり、それによる被害も馬鹿にならないだろう。
大人しく家に籠ってもらった方が被害は少なく済むという物だ。
「相手の動きは逐一報告を、最優先だ」
それだけ告げた私は、ラヴェルナと共に執務室を出る。
これ以上執務室で出せる指示はない、急ぎ会議室へと向かう。
何かあれば皆あそこへと集まるようにと常に言っている……相手がどう動くか、その狙いも読めない。
さっきはエインヘリアの奇襲を疑ったけど、冷静になって考えればその可能性は低いように思う。
英雄が飛行船に乗っていたとしても、帝都を制圧するには圧倒的に人手が足りない。
英雄が万単位の働きが出来るとは言っても、それは戦場での話だ。
都市を制圧するには武力がいくら高くても関係ない……純粋に人手が足りなければどうしようもないし、あの飛行船にどれだけ兵を乗せて来たとしても精々数百。百万に届こうかという帝都の民を抑えられるものではない。
開戦した日にわざわざ帝都に来る意図は全く読めないけど、あの性格の悪い王の事だ……碌な要件ではないだろう。
以前飛行船が帝都に飛来して以来、対空兵器の開発を指示しているけど……流石に一か月程度では有用なものは出来ないし、仮に出来ていたとしても量産や配備が間に合わない。
西方で時間を稼ぐことが出来れば、その間に兵器の開発を進めたい所だけど……中々簡単にはいかないわよね。今までとは狙う場所も距離も全然違うし……兵器開発部門が苦戦しているという話は聞いている。
例え今回の戦争に間に合わなかったとしても、対空兵器の開発は絶対に必要だ。
今後の事を考えれば……エインヘリアが飛行船という空を支配する術を得ている以上、他国もそれの開発を進めるだろう。
可能であれば我が帝国が飛行船の開発を成功させたいが……エインヘリアから技術を盗むのは並大抵のことではないし、ディアルド爺も皆目見当がつかない技術という事だった。
ディアルド爺の飛行魔法を応用してみるという話もあったが、そもそもディアルド爺一人が飛ぶだけでも魔力の消費が凄まじい物だというのに……あんな大きな物を飛ばすのは現実的ではないだろう。
実際ディアルド爺も、現時点の飛行魔法であの大きさの物を飛ばすのは不可能だと言っているし。
飛行船の仕組みは非常に気になるところ……ディアルド爺が戦場で上手い事落としてくれていれば鹵獲できるかもしない。今はその辺に期待したいわね。
そんなことを考えていると、会議室へと到着した。
扉を開くと、既に室内は正に喧々諤々と言った様子で激しく意見が飛びあっている。
「民を避難させるのは無理だと言っているだろう!?」
「しかし、相手が攻撃を仕掛けて来たら被害が!」
「攻撃されればそれはもはやどうにもならん!それよりも混乱による暴動を回避することの方が大事だ!」
「民を見捨てると!?」
「違う!だが相手の攻撃以上に、混乱による二次被害の方が危険だ!民には屋内で大人しくして置いてもらった方が良いと言っているのだ!」
「それよりも、奴らは何故帝都に来た!やはり西を戦場にするというのは『至天』を帝都から遠ざける罠だったのではないのか!?」
私が入ってきたことにも気付かずに叫びあう様は、まさに混乱の渦中といった感じではあるが、それなりに議論は進んで行っているようなので私は止めることをしない。
今はどんな意見であっても出し合って検討するべきだからだ。
「報告します!飛行船は帝都より離れた位置で降下しました!何人かが船外に出てきているようですが、距離がある為詳細はまだ判明しておりません!」
「飛行船で帝都に攻め入るという訳ではないという事か?」
「当然だろう?いくらなんでも、一艘で来ておいて帝都を攻撃するなぞ、正気の沙汰とは思えん」
「だとしたら敵の狙いは何だ?船外に出てきている以上、何かしらの交渉に来たと考えるべきか?」
「馬鹿な、開戦しておいて何を今更?」
「リズバーン様の話では、飛行船の速度であれば戦場から帝都まで一日と掛らないという話ではないか。戦場で何かあったのでは?」
戦場で何かあった……確かに、戦場は帝都から見れば南西方面にあたるしその可能性はあるな。
だが、戦場で何かあったからと飛行船が帝都に来る理由なぞ……流石に鹵獲した物を持ち帰ったという事はないだろう……そもそも操作方法が分からないだろうしな。
ならばやはりあの飛行船は、エインヘリアの者が乗って来たという訳で……目的……和睦……交渉……?
戦争を起こす事自体が目的だった……?
『至天』を帝都から遠ざける為……?それとも何か帝国は失った?金……軍需物資……狙いはそこ?
いや……今結論を出すのは避けよう。
飛行船から人が降りて来たのだったら、遠からず何らかのアクションが起こされるだろう。
それまでは……。
「報告します!飛行船から『至天』第二席『轟天』リズバーン様が飛び立たれ、帝都に向かって来ております!」
次いで齎された報告に会議場が騒然となる。
「なんだと!?」
「馬鹿な!リズバーン様は今戦場にいる筈だ!」
「エインヘリアにも飛行魔法を使える者がいるのでは?」
「確かに……リズバーン様本人と考えるよりもあり得る話だ」
ディアルド爺が?
いや、それはあり得ない。戦場にいる筈のディアルド爺が、自らの役目を放棄して帝都に戻るなんてことは絶対にありえない。
……仮にそんなことがあるとすれば、ディアルド爺が帝国を裏切った時だろうが……それはもっとあり得ないだろう。
地位や金等に目が眩む者ではないし、エインヘリアの技術に興味を抱いたとしてもそれは帝国に生かす為。
先々代の時代から帝国に仕えるディアルド爺は、恐らく私以上に帝国という国を愛している。
それと、ディアルド爺が聞いた話では、エインヘリアには飛行魔法の使い手はいないという事だし……今飛んで来ている人物はディアルド爺と見て間違いないだろう。
しかし、初めてエインヘリアがこの帝都に来た時とは状況が違う。
今は既に帝国とエインヘリアは戦争中……ディアルド爺が飛行船に乗るような理由なぞ……そこを考えた私は、頭を過った最悪かつあり得ない話を振り払う。
今日は開戦初日、いくらエインヘリアが訳の分からない国だとしてもそれはあり得ない……でも戦場を放棄してディアルド爺が帝都に戻って来るのは……つまり……。
「物見からの報告です!飛行船よりこちらに向かって来ているのはリズバーン様で間違いありません!」
「中庭へ直接降りることを許可する。到着次第すぐに私の執務室に連れてくるように」
「はっ!」
今報告に来たのが私の秘書官だった為、私は直接指示を出す。
本来はこの場に呼んで話を聞いた方がいいかもしれないが……今はウィッカが戦場に出て、この場にいない為、好戦派派閥の抑えがいない。
まぁ、半数くらいはウィッカと共に戦場に出ている為、変な事をしでかしたりはしないだろうけど……まずは少人数でディアルド爺の話を聞いて状況を整理したい。
「キルロイ、まずは我等で話を聞く。他の者達はこの場で待機、エインヘリアが動いた際は初期対応を任せる」
「「はっ!」」
不安ではあるだろうが、それでもしっかりとした返事をする皆を会議室に残し、私はキルロイとラヴェルナを共にし、執務室横の応接室へと向かった。
道中は誰も言葉を発しなかったが、普段より心持皆が足早になってしまったのは流石に無理もないだろう。
部屋についてすぐ、私はキルロイに向かって尋ねる。
「どう見る?」
「正直、今は何とも……ですが、考えられるのは……リズバーン殿が帝国を裏切った、とかでしょうか?」
「ありえんな。私が外道に堕ちて帝国を害するようなことがあれば、ディアルドは間違いなく帝国の為に私を討つだろう。ディアルドが真っ先に帝国を裏切ることは、たとえ天地が逆転しようとあり得ないことだ」
「……申し訳ありません、陛下。私も同じように考えます」
そう言ってキルロイが頭を下げる。
絶対にありえない事柄ではあるが、その可能性を完全には捨てないようにしておけということだろう。
「後考えられるとすれば、奇跡的に飛行船を鹵獲したか?」
「それは実に喜ばしい話ですが……その場合、リズバーン殿が輸送の任に就くことはあり得ないかと存じます。飛行船は確かにこれからの帝国に必要な物ではありますが、ボーエン候が絶対に許さないでしょう」
「そうだな……そうなって来ると……戦争が決着したか?」
「それもまたあり得ないでしょう。開戦日と指定されたのは今日……仮に数日前倒しになっていたとしても、勝つにせよ負けるにせよ決着がつくには早すぎます」
「……そうだな」
キルロイの言葉に、エインヘリア王の姿を思い出す。
確かに……勝つには短すぎる時間だけど……どうしても、あの王の自信満々な態度と訳の分からない技術の数々が気になる。
飛行船を凌駕する、圧倒的な何かがエインヘリアにはまだあるのかもしれない。
そんな未知への恐怖というか、漠然とした嫌な考えが頭から離れない。
「仮に交渉だとしたら何が考えられる?」
「……停戦交渉であれば前線ですれば良い事ですし、開戦の延期や中止……でしょうか?」
「ふむ……」
エインヘリアから仕掛けておいて、今更そんなことを言いだす理由は全く分からないが、ありえない話ではないか。
しかし、分かってはいたが、情報が少なすぎてこれだと思えるような意見はキルロイからも出てこないな。
「本当に、エインヘリアは厄介な相手だな」
「それについては激しく同意いたします」
私がそう言うと、キルロイもラヴェルナも苦笑したような表情を見せる。
開戦当日に、戦場から遠く離れた帝都をここまで騒がせる相手は、過去にもいなかったことだろう。
何もかもが規格外の相手だ……この一ヵ月、考えることを放棄したいと何度思った事か……。
しかし、現実は無情な物で……私が皇帝である以上、思考を止めることは出来ない。
「陛下、リズバーン様をお連れしました」
「入れ」
応接室の外から声をかけられ入室を許可すると、ディアルド爺がゆっくりと応接室へと入って来た。
「陛下、ただいま帰参いたしました」
「あぁ」
その表情には、普段湛えている穏やかな笑みは無く……非常に硬い表情をしている。
間違いなく明るい話を持ち帰って来ていないことは分かる。
「単刀直入に申し上げます。本日、帝国西方で開戦したエインヘリアとの戦。帝国は敗北いたしました」
「「なっ!?」」
キルロイとラヴェルナが絶句するが……やはりそうなのか。
両肩に重たい何かが伸し掛かったような感覚を覚えながら、私は口を開く。
「……被害は?」
「死傷者はかなり少なく、『至天』には一人も犠牲者はおりません。ですが、十五万の兵と将官、それに『至天』十六名、全員が捕虜となっております」
「……そうか。相手の要求は?」
キルロイとラヴェルナはあんまりな内容に絶句しているが、私は続けて尋ねる。
「陛下と話をしたいと……エインヘリア王が飛行船で来ております」
「分かった、すぐに向かおう。ディアルド、道中詳しい話を聞かせてくれ。キルロイ、お前も来い」
「「はっ」」
「ラヴェルナ。お前は会議室にいる者達にこの事を伝えよ。それと軽挙な行動に出るなと厳命しておけ」
「それでは早急に動くと……いや、キルロイ、ディアルド、先に準備を進めてくれ。秘書官を使って構わん。それとラヴェルナ、少し話がある。残ってくれ」
「「はっ」」
私の指示を受け、二人が足早に部屋から出ていく。
すぐに準備は整えられるだろうし、私も急ぎ着替える必要があるのだけど……。
「陛下、話とは?」
宰相であるキルロイやディアルド爺ではなく、自分に話があるという事を疑問に思っているらしいラヴェルナが怪訝そうな表情をしながら尋ねて来るが、私は何も言わずに手招きをする。
この部屋での会話は隣の部屋に聞こえる様な仕組みになっているので、このまま話すわけにはいかない。
近づいて来たラヴェルナに、もっと近くに来るように手招きを続けると、ラヴェルナは首を傾げながらも座っている私の口元に耳を近づける。
そんなラヴェルナに抱き着くように私は腕を回した。
「ふぃ、フィリア?どうしたの?」
「……立てない」
「え?」
「……立てないの。足に力が入らない……」
「え、えぇ?」
ラヴェルナが珍しく焦ったような声を出す。
座っていた為気付かなかったのだけど……ディアルド爺の言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けたのだ。
多分、腰が抜けたというヤツだろう。
「……起こして」
「で、出来るかしら?」
ラヴェルナが狼狽えながらも、私を支えながら体を起こそうとするが上手くいかない。
「し、しっかり立ってよ!」
「出来るならやってるわよ……あれ?なんか部屋の明かり落とした?」
「ちょっと!気絶なんかしないでよ!?」
「……寝てもいいかしら?」
「いいわけないでしょ!?」
もうヤダ……。
……でも誰も変わってくれないしなぁ。
そんな事を考えながら、何とかラヴェルナと二人で体を起こそうと頑張った。
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