第254話 捕虜と覇王
View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天
「よく来てくれたな。ボーエン候、リズバーン」
「お招きいただきありがとうございます、エインヘリア王陛下」
相変わらず、戦場……一応まだ戦場じゃよな?……にありながら、泰然自若とした様子のエインヘリア王が我々を迎える。
「ほっほっほ、開戦前の挨拶からこんなに早くまた挨拶をすることになるとは思いませんでしたぞ」
「くくっ……そうだったのか?リズバーンには悪いが、俺はすぐにこうして再会できると思っていたがな?」
「ほっほっほ、これは手厳しい」
不思議な御仁だ。
こちらの事を舐めきっていると取れる発言だと言うのに、嫌味な印象を全く覚えない……これも人徳ということかのう。
いや、現状舐められても仕方ない状態ではあるんじゃが……。
「さて、とりあえず二人とも座ると良い。そこで立っていても仕方あるまい?」
「……ありがとうございます」
恐らく本心から椅子を勧めているのじゃろうが……尊大な様子でありながら捕虜相手に気を使って見せる、本当に不思議なお方じゃ。
正直、この王が何を考えておるのかさっぱり読めんわい。
そんなことを考えながら、エインヘリア王の向かいに用意されていた椅子に座るが……ふむ、用意されている椅子は三脚……後一人誰かが来るということかの?
リカルドあたりじゃろうか?
「見ての通り、もう一人来る予定だが、もう少しかかるようだな。最後の客が来るまで、しばしの間他愛のない話でもして待つとしよう。リズバーン、怪我の具合はどうだ?」
「ほっほっほ、貴国のポーションによる治療のおかげで、寧ろ怪我をする前より調子が良いくらいですのう」
「それは何よりだ。ボーエン候の方も問題はないか?」
「私は怪我すらしておりませんので……」
そう言いながら目礼をするボーエン候。
そういえば、ボーエン候がどのような状況で捕虜となったかは聞いておらなんだな。
「そうか。カミラからは眠りの魔法をかけただけと聞いていたが、特に問題が無いようなら何よりだ。二人にはこれからもしっかりと働いてもらわねばならんからな」
「……それはどういう意味でしょうか?エインヘリア王陛下」
含みのあるエインヘリア王の言葉に、ボーエン候が反応する。
しかし、エインヘリア王は意外とでも言いたげな表情を見せながら口を開く。
「ん?……あぁ、他意はないぞ?お前達二人は帝国の重鎮。今後もしっかりと帝国の為に働いて欲しいと、そう言っているだけだ」
「それは……よろしいのですか?」
ボーエン候は目を丸くしながらそう尋ねる。
儂も少々驚いてはいるが……この王相手にそういう態度をとると喜ばせるだけじゃからな。表に出したりはせん。
「当然だ。もしや、見せしめに処刑されるとか、エインヘリアの軍門に降れとか言われると思っていたか?」
「それは……」
ボーエン候が言葉に詰まったように唸る。
わざわざ捕虜としておきながら処刑するとは考えておらんかったが、この自信満々な王の事じゃ。自分の配下になれと言いだすくらいはするかと思っておったのじゃが……。
「俺は別に帝国が憎いわけでもなければ、倒さねばならない敵とも思ってはいない。出来れば友好的に事を進めたいと考えている。そんな相手から人材を奪い取っても仕方あるまい?」
「ならば何故!……あ、いえ、申し訳ありません」
「良い。何故戦争を起こしたのか……そう言いたくなるのも当然だ。無論、直接の原因はお前達の国の阿呆が暴走したせいだがな?」
皮肉気な笑みを浮かべながら言うエインヘリア王。
その阿呆共を暴走させたのはエインヘリアであろうに……証拠はないが。
にも拘らずいけしゃあしゃあと言ってのける辺りは、やはり王よのぅ。うちの皇帝とよく似ておるわい。
「とは言え、この件に関してはお前達に話してもまだ意味はないからな……」
「フェルズ様、お待たせして申し訳ありませんでした。アランドールが戻ったようです」
まだ、とは一体……?そう思ったのだが、そこに疑問を呈するよりも早く、エインヘリア王の傍らに座っていた男……参謀のキリクが口を開き、その直後、天幕の外より声が聞こえて来た。
「フェルズ様、ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません」
「戻ったか……入れ」
「はっ!」
エインヘリア王が許可を出すと、老騎士が天幕の中に入って来た。
動きを見るに儂よりも年下なようじゃが、鎧姿ということは騎士……いや、将軍かのう?
儂は天幕へと入ってきた人物をざっと見た後、続けて入って来た人物を見て心臓が止まるほどの衝撃を受ける。
「ば……馬鹿な!何故貴公がここにいる!」
儂と同じタイミングでその人物に気付いたボーエン候が声を上げる。
いや、それは無理もないじゃろう。ボーエン候が声を上げなければ儂が上げておったじゃろうし……。
老騎士に続いて入って来たのは……後詰として編成された軍の総大将に任命された伯爵だったからじゃ。
「ボーエン候、リズバーン殿……」
「何故貴公がここに……後詰の軍は……?」
呆然とした様子の伯爵にボーエン候が尋ねるが、伯爵は茫洋とした様子で立ち尽くすのみだ。
そんな我々の事は気にせず、エインヘリア王は老騎士と話を始める。
「アランドール、ご苦労だったな」
「いえ、フェルズ様の命とあらばお安い御用といったところですわい」
「問題は無かったか?」
「はい、万事抜かりなく。帝国軍の被害も最低限に抑えられております」
「そうか、捕虜への対応は?」
「数が多いので少々人手が足りておりませんな。何人か連れて行っても良いですかな?」
「キリク、何人かアランドールにつけられるか?」
「サリア達はこちらに残しておきたいので、リオとロッズ、それとシャイナを送りましょう。アランドールそれで問題ありませんね?」
「うむ。その三人が来てくれるなら問題ないわい。では、フェルズ様……駆け足になってしまいましたが、儂はそろそろ向こうに戻ります」
「向こうの者達にも労っていたと伝えておいてくれ」
「はっ!必ずや。それではご客人方、慌ただしくして申し訳ない。挨拶もせずに辞する非礼お詫びいたす」
そう言って老騎士は天幕から足早に出ていく。
少々呆気に取られてしまったが……今の会話の意味するところは……。
「すまんな、ボーエン候にリズバーン。待っていたのはそちらの総大将殿でな」
「エインヘリア王陛下……これは一体どういうことなのでしょうか?」
「ふむ、いきなりの事で混乱しているだろうから軽く説明してやろう。先程天幕を出て行った者は、アランドール。我がエインヘリアの大将軍でな、今回はこの戦場ではなく別に動いて貰っていたのだ」
大将軍……帝国には無い役職だが……恐らく将軍達……軍事におけるトップあたりじゃろうか?
いや、今重要なのは彼がどんな人物かという所ではないのじゃが……。
「この場にそちらの総大将殿がいることで大体分かっているだろうが、アランドールは帝国の援軍……いや、数で言えば向こうが本隊だったのか?まぁ、五十万程率いてこの戦場に向かっていた軍への対処をして貰っていたのだ」
「対処というのは……どういうことですかな?」
「これについては俺のミスといったところで申し訳ないのだが……俺が帝都に行ったとき、この場を戦場として指定したが、お前達は開戦までに十分な軍を送り込むことが出来なかったのだろう?だから少々悩んだのだが……こちらに向かってくる援軍には、別動隊をぶつけ対処させてもらうことにした。一応奇襲とならぬように、数日前に援軍の方にも軍を向けると通達した上でな」
「な、何故通達を?援軍を早期に潰すのは普通では?」
相変わらずエインヘリアの行動はよく分からん……既に開戦しておるのだから、奇襲で援軍に襲い掛かったとしてもやられた側でさえ文句は言わぬと思うが……。
飛行船という機動力がある以上、各地を飛び回り遊撃すると言うのは戦術として正しいし、我々が一番警戒していたのは飛行船をそのように使われることじゃ。
「くくっ……確かにそうであろうがな。こちらとしては、戦場を指定したと言うのに開戦直後に別の場所を戦場にするというのはあまり面白くなくてな。それにお前達は私の言を信じ、この場に可能な限り軍を集めたのだろう?俺としてはそれを裏切るような真似はしたくなかった。だが、自由に動かれるのも今後の予定的に面白くないということで対応させて貰ったと言う事だ。予め、指定した場所とは違うが攻めるぞと通達した上でな」
「……やはり、少々理解出来ませんな」
「そうか?実に分かりやすい理由なんだがな?」
「……」
分かりやすい……いや、恐らくその内情を知っていればそうなのかもしれぬし、説明されれば理解出来るのかもしれんが……余りにも我々とエインヘリアでは考え方が違い過ぎて、詳しく聞かねば何一つ理解出来んのじゃ……。
「リズバーンは、次に俺達と戦うとしたら……どうする?」
「……非常に難しい質問ですな。帝国の武の象徴『至天』として失格だとは思いますが……勝ち筋が見えないというのが正直なところですな。それに、そちらにはまだ隠し玉がありそうですしのう……」
少なくとも、あの大将軍と言われた人物……あれは初めて見る将じゃし、何よりエインヘリア王の言葉を信じるなら、援軍との戦いは今日の開戦に合わせて行われた筈。にも拘らず、エインヘリアは帝国軍五十万に守られていた伯爵をこの場に連れてきている。
それは間違いなく帝国軍を打倒して捕虜としたと言う事じゃろう。
おそらく、数人の英雄が送り込まれていたはず……そうでなければこんな短時間で総大将である伯爵の元まで辿り着けるはずがないしのう。
まだ見ぬ複数の英雄……それにポーションという薬もそうじゃ。エインヘリアには、まだまだ余力があると見て間違いない。
何より目に見えているものだけ並べたとしても……『至天』複数人を一人で圧倒する英雄。
空を飛んでいる儂に対し、長距離から凄まじい火力と精密性で攻撃してくる弓聖。
帝国最強であるリカルド を実戦で指導するように破る剣豪……いや、剣聖じゃったか。
それに、帝国軍の本隊を襲った儀式魔法規模の魔法。
数万の兵をすさまじい速度で運ぶ飛行船に、転移という技術……そして情報力。
相手の底すら見ることが出来なかったと考えれば、とてもではないが勝ち筋が見えると陛下に報告出来る筈がない。
「概ね予定通りの反応だな。さて、全員揃った事だし……そろそろ出るとするか」
「……出るとは、どこかへ行くのですかな?」
エインヘリア王が立ち上がりながら我々に言うが……反応できたのは儂だけじゃな。ボーエン候と伯爵は未だ自失状態から持ち直せておらん。
そんな儂等の様子がおかしかったのか、それとも次の言葉によって引き起こされる儂等の反応が楽しみなのか分からんが……何にせよ、底意地の悪そうな笑みをエインヘリア王が浮かべながら口を開く。
「俺はこれから帝都に向かう。捕虜であるお前達を連れてな」
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