第250話 一騎打ち

 


View of リカルド=リュトライア 『至天』第一席『光輝』






 リオ殿に案内されてエインヘリア軍の本陣へと案内されている私は、配置されている兵の様子を窺う。……これ程の人数の兵が身じろぎ一つせずに整然と並んでいる様子には、異様さしか覚えないな。


 いくら鍛え上げた精兵と言えど、これほど整然と待機出来るものだろうか?


 まるで生きていないかのような……。


 そんな事を考えた私は、馬鹿な考えに内心笑ってしまう。


 いくらエインヘリアが訳の分からない技術を持っているからと、生きていない兵はないだろう。


 恐らく私に威容を見せつける為に厳命されているのだろう。それをここまで完璧にこなしてみせるエインヘリア兵は、すさまじい練度と忠誠心と言える。


 一般の兵と我等英雄と呼ばれる者達の間には、壁と呼ぶのも烏滸がましい程の……別の生物とも言えるような隔絶した違いがあると言われている。


 確かに戦闘能力という一点で、その言葉は正しいと思う。英雄とは、戦闘能力に特化した者達のことなのだから。


 だから、このエインヘリア兵がどれほど厳しい訓練を重ねた精兵であろうとも、英雄に勝つ事は出来ない……極端な例をあげれば、『死毒』の二つ名を持つリゼラさんだったら、六万の軍が六十万だろうと……多分殺しつくせるだろう。


 エインヘリア兵は帝国兵にとっては脅威だが、『至天』にとってはそうではない。


 そしてそれは逆も同じだ。


 帝国兵が一ヵ月後に来る後詰と合わせ六十五万となったとしても、敵英雄が残っていれば意味はない。


 エインヘリア王の誘い……私と敵英雄の一騎打ち、この結果がこの戦争……そして帝国の未来を決定する。


 これは過言ではない。


 『至天』第一席として、リズバーン様と違い……ただ戦闘に特化した者として、例え死したとしても勝利をもぎ取らなければならない……それこそが、此度の戦における勝利へと繋がるはずだから。


 前方に他の隊列とは違い、円を作る様な兵の配置が見えた。


 円の一部は兵が配置されておらず開けられており、その先には明らかに周りの兵とは様子の違う集団がいる。


 その集団の中央にいるのは……開戦前に見た人物、エインヘリア王に間違いない。


「よく来たな。歓迎するぞ、リュトライア」


 リオ殿に案内されるまま円の中に入って行くと、その中央辺りに来た辺りでエインヘリア王から声をかけられ足を止める。


「先程は挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした、エインヘリア王陛下。『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライアと申します」


「くくっ……先程とは違い随分と肩の力が抜けているようだな?それならば十全に実力を発揮できそうだ」


「若輩故、経験が足りずお恥ずかしいところ見せてしまいましたが……今は全力をお見せすることが可能です」


「であれば良い。この一騎打ちは、我々にとって非常に意味のある物だからな。お前が完璧な状態でなくては意味が無い」


 笑みをたたえたエインヘリア王は言う。


 この状況での一騎打ちに、何らかの意図がある事は当然だが……私が完璧でないと意味がないとはどういうことだ?


「……それはどういう意味でしょうか?」


「それについては……後程、奴に聞くと良い」


 そう言って何やらエインヘリア王が手で合図を出すと、我々を囲むように布陣していた兵の一部が動き、その奥から数人の人物が連れてこられた。


「リズバーン様……」


 連れてこられたのはリズバーン様を含む『至天』が数人。


 その姿を目にして私は安堵を覚え……次の瞬間、そんな場合ではないと気を引き締める。


「先に言っておくが、彼らは捕虜ではあるが人質ではない。お前が一騎打ちを終えるまで……終えた後もその気はないが……絶対に手を出さないと約束しよう。無論、彼らが従順であればという条件はつけさせてもらうがな?」


「……」


 エインヘリア王の言葉を肯定するように、リズバーン様が私に向かって頷いて見せる。


 どうやらお怪我はされていない様だ……先程までと服が替わっている事は気になるが、他の皆も特に怪我をしている様には見えない。


 流石に武装は解除されているようだが……。


「因みに、この場に来ていない者達も無事だから安心しろ。一騎打ちが終わるまでお前との会話は禁じているから……一騎打ちが終わってお前が生きていれば、好きなだけ話をすると良い」


「そうさせていただきましょう」


「では、早速だが一騎打ちを始めよう。勝利条件は簡単だ、相手を死亡、または戦闘不能、もしくは降参させれば勝利だ。お前が勝てば何を望む?」


「『至天』の全員の解放と、エインヘリア軍の即時撤退を」


「くくっ……こちらが提案した物を両方か。随分と強欲じゃないか、リュトライア」


 楽しそうに笑うエインヘリア王……我ながら無茶苦茶言っているとは思う。だが、恐らくこの条件、エインヘリア王の性格からして通る筈。


「良いだろう。その豪胆さに褒美をくれてやる。俺が指名する者が負ければ『至天』を解放し、エインヘリアは軍を退くとしよう」


 そう言ってエインヘリア王は肩をすくめてみせる。


 ……なんだろうか?


 エインヘリア王の余裕の態度は今に始まった事ではないが、リズバーン様が一瞬眉をひそめたような……今の条件、何かマズかったのか?


「では、以上だな。それでは、一騎打ちの相手を紹介するとしよう……」


「エインヘリア王陛下、お待ちください。そちらが一騎打ちで勝った時の条件をまだお聞きしておりませんが」


 不敬ではあるが、言葉を挟ませてもらう。


 条件を聞かずに話を進めるのはあまり良くない……まぁ、私自身が要求されて応えることが出来ることなぞあまり多くはないが……。


 その辺りの折り合いがつかなければ、一騎打ちそのものが水に流れてしまう。それだけは避けたい。


「ん?あぁ、そうだったな。忘れていたよ。我々が勝利した場合、お前に要求することは……特にない」


「……どういう意味でしょうか?」


「そのまま言葉通りに取ってくれ。一騎打ちで我々が勝ってもお前に一切の要求はない」


「ではなぜ一騎打ちを?」


「それは意味のない質問だ。まぁ気になるなら一騎打ちの後、リズバーンに尋ねるのだな」


 これ以上、この件について話すことはないと言わんばかりの態度だが……要求が無いと言っている以上、この王は約束を違えないだろう。


 ならば納得するしかない。


「では、改めて相手を紹介しよう。出番だ……ジョウセン」


「はっ!」


 エインヘリア王の傍に控えていた軽装の男が、呼びかけに応え前に出る。


「この者はジョウセン、俺の最高の剣だ。実力の程は……自分で確かめてくれ」


 最高の剣……エインヘリア王にそう称された人物は、軽い様子で私の前へと出てくる。


 得物は剣のようだが……随分と距離を取った場所で立ち止まった。私には都合が良い距離ではあるが……。


「拙者、ジョウセンと申す。剣聖の称号を殿より賜っているでござる」


「私は『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライア。手加減はあまり得意ではないので、先に謝らせていただく」


「はっはっは!気にされるな。拙者が不覚を取った際は、遠慮せず首を落として頂いて構わん!しかし……拙者は手加減が得意故、『光輝』殿はご安心召されよ」


 挑発を兼ねた自己紹介をした後、私が軽くジョウセン殿に頭を下げるとジョウセン殿もすがすがしい笑みを浮かべながら頭を下げた。


 自然体といった様子だが、その立ち姿には絶対の自信を纏っているようにも見える。


「双方、準備は良いな?」


 確認の言葉に、私は剣を抜き頷く。


 対するジョウセン殿は……剣を抜かずやや半身となった。


「リオ、合図を」


「はっ!それではこれより、エインヘリア、剣聖ジョウセンとスラージアン帝国、『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライアの決闘を始める。エインヘリア王陛下の命により、私が立会人を務める!勝利を己が主に捧げよ!始めっ!」


 立会人の合図と共に私は全力で魔法を行使し、続けて能力を発動する。


 出し惜しみはしない!


 相手との距離を一気に詰め、未だ剣を抜いていないジョウセン殿に剣を振り下ろし……ジョウセン殿が鞘から剣を抜き切り上げて来た一撃に攻撃を阻まれる。


 攻撃を防がれたことに衝撃を受けたが、すぐに持ち直し、今度はジョウセン殿の首を狙って薙ぐ。


 しかし、それもまた防がれた……私の動きが見えている!?


 完璧に攻撃を防がれたことに動揺した私は、大きく後ろに飛び退る。


 幸いジョウセン殿からの追撃はないようで、私は能力の発動を緩めた。


「中々の速度でござるな。少し驚いたでござるよ」


「……」


 ジョウセン殿が軽い様子で言うが……こちらは驚いたなんてものではない。


 私は今、リズバーン様でさえ制御するのは無理と言われておられた身体強化魔法を使っている。


 元々、英雄と呼ばれている私達の身体能力は、常人を遥かに凌駕しているのだが、リズバーン様が開発された身体強化魔法は更に数倍にその能力を高める。


 あまりの効果の高さに、自分の意識と体の動きを一致させることが困難となり、歩行することはおろか、自分で起き上がる事すら出来なくなる……寝返りすらも満足に出来ない赤子同然の状態になってしまう代物だった。


 しかし、私の能力……思考加速は、そんな跳ね上がった能力を十全に制御してみせた。


 リズバーン様が言うには、人が危機的状に陥った時や深く集中した時に感じる時間が遅くなり、思考だけが凄まじい勢いで進んでいく感覚……そういった状態を意図的に作り出す能力が、私の思考加速という能力とのこと。


 私がこの能力に目覚めたのは、育成機関時代に騎士の道に進むか魔法使いの道に進むか悩みながら食事をとっていて、うっかり食器を落としかけて慌てた時の事だった。


 あの時は時間が止まったように感じ、身体も一切動かすことが出来ないまま、ただただ焦るばかりだったが……なんとか必死に声を出し、偶然近くを通りかかったリズバーン様に助けて頂けたのは、本当に幸運だったと思う。その後能力の制御方法を学び、更にこの身体強化魔法をリズバーン様に教えて頂き……私は『至天』となった。


 思考加速の深度を深め、強化魔法の研究を進めていくことで、今や私の動きは、英雄でさえも知覚出来ない程の物となっている。しかし今、ジョウセン殿はそんな私の攻撃を確実に目で見て捌いた。


 ……焦るな。


 思考加速が私だけの能力だとは思っていない。


 同じようなことが出来る人が居てもおかしくはないのだ……だが、リズバーン様が開発された身体強化魔法は……いや、今考えるべきはそこではない。


 あの速度を見切ったジョウセン殿に、どうやって勝つかだ。


 思考加速の深度を進める……先程は一撃で終わらせるつもりで最短距離を走ったが、今度は最初から切り結ぶつもりで行く。どこまで私の速さに対応できるのか……それを私はどれだけ超えることが出来るのか……それ以外私に道はない。


 私には速さしかない。


 とにかく速さを追及して、身体強化魔法に改良を重ねた……。


 ただ速いだけ。


 思考も体も、ただ速く動かせるというだけの私だが、リズバーン様のお陰で私は天へと至ることが出来た……。


 英雄でさえも、リズバーン様でさえも対応できない程の速さ……その領域に今、私以外の者がいる。


 ……それはダメだ。


 私は『至天』第一席。


 皆に認められ……帝国最強の称号を得ているのだ。私に並ぶ者がいるという事実を絶対に許す訳にはいかない。


 私は強く剣を握りしめながら、思考加速の深度を増していく。


 ジョウセン殿は、最初の位置のまま……先程と違うのは、既に剣を抜いているという事だけ。


 その姿を改めて見た時、何かの感情が胸の内に生まれたような気がしたが、それを無視して足に力を籠める。


 そして次の瞬間、地面を蹴りだした音を置き去りにするつもりで私は一気に飛び出した!


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