第249話 覇王の招待



View of リカルド=リュトライア 『至天』第一席『光輝』






 私は帝国に所属する英雄達に与えられる称号『至天』……その中でも第一席という不相応な席次についている。


 いや、不相応と考えるのは他の皆に失礼だ。私は彼らと戦い……そしてリズバーン様に勝って第一席となったのだから。


 だからこそ、私は絶対に負けられない。


 ただの農民の子であった私を見出してくれた帝国、皇帝陛下……私を認めてくれた『至天』の皆……それにリズバーン様。


 例え敵がどれだけ強大であろうと、私は『至天』第一席……この名に懸けて敗北は許されない。


 私は自分の手を見下ろす。


 実に情けない事だが、小さく震えているのが分かる。


 今周りに誰もいなくて助かった……。


 いくら初陣とは言え『至天』第一席として強くあらなければならない私が、見せて良い姿ではない……。


 自分を情けなく思いながら深く深呼吸をして、私は歩き始める。


 予め決められていた時間だ。


 現在、私以外の『至天』は、敵英雄をエインヘリア王から引きはがすために、チームを作り陽動作戦を始めている。


 その隙に私は、敵英雄を避けて一気にエインヘリア王の下へと行かなくてはならない。


 その道中で誰かが苦戦しているのを見かけたとしても、見捨てて……帝国の英雄として、『至天』として、第一席として……私は何を犠牲にしようと、成し遂げなければならないのだ。


 何故なら……リズバーン様の話では、この戦いで負ければ、帝国そのものもが崩壊しかねない事態になりかねないとの事……それは絶対に許されることではない。


 以前リズバーン様から聞いたことがある。


 争いとは様々な理由から起こるが、最終的にはたった一つの事柄に集約される。それは個々人同士の小さな争いであっても、国同士の大きな争いであっても変わらないと。


 どのような高潔な理由があろうと、どれほど正当な理由があろうと、どれほど身勝手な理由があろうと……結局、争いという物は不幸の押し付け合いでしかない。


 それを初めて聞かされた時、私は色々な物語を持ち出してリズバーン様に反論したものだが……リズバーン様に口で勝てる訳も無く、それはもう散々に言い負かされてしまった。


 だからという訳ではないが、その時私は最後こう尋ねた。


 『至天』の席次を決める戦い……アレに勝った私はリズバーン様に不幸を押し付けたのかと。


 すると、リズバーン様は本当に楽しそうに笑いながらこう答えた。


 自分の勝利条件は私に負ける事だったと。


 最初にそう言われた時、またリズバーン様は口で煙に巻こうとしていると思ったのだが……その説明を聞いた時、唖然とするとともに納得してしまったのだ。


 『至天』第一席という看板を手にしている方が不幸だと。


 責任が重いだけで一つもメリットの無い役職、これほど譲りたい看板は無かったと。


 そう言われると……確かに、毎日第一席という重圧に潰されそうなこの身としては、納得しか出来なかった。


 更に、リズバーン様に……争いにおいて、何が本当の勝利なのか、どういった不幸を相手に押し付ければ勝ちなのか、しっかりと考えるようにと言われた。


 私はまだリズバーン様のように……真の英雄であるリズバーン様のように、先を考えて動くことは出来ない。


 だが、この戦争に負ければ帝国が崩壊すると聞かされれば、勝利がなんなのか……考えるまでもないことだ。


 あらゆる犠牲を厭わず、この作戦を成功させる。それ以外に私の目指す勝利はない。


 手の震えはいつの間にか消えた、緊張もなくなったように感じる……だからこそ、周囲の状況に違和感を覚える。


 敵軍を掻きまわす筈だったリゼラさんが倒されたことは、リズバーン様が上空から教えてくれたので知っていたのだが……それにしても敵軍が整然とし過ぎている。


 そして何より……上空にリズバーン様の姿が見えない。


 本来であれば、この辺りは『至天』の皆が暴れている筈だったのに……私の進行方向に布陣している敵軍の姿は、どう見ても戦闘中と言った様子がない。


 皆は一体どうなった?リズバーン様は何処に?


 ……駄目だ。間違いなく不測の事態が起こっている。どうするべきか……いや、違う。やるべきことは決まっている。状況はよく分からないが、過程がどうなろうと最終目標は変わらない。


 ただ達成難度が大幅に上昇しただけ……どうすれば良い?このまま突っ込む?いや、それはありえない。


 軍を突破し、敵本陣に行くことが出来たとしても、そこには敵の英雄たちが待ち構えているだろう。本来であれば、『至天』の皆がエインヘリア王の傍から英雄を引きはがしてくれている筈だったが、恐らくそれは叶っていない。


 エインヘリア王を殺すのならばともかく、可能な限り捕獲という条件を考えると、私単騎で複数の英雄を相手取りその上でエインヘリア王を捕虜にするというのは……条件が厳し過ぎる。


 リズバーン様の姿が見えない以上、想定と違い過ぎる上に情報を得る事も出来ない。


 この時点で作戦をこのまま決行するという選択肢はないが……一気にエインヘリア王を強襲出来ないのであれば、私自身が敵軍の中で暴れて、エインヘリア王から英雄を引きはがすのが良いか?


 敵英雄の強さを測るためにも、敵英雄をおびき出して戦うのが一番手っ取り早い。時間はかかるかも知れないがそうやって敵戦力を削って行けば……そう考えた私は、視線の先にいるエインヘリア軍へ突撃しようとしたのだが、その軍から一人の人物が出て来て私の方へと近づいて来るのを見て、突撃を取りやめる。


 油断するつもりはないが、相手は私と戦う気は全く無さそうだ。


 軍使の旗を上げている訳ではないので、攻撃しても構わないのだろうが……何かしらの情報が得られるかもしれないと思い、私は相手が近づいてくるのを待った。


「『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライア殿。私はエインヘリアの剣兵リオと申します。軍使としての旗を掲げてはおりませんが、交戦の意志はありません。我が主君、エインヘリア王陛下より伝言を預かっております。どうか話を聞いては頂けないでしょうか?」


 ある程度の距離で立ち止まった女性……リオ殿の発した言葉に驚きを覚えつつ、私は慌てないように気をつけながら言葉を返す。


「私は『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライア!エインヘリアのリオ殿!そちらの申し出を受け入れる!」


「感謝するリュトライア殿。それではこれより、エインヘリア王陛下の御言葉を伝える。『リュトライア。随分と遅い登場だが、お前がのんびりしている間に『至天』は壊滅してしまったぞ?』」


「……」


 突如不躾な口調となったリオ殿に驚いたが、その内容にはもっと衝撃を受けた。


 やはりそうなのか……『至天』が壊滅……いや、敵の欺瞞情報という可能性も十分ある。


 寧ろ、その可能性の方が高いだろう。


 しかし、少なくともリゼラさん……それ以外にもこちら側の軍を攻めた数人はやられていると見て間違いない。


 それに、リズバーン様……。


「『リズバーンが飛んでいない事には当然気付いているだろう?それを証拠と考えて欲しい。あぁ、そうだ。一つ安心させてやろう。『至天』は一人として死んではいない。多少怪我を負った者はいるがな』」


 死んでいない……?


 リズバーン様や他の皆も生きているのか……?


 そういえば、エリアスさんは以前エインヘリアの捕虜となっていた……まさか、今回は他の皆も捕虜に?


 いや、鵜呑みにするなと先程戒めたばかりだろう?


 自分に都合の良い話だけ鵜呑みにしてどうする……今は全て疑ってかかるべきだ!


「『まぁ、信じられないのも無理はないがな?』」


 ……もしやエインヘリア王は、リオ殿の目を通して、直接こちらを見ながら話しているのではないか?言葉が的確過ぎるのだが……こちらの反応を事前に読んで伝言させているのだとしたら……小細工が通じるような相手ではなさそうだ。読みが的確過ぎる。


「『さて、そろそろ本題に入ろう。『至天』第一席『光輝』リカルド=リュトライア。流石に貴殿に自由に暴れまわって貰って、我が兵に無駄な損失を出すのは面白くない。故に、乾坤一擲のチャンスをやろう』」


 リオ殿に考えていたことも確実に読んでいる……エインヘリア王の全てを把握しているかのような読みに戦慄を覚えつつ、私は小さく首を傾げる。


 乾坤一擲……?


「『もし話に乗るというのであれば、今お前の目の前にいるリオにリュトライアを俺の下に案内するように言ってある。お前には俺の信頼する部下の一人と一騎打ちをして貰う。俺の目の前でな。この戦争の最中、敵国の王に近づけるチャンスはそうそうないと思うが、どうする?』」


 何を言っている?あからさまに罠としか思えないが……そんな罠を仕掛ける意味とは?


 一騎打ちと称して複数人で囲む?いや、王自らそのような恥も外聞もない罠を仕掛けるとは思えない……それに何より、エインヘリア王はリズバーン様が傑物と称した王だ。


 そんな風に絶賛された人物が、この状況でそのような真似をするだろうか?


 王である以上、エインヘリア王が目指す勝利は……王としての勝利の筈。


 つまり誰もが認める形での勝利だ。


 仮に何らかの罠で私を討ち取った場合……この戦争自体に勝つ事は出来るかもしれないが、長期的に見てそれは勝利と呼べるのだろうか?


 少なくとも、エインヘリア王やエインヘリアという国の名に、傷がつくのは間違いない。


「『一つ、エインヘリア王フェルズの名において宣言させてもらう。今回、お前がこの話に乗り我が元まで来た場合、我々は一切の罠をお前に仕掛けないと約束しよう。一騎打ちの末、お前が勝利した暁には、捕虜となっている『至天』全員を解放してやっても良いし、軍を退かせろと言うなら従おう。俺の首が欲しいというのであれば……あぁ、すまん。それはダメだそうだ』」


 やはりそうだ……王の名に誓っている以上、それを違えれば名は地に落ち、蔑みの対象とさえなり得る。


 そして、その言葉を疑う事もまた同様だ。断る事は出来ないな……条件を聞く限り、断る理由もないが。


 エインヘリア王の弱点……自己顕示欲が強く自信過剰。その表れであると考えれば、この提案も納得できるという物だ。


 それにしても……先程から伝言というよりも、王の発した言葉をそのまま伝えているって感じだが、それは良いのだろうか?


 やる事が決まり余裕が出て来た私は、そんなどうでも良い事に気が付く。


「『無論、一騎打ちでこちらが勝利した場合は、我々に従ってもらうがな。処刑したり、私の部下になれと言うつもりはないから、その辺は安心すると良い。さて、どうする?リュトライア』」


「ありがたき申し出。是非、その一騎打ち受けたく存じます。リオ殿、よろしくお願いいたします」


「畏まりました。ご案内いたします、こちらへどうぞ」


 そう言ってリオ殿は私に背を見せて歩き出す。


 無防備に背中を晒しているようだが、普通に斬りかかっても簡単に避けられてしまいそうだな。無論、そんなことをするつもりはないが。


 エインヘリア王の言葉に納得は出来たが、私も警戒しないつもりはない。


 だが、その警戒は恐らく無駄なものになるという確信がある。


 次に私が剣を抜くときは、一騎打ちが始まるその時だろう。


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