第248話 後なんか色々



View of エリアス=ファルドナ 『至天』第二十一席






「おっ、らあああああああああああああ!!」


 思いっきり振り回した愛剣、鉄塊とも揶揄されることもある大剣で、エインヘリアの兵を薙ぎ払う。


 纏めて数人の兵を吹き飛ばしながらも、俺はその感触に違和感を覚えた。


「ちっ……なんかこいつ等、変な感じがしねぇか?」


 俺はじーさんに言われて組んだブランに尋ねる。


「あぁ。身体能力は大したもんだし、連携も奇妙なまでに揃っている。集団で見るとかなりの脅威だが、個人個人で見ると妙に動きが悪い……」


「俺はともかく、あんたはやりにくい相手だな」


「そうだな」


 両手に持った短剣を構えたままブライトが肩を竦める。


 コイツはブラン=キキロイ。


 『至天』第十席『走剣』の二つ名をもつ短剣使いだ。


 対個人としては相当強い部類だが、こういった集団戦は比較的苦手としている。


 まぁ、だからこそじーさんは、集団戦にも対応できる俺とコイツを組ませたんだろうが。


「我々なら何の問題もない相手だが……帝国の一般兵では少々厳しいな」


「かもしれんが……俺達がコイツらの相手をしようにも、まずは英雄をって話だろ?」


 じーさんの指示は、敵英雄の排除。


 俺達が今ここで敵軍と戦っているのは、リカルドの野郎が敵本陣に突っ込むための陽動だ。


 『至天』が一般兵相手に暴れていれば、必ず相手はその場に英雄を送り込んで来る。


 一般兵がどれだけ束になろうと英雄を倒すことは出来ない。精々足止めが関の山……無駄に兵力を消耗したくないのなら、英雄を送り込むしか手はないからな。


 まぁ、こいつらをただの一般兵と呼ぶには異質過ぎるが。


「無論それが最優先なのは理解している。しかし、このエインヘリア兵は異常だ。先程からどれだけ敵兵を屠ろうと、他の兵が一切動揺を見せないのは一体どういうことだ?」


「気味の悪い奴等だ……」


「知らなかったのか?」


「こんなもん、知っていれば報告するに決まってる。以前エインヘリアと戦った時は……舌戦の後、すぐに敵英雄と戦ったからな」


「なるほどな。しかし、そうなると……リズバーン様もこの敵兵の事を知らなかったという事か。予想以上に帝国軍は持たないかもしれないな」


「そうは言っても……向こうが出て来てくれない事には……お?」


 ぼやくブランに肩を竦めつつ、再びエインヘリア兵に向かって突っ込もうとした時、見覚えのある人物が兵の間から姿を見せる。


「エリアス殿でありましたか!お久しぶりであります!」


「あんたか……」


 名前は覚えてないが……奴は俺が捕虜となっていた時に見張りをしていた槍使いの女だ。


 槍を持っている癖に、逃げようとする俺に対して一切使うことなく、素手で制圧してくる化け物だ。


「彼女は……?」


「俺が捕まっていた時の見張りだ。変な喋り方だが、相当強い。少なくとも膂力は俺以上だ」


「……それは凄いな。止められるか?」


 ブランの言葉に、俺は少ない相手の情報から最適手を考える。


 分類をあえてつけるとすれば、俺は重戦士でブランは軽戦士……この槍使い相手に正面に立つのは……力重視の俺か、速さ重視のブランか……。


「間合いを詰められるならアンタの方が適役だな。初撃は俺が受け持つ……間合いを潰すから後は引き継いでくれ」


 本当は俺が相手をすると言いたかったが、素手で抑え込まれた俺が戦うには荷が重いだろう。


 それにブランは速さを武器にした軽戦士だが、獲物のリーチがなく、同格の槍使い相手では攻めあぐねる可能性がある。


 強引に距離を潰せる俺が突っ込み、交代するといったやり方が合理的だろう。


「……驚いたな。お前なら自分がやると言うと思ったのだが」


「意地を張ったくらいでどうにかなる程度なら、あぁも簡単に捕虜になんかなってねぇんだよ」


 あの女騎士にこの槍使い……どちらも今の俺が単独でどうにか出来る相手じゃねぇ。


 いずれは俺一人でぶったおせるようになるつもりだが、少なくとも今、この戦場においてそれは不可能だ。


「……後進がしっかりと成長してくれているようで、先達としては感無量といったところだ。やはり、敗北こそが成長の糧だな」


「……うぜぇ」


 席次こそ大きく劣っているが……大して歳は変わらない筈。まぁ、『至天』としての年数はブランの方がかなり長いが……。


「よし、エリアスの策を採用する。余程変なタイミングじゃない限り合わせるから、好きに動け」


「了解」


 元々連携の訓練なんざしていない俺達だが、速さに勝るブランが俺の動きに合わせることで疑似的な連携を可能としている。


 まぁ、全部ブラン任せの連携だが、ブランが言うには俺の戦い方は合わせやすいとのことなので……多分問題はないだろう。


「相談は終わったでありますか?では、そちらの『至天』第十席『走剣』殿は初めてお会いするでありますし、自己紹介をさせていただくであります!自分はエインヘリアのサリアであります!役職はありませんが、槍聖の称号を頂いているであります!今はこちら側に攻めて来た『至天』の方々への対応を任せられているであります!」


「……『至天』の対応とは?」


 槍使いの言葉にブランが反応する。


 恐らく情報を得ようとしているのだろうが……まともな情報が得られるとは思えねぇな。


 見張られてた時もそうだったが……なんかコイツ話が微妙に噛み合わねぇんだよ。


「そのままの意味であります!東側から攻め込んで来た『至天』九名への対応であります!」


「……なるほど」


 ほらな?


 真面目に答えようとしているのは分かるし、言葉もハキハキしているんだが……なんか足りねぇんだよな。


 俺が言う事でもないんだが。


「因みに、お二方が最後であります!来るのが遅くなって、大変申し訳なく思っているであります!」


「最後……?それはどういう意味で?」


「他七名の『至天』の方々への対応は既に完了しているであります!」


 ……正直意味は分からんが……その対応というのはあまり穏やかな内容ではないだろう。


 言葉通りに受け止めるなら……他の奴等は既にやられたって事だろうが……。


「ふっ!!」


 ブランはまだコイツから話を聞きたかったかもしれないが、もういいだろう。


 俺は一気に槍使いとの距離を縮める。雄たけびは上げずに……しかし息を漏らしながら全力で大剣を叩きつけた!


「っとぉ!まだ話している途中でありますが……仕方ないでありますね!エリアス殿は相変わらずやんちゃさんであります!」


 突っ込んだ勢いと大剣の重さ、俺の膂力……その全てを込めた一撃を事も無げに槍で受け流しながら、この状況に相応しいとは思えない台詞を吐く槍使い。


 やはり技量でも敵わねぇか!


 しかし、俺が次の動作に移るよりも早く、俺の陰からブランが飛び出し槍使いに飛び掛かる。


 至近距離で纏わりつくように両手に持った短剣を振るい、その直後には体ごと移動しながら攻撃を続けるブランと、至近距離での長物というハンデを全く感じさせず、双剣の攻撃を軽々と捌く槍使い。


 決して相手との距離は変えず、しかし体の位置を激しく変えるブランの戦闘は、少し距離を置いた俺の目にはしっかりと映っているが、目の前でやられると攻撃どころかその身体の位置そのものを見失いかねない程速い物だ。


 ここに俺が踏み込めば邪魔になる……そんなことは気にせず、俺は再度槍使いとの距離を詰めてブラン諸共斬り飛ばさん勢いで大剣を薙いだ!


 ブランの奴は好きにやれと言っていた……ならば俺は俺で、自分の戦いをするだけだ!


 そう考え、ブラン諸共纏めて薙ぎ払おうとした一撃は、ブランの攻撃を捌く片手間と言った感じで槍使いにあっさり弾かれる!


 くそっ……改めて彼我の実力差を実感するが、今それを嘆いたところで急に強くなるわけではない!


 歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、俺は連続攻撃を仕掛ける!


 振り下ろし、弾かれる。


 薙ぎ、叩き落とされる。


 切り上げ、弾かれる。


 袈裟懸け、受け流される。


 再び薙ぎ、弾かれる。


 突き、弾かれる。


 ……遠い、あまりにも遠い。


 けして多彩とは言えない俺の攻撃。しかし、それは英雄と認められた者による攻撃。かすっただけでも人を吹き飛ばし、受けた防御ごと相手を薙ぎ倒す攻撃。それを、殆ど視認することも無く捌く槍使いの動きは……美しくさえあった。


 今まで『至天』の上位者とは何度も戦ってきた。


 それは命のやり取りではなく、試合形式のものではあったが、実戦さながらの激しい物だったと思う。


 だが、その時はこんなものは感じなかった……。


 高い……果てしなく高い頂きが、目の前で舞うように俺達の攻撃を捌いている。


 手を……剣を伸ばせば、簡単に触れられる距離だというのに、あまりにも高く遠い。己の研鑽の果てに……いつか辿り着ける場所に、彼女はいるのだろうか?


「おおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺らしからぬ弱気な考えが胸中に湧いてくるが、それごと吐き出すように咆哮を上げながら大剣を振り下ろし……今までにない力強さで、その一撃を弾かれた。


 弾かれたのは俺の攻撃だけではない、同時にブランの攻撃も弾かれ大きく体勢を崩している。


 マズい!


 俺がそう思うのと同時に、緊張感の欠片もない声が聞こえて来た。


「では、そろそろ攻撃に転じさせて頂くであります!」


 やけにはっきりと聞こえた宣言から遅れる事数瞬……俺のみぞおち目掛けて槍の石突が伸びて来るのが見えた。


 しかし、防ごうにも俺は大きく大剣を弾かれていて、俺に向かって伸びて来るその一撃を見る事しか出来ない!


 せめて衝撃を受け流そうと、無理な体勢ながら必死で後ろに飛んだが、その一撃は生易しいものではなく衝撃が背中にまで突き抜けたのを感じる。


 後ろに飛ばされながら槍使いの方に視線を戻すと、俺が一撃を入れられたのと同じタイミングでブランも槍使いの拳を受けて吹き飛ばされているのが見えた。


 俺よりもブランの方がダメージは少なそうだが……槍使いとの距離が開いてしまっている。


 たった数歩の距離……その距離が決して辿り着くことの出来ない絶望的な距離に見えてしまう。


 そんな俺の想いを裏付けるように、槍使いがブランへと本格的に攻撃を仕掛ける。


 すぐに援護に行こうとしたが、みぞおちを強打されたせいか、身体が痺れ呼吸さえもままならない。


 とても長い一瞬……俺が動けるようになるまでの一瞬で、あっさりとブランが槍使いの前に倒れる。


 馬鹿な……圧倒的過ぎる。


 感じていた頂きよりも、更なる高みにいた槍使い。


 けして辿り着けないという思いと、絶対に辿り着いて見せるというという思いがないまぜになり……もはや槍使い……サリアという女性に尊敬の念すら沸き起こって来る。


「そろそろ、動けるでありますね?行くでありますよ?」


 俺へと向き直り、槍を構えたサリアに対し、やっと出来るようになった呼吸をゆっくりとしながら大剣を構え……俺が覚えているのはここまでだ。






View of ユーリカ=ストラダ 『至天』第十五席






 嘘よね……?これは、夢?


 影の中に潜み、『至天』の皆が敵軍へと突撃する姿を見ていた私は、手の震えを抑えられないでいた。


 九人三チームに分かれ突撃した彼らは……一人の女槍使い、サリアとかいうヤツに全員やられてしまった。


 上位者も下位の者も、二つ名持ちもそうでない者も関係なく、実にあっさりと……一撃もその身に攻撃を受けずに圧倒してしまったのだ。


 こんな化け物がいるなんて、想定外どころの話じゃない!


 リズバーン様はこれ程の強さの相手だと知っていたの?


 『至天』がチームを組んで戦うなんてことを提案するくらいだから、知っていた?


 でも、ここまで圧倒的なんだったら、チームなんて全然意味がない!


 それはつまり……警戒はしていたけど、相手の強さはリズバーン様の想定以上だったという事。


 マズい……こんなのリズバーン様とかリカルドじゃないとどうにか出来るとは思えない!


 後やられていないのは……イーオさんのチーム?いや、この分だと既にやられている可能性も……。


 敵陣深くに飛んで行ったリズバーン様の姿が空にないということは……地上に降りてしまった?


 今からリズバーン様を探しても間に合わない……どうする?


 イーオさん達と合流するか、リズバーン様を探すか、帝国軍に伝える……意味はないか……だとすると……。


 私は考えを纏めると、潜んでいた敵兵の影から飛び出し駆け出す。


 ここから先は平地だし、繋がっている影が無いので私は身を晒して駆けるしかない。


 皆よりも少し遅れて突撃を開始するリカルドに、敵の強さと『至天』が既に半壊している事を伝える……今私が出来るのはこれくらいだ。


 その後は影に潜み、リカルドについて行く……のは無理かもしれないけど、影を伝って出来る限り敵本陣に近づき……隙を見て私がエインヘリア王を殺る。


 リズバーン様は、可能であれば生け捕りとおっしゃっていたけど……この状況、不可能と判断して動いて問題ないだろう。


 そう考えを纏めた私は、リカルドが待機している場所に向かって走っていたのだが……。


「……少し……判断が遅い……」


「っ!?」


 突如至近距離で聞こえた声に、私は飛び退きながら武器を構える。


「……それは……悪手……優先すべきは……撤退」


「誰!?」


 今私がいるのは平地……隠れられるような場所はないというのに、聞こえて来る声の持ち主の姿は何処にもない。


「……誰何なんて……無駄……姿を見せない相手が……応えるわけがない……」


「っ……!」


 至極当然のことを言われカッとなるけど、それを上回る警戒心が軽挙に行動するなと言ってくる。


「……でも……今回は特別……」


 そんな台詞が聞こえると同時に、目の前に突然黒髪の女が現れる。


 その姿が見えた瞬間、私は更に後ろに大きく飛び距離を取った。


「……それは悪くない……でも……最適解は……すぐに逃げることだった……」


「……」


 どこまでもこちらを舐めているとしか思えない態度だったが、何もない場所から突然現れるような相手だ。


 油断なんて出来るはずもない。そもそも姿を現す必要すらなかったにも拘らず、わざわざ私の前に出て来たという事は……私では相手にならない、そう言いたいのだろう。


「とりあえず……自己紹介。私は……ウルル……唯の可愛い……外交官」


 お前のような外交官が居てたまるか!?


 そう叫びたかったが、そんなことをすればまた無駄だのなんだのと言われるだけだろう。


 そして、私自身自己紹介をする意味は皆無なので何も言わない。


 他の『至天』連中なら名乗っていただろうけど。


「……つられて……情報を漏らさないのは当然……『至天』第十五席ユーリカ=ストラダ」


「っ!?」


 完全にバレてる……駄目だ……本当に足を止めたのは失敗だった……コイツは多分相当強い……今から逃げられる……?


「……迷いを顔に出すのは……良くない。それと……まず動いてから……思考を回すべき……」


 突然近くなった声に背筋を凍らせつつ武器を振るうが、何もない場所を空しく通り過ぎただけ……先程まで確かにいた女は、再び姿を消している。


 逃げ……。


「……遅い」


 最後にそんな声が聞こえた。


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