第251話 光輝
View of リカルド=リュトライア 『至天』第一席『光輝』
加速した世界、停止した世界。
矛盾しているようだが……私にとっては同じものだ。あまりにも高速化した精神は、世界の動きを超える……。
普段、能力を発動し動き始めた私は誰の目にもとまることはない。
全ての者の意識の外……音さえも置き去りにした世界で相手にも気付かれずに、瞬きよりも速く制圧する。
それが『光輝』と呼ばれる私の戦い方だ。
しかし、そんな停止した世界に、さも当たり前と言った様子で踏み込んで来たのはエインヘリアの剣聖、ジョウセン殿。
完全に不意を突いたと思ったのだが、初撃は完璧な形で防がれ、続けて放った一撃も弾かれた。
ならばと思い、今度は足を止めての連撃を放つ事とした。
振り下ろし、薙ぎ、突き、切り上げ、フェイントからの逆薙ぎ、更に足を止めた状態から一気に加速、すれ違いざまの一撃……から背後に回り突き。
常人であれば……いや、英雄と呼ばれる者達であっても、知覚する事さえ出来ない連撃を当然のごとく捌き、私の動きを目で追ってくるジョウセン殿は、私の攻撃を脅威と見なしている様には感じられない。
私は背後へと放った一撃を弾かれると同時に、ジョウセン殿から再び距離を取り、能力を弱める。
その瞬間、若干の息苦しさを覚えた私は大きく息を吸う。
能力を維持したまま、これ程の間切り結んだのは初めての経験だ……これ程の間と言っても、この一騎打ちを見ている人達からすれば一瞬以下の時間ではあるが……。
私はゆっくりと大きく呼吸を繰り返し、三度能力を発動しジョウセン殿に斬りかかる。
しかし、どれだけ速く動き、どれだけ連撃を繰り出そうと……私よりも若干遅く動いているように見えるジョウセン殿の守りを破ることが出来ない。
その理由は分かっている。
ジョウセン殿が私の攻撃を自らの剣で受けたり流したりした時、その動きがそのまま次の私の攻撃を防ぐ為の予備動作となっているのだ。
速さで上回っている私の剣を、速さで劣るジョウセン殿の剣が誘導している。
まるで剣の指導をされているような……それくらい、私とジョウセン殿の間には、剣を扱う者としての技量差があることを思い知らされる……だが!
もはや何度目かも分からない能力発動と突撃……それを簡単にいなされ、けれど一度もジョウセン殿は攻撃を仕掛けてこない。
この戦争が始まってから……いや、エインヘリアという国の名を初めて聞いた時から、訳の分からない事ばかりだ。
何故、エインヘリア王は一騎打ちを望んだ?
何故、ジョウセン殿は一騎打ちの場で攻撃を仕掛けてこない?
何故、『至天』は全員生かされて……。
そんな疑問の数々が頭を過った瞬間、今までとは違う……やや強引な形でジョウセン殿に攻撃を弾かれ、私は体勢を崩してしまった!
慌てて剣を引き戻しながら、横へと跳んで逃げる。
リズムを変えて来たジョウセン殿に対し、今までのように後ろに逃げるのは躊躇われたのだ。
しかし、先程までと何ら変わらず、ジョウセン殿は追撃を仕掛けてこない。
数えきれない程繰り返した剣戟により、能力を緩めるたびに疲労が押し寄せて来る。今の思考加速の倍率はほぼ等倍……咄嗟の反応が良くなる程度の加速に抑え、私は呼吸を整える。
能力を十全に使う為、訓練でこの一騎打ちの倍以上の時間、能力を使い加速を続けた経験はあるが……その時とは疲労が桁違いだ……。
急激な疲労の原因は分かっている。だが……こればかりはどうしようもなかった。
能力と身体強化魔法、この二つを全力で使った状態での戦闘。それがここまで長引いた事は今まで無かった。発動してしまえば、文字通り一瞬でケリがついてしまうこの能力を、実戦で長時間使うのは私にとって初めての経験となる。
私は対峙しているジョウセン殿に気付かれないようにゆっくりと、深く呼吸をした。
しかし、足りない……空気をいくら取り込んでも、かつてない程心臓が激しく鼓動し、身体がもっと多く、もっと早く呼吸をしろと要求してくる。
「……一騎打ちの最中に言葉を交わすのは無粋だと思うでござるが、『光輝』殿。剣を振っている最中に余計な考え事は禁物でござるよ」
徐に口を開いたジョウセン殿が、そんなことを言う。
一瞬、何を言われているのか分からなかったが、すぐに強引にはじかれる直前の事だと気付く。
……あの高速戦闘の最中、私が気を散らしていたことにさえ気付いたというのか?
「……申し訳ありません、ジョウセン殿。貴方が攻撃を仕掛けてこないことに疑問を抱いてしまいまして」
「それにしては、少々意識が散漫になっているようでござったが。ふむ……折角なので、このまま少々言葉を交わさせて頂こう」
そう言って、ジョウセン殿は手にしていた剣を鞘へと納める。
攻撃をする意思がないという事だろうが、流石にそれは……いや、私は『至天』第一席として振舞う必要がある。
そう考え、私も一度鞘へと剣を収める。
立会人はおろか、エインヘリア王でさえも我々が剣を収めた事に口を挟んでこない。
けして空気が弛緩するというようなことはないが、一騎打ちの最中とは思えない時間だ。
そう思いはしたが、私は先んじて口を開くことにした。
「まさか、私の動きについてくる人がいるとは……」
「はっはっは!確かに『光輝』殿の速さは素晴らしいですが……『光輝』殿がその領域に至れる以上、他の誰かも同じ領域に立てる可能性がある事を考えておくべきでしたな」
そう言って朗らかに笑うジョウセン殿からは、こちらを揶揄するような印象は受けない。
恐らくただ純粋にそう思っただけなのだろう。
「お恥ずかしい限りです。増長していたつもりはなかったのですが」
「増長や慢心とは少し違いますな。恐らくではござるが、その『光輝』殿の速度は、自分自身で編み出したものではないのでござらぬか?」
「……おっしゃる通り、私の速さはリズバーン様からご教示頂いた賜物です」
「なるほど、『轟天』殿の。おそらく『光輝』殿がこの考えに辿り着かなかったのは、『轟天』殿への尊敬や信頼という思いが強かったからでござろうな」
そう言われた瞬間、ただでさえ速くなっている鼓動が大きくなった気がした。
確かに、私はリズバーン様の開発した身体強化魔法を唯一無二と考えていた。
だからこそ、ジョウセン殿に初手を対応された時、これ以上ない程動揺してしまったのだ。
「尊敬する人物からの賜りもの、それをそのままにせず研ぎ澄ましてきたのでござろうが……残念なのは、実戦でそれを十全に使う事が出来なかったことでござるな」
ジョウセン殿にさらに痛いところを突かれる。
「最初の動きを見るに……恐らく、今まであの一撃で勝利を収めて来たのではござらんか?」
「……その通りです。私の動きに合わせることが出来たのは、ジョウセン殿が初めてです」
私がそう言うと、ジョウセン殿は眉をハの字に下げる。
「それは勿体ない話でござるな。あの高速戦闘に『光輝』殿が慣れていれば、もう少し良い勝負が出来たやも知れぬでござるが……」
「……まだ、勝負は決しておりませんが?」
既に終わったかのようなジョウセン殿の物言いに反応してしまう。
技量差は感じているが、まだジョウセン殿は受けに回っているだけで、一度も仕掛けてきてはいない。
ジョウセン殿が攻めに転じた時、速さで上回っている私は、攻めに転じる一瞬の隙を穿つ事も可能な筈だ。
「失礼、そういうつもりではなかったでござるが……失礼ついでに一つ助言を送らせていただくでござる。『光輝』殿の剣は綺麗過ぎるでござるよ」
「剣が……綺麗?」
「うむ。修練の程が見える非常に綺麗な剣でござる。『光輝』殿の真面目さがその一太刀一太刀に現れているでござるな。長い努力と勤勉によって得た剣であることがすぐに分かる、非常に気持ちの良い剣でござる。しかし、それ故読みやすく、対処しやすい」
「……」
「実戦とは綺麗な物では無いでござる。相手を効率よく殺す術を磨き、最適な手段を模索し……その上でそれを外し虚をつく。そういう生き汚さが、狡猾さが全く無いでござる。圧倒的な速さで相手を凌駕して来た『光輝』殿には、それを学ぶ機会が無かったのかもしれぬでござるが……素振りで人は殺せんでござるよ」
「……まるで見て来たかのようにおっしゃいますね?」
「はっはっは!気に障ったのであれば謝るでござるが……剣を合わせれば、相手がどのように剣と付き合ってきたか、すぐに分かるでござるよ。拙者、剣聖故」
朗らかに笑うジョウセン殿の姿に、一瞬胸に痛みのような物を感じた。
剣聖……王自らが自身の剣と称し、信頼を向ける最強の剣士。
何の気負いも感じさせずに自然体でそう言ってみせるジョウセン殿の姿は、私のようにそうあろうと努力をしている私には非常に羨ましく見える。
私は絶対に負けられない。『至天』第一席として、敗北は許されない。
絶対に勝たなくてはならない……が……私は……この人に勝てるのか?
胸中に湧いた弱気を、全力で握りつぶす。勝てるかどうかではない!絶対に勝つ!私にはそれしかないのだ!
決意と共に、私はゆっくりと鞘に納めていた剣を引き抜く。
「む?……これは、ちょっと失敗したでござるな」
ジョウセン殿の言葉が聞こえた瞬間、私は全力で能力を使った!
身体強化魔法は既に限界まで使っている、これ以上の速度は出せない……しかし、思考加速の深度はもう少し先がある。
能力を最大限まで解放した今、身体強化魔法を上限まで使っている状態であっても、それ以上の速度に加速した思考により体が重く、反応が鈍くなったように感じる。しかし、いつも以上に速くなった思考により、例え全力で攻撃している最中であっても、途中から強引に動きを変化させることが可能となった。
無論、無茶な動きを体に課せば、肉体は傷つくし場合によっては壊れるだろう。
加速した思考に負けない肉体を得る為の身体強化魔法だが、今の思考速度にはついていけない。出来ない筈の動きを意思の力で強引に動かしている状態は負担が大きく、長続きはしないが、幸いなことに、肉体が壊れた痛みを感じるよりも速く動くことが出来る。
先程までの動きに慣れているジョウセン殿を、この一瞬だけは凌駕出来る……私は、飛び込む様に真っ直ぐ振り下ろしていた剣を途中で強引に引き寄せ、ジョウセン殿の首を目掛けて突き出す!
肩、肘、手首、そして腰、膝、足首、強引に捻った各関節に負荷がかかるのを感じたが、この一撃を放つ間……思考加速を切るまでの間だけ動けば問題ない!
ジョウセン殿はまだ剣を抜いてもいない。
自分より技量のある相手に手加減なんて出来るはずも無く……この剣が届いた時ジョウセン殿は死ぬ。
侵略国の人物とは言え、ジョウセン殿自身に恨みなんてありはしない。
しかし、これは戦争……一騎打ちだ。
その結末はお互い納得済み……これが帝国の為の、最善の一手!
私は力を緩めることなく、ジョウセン殿の首を貫く……寸前、目の前に白い輝きを見た。
加速した思考でとらえきれない何か……白い光が眼前を下から上へと通り過ぎた。
一体何が……?
剣を突き出していく体の動きよりも思考が先行している為、そんなことを考える暇があったのだが……次の瞬間視界が揺れ、ジョウセン殿に向かって進んでいた体が意思に反して後ろに下がって行く。
な、なにが!?
困惑しながら視線を下すと、いつの間に鞘から抜いたのか……ジョウセン殿の剣が私の腹部にめり込んでいた。
斬られ……!?
私がそう認識した瞬間、加速した意識の中で聞こえる筈のないジョウセン殿の声が聞こえて来た。
「出来れば肩の力を抜いて欲しかったでござるが……致し方なし。しかし最後の変化は、やや強引に過ぎましたが、狙いは悪くなかったでござるよ。今後が楽しみでござるな。それと、最後に……安心せよ、峰打ちでござる」
そして……世界が動き出し、私の意識は停止した。
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