第246話 轟天
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凄まじい殺気を感じ、全力で展開した何重にも重ねた儂の防御魔法を、あっさりと貫いて飛来したのは一本の矢。
防御魔法のおかげか、身を翻すことにぎりぎり間に合ったおかげか……どちらにせよ、飛んできた矢は儂を掠めるようにそのまま飛び去って行った。
なんちゅう威力じゃ……いや、おかしいじゃろ……鉄よりも硬いと言われる儂の防御魔法を貫いたのは、納得は出来ぬが、まぁ良いじゃろう。しかし、その威力で飛来した矢が、儂の防御魔法にぶち当たり、折れも砕けもせぬのはおかしいじゃろう?
そして一番おかしかったのは、威力でも矢の強度でもない。一瞬見えたあの矢……見間違いでなければ……何か紙のような物が括りつけられておった。
……いやいやいや、あの殺気と威力で矢文じゃと!?読む前に死ぬわ!?
矢文がアグレッシブすぎるじゃろ!?
儂は視覚強化の魔法を使い、矢が飛来して来た方を確認する。
一瞬過ぎて正確な位置は分からぬが、あの凄まじい殺気と防御魔法を貫いた角度からある程度見当はつく。
防御魔法を張り直しつつ、当たりをつけて視線を向けた先には真っ直ぐと儂に視線を向ける弓兵が居った。
随分と派手な服装じゃな……戦場にあってあの真っ赤な服は目立ち過ぎるが、手にしている巨大な弓を見せつけるようにして居るところから、間違いなく奴が撃って来た矢じゃろう。
……儂の防御魔法をこの距離で貫くか。
新たな英雄級……しかも弓兵はマズいのう。あの威力……上位者なら防げるじゃろうが、他の者だと防御ごとやられかねん……皆が奴の射程に入る前に潰さんといかんのう。
射程重視の魔法じゃったら届くじゃろうが……まぁ、こんな距離で撃っても確実に避けられるし、もう少し近づかねばならん……。
出来れば広範囲に魔法をばら撒いて、リゼラの代わりに混乱を巻き起こしたかったのじゃが……あの弓兵を前に隙を見せれば一瞬でやられかねん。致し方無しじゃな。
儂は弓兵の姿を正面に捉えたまま、距離を詰めようと移動を開始する。
そんな儂を見ながら弓兵は弓に矢を番えると、今度は殺気を一切感じさせず儂よりも遥か上方目掛けて矢を放った。
放たれた矢は弧を描き、前に向かって飛んでいた儂の下へ寸分の狂いなく落ちて来て、防御魔法に当たって弾かれる。
「っと、また矢文じゃな」
前に向かって移動していた儂へと、視覚強化をしておかなければ見えないような距離へと正確に矢を届けた事に舌を巻きつつ、矢に巻かれていた文を広げる。そこには、エインヘリア王からのシンプルな言葉が書かれておった。
「ほっほっほ。恐ろしいのう……それに、随分と舐められたもんじゃわい」
儂はエインヘリア王からの手紙を魔法で燃やす。
恐らく、あの弓兵であれば確実に手紙を燃やしたことが見えたじゃろう。
「これ以上、俺の頭上を飛ぶなら次は確実に撃ち落とすか……この分じゃと、先程の文には別の事が書かれておったのやも知れぬのう。惜しい事をしたもんじゃわい」
エインヘリア王が最初の一撃で何を伝えて来たのか非常に気になる所じゃが、まぁ本人に直接尋ねれば良いじゃろう。
儂は先程以上の速度を出し、弓兵との距離を一気に詰める。
無論相手の攻撃には注意を払っておったが、矢を番える様子すらない。
何を考えておるのか……エインヘリア王と同様に、儂の事を舐めきっておるのか、それとも、儂の実力を見るためにあえて攻撃をせず先手を譲る……とかかのう?
確かに先程の矢は大した威力じゃったし、完璧な位置に矢を落としてみせた技量も大したものじゃ。
じゃが、敢えてそれを誇示してみせたのは愚策じゃな。
やる時は、先手を打って一気にやらねば……取り返しのつかぬことになるぞい?
弓兵との距離が詰まり、儂が最も得意とする距離まであと少しという所で、弓兵が静かに動く。
時が止まったかのような静けさの中、矢を番え……ぞっとするほどに静かで無駄のない、洗練された動きに、その標的が儂自身であることを一瞬忘れてしまう。
……いかん!?
一瞬……自分を見失ってしまったが、すぐに我を取り戻し、儂は防御魔法を全力で張る!
最初の一撃から鑑みるに、儂の防御魔法であの弓兵の一撃を防ぐのは不可能……先程より距離も詰まっておるしのう。
じゃから儂は、相手に対して斜めになるように防御魔法を張り、少しでも良いから矢が逸れるようにしつつ、儂自身の身体はその反対側へと捻った。
しかし、番えた矢が放たれる瞬間……加速した意識と強化した視力が、その一瞬を……矢が放たれる一瞬、口元を歪ませる弓兵の表情を映した!
嫌な予感を覚えた儂は、咄嗟に自分の頭上で火の魔法を爆発させ、強引に高度を下げる。
自分の魔法に対して防御魔法を張る暇も無かったが、その判断は間違っておらんかった。
ほんの一瞬前まで儂が居った場所を、十本程の矢が凄まじい勢いで貫いていくのが見えた。
矢が一本じゃと思って体を捻ったが……あのままじゃったら確実にハチの巣にされておったのう……。どうやってこれ程の数を放ったのか皆目見当もつかぬが。
久しく感じる事の無かった死の予感……それを間近に感じながらも、儂は炎の魔法を展開する!
生み出したのは十一の炎の槍。
その全ての軌道を一気に設定し発射、同時に儂は高度を一気に上げる!
放った炎の槍は不規則に曲がりながら、その全てが弓兵に向かって殺到していく。
その結果を見るよりも先に、儂は次の魔法を構築、展開する!
反撃する隙を与える訳にはいかぬ……一気に押し切らなければ!
生み出したのは五つの雷球……その雷球は儂が命じるまでも無く、それぞれが一条の雷撃を弓兵に向かって放つ。
空気を裂きながら伸びた一撃は、先に放った炎の槍を抜き去り、まさに一瞬という速度で弓兵を穿つ!
……いや、穿ったように見えた。
雷撃が弓兵へ当たるよりも一瞬早く、放たれた矢が儂の生み出した雷球を貫き霧散させる。
嘘じゃろ!?と一瞬叫びたい気持ちに駆られたが、そんな余裕はない……すぐに次の魔法……小指の先程の極小サイズまで圧縮した空気の塊を数発撃ちだし、更にそれを隠すように大きめの雷球を生み出して、今度は雷球自身を叩きつけるように放つ。
『轟天』の二つ名に対し正反対の、非常に静かな圧縮空気弾……派手な魔法は儂の代名詞じゃが……一対一の戦いではこういった細かい魔法の方が効果的じゃからのう。
儂は動きを止めずにすぐに次の魔法の構築を始めるが……ここでようやく最初に放った炎の槍が弓兵へと襲い掛かり……その直前で全ての炎の槍が吹き散らされた。
先程から、一体どうやって儂の魔法を消しておるというのじゃ!
ただの弓矢で魔法を消すなぞ、到底不可能じゃというのに!
相手の理不尽さに心の中で悪態をつきながら、次の魔法を放とうとしたのじゃが……突如上から降って来た矢の雨を迎撃するために、放とうとしていた魔法を頭上に放つ!
幸い上から降って来た矢はさほど威力はなく、その全てが防御魔法に弾かれており……上に向かって放った魔法は無駄になった。
「しまっ……!?」
その一瞬……弓兵への攻撃を止めてしまった一瞬の隙……いや、相手の狙い通り作ってしまった隙を、当然弓兵は見逃さない。
まるで見えていたかのように空気弾と大型雷球を貫き、そのまま矢が曲がりながら儂の下にまで飛んでくる!
防御魔法を多重展開しながらその一矢を必死になって避けたのじゃが、完全にこちらの攻撃の機を失ってしまった。
そしてそこからは一方的じゃった……四方八方という表現では足りないくらい、ありとあらゆる角度から矢の嵐が襲い掛かって来る。
一撃一撃の威力は、最初の一撃のように何枚も防御魔法を貫くほどではないが、それでも一枚ではあっさりと抜かれるし、矢の数が多く防御魔法がすぐに砕かれてしまう。
というか……矢の数が多すぎる!敵は本当に一人なのかの!?
もはや攻撃に転ずることも出来ず、空中で防御と回避に専念し翻弄され続けておる……!
このままではマズいのじゃ、この場に留まれば確実に遠からず儂は落とされる……それだけは避けねば……帝国軍だけでなく、『至天』にも確実に動揺が広がる!
何とかこの場から離脱したいのじゃが……絶え間なく襲いかかって来る矢から身を守る事で精一杯じゃ。
敵を舐めておったのは、儂の方じゃったという事か……!
進むことも退くことも出来ず、矢で出来た檻に捕らえられてしまった儂は、防御と回避に専念しながらなんとか離脱を試みる。
しかし、前方からだけではなく、どうやってか上下左右……そして後方からも飛んでくる矢は逃げる事さえ許してはくれない。
それに、魔力効率と発動速度を重視して作った儂の防御魔法じゃが、このまま割られ続ければ魔力も切れてしまう。無尽蔵とも言われとる儂の魔力じゃが……当然限界はある。
特に魔力消費の馬鹿でかい飛行魔法を維持しながらの並列行使じゃ……魔力空っぽの状態でこの高さから落ちたら、流石にやばいじゃろうな。
集中力を切らして矢を防ぎきれぬか、魔力が切れて落ちるか……どちらにせよ最悪と言えるじゃろう。
そんなことが頭を過った瞬間、ほんの僅かじゃが、矢の嵐による圧力が減った。
退くチャンスか?
一瞬そう考えたのじゃが、正面から飛んできた今までとは毛色の違う……真っ赤な矢に嫌なものを感じ、全力で防御魔法を張る。
その儂の判断は間違っていなかった……赤い矢が儂の防御魔法に触れた瞬間、凄まじい爆発が巻き起こり、儂は大きく後ろへと吹き飛ばされる。
魔法か?いや、それよりも今は、吹き飛ばされたことを幸運と思うべきじゃ!
このまま一気に後方へ離脱……『至天』の突撃も中断して一度策を練り直さねば……!
そう判断し、一気に離脱しようとした儂の右手に鋭い痛みが走る!
後方に張った防御魔法を抜かれたか!じゃが、多少の負傷には目を瞑ってここは全速離脱じゃ!
しかし一瞬、またしてもこの一瞬が儂の命運を分けた。
痛みに気を取られ加速が遅れた瞬間、先程爆発した物と同じ赤い矢が、儂を追い越すように飛んで行き……儂の視界は紅蓮に包まれる!
炎に包まれながら吹き飛ばされ、前後も上下も分からなくなった儂は、それでも勘を頼りに全力で飛行しようとして……続いて襲われた四肢を貫かれた衝撃で、敵軍の真っ只中へと墜落し……意識を失った。
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