第245話 死毒

 


View of リゼラ=ミロン 『至天』第二十三席『死毒』






 えー何あれ?


 嘘でしょ?


 私は突如動き出した遊撃隊として配置されていた西方貴族の一軍を、呆然と見送った。


 いや、遊撃隊として動くのであれば、別に驚きはしなかったんだけど……何を思ったか敵軍に向かって真っすぐ突っ込んでいったのだ。


 帝国軍十五万に比べれば相手の数は半数以下だけど……それでも六万よ?遊撃隊は五千いるかどうかってくらい……なんで突っ込んだし……。


 帝国軍の本隊は、本陣や儀式を進めている魔法使い達を守るように方円陣を敷いている。


 一応先生から遊撃部隊の一つを西方貴族に指揮をさせて、本人達の好きに動かせるという話は聞いていた。


 聞いてはいたけど……遊撃部隊よ?なんでいの一番に敵軍に突っ込んでいったの?


 西方貴族ってそこまで考え無しだったっけ?


 私は良く知りもしない貴族達の事を考えようとして、すぐに諦める。


 そもそも先生以外の人の事は良く知らないし、先生と比べれば大体の貴族が馬鹿なので比較のしようがない。


 それに、あの遊撃隊がどうなろうと私がやる事には変わりない。


 これから私は、一人でエインヘリア軍に突っ込む……なんかここだけ切り取るとあの貴族達と同レベルみたいで甚だ遺憾だけど……でも実際にそうするのだから仕方ない。


 勿論独断ではなく、これは予め定められた作戦通りの行動だ。先陣をきって敵軍……その中でも本陣、ないしその防衛部隊に突っ込む。


 『至天』の役割は攻め……そして私の役割は穴を穿つ事……。


 私は遥か上空で戦場を見下ろしている先生を見る。


 先生が手にしている旗は……うん、このまま真っ直ぐですね!


 旗で敵軍の本陣の場所を教えてくれた先生に頭を下げた私は、進行方向に向かって駆けだす。


 私は『死毒』。その名の通り死に至る毒をまき散らす……この能力だけで『至天』として認められている私は、純粋な戦闘力で言えば英雄予備軍にも負けるかもしれない。


 そこそこ動けるし、戦えもするのだけど……動きが激しくなるとこの身から出る毒を抑えることが出来なくなる。そのせいで、私はたとえ訓練であってもあまり激しく動き回る事ができないのだ。


 だから私は『至天』で一番下の席次にいる。


 相手を殺していいなら、もっと上になれると思う……特に近接戦闘系の奴らには絶対勝てる。あ、忌々しいリカルドだけは、良くて相打ちだと思うけど……。


 でも、たかだか順位争いで相手を殺してもしょうがないし、席次は正直どうでもいい。


 先生が私を認めてくれさえすれば、それで満足だから。


 このどうしようもない能力を素晴らしい才能だと褒めてくれて、制御する方法、そして上手に使う方法を教えてくれた先生。子供の頃、両親はおろか、誰一人として近づくことすらできなかった私に優しく色々と教えてくれた先生。あの頃の毒は人を殺す程威力が無かったとはいえ、先生は相当苦しい思いをしながら私の傍にいてくれた……だから私は先生の為に何でもする。


 私を育ててくれた先生の為に、絶対に先生の望みを叶えて見せる!


 あと……それで少しでも褒めて貰えたら最高だ。


 そんなことを考え緩みそうになった表情を引き締めながら、私は引き続き走って行く。


 こんな屋外で走るのは本当に久しぶりだ。


 普段は自分の能力を抑え込むことに力を注いでいるのに、今は……この戦場ではその枷を外し、自由に動き回っても良いのだ!


 楽しい……!


 別に人を殺すのが好きな訳ではない。


 寧ろ私の能力で誰かが死ぬのは嫌だ。


 でも目の前に迫る彼らは違う。


 彼らは敵だ。


 先生の敵だ。


 だから、殺してもいいんだ!


 私は飛び道具から身を守るための防御魔法を展開しながら、敵軍へ一気に駆け寄る。


 私の発する毒は生物相手なら無類の強さを誇るけど、矢や魔法から私を守ってはくれない。


 だから先生は、私に遠距離攻撃から身を守るための魔法を教えてくれた。


 遠距離攻撃は防御魔法で……近接攻撃は私の毒が長槍が届くくらいの範囲であれば、余裕でカバーする。


 それに私の毒にはちゃんとした解毒薬がない。


 先生の調べでは、その日その日で毒の性質が変化しているらしく、薬を作っても次の日には薬が意味のないものになるらしい。


 我ながら酷い能力だと思うけど、これで先生の役に立てるのだから不満はない。


 出来れば敵の王も私が仕留めたかったけど……先生は出来るだけエインヘリアの王を殺したくないみたいだから、その役目はリカルドに譲ってやった。


 殺す事だけに特化した私の能力では出来ないことの方が多いし、昔はこの能力が嫌で嫌でたまらなかったけど……最後の手段となり得る私の能力は、今ではとても大切なものだ。


 敵軍に穴を開けるついでに、敵英雄を何人か仕留められたら最高なんだけど……こればっかりは相手次第よね。


 兵がバタバタ死んでいくような場所に重要人物が突撃をして来るかは……まぁそいつ次第だろう。


 敵が皆エリアスみたいな奴だと、すっごく楽なんだけどね。アレなら嬉々として突っ込んで来て……訳も分からないまま死ぬだろうし。


 おっと……そろそろ接敵だ。


 なんか遠くの方から「こんじょおおおおおお」って叫び声が聞こえてきた気がするけど、私は気にせずさらに加速する!


 既に敵兵の先頭にいる奴等は私の毒の範囲内……立ったままこと切れている事だろう。


 倒れてくれていれば、その死体を踏み越えて駆け抜けることが出来たのだけど……まぁ、先頭の一人を後ろ向きに倒しちゃえば、後はドミノ倒しみたいに倒れていくよね!


「あはははははははは!こんにちはとさようならだよ!」


 特に意味はないけど、久しぶりに感じた解放感からか、テンションの上がった私は笑い声と共に既に死んでいるエインヘリア兵に挨拶をしながらつき飛ばそうとして……その兵が振り下ろした剣をギリギリのところで回避する。


「……あ……れ?」


 何が起こった?


 今……目の前の兵は、剣を振ったのか?


 咄嗟に後ろに飛んだ私と敵兵の距離は剣の間合いよりも少し広いが……それでも間違いなく私の毒の範囲内……いや、そんな生易しい話ではない。


 こんな距離で私の毒を浴びたら、先生でさえも死んでしまうと言っていた……何故コイツは生きて……いや、違う!コイツだけじゃない!並んでいる兵全員が生きている!?


 能力は……間違いなく発動している!


 なのになんで誰も死んでいない!?


 どうなってるの!?


「『至天』第二十三席『死毒』のリゼラ=ミロン殿。初めまして、エインヘリアの剣兵リオと申します」


「……いや、なんでそんな丁寧に挨拶してるんだ?」


 統一された装備をしている兵達とは少し毛色の違う者一組の男女が、兵達の間から出て来て話しかけて来る。


「先程我が兵にミロン殿が挨拶をされていたので」


「……あれはそう言うんじゃないと思うが」


「ロッズも挨拶をするべきでは?エインヘリアの品格が疑われてしまいます」


「そういうもんか……?えっと、ロッズだ。エインヘリアで槍兵をしている」


 私の毒の範囲内で、平然と……街中で会ったかのような様子で佇む二人……。


 これは……エインヘリアの将……なの?


 でも、なんで平然と会話を……どうして、どうして毒が効かないの!?


「ところで、何でアンタ笑いながら無手で突っ込んで来たんだ?いくら『至天』って言っても、一人で突っ込んで来るなんて自殺行為だろ?」


「ロッズ、そういった質問は後にするべきです」


 首をかしげて問いかけて来る男の態度に怒りを覚えたが、隣にいた女が諫めた事で私自身も言い返す機会を失った。


「ミロン殿、手荒な真似はしたくありません。投降して貰えますか?」


 しかし、女の続けた言葉に再び頭に血が上る!


「誰が!」


「……ミロン殿。見たところ貴方はそこまで戦闘能力に長けていない。それにあなたの切り札である毒は我々には一切通用しませんよ?無論、逃げることも不可能ですし……投降していただけませんか?」


「ふざけるな!わた、し……」


 女の言葉に激昂した私だったが、台詞の途中で突然視界が揺れて足に力が入らなくなった。


「ロッズ!相手が話している最中に何をするのですか!」


「リオ、真面目で礼儀正しくあるのは良い事だろうが、ここは戦場だ。フェルズ様をお待たせしてまで、敵の言葉を聞いてやる必要があるのか?」


「……それは」


「意思は確認した。ならば後は仕事をこなすだけだ。大体……こいつ等はフェルズ様を狙って攻めてきているのだぞ?」


 意識ははっきりしているのに、足に全く力が入らない……視界も揺れているし、一体何が……?


 それになんで毒が……。


「……申し訳ありません。確かにロッズの言う通りでした。ミロン殿、そういう訳ですので、申し訳ありませんが捕虜とさせていただきます。丁重に扱わせていただきますのでご安心を……それでは失礼します」


 揺れる視界の中聞こえて来た女の言葉を最後に、私の意識はぷっつりと途絶えた。






View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






「なんじゃと……!?」


 儂は帝国軍とエインヘリア軍の中間地点辺りで滞空しながら、各所に旗を使い情報を伝えておったのじゃが……魔法により強化した視線の先、エインヘリア軍の防御陣に接触したリゼラが、あっさりと倒された。助けに行く暇もない程に……。


 ここから見ていた限り、リゼラの毒が兵の一人すら殺すことが出来なかったようじゃ。


 リゼラの性格上……毒の能力を抑えていたなどと言う事はあり得ぬ。


 ならば……エインヘリア軍はリゼラの毒に対する対策をしておったという事。無論、『至天』の情報を得ていたエインヘリアが『死毒』の事を知っておったのは別に不思議でも何でもない。


 じゃが、リゼラの毒を無効化することなぞ……長年それを研究していた帝国であっても不可能だというのに……。


 いや、この状況にあってその事はもう良い。


 幸いリゼラは殺されたわけでは無さそうじゃが……リゼラをあっさりと捕縛した二人……あれもかなりの手練れじゃ。


 リゼラ自身、体術等は『至天』の中では最弱じゃが、それでも自分の能力を抑える必要がない状況であればそれなりに戦う事は出来る。それを抵抗する暇さえ与えずというのじゃから……恐らくあの二人も英雄級じゃな。


 エリアスから聞いた容貌とは違うから……これで最低でも英雄級が七人……厳しいのう……。


 しかも、作戦の第一段階から失敗とは……まいったのう。


 本来であればリゼラが毒をまき散らし、エインヘリア軍の防御に穴をあけながら暴れまわり、さらに『至天』を送り込み被害を更に拡大、敵英雄が出てきたところをこちらは数の有利を取りつつ撃退していくという手はずだったのじゃが……。


 しかし、作戦の中断は……あり得ないのう。


 リゼラが何も出来なかったのはかなりの痛手じゃが、儂等『至天』の役割は変わらん。


 敵の防御を突破……敵英雄をエインヘリア王から引きはがし……最強の一撃でエインヘリア王を落とす。


 初日でそこまでたどり着けずとも、敵英雄を引きつけ、減らす事こそが我々の役目じゃ。


 ……先程ふっ飛ばされた西方貴族の部隊を見る限り、エインヘリア兵の強さは我々で言う所の英雄予備軍と同程度の強さはあるのではないじゃろうか?


 六万の兵全てがあれ程の強さとは考えにくいが、西方貴族達が運悪く最精鋭の部隊に突っ込んだと考えるよりも、敵兵の強さはこちらの想定以上……いや、圧倒的と考えた方がよいじゃろう。


 儂等が敵英雄を倒し、その上で軍と協力して敵軍を削って行かねば、いくらボーエン候が策を講じたとしてもエインヘリア軍を抑えられるとは思えない。


 儂は手にした旗を使い、西方貴族達の部隊の壊滅と西方貴族達を吹き飛ばした敵軍の進軍ルートを本陣へと伝える。


 ……リゼラがやられたことは伝えない。


 『至天』が開戦早々敗れたという情報は、確実にこちらの士気をこれ以上ないくらい下げるじゃろうし、何より『至天』の動きは完全に軍とは切り離されておる。


 儂は待機しておる『至天』の皆に、リゼラが捕縛されたことと作戦継続を旗で伝えると、指示を確認した皆が、チームに分かれエインヘリア軍に向けて進軍を開始する……。


 その姿を確認した儂も、前進してゆく。


 本来であればこの場に留まり戦場を俯瞰し、本陣へ様々な情報を伝える事を優先したいのじゃが……今回の戦は軍としての勝利よりも『至天』の勝利が最優先じゃ。


 間違いなく『至天』の勝利こそがこの戦争の勝利に繋がる……リゼラがエインヘリア軍をかき乱すことが出来なかった以上、その役目は儂が代わるしかない。


 魔法使い系の者達は南東の守り……対魔法大国から外せんからのう……そんなことを考えつつ加速した儂は、エインヘリア軍の布陣している位置まで一気に辿り着く。


 眼下にはエインヘリア軍……普段であれば矢が飛んできたりはしない高さじゃが……相手はエインヘリアじゃからな……油断は出来ん。


 儂は防御魔法を展開してから、後に続く『至天』の者達、そして後方に布陣する帝国軍の様子をちらりと窺う。


 『至天』の皆は接敵までもう少しかかりそうじゃが……リゼラに代わり、始めさせてもらうかのう。


 儂がそう考えた次の瞬間、儂は途轍もない殺気を感じ、身を翻しながら全力で防御魔法を幾重にも重ねるように展開した!


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