第244話 開戦の狼煙が上がった



View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






 儂とリカルドが帝国軍から離れエインヘリア軍に近づいていくと、エインヘリア軍から見覚えのある……いや、見間違えようのない御仁が二人の共を連れて私達の方へと進んで来た。


「……お久しぶりですな。エインヘリア王陛下」


「リズバーンか、一ヵ月ぶりだが……ふむ、少し疲れているか?」


「ほっほっほ。この一ヵ月忙しかったですしな。少々寝不足かもしれませぬ」


「そうか、身体は大切にするべきだな。お前は替えの利かない立場だろう?」


 そう言って肩を竦めるエインヘリア王の姿は、戦場にいるとは思えない程の自然体で、正直帝国軍の狂騒を知る身としては非常に歯がゆい物がある。


「ほっほっほ、どうも陛下を含め、老人を労わってくれぬものが多くて困りますわい」


「ふむ、今度皇帝にあったら伝えておいてやろう」


 儂の皮肉をあっさりと流すエインヘリア王……本当に通じておらぬのか、それともわざとなのか、さっぱり読めんのう。


「ところでリズバーン、舌戦は良いのか?」


「あぁ、儂等帝国軍は舌戦を致しませぬ。ご希望とあらば付き合う事も吝かではありませんが……」


「くくっ……必要ない。元々我々もそういった文化はなかったのでその方が助かるな。それで、わざわざ出て来たのだ、何か話があるのだろう?」


「えぇ。といっても、本来はここで降伏勧告をするところなのですが、貴国相手には必要ありませんし……少々質問をさせて頂いてもよろしいですかな?」


 儂がここに来た目的……それは、エインヘリア王の姿を見ることが出来た時点で果たしている。


 しかし、ついでなので飛行船について聞いてみるのも良かろう。


「構わんぞ?答えられるものなら答えよう」


「ほっほっほ。ではお言葉に甘えて、あの飛行船について聞きたいのじゃが……少しばかり、搭乗しておった兵が多いようじゃが、あれはどういった手を使われたので?」


 けして少しばかりではないが……そんな思いが表に出ない様にしながら尋ねると、エインヘリア王が一瞬目を大きく開く。


 こんな質問をされるとは予想していなかったのじゃろうが……この王にこんな顔をさせることが出来たと思うと、少し胸がすくのう。


 そんな微妙な満足感を覚えていると、エインヘリア王はすぐに普段通りの少し皮肉気にも見える笑みを見せる。


「くくっ……なるほど。あの大きさの飛行船に、どうやってあれ程の兵を乗せることが出来たのか気になったという訳か。しかし、わざわざ開戦前に聞く様な事か?」


「勿論ですとも。何故なら、あの現実感のない光景……気になって仕方ないと言うものですじゃ」


「面白かっただろう?実はアレはな……」


 以前にも見た悪戯をする子供の様な目をしながらエインヘリア王が言葉を続ける。


 正直、面白いどころか、ただただ不気味なだけじゃったが……。


 それにしても、自分から聞いといてなんじゃが……またとんでもない話が飛び出したりするのかのう?


 そう思い、若干警戒したのじゃが……その答えは意外なものじゃった。


「俺もよく分からん」


「ほっ、分からないと言いますと……」


「言葉通りだ。飛行船が三万以上の兵を輸送することが出来るということは知っていたのだがな。実際どんどんと乗り込んでいった兵を見た時は、俺も少し呆れてしまったよ」


 そう言って苦笑するエインヘリア王の姿に、今度はこちらが呆気に取られてしまう。


「エインヘリア王が知らない……のですか?」


「俺は別に技術者ではないからな。仕組みは知らずとも使えれば良い。消費者とはそういうものだろう?」


「ほっほっほ、なるほど。確かに儂は少し研究者としても働いておる故、うっかりしておったようじゃ。聞く相手を間違えましたかのう」


「だろうな。まぁ、この戦争が終わってから、うちの技術者に好きなだけ尋ねれば良かろう」


「よろしいので?」


「構わん。どうせ勝つのは我々だ、敗者にその程度教示してやる程度でとやかく言わん」


「ほっほっほ、エインヘリア王は御冗談も上手いですな」


「くくっ……」


 不敵に笑うエインヘリア王に儂も笑みを返す。


「さて、挨拶はこのくらいでいいだろう。ではな、リズバーン。それに『至天』第一席『光輝』。次に会う時はちゃんと名乗って欲しいものだな」


 そう言って我々にあっさりと背中を見せるエインヘリア王……やはり豪胆な人物よのう。


 まぁ、脇を固めておる二人……彼らを抜いて自分に害を及ぼすことなぞ出来ないという自信の表れでもあるのじゃろうが……それを儂やリカルド相手にしてみせる事が恐ろしいのう。


 その後ろ姿を暫く見送ってから、儂等も自陣へと引き返す。


「リズバーン様……」


 表情を硬くしたリカルドが声をかけて来るが……真面目な奴じゃのう。


「良い良い。エインヘリア王もさして気にしてはおらんよ。アレは『至天』のことを把握しておるというアピールじゃ。舌戦は好まないと言っておきながらしっかり一撃入れて来る辺り、やはり性格の悪い御方じゃのう」


 そう言って肩を竦めるとリカルドが微妙な表情となったが、儂は気にせず言葉を続ける。


「それよりもリカルド、アレがお主の標的じゃ。出来れば殺さずに無力化して欲しいんじゃが、出来るかの?」


「はい。やれます」


「うむ、頼んだぞ。それと脇を固めておった二人……リーンフェリアという騎士とジョウセンという男。分かっておると思うが、あの二人もただ者ではない。恐らくエインヘリア王の護衛としてどちらか、或いは両方と戦わねばならんじゃろう。エインヘリア王程優先度は高くないが、殺さない方が後々を考えると良いかも知れん。じゃが、難しければ確実に仕留めよ」


「畏まりました」


 リカルドのいつも通り生真面目な返事を聞いてから、儂は馬の足を速める。


 今回儂等が開戦前に軍使としてここに来た目的は、エインヘリア王が戦場に来ているか確認することと、そしてリカルドに狙うべき相手を直接目にして貰う事じゃ。


 ……リカルドであれば問題ないと考える希望と、エインヘリア王やその周りを固める者達から感じる得体のしれない恐怖。


 儂は色々な物が胸中でないまぜになりながらも、普段通り笑って見せる。


 この場にいる誰よりも年寄りな儂は、常に泰然自若として居らねば若い連中が不安になるからのう。






View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国男爵 西方貴族派閥末端






 と、ととと、とんでもねーイケメンですわ!?


 あ、あれが敵の大将ですの!?


 勿体ないですわー!お近づきになりたいですわー!


 私は天より与えられた超特殊能力である超視覚を使い、敵の大将らしき人物と『至天』第二席の大英雄、ディアルド=リズバーン様の会談を見ていたのですが……敵の将がかっこよすぎますわー!


「……お嬢様、何を馬の上で悶えているのですか?もしやブルっているのですか?」


「ブルってなんかいませんわ。敵の将の姿に色々と思う所があっただけですわ」


「あぁ、のぞき見をしていらっしゃったのですか。良い趣味です、お見合いのプロフィールに載せておきましょう」


「セイバス、風評被害以外の何物でもないのでおやめなさい。それにのぞき見ではありません、人よりも物凄く目が良いだけですわ」


 当家の執事であるセイバスがとんでもないことをほざきだしたので止める。


 ちゃんと言葉にして止めないと、この男……本気でやりかねませんわ。


「お嬢様。特技と趣味は正確に載せておくほど、後々苦労せずに済むものですよ?」


「趣味に覗きと書いてあるプロフィールを見て婿に来る奴は、確実にやべー奴ですわ。それとセイバス、お嬢様ではなく当主と呼ぶように」


「畏まりました、お嬢様」


「……」


 一切表情を変えず……傍から見ると非常に生真面目な表情で頷くセイバス。


「当主、ですわ」


「承知いたしております、お嬢様」


 こいつ……本当に言う事聞きませんわ。


 セイバスは執事ではありますが、長年私の教育係を務めていたこともあり……家族と言っても過言ではありません。だからこそこの態度なのでしょうが……家の中でならともかく、外でまで普段通り振舞われると、私も男爵として威厳が保てないと言うものですわ。


 我がアプルソン家はスラージアン帝国の男爵家……帝国西方にある派閥に所属はしているものの、我が領には小さな村が一つあるだけの木っ端貴族。


 貴族とは名ばかりの家ですわ。


 そんな家ですので、家人も少なく……執事が一人、メイドが一人、馬丁が一人の計三人。


 彼らのお給金も、偶に現物支給だったりする有様ですわ。


 そんな零細男爵家ですが……先日御父様が薪割中に腰を痛め、なんやかんやあって隠居してしまいました。


 我が家には男子……いや、私以外の子がおらず、そのまま私が当主の座に就いてしまったのです。因みに私が成人したのは当主になった前日でしたわ。


 まさか成人した翌日に当主になるなんて夢にも思いませんでしたが、一つの村しかないとは言え領民の為、そして隠居した御父様や御母様の為にも頑張っていこうと気合を入れまくったわけですが……それから十日と経たずに戦争勃発ですわ。


 最初戦争の話を聞いた時は、飲んでいたお白湯を思いっきり吹き出してしまいました。


 私を戦場に送る訳にはいかないと、痛めた腰を引きずりながら鎧を着て戦場へ行こうとした御父様を押し留め、私はセイバスと村人数人を連れて貴族としての役目を果たすべく、こうして戦場へと参った次第です。


 でも……やはり戦場は怖いですわ。


 先程、とんでもねーイケメンが敵軍からひょっこり出て来て思わず興奮してしまいましたが、少し落ち着くと今度は心が押しつぶされるような恐怖が押し寄せて来る。


 私は馬の上で小さく震えそうになる身体を抑え込もうと必死になっていると、隣で馬に乗っているセイバスが私を見て首を傾げ、至極普段通りの様子で口を開いた。


「お嬢様……もしやトイレを我慢されているのでは?このまま開戦となったら確実に漏らすでしょうし、今のうちに済ませておいた方が良いかと愚考いたしますが」


「とんでもねー愚考ですわ!レディーに向かって何を言っているんですの!?」


 ちょっとこのメイスでぶん殴っても良いですよね!?


 剣を使えない私は、腰に下げている片手で取り廻せるメイスに視線を落とす。


 こう見えて私、畑仕事とかで鍛えられているので腕力は結構ある方ですのよ?


 とりあえずこの無礼な執事の頭に叩き込んで、その新品の兜を歴戦の兜風にイメチェンさせてやりますわ。


 そう考えメイスに手を伸ばそうとした所、セイバスのいる方とは反対側から声をかけられ私は手を止めた。


「はははっ!さしものお嬢様も戦場とあっては緊張しますかい?」


「グッテさん……」


 彼は我が領内にある唯一の村に住んでいる村人で、今回の戦に参加して下さった一人ですわ。


 村で開催される裸暴れ牛騎乗祭りで優勝した猛者で、普段は畑を耕している御仁です。


「大丈夫ですぜ!何があってもお嬢様は無事家に帰してあげますんで。俺達に任せてくだせぇ!」


 グッテさんがそう言うと、一緒に戦場に来て下さった他の三人も力強く頷いてくれる。


 因みに、セイバスは我関せずと言った様子を崩さねーですわ。


「グッテさん……それに皆さんも、とても心強いですわ。でも無理はしないで下さいまし。皆さんに何かあったら、私は奥様や御子さん達に顔向けが出来ませんわ」


「へへっ!大丈夫でさぁ!かーちゃん共に比べたら、敵兵なんて雑草より簡単に引っこ抜けますわ!」


 そういうグッテさんに同調して、他の皆さんもその通りだと笑う。


 ですが、槍を持つ手が小さく震えているのを私は見逃しませんでした。


「グッテさん、ビトンさん、ウルミスさん、コンチさん、ありがとうございます。絶対に皆で村に帰りましょう。手柄をいっぱい立ててリッチになりますわよ!あとセイバスは先頭を走りなさい!」


「酷い御主人さまですね。先に御見舞金を頂いても?」


「却下しますわ。貴方に先にお金を渡したら、絶対出奔しますわ」


「なんと……お嬢様は、私のあふれ出して地面にしみ込んで行ってしまう程の忠誠心が見えないと?」


「そんな気持ち悪い物見たくもありませんわ。なんか臭そう」


「……私の教育は完璧であったはずなのに、どうしてこんな人心を解さない貴族となってしまわれたのか……先代御当主様に顔向けが出来ませんね」


 減らず口を叩くセイバスと私のやり取りにグッテさん達も笑みを浮かべ、少しだけ緊張が解れたように見えますわ。


 もしこの場にいるのが御父様……は無理かもしれませんが……歴戦の大将軍であればこのような事をせずとも皆さんから恐怖心を取り除けるのでしょうが、所詮成人したての小娘ではこの辺りが精一杯ですわね。


 そんなことを考えていると、後方からドンドンと音がしだした。


「なんですの?」


「……お嬢様。無知であることが可愛らしいのは、子供の時だけですよ?成人した今となっては嘲りの対象となるので、最低限常識くらいは備えてくださいね?教育係として崩れ落ちそうになりましたよ?」


「……じ、陣太鼓ですわね!分かっていますわ!あれは……えっと、どうすればよろしいのかしら?」


 セイバスの呆れた様な言葉に私はすぐにこの音が何なのか思い至ったが、これが何を意味するかまでは分からない。


「……それでは皆さん、開戦と相成りました。それとこの合図は突撃準備ですね。まぁ、我々は先頭ではないので……前の方々に続いて走れば良いだけですよ。それと、これから戦う際に絶対に守ってもらいたい事があります、我々は絶対に一塊でいる事。戦場の気にあてられて、気が昂ったり訳が分からなくなったりする可能性がありますが、絶対に一人で動かない事。お互いがお互いをフォローすることで、皆が生きて村に戻る事が出来ます。力を合わせてこの戦を乗りきりましょう」


「「おう!」」


「……」


 セイバスは頼りになるけど……なんか釈然としませんわ。


 い、いえ、今はそんな細かい事を気にしている場合ではありません!


 これから、せ、せせせ、戦争が始まるのですから!


 そう意識すると体が強張ってしまいますわね……こ、困りましたわ。


「……お嬢様、大丈夫です」


「セイバス……」


 普段通りの生真面目な表情のまま、強張った私を覗き込むようにしながらセイバスは言葉を続ける。


「お嬢様達は死んでも死なないタイプなので、この辺り一帯が吹き飛ばされようとも精々かすり傷程度で済むはずです。私はイケメンな上にシリアスよりなので死ぬかもしれませんが……私の遺灰は海にまいていただけますか?」


「……さぁ皆さん!アプルソン家の力を帝国と敵国に見せつけるのですわ!やってやりますわよー!」


「「おおっ!」」


「あとセイバスは一人で突撃なさい!私達は五人で戦いますわ!」


「なんと……他人の作戦を我が物のように言うその図太さ、まさに貴族の鏡ですな。立派に成長されましたなぁ。先代御当主様に報告差し上げたいので、この場はお任せしますね?」


「敵前逃亡は重罪ですわ!」


 そう叫んだ瞬間。陣太鼓の調子が変わった。


「……ふむ、離脱が間に合いませんでしたね。皆さん行きますよ。先ほど言った一塊でいる事を絶対に忘れないように。敵を倒す事より仲間を守る事を優先してください」


 セイバスが一際真面目な表情で言い、私達は真剣に頷く。


 そして……周りの人達が前進を始めた。


 やっぱり緊張しますわ……多分兵の皆さんが大声を出すのは、緊張と恐怖を吐き出す為なのですわ……。


 最初はゆっくりと……しかし、どんどん加速していく進軍速度。


 私は馬に乗っているので問題ありませんが、グッテさん達には中々苦しい速度にも思えます……しかし、グッテさん達は疲れを知らないかのように駆けておりますわ。


 うぐぐ……周りの方々もそうですが、物凄い気迫ですわね。


 先程セイバスの言っていた戦場にあてられるというのは、こういう事だったのですわ……ただ走っているだけだというのに……凄い熱量ですわ!


 周りにいる歩兵の方々よりも高い位置にいる私には、敵軍の姿がはっきりと見えます。


 どんどんその姿が近づいてきて……遂にぶつかり、私も思わず雄たけびを上げてしまいますわ!


「どっ……根性ですわーーーーー!!」


「「どっこんじょおおおおおお!」」


 とにかく色々と、本当によく分からないけれど……私やグッテさん達はそんなことを叫びながら宙を舞っていました。


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