第241話 帝国軍



View of ウィッカ=ボーエン スラージアン帝国侯爵 好戦派派閥筆頭






 敵軍がまだ戦場に現れていないのだが、帝国軍は既にある程度布陣まで済んでしまっている。


 とはいえ、これはあくまで仮の物……相手の軍の規模や布陣場所、陣形に応じて迅速に組み替える必要がある。


 恐らく相手は開戦の日時までこの場に来ない算段なのだろうが……一体どれだけの軍を率いて来るか。


 我々が戦場に連れて来ることが出来た兵は十五万……小国相手の戦争であれば何ら問題のない数字ではあるが、大国同士の戦争にしては少々心もとない数だ。


 幸い帝国国内での戦という事で、補給線や兵站の問題はあまりないし、後詰には倍以上の軍を準備できている。


 我々がこの場に敵を一ヵ月足止めできれば、戦況は揺るぎないものになるだろう。


 それにリズバーン殿やリカルド殿を筆頭に、十数名の『至天』がこの場に来ている。


 今回彼らは私の指揮下に入らず、リズバーン殿の指示に従い独自に動くことになっているので、普段より私の心労は少ないのも非常に良い。


 それに何より、十数名の『至天』が一つの戦場に投入されているという事実。


 これには多くの者が安堵を覚えている……特にリズバーン殿とリカルド殿の存在が大きい。


 他国でさえ伝説となっているリズバーン殿と、その伝説を破り『至天』の第一席となったリカルド殿が同じ戦場にいるという事実は、戦争を知らぬ若い兵にとってこれ以上ないくらい心強い物だろう。


 現に、兵だけではなく将校の中にもそう言った空気があるのを私は感じている。


 無論、彼等もエインヘリアを警戒していない訳ではない。


 一か月前、帝都にいた者はあの飛行船の姿を目にしているし、帝城でエインヘリア王達の姿を見た者は、相手の強大さを肌で感じているのだから。


 しかし、今回指揮官としてこの戦場に来ているのは、あの時エインヘリアを目の当たりにした者だけではない。


 特に西方貴族の者達は、エインヘリアを侮っている空気がある。


 西方貴族といっても、今回の件の引き金となったアホ派閥の者共ではない。


 彼らは既に全員捕縛し、帝都へと送った。


 一族郎党含めてだ。


 今回奴らが引き起こした事を考えれば、その場で斬首されなかっただけ温情があると言えるだろう。見せしめも兼ねて帝都までの道中、罪人として民にも見える形で護送されていくので、この寒さも考えれば半数くらいは道中で死ぬかもしれんが。


 当主共は死なせるなと厳命してあるので、多少数が減ろうと別に問題はないしな。


 それよりも、西方貴族達の件だな。


 恐らくだが、エインヘリアの策によって暴走したのはアホ派閥の者達だけだが、他の西方貴族達の下にもエインヘリアの流した偽情報が届いているのではないかと思う。


 中央貴族である我々がいくらエインヘリアの危険度を語っても、どこか真剣味が感じられないのだ。


 ……この事は我々の出立前陛下が懸念されていたが、やはり現実の物となってしまったと言える。


 エインヘリアを侮る西方貴族達が、果たして我等中央の命を真面目に聞くだろうか?


 今回暴走したアホ派閥はもとより、他の西方貴族達も根幹では同じような想いを中央に対して抱いている。


 エインヘリアをしっかりと警戒している中央の者を上に据えたいが、果たして西方貴族はその指示に従うだろうか?


 しかし、西方貴族達を一纏めにして、指揮権も与えた場合……確実に功を焦って暴走するだろう。


 我等に課せられているのは一ヵ月の守勢……自軍陣地に引きこもり、とにかく後詰が来るまで耐え忍ぶことだ。


 勿論、専守防衛だけでは一ヵ月耐え凌ぐことは不可能なので、ある程度の攻め気を見せる必要はある。


 やはり西方貴族達はそちらに回すしかないか……開戦早々全滅して貰っては元も子もないが、その辺をしっかり言い含め、遊撃という形で動き回らせる……。


 騎兵は伝令要員といくつかの小隊を残し、遊撃部隊に回すしかないか。


 捨て石……として考えるには少々被害が大きいかもしれないが、西方貴族も完全な無能という訳でもない。


 いや、中には完全な無能もいるのだろうが……それでも隅から隅まで無能という訳ではない……もしそうだとしたら西方はとっくに瓦解しているだろうしな。


 相手の強さに気付けば、慎重な運用を心掛けてくれる筈だ。


 この一年戦い続け、その全てに勝利して来たエインヘリア軍が弱いわけがない。


 実戦での練度という点では、確実に帝国軍より上と見るべきだ……何度もそう伝えてはいるのだが、やはり実感するまでは意識を変えるのは難しいだろう。


 陛下としては、この戦争を通して西方との溝を少しでも埋めて欲しいと考えているのだろうが……まずは開戦前の軍議……そこで西方の出方を見つつ、本命は数日後エインヘリアが戦場に姿を現してから……もしくは一度ぶつかって、その日の夜か二日目だな。


 遊撃となった西方貴族達が、功を焦らずエインヘリア軍の牽制に努めてくれるようであれば、こちらも守りやすくなる。


 戦場となっているこの土地は彼らの物だ。


 土地勘のある彼らが遊撃に専念して立ち回れば、エインヘリア軍を翻弄することも可能だろう。


 ……ただ、エインヘリアには飛行船がある。


 リズバーン殿が懸念しておられたのは、飛行船を戦力として導入してくることもだが……それと同じくらい危険なのは、上空からこちらの動きを全て見られている事だという。


 確かに、指揮を執る者は高台を作り、少しでも高い位置から戦場を見渡し指揮を執るが……より高い位置……空からであれば戦場の隅々まで見渡すことが出来るだろうし、地形の把握も容易だろう。


 いつもはリズバーン殿が我々に齎してくれる情報を、今度は相手が利用してくるのだ。


 これ程厄介な話はない……飛行船はリズバーン殿が優先して落としてくれる筈だが……リズバーン殿自身、確実に落としてみせるとは言い切れない様であった。


 もしあれを落とせないとなったら……私は胸に過った不安を振り払うように立ち上がる。


 初日……初日がキモだな。


 敵英雄に関しては、どのように軍に組み込まれているか分からぬが、リズバーン殿……いや、『至天』に任せておけば問題ない。


 ……飛行船に関してもそうだ。リズバーン殿に頼り切りすぎるきらいはあるが……我々ではどうする事も出来ない次元と言うものは、やはり存在する。


 それが英雄と言う存在であり、遥か上空を飛ぶ飛行船だろう。


 とは言え、我々も完全に無力という訳ではない。儀式魔法は遥か上空にも効果を及ぼすことが確認出来たのだ。


 こちらの陣に近づいてくれば叩き落とすことも可能……発動させられればだが。


 儀式魔法は発動まで時間がかかる上に、一度儀式を開始すればその場から動くことが出来なくなる。


 儀式魔法の射程内に飛行船を捉え発動……発動させることさえ出来ればいくら高速で飛び回る飛行船であっても問題ないが……空から見下ろし、こちらの儀式魔法の様子を観察できる飛行船が近づいてくるかというと……厳しいだろう。


 幸い、嵐を起こす儀式魔法は比較的短い時間で発動させられることが出来る……まぁ、それでも準備に半日ほどはかかるが。それでも飛行船を本陣に近づけさせない、牽制という使い方は出来るかもしれない。


 それに儀式魔法の為に、今回は魔法使いを多めに連れてきている。


 儀式が干渉しない程度に距離を空ける必要はあるが、タイミングをずらしつつ、三カ所で儀式魔法を準備させれば……運が良ければ飛行船を落とせるだろうし、そうでなかったとしても飛行船に空を自由にさせることは抑えられるだろう。


 飛行船は、儀式魔法による牽制とリズバーン殿で抑え、敵英雄は『至天』が抑える。


 そして敵軍本隊は我々帝国軍が……大丈夫だ、敵英雄の排除が早く出来れば『至天』もこちらに参加できる……そうなれば一ヵ月凌ぐどころか敵を殲滅することも可能だろう。


 しかし、色気を出すつもりはない……堅実に時間を引き延ばす。


 エインヘリアは底が知れない……出来れば相手の本気を引き出さず、のらりくらりと時間を稼ぎたい。


 いや、この考えも危険だ。


 私は天幕の外へと向かう。


 敵軍が姿を見せていないからか、張り詰めた様な空気が感じられず若干弛緩した様子が見られる。


 いくら戦場にいる軍であっても常に緊張状態でいられる筈もない、これから一か月間気を張らなければならないことを考えれば、力を抜ける時に抜くのは悪くないだろう。


 これから将官を集めての軍議だ。


 方針は帝都を出立する前から決まっているし、戦術に関してはそこまで現時点で話すことはない。


 敵がその陣容を見せた時、そこからが本番とも言える……。


 私は何とも言えないもやもやしたものを抱えつつ、軍議が行われる天幕へと向かった。


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