第240話 至天ほぼ集結
View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天
エインヘリア王が宣戦布告を行ってから、あっという間に一ヵ月という時が過ぎた。
はっきり言って、準備期間としては短すぎるその時間は、文官も武官も戦う前に忙殺されるほどじゃった。
軍の集結、移動……これだけでも広大な国土を持つ帝国では容易な事ではないし、当然兵を集めれば軍が機能するという訳ではない。
現に、エインヘリアの指定した帝国西方に集めることが出来た軍は十五万程しかいない。
もう少し時間があれば七十万程を動員することが出来た事を考えれば、この数は非常に少ないとも言えるし、たった一ヵ月と言う時間でこれ程の数を集めることが出来たとも言える。
宣戦布告を受けた当初、エインヘリアの言葉……一ヵ月後に西方を攻めるという言葉を信じるべきという意見と、信じられないという意見があったのだが……最終的に陛下がエインヘリアから渡された侵攻計画を信じるという判断を下したのだ。
その方針に従い、急ぎ西方に送り込まれた軍は十五万じゃが、後方では五十万以上の兵が後詰として準備している。
開戦に間に合わなかったのは、まぁ仕方ないじゃろう。じゃが、後詰として既にこちらに向かって進軍中……予定では一ヵ月。一ヵ月此処でエインヘリア軍を足止め出来れば、後詰と合わせて六十万以上……更に時間が経てば二陣三陣と援軍は送られてくるじゃろう。
故に我々に課せられた役目は時間稼ぎなのじゃが……そこでカギとなるのは十五万いる帝国軍ではなく、我々……『至天』じゃ。
「リズバーン様」
「ん?おぉ、すまんな。少し考え事に集中し過ぎたようじゃ」
儂は壁際に張られた地図から視線を外し、天幕に集まった者達に目を向ける。
今儂に話しかけてきたのは『至天』第一席であるリカルド。実力は申し分なく、なにかと問題児の多い『至天』の中にあって、こやつ以上に頼れる人物はいない。
じゃが……少々いつもより表情が硬いのう。
まぁ、こやつは若く、戦の経験が無いからそうなってしまうのも仕方がないと言うものじゃな。
「リカルド……緊張しておる様じゃな?」
「……恥ずかしながら」
「ほっほっほ。恥ずかしがる必要はないぞ?誰しも初陣と言うものは緊張する……」
そう言いかけた儂は天幕にいる他の『至天』が目に映り言葉に詰まる。
リカルド以外に緊張している様子の者は見当たらない……この戦が初陣である者も数人居るんじゃが……。
「……申し訳ありません」
「いや、リカルドが悪いわけではないのじゃ。ちょっとこいつ等がおかしいだけじゃな」
本当に申し訳なさそうに謝るリカルドの肩を軽く叩きながら儂は言う。
こやつは能力的には申し分ないのじゃが、少々真面目過ぎるというか……もう少し肩の力を抜いたほうが、余裕が出来て良いと思うのじゃが……こればかりは本人が自分で気付くしかないからのう。
「先生はリカルドに甘いと思います!私も甘やかしてください!」
そう言って小柄な体を精一杯伸ばし、大きく手を上げながら主張するのは『至天』第二十三席『死毒』リゼラ=ミロン。
現『至天』の最下位の席次でありながら二つ名を持つ彼女は、その能力の危険さ故『至天』内の席次争いから外されておる。
基本的に相手を殺す事しか出来んからのう……殺さずに戦おうとすれば最弱じゃから、席次としては正しい評価じゃが。
帝国は戦力として『至天』を確保したいわけじゃから、『至天』同士の席次争いで英雄が死ぬなぞ、許せるものではないからのう。
「ほっほっほ。リゼラ、お主は出来る子じゃからな。頼りにしておるぞ?」
「はい!頑張ります!だから先生!仕事が終わったらいっぱい褒めて下さい!」
「うむうむ」
一見すると非常に素直な子に見えるが……リゼラは儂以外の言う事は一切聞かない困った子じゃ。その能力上、陛下に直接会ったことはないが……恐らく陛下の言葉でさえ無視するじゃろう。
心臓に悪いから、今後も陛下には会わせないようにしようと思う。
「やっとあいつらにリベンジ出来るぜ!」
そんなリゼラの横で気炎を吐いているのは、第二十一席のエリアス。
こやつはこやつで、エインヘリアに捕虜にされておった割に元気じゃのう……特に強くなったりはしてない訳じゃし……下手したらまた捕虜になるかもしれん……いや、殺される可能性も十分あるんじゃが……そこんところちゃんと理解しておるのかのう?
「くす……」
「ユーリカ、てめぇ、何がおかしいんだ?」
エリアスを小馬鹿にするように笑ったのは第十五席のユーリカ=ストラダ。
「いや。気合入ってるなぁと思って」
「あ?それが何か悪いのかよ?」
「悪いなんて一言も言ってない」
それ以上話すことはないと言うように、机に伏せてしまうユーリカ。
そんな姿を見て大きく舌打ちをしたエリアスが、テーブルに叩きつける様に肘を置きながら頬杖をつく。
もう少し仲良くせんか……こやつらときたら。
特にユーリカ、お主がもう少し勤勉に働いてくれたら色々と助かるのじゃがのう。
ユーリカは潜入、暗殺等に特化した能力を持っているが……面倒くさがりという性格上、その能力を生かしきれないのが玉に瑕といったところじゃ。
こやつが資源調査部と共に仕事をしてくれれば、陛下の心労も少しは減るというのに……。
そう考えはするが『至天』にはかなりの自由が認められておるからのう……陛下以外に命令権を持つ者はおらんし、その陛下も今回の様な特殊な状況でも起こらない限り、殆ど命令を下すことはない。
ユーリカも陛下が命を下せば……短期であればその仕事に尽力するであろうが……情報収集や潜入といった仕事は短期で終わるような仕事ではない。
必ず途中で飽きて適当な事をやり出すじゃろう。
勤勉か怠惰のどちらでユーリカという人物を示すか……敢えて言うまでもないことじゃ。
「リズバーン様。此度の戦……我々をここまで集めるという事は、それだけ相手は強いと?」
そう尋ねて来るのは第五席次『縛鎖』バルドラ=イーオ。
若い者の多い現『至天』の中で、儂の次に年長の者じゃが……それでも四十にはなって無かったはずじゃ。
英雄とはいえ、年を取れば衰えるのは避けられんからのう。
「うむ。儂等『至天』が重役を担うのは当然の事じゃが、今回の戦に関しては全てが我々にかかっておる。敵英雄に儂等が勝てるか、もしくは抑え込めるか……」
「『至天』を十六人も集めるとなると、敵英雄もそんなに数が居るという事ですな?」
バルドラ以外の……机に顔を伏せていたユーリカも顔を上げて……全員が儂に注目する。
「確認出来た英雄の数は五人じゃな」
「五人?確かに帝国以外でそれほどの数の英雄を抱えているのは珍しいと思いますが、五人程度であれば我々をここまで集める必要が……?」
バルドラだけではなく、他の者達も訝しげな表情を見せる……エリアス以外の者達じゃが。
こやつらは基本的に噂等を気にすることはないし、政治にも興味がない。
あちこちで噂されているエインヘリアの戦力についても、聞き流していたのだろう。
今日ようやく参戦する全員が集まり説明することが出来るのじゃが……。
「お主等……もう少し外にも目を向けてくれんかのう?」
『至天』の中でも比較的真面目な者達は各地方の守りにつけておる……ここに居る連中は、まぁ、控えめに言って問題児が多いのう……。
「む……その……申し訳ありません」
そう言って頭を下げるバルドラは……真面目でない訳ではないのじゃが、頭を使うのが若干苦手というか……戦闘方面に全てを振っておるというか……しかし、儂を除いて最年長者がそれでは困るのじゃがのう。
「奴等はつえーよ。俺は完封された」
不機嫌そうに椅子を揺らしながらエリアスが言う。
戦闘狂ではあるが、相手の強さを認められない程狭量ではないところがこやつの良いところじゃ。まぁ、認めた上で勝てない相手にでも嬉々として突っ込んでいくのじゃが……。
「エリアスは搦め手に弱いから、正面から戦わなければ完封は簡単」
ユーリカの言葉に他の者も頷いている。
「ちげーよ。真正面から……近接戦でやられた。しかも、手も足も出ないレベルでな」
エリアスは特殊な能力を持っていないが、近接戦闘能力に長けている英雄だ。
その性質上、遠距離戦や搦め手にはかなり弱く……それを知っている『至天』の席次は低い。
近接特化という意味ではリカルドも同じじゃが……膂力だけならエリアスは『至天』の中でも五本の指に入るじゃろうな。
そんなエリアスが真正面から戦って敗れたというのは、例えエリアスが第二十一席次だとしても楽観視出来るものではない。
「リカルドみたいな感じ?」
「いや、違う。俺がまともに戦ったのは一人だけだが……巧くて、早くて、強い。リカルドみたいなでたらめな感じじゃない……いや、全てが高水準ででたらめな強さではあったか」
「「……」」
先程までの、何処か弛緩した様子のあった天幕内の空気が張り詰める。
「エリアスは唯一エインヘリアの英雄を手合わせしておるが、本人も言っておる通りなすすべもなく敗れ捕虜となっておった。しかも捕虜となっている間、無手とはいえ、エリアスを捕えた者とは別の者に抑え込まれておったそうじゃ」
「これは、中々大変そうな相手ですな」
バルドラがそう口にすると何人かが頷く。
「儂は先ほど言った五人の内、四人の英雄を目にしておるが、恐らく奴等の実力は上位者並みかそれ以上と見ておる。それに、五人以上の英雄がいる可能性も非常に高い……故に動員できる『至天』を全員ここに集めた訳じゃ」
エインヘリアの者達はまだ戦場に姿を現していない。
しかし予定通りであれば、数日の間に奴等はここに来るじゃろう。
「リカルドとリゼラ、お主等二人は個人で動いて貰うが……他の者達は数人で組んで動いて貰う。なるべく相性が良いように編成するから従ってくれ」
「「……」」
儂の言葉に数人が嫌そうな顔をするが、戦闘ともなればそれなりに連携を取る事は可能だ。
日ごろからお互い手合わせをして手の内を良く知る相手だからこそ、突然組まされたとしても十分以上の動きが出来る。
エインヘリアがここに来るまでの間に、連携訓練も出来るじゃろうしな。
「それじゃぁ、組み合わせとそれぞれの役割を伝えるからしっかり聞いとくれ。あまり喧嘩するでないぞ?此度の相手は強大じゃ……ふざけて対処できる程、生易しい相手ではない。はっきり言うと……我々の働き次第で帝国の存亡が左右されるじゃろう」
敢えて言わずとも、『至天』がここまで導入された上で敗北するようなことがあれば、帝国の未来が明るい物でないことは分かるじゃろうが……それでも儂はそれを口にした。
我々が負けることは許されない。
それは、我等が『至天』である以上当然の責任じゃ。
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