第239話 未来の話
キリクの策……帝国を逃げられないように追い込み本気で挑ませた上で叩き伏せ、力の差をはっきりと分からせよう作戦……いや、そんな可愛いもんでもなかったけど、その作戦の概要と各々の役割を説明された会議は、途中でキリクが口にした言葉により非常に緊張感に包まれたまま終わった。
はっきり言って、覇王はちょっと怖かったよ……。
皆……やる気……いや、殺る気満々って感じだったからね……。
いや、キリクの作戦から考えて、殺ったら駄目だからね?
大丈夫だとは思うけど……大丈夫……だよね……?
うちの子達の頼もしさに不安を覚えつつ俺が自室に向かって歩いていると、廊下の向こうにバンガゴンガが姿を現した。
「フェルズ、今少しいいか?」
「あぁ、構わないぞ。何かあったのか?」
「少し相談……いや、頼みたい事があってな」
「ふむ、ならば執務室に行くか」
バンガゴンガやオスカーは、数少ない気楽に話せる相手だ。
先程の会議で特に俺が何か発言したわけではないけど、バンガゴンガと話すのは良い気分転換になるだろう。
まぁ、相談事のようだし、あまり気楽な話ではないかもしれないけどね。
バンガゴンガは色々と頑張ってくれているし、出来る限り望みはかなえてやりたいと思う……バンガゴンガの性格から考えて無茶な事は言わないだろうしね。
そんなことを考えながら歩いていると、さして離れていなかった執務室へと到着する。
早々に部屋へと入り俺が執務室のソファに腰掛けると、バンガゴンガは俺の向かい側に、リーンフェリアは俺の斜め後ろ……いつものポジションに納まる。
「それで、バンガゴンガ、頼みとはなんだ?」
全員が落ち着いたところで、俺は早速本題に入る。
「あぁ、以前……フェルズと出会ったばかりの頃に話した、ハーピーの集落の事は覚えているか?」
「……あぁ、南の方にあると言っていたやつだろう?バンガゴンガの知り合いで、空を飛ぶことが出来ないハーピーが居るという」
魔石が潤沢に手に入るようになってすっかり忘れていたけど、そういえば南の方にハーピーの村だかがあるんだっけ?
そんな思考はおくびにもださず、ちゃんと覚えていましたよ?といった様子で俺が答えるとバンガゴンガが小さく頷く。
「覚えていてくれたか。実はそのハーピーの集落と思しき場所を、王都に来た人族の商人が知っていたんだ」
「ほう?それは重畳だな。それで、その場所は?」
「エインヘリアの南部、フレギス地方……そこから更に西の方に行ったところにある小さな山脈、そこの山間にハーピーの集落があるらしいんだ」
「フレギスの西……つまりエインヘリア国外ということだな?」
「……あぁ」
バンガゴンガが物凄く凶悪な表情をしながら、唸るように言う。
他国となると、魔力収集装置を設置するのは若干面倒なんだよね……バンガゴンガもそれが分かっているからこそ、相談したいって言って来たのだろうけど。
「人族の商人がその事を知っていたという事は、その集落のある国の人族とハーピーの集落は交流があるということか?」
「その商人の話では、山近くにある人族の街と鉱石や食料の取引をしているらしい」
「……そうか。ゴブリンの村のように隠れ里であったのなら話は簡単だったのだが、ふむ……どうするべきか」
流石にこれから帝国との戦争という状況で、南でも戦端を開くって訳にもいかんよな……いや、戦うだけなら別に問題ないんだけど……あまり良い考えとは思えない。まぁ、交渉って手もあるけど……先に戦争から考えるのは悪い兆候だな。気をつけよう。
しかし、ハーピー達も妖精族である以上、魔王の魔力による影響はかなりある筈……バンガゴンガの知り合いのハーピーがその集落にいると決まったわけではないけど、出来れば早めにコンタクトを取った方が良いだろう。
まずは国としてではなく、秘密裏にハーピーの集落と繋ぎを作るか。
「まずは、そのハーピーの集落について調べよう。南西方面に派遣している外交官見習いに調べさせればすぐに情報は集まるはずだ。それと、人族の商人と先程言っていたが、アーグル商会の者か?」
「あぁ」
「ならそちらからの聞き取りも進める。それとバンガゴンガ、先に謝っておくが……今我々エインヘリアは、北にあるスラージアン帝国という国との戦争を控えている。ハーピーの集落の場所が分かっても、すぐに動くことが出来ないかもしれない。その事だけは覚えておいてくれるか?」
「あぁ、勿論だ。このエインヘリアが最優先なのは当然だ」
俺の言葉にバンガゴンガが頷いてみせる。
知り合いが狂化する可能性が高い以上、相当心配だろうし、一刻も早く魔力収集装置を設置してその懸念を解消したいだろう。
バンガゴンガには色々頑張ってもらっているし、何とかしてやりたいけど……今はタイミングが悪い。ひとまず情報収集を進めるという事で勘弁してもらいたい。
「そういえばバンガゴンガ、一つ気になったんだが、お前はずっとあの森の隠れ里に住んでいたんだろ?どうやってハーピーと知り合いになったんだ?」
「ん?その話はしなかったか?かなり前の事だが、俺達が住んでいた村にハーピーが十数人どこからかやって来たんだ。当時はまだ俺もガキだったから事情は詳しく聞いていないんだが、元々住んでいた場所が住めなくなったとかで、南の方にあるハーピーの集落に移住する途中に立ち寄ったらしくてな。長旅で疲れていたらしく、暫く俺達の村で療養していったって経緯だな。元々俺の親父の知り合いだったらしいんだが、どういう経緯で知り合ったかは聞いてねぇな」
「なるほど。そんなことがあったのか」
「知り合い……まぁ、向こうもガキだったからな。詳しい話は分からないし、南にあるっていうハーピーの集落の事も殆ど分からなくてな」
「まぁ、子供同士の会話では仕方ないだろうな。しかし、そういう事ならバンガゴンガの知り合いが先程の話に出て来た集落かどうかまでは分からんな。ハーピーに関しての情報は少し重点的に集めさせるか」
「い、いいのか?」
俺の言葉にバンガゴンガが驚いたような表情になる。
「あぁ。バンガゴンガには色々世話になっているからな。ゴブリンの隠れ里との交渉に城下町建設……俺達だけじゃ手が足りないからな」
「ゴブリンの件は俺が優先してやらせて貰っているだけだ。礼を言われるような事じゃない。城下町にしても、俺達が暮らしている場所だからな。建設を頑張るのは当然だろう?」
そう言ってバンガゴンガが凶悪な笑みを見せる。
うむ、実に頼りがいがある。
そんな男前なバンガゴンガの為にもしっかりとハーピーの情報を集め、早いところ魔力収集装置を設置出来るようにしよう。
View of エルポワ=ルッソル スラージアン帝国伯爵 帝国西方の一派閥筆頭
エインヘリアとかいうサル共の国にエッセホルド子爵を送ってから二か月近くの時が経った。
子爵には出来る限り急ぐようにと厳命してあるし、間違いなくエインヘリア国内には入っているとは思うが、奴らの王都はかなり南の方らしいからな。サル共の王の手に書状が届くのは、もう暫くかかるだろう。
ふっ……待ち遠しいものだな。
あの書状が届けば、さぞ奴らの王は顔を青褪めさせることだろう。
その姿を見ることが出来ないのは少し残念だが、そこはエッセホルド子爵の土産話を楽しみにしておこう。
しかし、懸念が一つもないわけではない。
つい先日、中央より『至天』の一人、リズバーン殿が我が元を訪れたのだ。
何やらこちらの動きを訝しんでいる……いや、あれはこちらが動いたことに気付いている節があった。
しかし、こちらは既にエインヘリア国内に使者が辿り着いている。
中央が今更こちらの動きに気付いたとしても、遅れを取り戻すことは出来まい。
それにサル共の国の窮状は我々が独自に集め分析したものだ。間違いなく中央はこの情報を手に入れていないだろう。
ふっ、中央も愚かな事だ……情報の大切さを全く理解できておらん。恐らく、未だに兵並べて威圧すれば他国がひれ伏すと考えているのだろう。
確かに兵力や『至天』という武力は他国を降す為の要因となり得るが、それに先んじて手に入れるべきは情報なのだ。
敵を知るという事は、敵の強み……そして弱点を知るという事。
敵の急所さえ分れば、最小の労力で最大の効果を上げることが出来る……今回私がたった一つの書状で国を一つ降してみせるようにな。
……中央もさぞ慌てる事だろう。
日ごろから軽んじて来た我々が、一兵すら失うことなく他国を降す……その功績があれば我々の中央での発言力が大いに増す事だろう。
それに、我等が南を統制することになるのは確実……そうなれば、遠からず中央の者共どころか皇帝陛下でさえも、我々の言葉を無視することは出来なくなるだろう。
ふっ……我が派閥の……そして何より、ルッソル伯爵家はかつてない程の隆盛を誇ることになる。
侯爵に陞爵されるのは確実……いや、いっそのこと王配となるのも悪くないか?
皇帝は……若干、薹が立っているが、見てくれは悪くないしな。
何よりその権力はこの大陸で最高の物……その王配ともなれば、実権自体は持たぬといえ絶大な利権をルッソル家に齎す事が出来るだろう。
うむ、そうだな……侯爵以上の地位が無い以上、皇族の血をルッソル家に取り入れたいところだが……現皇帝に子供はいないしな。
公爵家から血を取り込むという手もあるが……今回上げた功績から考えてもその程度で満足出来るはずもない。
それに、私が王配となればルッソルの血を持つ者が次代の皇帝ということに……お、おぉ、素晴らしい未来ではないか!
これは陞爵次第、根回しを始める必要があるな。
私は、そう遠くない未来を完璧なものにするために、緻密な計算を始める。
今の私は、少々金が心もとない……商人達を集めて金を出させる必要があるな。
まぁ、私の陞爵は確定事項だし、商人達も金を惜しんだりはすまい。
私が王配となれば、奴らの得る利益も莫大等と生易しい言葉では語れない程になる。中途半端な金額を出したりはしないだろう。
エッセホルド子爵の帰還を待ちたい所だが、事態が動き出してから準備をするのは愚か者のすることだ。
よし、商人達をすぐに集めるか。
そう思い使用人を呼ぶ為のベルに手を伸ばそうとした所、それよりも一瞬早く執務室の扉がノックされ家令の声が聞こえて来た。
「旦那様。皇帝陛下の使者が訪れております」
「陛下の使者が?先触れもなくか?」
私は突然の事態に首をかしげたが、すぐにその理由について思い至る。
「はい。なんでも緊急とのことでして……」
「ふむ……」
おそらくリズバーン殿が中央に戻り、我々の動きを皇帝陛下に伝えたのだろう。
くそ……少々厄介だな。結果が出るまで大人しくしてもらいたかったのだが……。
「分かった、すぐに会おう。失礼のないように応接室に御通ししろ」
「畏まりました」
扉の向こうから家令の気配が遠ざかって行く。
さて、使者をどう捌くか……些事ではあるが、面倒な事には違いない。
私は盛り上がっていた所に水をかけられたような気分になったが、冷静になる時間を貰えたと考えれば、使者の来訪も全くの無駄とも言えないと気持ちを改めた。
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