第238話 まとめよう



「予定通り、開戦の切っ掛けを帝国自身に用意させ、直接帝都に乗り込んだ上で宣戦布告をすることが出来ました。無論皇帝はこちらが仕掛けた罠に気付いていますが、この状況で何を言おうと後の祭りです」


 こちらが仕掛けた罠……皇帝の目の行き届いていない西方貴族を暴走させ、俺達にアホな条件を突きつけさせる。


 アホな条件というか……ほぼ属国になれって感じだったけど、まぁ普通に戦争案件だよね。


 帝国という強大な力と、相手が明日をもしれぬ状態まで追い詰められた小国であれば通る話なのかもしれないけど……普通に考えて、属国すら持っているエインヘリアに通じる訳ないやろって感じなんだが……キリクは良く信じ込ませたよね。


「キリク、一つ良いでござるか?何故そのような迂遠な方法を取ったでござるか?普通に今まで通り攻め込ませれば良かったのでは?」


 ジョウセンが首を傾げながら尋ねる。


「まず、エインヘリアと帝国は国境を接していない。そしてエインヘリアと帝国の間にある小国は、帝国の属国ではないが帝国に付き従っている国だ。我々が隙を見せたとしても、彼らが帝国の許可なくこちらに攻め込んでくることはまずありえないと言える」


「ふむ……だから帝国を狙い撃ちしたという事でござるか。でも、何故転移や飛空艇の事を教えたでござるか?今までひた隠しにしてきたものでござろう?」


「帝国は非常に広い国土を持っており、この大陸の覇者と呼ばれている存在だ。そんな彼らを併呑するのは簡単な事ではない。我々の……フェルズ様の目的は帝国を潰すことではなく魔力収集装置を全域に設置することだからな。その為には、エインヘリアという国の存在感を帝国に刻み付ける必要があったのだ」


「先に帝国を綺麗さっぱり潰してから設置すれば良いでござろう?今までの国のように使える人間を残し代官として据えれば……」


 ジョウセンがそう言うとキリクがかぶりを振り、イルミットも眉をハの字にして困ったような表情を見せる。


「ジョウセン、先も言ったが帝国は今まで併呑して来た国とは違う。この大陸の覇者……これは、他国の者よりもその国の者達が一番意識している事柄。いや、囚われていると言っても過言ではない。それは何も支配層だけに限った事ではない、帝国に住まう民一人一人が帝国臣民であることを誇りに……ある種、優越感に浸っているのだ」


「それが何か問題でござるか?」


 ジョウセンが首を傾げるが……俺も同じくらい心の中で首を傾げている。


 キリクは一体何を言っているのかしら?


「簡単な話だ。我々が帝国という国を潰そうとも、元帝国臣民は我等に従う事を良しとしない……帝国を愛しているのではなく、大陸で一番の国である帝国、その帝国の民である自分を愛しているのだ。我々が帝国を滅ぼせば、その大事なステータスを奪われた元帝国臣民達は、決して我等に従わず逆らい続けるだろう」


 なんとなく理解出来て来た……ような気がする。


「という事は、今回の戦では帝国を潰さないでござるか?」


「その通りだ。帝国には戦後も自国の統治に尽力してもらう。大陸の覇者という看板は下ろしてもらうがな」


「ふぅむ……その為に色々仕掛け、殿に出張ってもらったと?」


「……なるほど、そういう事か」


 ジョウセンの含みありげな問いに、キリクが俺に向き直り深々と頭を下げる。


「フェルズ様。此度は私の力が至らぬばかりに御身を煩わせる様な策を講じ、誠に申し訳ございません。この罪、如何様な処罰も受け入れる所存にございます」


 う、うん?


 キリクの突然の謝罪に、俺は思わず頷きかけたけど……これ頷いたらダメな奴だ。


「キリク、頭を上げろ。俺は今回のキリクの策、最善な物であったと確信している。見事に帝国、そして皇帝を動かしてみせたとな。その仕上げに俺を使う……実に満足だ。帝国をこの目で見る事も出来たしな……それに、俺をあの場に送り込んだのは、次への布石だろう?」


 出来れば……全てを見通しているキリクさんが、あの皇帝とのやり取りに関する台本を作ってくれていたら超助かったんだけどね?


 あと布石とか言っちゃってるけど、キリクの事だから多分そうなんだろうなっていう……ただの覇王的勘である。


「そこまでお気付きでしたか……」


 キリクが頭を上げ、僅かに驚いたように目を見開く。


 ほらね!?


 キリクが何の企みも無しに、俺を危険があるかも知れないような場所に送り込む様な事はしないと思ったんだ!


「帝国、そして皇帝の考えを上手く操った……そういうことだろう?」


 調子に乗った俺は、ふわっとそれっぽい事を言ってみせる。


 まぁ、これ自体は今まで散々キリクがやって来たことだし、今回もその延長……外しようがないもんね!普通策ってそういうもんだし!


「御慧眼の通りでございます。やはりフェルズ様の前ではこのような児戯、策と呼ぶのも烏滸がましかったですね……」


「そんなことはないぞ、キリク。お前が以前俺の言った……今までのままでいてはいけない。思考を止めず、自らの意志で考えて行動しなければならない。この言葉を真摯に受け止め、自ら考え様々な策を練ってくれていること、非常に嬉しく思っている。さぁ、キリク……皆に説明してやると良い。何故宣戦布告をあの形で行ったのか、そして今後の展開についてを」


「はっ!」


 俺の言葉に、キリクが先程までよりも気合の入った表情で皆の方に向き直る。


「それでは、説明を再開させていただきます。フェルズ様と言う玉体……これを帝国が目にしたことで得られる効果はいくつもあります。フェルズ様の御威光を知らしめること……これが最大の効果ではありますが、こちらに関しては戦後への布石となります。それとは別に、今回の戦争に向けての布石があります。皇帝や上層部には戦う相手として見た時に、フェルズ様ご自身が前に出て宣戦布告をしたこと、これを隙であると誤認したはずです」


 ふむふむ……なるほど。


 正直、フェルズは隙だらけだと思うけど……宣戦布告したことが隙って、どゆことかしらん?


「ここまで、我々エインヘリアは帝国に対して色々な物を誇示するように見せてきました。外交官による情報力しかり、開発部の技術力しかり、経済力に武力……ありとあらゆるもので、帝国なぞ何するものぞと言わんばかりに。そしてその仕上げとして、フェルズ様自らが帝城に乗り込み宣戦布告をする。皇帝たちはこう考えた筈です……エインヘリアの王は自己顕示欲が高く、自らが前に出なければ気が済まない性質だと」


 ……なるほど。


 実際は、前に出なくて良いなら一生裏に引きこもっていたいと考えるタイプだけど、今回そう誤認させたってことね……。


 んで、それが隙……になるのか?


「フェルズ様の覇気を見れば、必ず戦場にも出てくると相手は考えます。さて、わざわざ戦場を指定して来た敵国、その軍勢の中に高確率で敵の首魁がいるとしたら……帝国はどう動くと思いますか?」


 色々な点で負けている事を自覚しているなら……勝っている部分を最大限生かして敵総大将を一気に倒す……的な?


「……戦場が既に決まっているなら、罠を山ほど用意する……とかかい?」


「それはどうでござろうな?先程からキリクが言っておるが、帝国は大陸の覇者……そんな彼らが戦を挑まれ、戦場すらも指定された状態で、罠に頼った戦いを望むであろうか?拙者としては罠も戦術の一つ、卑怯でも何でもないと思うでござるが……戦を知らぬ者達にとっては、正道とは言い難しといった風潮があるでござろう?」


「不思議よねぇ。剣で斬ってもぉ、弓で討ってもぉ、魔法で吹き飛ばしてもぉ、罠で叩き潰してもぉ、同じことだと思うのだけどぉ」


 キリクの問いかけにオトノハが答えるが、ジョウセンが待ったをかけカミラが納得しがたいと言う。


 確かに、ジョウセン達の言う通り卑怯もくそもないと思うけど……戦争とは全く関係ない、安全な位置から言いたい放題言う奴は何処の世界にもいるよね。


 実際、自分の命をかけて切った張ったしている側からすれば、そんなこと言ってられるかって感じだけどね。


「ジョウセンの言った通り、帝国は帝国であるが故避けられない戦い、そして取ることが出来ない手段というものがあります。それこそが帝国の隙ではありますが、まぁ、今回そこはひとまず置いておきましょう。帝国は一つ、我々が見せているにも拘らず誤認しているものがあります。それは、我々の武力です」


「武力というと……個人の武力という意味でござるか?」


「えぇ。帝国には『至天』という英雄集団がいることは周知の事実ですが、その力を集結させれば我々に勝てると考えているのです」


「……『至天』とは、あのリズバーン殿や先日まで捕虜となっていたエリアス殿の事でござるよな?」


 エリアス君……彼の名前を聞くとちょっと胸が痛くなる。


 本当に悪い事をした……。


「えぇ、そうです。リズバーン殿は『至天』の第二席。上から二番目の実力の持ち主です」


「……確か『至天』は二十人位でござったよな?うちの戦闘部隊の半数以下でござるよ?それにリズバーン殿もそこまで強いとは思わなかったでござるが……」


 ジョウセンが、本気で意味が分からないと言った様子で首を傾げる。


 それは、リズバーンと会った事のあるカミラやエリアス君を監視していたサリアも同意見のようだ。


「だから誤認と言っている。失礼……帝国は、戦場に出て来るフェルズ様を『至天』の武力を以て討ち取ろうとしているんですよ」


 キリクがそう口にした瞬間、会議室の空気が一気に張り詰めた物に変わる。


 俺が何かしでかしたわけじゃないけど、下っ腹にキュッと力が入ってしまう……。


「私がそう誘導したわけですが……皆がいつも以上に気合を入れてくれたようで何よりです。次の戦、既に計画は立ててありますが、ここにいる者もここにいない者もそれぞれ重要な役目があります。それでは……次の戦についての話に移ります」


 こんな風に……殺意さえ感じる程の会議はキリクの進行に従い進んでいった。


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