第216話 大会議室での一幕



 スラージアン帝国帝都アルステッド内に悠然と聳え立つ帝城。


 先々代皇帝によって建造された帝都の中心に建つそれは、高い城壁を備え街の内にありながらも完全に戦う城として建造されている。


 スラージアン帝国こそ大陸の覇者。


 その自負を持つ国民達からも帝城は世界の中心と考えられていた。


 そんな帝城にある一室、帝国の全てを決めると言っても過言ではない大会議場に、皇帝を始めとした重鎮たちが揃い、今後について議論していた。


 その主な内容は突如として現れ瞬く間に大陸で有数の版図を得たエインヘリアについてだ。


「南の方で小国相手に粋がっているアホ共への対応、そろそろ決めるべきではないか!?」


 一際大きな声で発言をしたのは、ウィッカ=ボーエン侯爵。


 既に五十路を過ぎた年頃でありながら、先帝の頃より将軍として長年戦場に立ち続け鍛え上げられた気迫は、些かの衰えも感じさせない。


「ボーエン候、かの国相手はまだ情報を集める段階です。それに我々相手に挑みかかってくる程愚かでもありますまい。我等は大陸の覇者、スラージアン帝国なのです。軽々にその力を揮うべきではありません」


 声を上げたボーエン侯爵に、呆れたような表情で宰相であるキルロイ=ドリュアス伯爵が言葉を返す。


 その姿は雄弁にもう少し考えて物を言えと言っているようで、ボーエン侯爵の取り巻きである貴族達が宰相に対し気勢を上げる。


 大陸最大の国、スラージアン帝国には絶対権力者である皇帝が存在しているのだが、人が三人集まれば派閥が生まれるという言葉通り、いくつかの政治的な派閥が存在していた。


 一つは現皇帝フィリア=フィンブル=スラージアンを絶対の君主とし、宰相であるドリュアス伯爵が派閥の舵を取る親皇帝派。


 もう一つが先帝時代の帝国、すなわち戦を以て他を制する好戦的な派閥。こちらはボーエン侯爵が派閥の筆頭となり派閥者達を纏めている。


 他にも地方貴族派閥や新興貴族派閥、商圏派閥等いろいろな派閥が存在しているが、最大の括りはドリュアス伯爵率いる親皇帝派閥とボーエン侯爵率いる好戦派閥だろう。


「何を手ぬるいことを言っている!まず殴る、帝国の力を見せつけてしまえばどのようなはねっかえりも大人しくなろう!我等はそうやって強き帝国を作ったのだ!机に座り自分の名を書類に書いているだけの者では理解出来ぬだろうがな!」


 そう言って豪快に笑うボーエン侯爵と取り巻きの貴族達。


 対する宰相やその周りにいる者達は、涼しい顔でその揶揄を受け流す。


「そうやって領土を拡大し続けた結果、各地で一斉蜂起という事態に繋がったのをお忘れですか?足元をしっかりと固め情報をしっかりと集める。何よりも優先せねばならぬことです」


「アレは……先帝陛下が崩御された故に……」


 ボーエン侯爵が渋い顔をしながら言った言葉にドリュアス伯爵が素早く噛みつく。


「それは、現皇帝陛下であらせられるフィリア陛下に隙があったと?そう言いたいのですかな?」


「そうではない!私が言いたいのはあの時と今とでは状況が違うという事だ。見よ、今の帝国を!皇帝陛下の治世の下、かつてない程豊かに、強大な国となっておる!今こそ、再び世界に出る時ではないか!?まずは南で暴れる痴れ者ども駆逐、そして次はあの意地汚い商人どもを潰し、血統主義の魔法狂い共を消し、最後に北の地でふんぞり返る教会の者共を陛下の御威光の下にひれ伏させれば、大陸全土を、スラージアン帝国の名の下一つにすることが出来るではないか!」


 熱弁をふるうボーエン侯爵に派閥者達が盛大な拍手を送る中、親皇帝派閥の者達の視線はどんどん冷ややかな物になって行く。


 しかし、熱狂していく好戦派閥の者達に声をかけたのはドリュアス伯爵ではなかった。


「ウィッカよ」


 大会議室の一番奥に座しながら、今まで会議の様子を黙ってみていた皇帝がボーエン侯爵の名を呼ぶ。


「はっ!」


「確かにお前の言う通り、帝国はかつてない程栄え、強大な力を得ている。だが、その体の大きさ故、一度動けば必ず大きな嵐を生むことになるだろう。多少の嵐で我等の船が沈むことはないが、風や波をしっかりと読んで対処せねば、思わぬところで座礁するやもしれん。それを防ぐ為に必要なのが情報だ。私は何も戦わないとは言っていない。情報を集め、必要とあらば……その時はウィッカ、お前が先頭に立って南の痴れ者どもに帝国という存在を知らしめるが良い」


「ははっ!その時は必ず陛下の御威光を南の果てまでお届けいたしましょう!」


 好戦派とは名乗っているが、皇帝に対して敬意を持っていない訳ではない。


 先代までとは違い外征をあまり行わない皇帝であっても、その意に従わぬ者は好戦派であろうと親皇帝派であろうとこの大会議室の中にはいなかった。


 それは、現皇帝であるフィリアが戦を好まぬ平和主義とは名ばかりの弱腰の王ではないことを、彼らが十分理解しているからでもある。


「それに……エインヘリアには我が『至天』を破った者がおる。軽々に手を出せば、思いの外手痛く噛まれることになるかもしれんぞ?」


 皇帝の言葉に、会議場に小さくないざわめきが生まれる。


『至天』……スラージアン帝国に所属する英雄たちの総称であり、武の象徴とも言える存在。


 ソラキル王国に貸し出していた『至天』の一人が、エインヘリアとの戦に出陣し敗れたという情報は、当然母国であるスラージアン帝国に伝わっている。


 末席に近い者とは言え、英雄と言う規格外の存在を破れるのは同じ規格外である英雄だけ。


 現時点でエインヘリアにいる英雄についての情報が一切ない為、軽々しく兵を送り込めないのは当然の意見だ。


「英雄ですか……」


 顔を顰めながらそう呟くボーエン侯爵に、今まで表情を変えずに言葉を発していた皇帝が皮肉気な笑みを見せる。


「ウィッカは英雄……いや、『至天』が嫌いか?」


「……そのような事は。ただ、彼等は少々自由に過ぎると言いますが……軍を纏める立場の者としては少々扱いに困るというか……いい加減にしろと怒鳴りたくなると言いますか……あぁ、勿論『光輝』殿や『轟天』殿に不満があるというわけではありませんよ?」


 ボーエン侯爵は途中まで忌々しげな表情をしていたが、最後は苦笑するように言う。


 その言葉を受け、皇帝にほど近い席に座っていた好々爺と言った雰囲気の老人が口を開く。


「ほっほっほ、ボーエン侯。分かっておりますとも。それに『至天』の若い連中が少々扱い辛い性格をしている事も。儂自身、何度も教育を間違えたと頭を抱えておりますれば」


 朗らかに笑いながらボーエン侯爵に語り掛ける老人。


 彼は『至天』の第二席にして『轟天』の二つ名を持つ英雄、ディアルド=リズバーン。


 既に七十を超える年齢でありながら、未だに『至天』の第二席という規格外中の規格外。


 その人生において数多の戦場で力を揮った事で、世間一般で語られる英雄のイメージは彼の事を指しているのだとも言われている。


 そして、その横で眉をしかめながらディアルドの言葉に頷いているのが、スラージアン帝国最強の存在。『至天』第一席、リカルド=リュトライア。


 先々代の皇帝の時代より帝国に仕え、長年『至天』の頂点に君臨し続けたディアルドを下し第一席の座に着いた若き最強。


 六十年以上に渡る戦闘経験を持つディアルドを以てしても、正面からの戦闘でリカルドに勝つ方法が思いつかないと言わせる彼の実力は、規格外と言われる英雄の中でもさらに規格外と呼ばれるほどである。


「ディアルド爺も昔は相当面倒だったと聞いているがな。英雄なんて性格破綻者でないと辿り着けない領域なのだろう」


「陛下、お言葉が過ぎますぞ?ほれ、リカルドめがこんなに悲しそうな顔をしておる」


「む?そうだな。リカルド、お前は例外中の例外だ。いや、性格破綻者の集まりでお前だけが破綻していないのだから、お前が異常なのか?」


「リカルドも『至天』の者達も、陛下にだけは性格云々は言われたくないと思いますぞ?」


 ディアルドの言葉に苦笑するように顔を歪めたのは皇帝を含め数人だけ……他の者達はまるで鉄の仮面でもつけたかのように無表情を貫いていた。


 無論皇帝を揶揄した本人は朗らかに笑っているが、その横のリカルドは困ったような表情をするだけだ。


 長年『至天』として帝国の軍事や政治に関わって来たディアルドとは違い、武力というただ一点のみでこの場に座るリカルドは、何を口に出して良いかが分からず曖昧な表情を浮かべる事しか出来ない。


 それもその筈、彼は戸籍登録時にその才能を見出され帝都にある英雄育成機関へと八歳の時に招聘された農民の子だ。


 帝国が才能ある者として招聘する者はいくつかのパターンがある。


 例えばは特殊な能力を有している者。


 これは常人にはない特別な力を持っている……例えば、エインヘリアに最近加わった元アーグル商会のロブのような人物が当てはまる。


 他にも、魔力の保有量が一定以上ある者、身体能力に優れる者、賢い者等……英雄となり得るものから将来の文官候補まで様々な才ある者を集めているのだ。


 その中でリカルドは魔力と身体能力に優れる者として招聘されていた。


 しかし、招聘された当初、リカルドは優秀ではある物の育成機関の中で見れば至って凡庸な存在で、基礎教育課程を実に平凡な成績で終わらせた。


 そんなリカルドに転機が訪れたのは十二歳になった頃、応用教育課程において騎士の道に進むか魔法使いの道に進むか悩んでいる時だった。突如として周囲の時間が遅くなったように感じ、自分の身体もまるで空気が粘土になったかのように抵抗を感じ、身体を動かすことすら困難になったのだ。


 突如として訪れたその感覚に発狂しそうになりながらも、リカルドは偶々近くにいた講師に必死で助けを求めた……その講師が偶々『轟天』ディアルドだったのは、リカルドにとってもスラージアン帝国にとっても幸福だったと言える。


 助けを求められたディアルドは、リカルドに何らかの特殊能力が目覚めた事に気付き、なんとかそれを制御する術を教え込んだ……その時、実際簡単な制御が出来るようになるまでにかかった時間は数時間足らずではあったのだが、リカルドの体感時間としては一か月以上もの時間に感じられたという。


 その時に得た特殊能力と、それを最大限に生かす魔法をディアルドから教わったリカルドは、瞬く間に頭角を現し、十三歳という幼さで当時の『至天』の二十三席を打倒し『至天』に名を連ねる事となり、そこから僅か一年足らずで上位者と呼ばれる席まで駆け上がった。


 そして十五歳となり成人したと認められると同時に、師であるディアルドを倒し『至天』の第一席へと至ったのだ。


 現皇帝から『光輝』の二つ名を与えられた青年リカルドは、現在十九歳……純朴な青年は剣を持てば無敵であったが、会議室では無力だった。


「さて、随分と話がそれてしまったが、英雄の件も含めエインヘリアについてはまだ情報を集めねばならん。現在我等が入手している情報はこれだけなのだからな」


 そう言って皇帝は机の上に置かれた報告書を指で叩く。


 それに釣られるように会議室にいる者達が、自分の前にも置かれている資料に目を落とす。


 この資料は、先日エインヘリアに潜入した資源調査部の者の報告書を基に、いくつかの情報が添削されたものとなっている。


 元の報告書に目を通した者は、皇帝を含めてこの会議場の中にも数人しかいない。


「この転移という技術は、本当に可能なのか?」


「我等帝国の魔法研究機関では不可能と結論付けておったが……これは調べた者が騙されているのではないか?」


「その可能性は高いかと。一瞬で意識を刈り取り、他の場所で気付けをする……その方が現実的ですな。後は幻覚の類……」


「そもそも本当にこんな技術を保有していたとして、それを我等に知らせる必要がありませんしね」


「このような眉唾な情報しか得られんとは……情報部も質が落ちたものですな」


 好戦派閥の者達が口々に資料を悪し様にいう中、親皇帝派閥の者達も難しい顔をしたまま異論をはさむことはしない。彼らもこの資料に書かれた情報を信じられないのだ。


「ただの民までもが好景気に沸いているだとか、誇張も良いところではないか。しかも何だこの税率は、こんな税率で国が成り立つわけがなかろう……まともに計算も出来んのか……」


「こちらには治安維持活動の結果、魔物ハンター協会が廃業に追い込まれたと記載がありますぞ?魔物も野盗も根絶など出来るはずが無かろう。誇大するにしてもやり過ぎではないか?」


「しかし、交易品の候補としては中々魅力的な物がありますな。ドワーフ製品は言うまでもありませんが、羊毛の類が随分と安値で取引されているのはかなり魅力的と言えましょう」


「ふむ……交易品か。ん……?なんだ?この……『毛生え薬』というのは?」


「ほう?面白いですな。『毛生え薬』ですか」


「へぇ、面白いですね」


「いやいや、この手の物は大半が安酒に色を付けた物らしいですぞ?あぁ、いや知人の男爵から聞いた話なのですがね?」


「そんな眉唾物を報告してくるか?ここに記載されている以上、信憑性は高いと見るべきでは?」


「一度試してみても良いのでは……?いや、あくまで知的好奇心を満たす為ではありますが、興味深いでしょう?」


「うむ、実に興味深い」


 派閥を超えて面白いとしか言わなくなった重鎮達を、皇帝は冷ややかな目で見続けた。


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