第211話 エインヘリアへようこそ!



View of ディーク スラージアン帝国資源調査部職員






 色々と天狗になっていた私が現実を知ってから早数年、現在は身の丈にあった職に就き、私を見出してくれたスラージアン帝国に忠誠を捧げている。


 私が所属している資源調査部はその名の通り、鉱山資源や帝国では栽培していない野菜や果物を見つけ帝国に持ち帰る事……ではない。


 無論、表向きな実績の為そういった事を専門にしている者もいる。


 しかし資源調査部に所属する職員達の一番大事な仕事は、国内外に対する諜報や工作だ。


 当然、その業務内容を表向き明らかにはしておらず、内情を知らない貴族からは実績が殆どない不要な部署だと言われている。


 それ故、資源確保もおざなりには出来ないのだが……今は総力上げて本業に取り組まなければならない。我等スラージアン帝国の南西に新しく非常に好戦的な勢力が生まれ、その国が南西の盾であったソラキル王国を滅ぼしたのだ


 我々の仕事はとにかくその国……エインヘリアの情報を集める事だ。


 しかし、いつものように資源調査部の肩書は使えない……今回の調査対象は国内や属国、友好国等ではなく、事実上の敵対国……帝国の肩書のまま乗り込めば当然警戒されるし……下手をすればそもそも入国すら拒否されるだろう


 だからこそ、私は念入りに別人としての経歴を作った。


 今の私はスラージアン帝国のディークではない。ヘイロース=プロン。スラージアン帝国の南側にある小国、サレイル王国の商人だ。


 サレイル王国は大帝国の臣従している国ではあるが、一応属国とはなっていない。


 位置的にスラージアン帝国とソラキル王国に挟まれる立地なので、両国の中継地点としてそれなりに栄えている国だ。


 商協連盟の手が伸ばされぬようにソラキル王国が盾となり守っていた国でもあるが、ソラキル王国が滅びてしまった以上、ゆっくりと衰退していくことが予想される国だ。


 だが、それ故に、エインヘリアへと向かう商人に成りすましやすいと言う事だ。


 小型の幌馬車に交易品を乗せた私は、商人として正式にエインヘリアの国境を越え、既に最初の目的地である国境近くの大きな街付近までやってきている。


 国境ではもう少し厳重な調査があると予想していたのだが、本当に簡単な荷の検め程度しかやっておらず、禁止物の持ち込み等のチェックがされただけだった。


 私が運んできた積み荷は、サイレル王国で仕入れた食料品と帝国産の布製品。実に面白みのないラインナップではあるが、サイレルの商人が他国との交易で選ぶにはリスクの少ない堅実なものとなっている。


 仕事の際に使う道具でも見つかれば問題となっただろうが……そういった物は全て現地にて調達するので、積み荷をいくら調べられようと問題はない。


 そもそも、今回の私の任務は非常に難易度が低い物となっている。調査内容は極々表面的な物……エインヘリアという国の実情について調べることだ。


 何故暗部である我等がそのような簡単な調査から始めるのかというと……我々にはエインヘリアという国の情報が殆どないからだ。


 帝国の歴史を紐解いてみても、南方にエインヘリアという国が存在したという記載は一切見られず、新興国であることは分かっている。


 だが、唯の新興国がたった一年で八国もの国を併呑するなどあり得ないことだ。


 しかもそのうちの一つはスラージアン帝国が盾として置き、『至天』を派遣していたソラキル王国だ。


 『至天』……天へと至る者達であり、仰ぎ見る者達からすれば天よりも高き者達。


 英雄と呼ばれる彼等には正に相応しい呼び名であり、天に至る事……いやその足元にさえたどり着けなかった私としては何よりも眩き存在。


 彼らの強さは嫌という程理解している。


 かつて私は……いや、資源調査部の面々はスラージアン帝国に才を見出され、英雄育成機関で己を磨き上げ、その上で英雄の位階にたどり着けなかった者達だ。


 スラージアン帝国というこの大陸の覇者に才能があると認められ……何処までも増長し肥大化した自意識を、一瞬で叩き折り……同時に心の底からあのような絶対的な存在になりたいと焦がれた『至天』。


 その絶対的強者を、末席とは言えエインヘリアは打ち破ったのだ。


 それはつまり、エインヘリアにも英雄が存在すると言う事……まぁ、英雄がいなければいくら小国相手とは言えここまで短期間で幾つも国を潰せるはずないので、その事自体は調べるまでも無く分かっている。


 問題は……それら英雄に関する情報が、スラージアン帝国まで一切届いていないと言う事。


 確かにソラキル王国の件があるまでは、積極的にエインヘリアについて情報を我々は集めていなかった。


 それでもこれだけ戦争を繰り返しておきながら、英雄と言う存在を民の目から隠し、噂にさえなっていないというのは不自然過ぎる。


 つまり、エインヘリアは何らかの情報封鎖ないし操作を行い、我々の下にまで自国の英雄に関する情報が届かないようにしていると言う事……。


 エインヘリアの暗部……防諜や情報操作能力は相当なものという事だ。


 今はまだ、私の身元や目的がバレる要素は一切ないし問題は無いが……表面的な物であってもエインヘリアの情報を集めて行けばマークされる可能性はある……その場合、何処まで踏み込み、何処で退くか……情報を持ち帰る事が至上ではあるが、私が戻ることが出来ないという情報もまた、エインヘリアの能力の判断材料としては十分なものと言える。


 マークされる前に、ソラキル王国時代から各地に潜入している同僚と会いたい所だったが……俺はともかく、同僚は既にエインヘリアに目をつけられている可能性は十分ある。


 お互いにリスクを増やす必要はないと言う事で、彼らと会う事はせず単独で情報を集めなければならない。まぁ、表向きの情報を集める程度、独りで十分と考えて当然ではあるが……彼らに話を聞けない以上、多少時間のかかる任務となるだろう。


 そんなことを考えながら、私は長閑な街道を馬車でゆっくりと進んでいく。


 国境を越えて以降、一切の問題が発生していない為このままいけばもうすぐ街に辿り着くだろう。


 しかし……商人の往来が予想以上に多いな。


 こういった行商人や商品の輸送をする馬車は、比較的寄り集まって移動することが多い。


 野盗や魔物という危険への備えから自然とそうなるのだ。


 例え仲間でなくても共に行動する者が多いと言う事は、それだけ襲う側もリスクが増えると言う事だし、何より、襲われた際も他の者を囮にして逃げられる可能性が高まるからだ。


 だが、当然その位置取りによっては危険度が上がる可能性もあるし、集団内でのトラブルも起きやすい。


 そういったリスクと一人で進んだ際のリスク……どちらがより安全なのかを量りながら、商人達は街から街へ旅をするのだが……今道行く商人達からは緊張感が感じられない。


 この街道が安全だと確信しているようにも感じられる。……確かに国境警備の砦からほど近く、他の場所よりも危険は少ないと思うが、それでも流石に気を抜き過ぎではないだろうか?


 殆どの馬車に護衛がついている様子もない……いや、それに関しては私も人の事は言えないが……。


 それに……道行く商人達が運んでいるのは食料品や実用品よりも……嗜好品が多いように見える。


 ソラキル王国時代は、その税の高さから実用品や食料の方が売れていたと思うが……国が滅んでたった二か月程度でそこまで民の生活が変わったのか?


 エインヘリアが好景気であることは入国前から聞こえて来ていた。だがそれは、戦争特需における好景気だと考えていたのだが……それにしては彼等の運ぶ商品に違和感がある。


 これは……表の情報だけでもかなり重要な情報が得られるかもしれない。


 少なくとも国境からここまで……至って平穏なのだが、平穏であること自体が既に違和感なのだ。


 ……得体のしれない物に対する違和感……まさか国境を越えてすぐそんなものに遭遇することになるとは……同僚たちも苦労しそうだ。


 私はエインヘリアに対する警戒レベルを一段あげながら、表向きは周りに合わせのんびりと馬車を走らせた。


 やがて最初の目的地である街が見えて来たのだが、街の外にかなりの列が出来ている。


 どうやら入街審査の列のようだな。


 衛兵が御者と話し、荷物を検めているのが見える。


 衛兵たちは至極真面目かつ丁寧に審査を行っているようだが、それもあって時間がかかっているのか?


 いや、検査をする人数が凄まじく多いな、門の外にまで衛兵が出張って来て検査をしているようだ。下手したらこの門だけで百人近い衛兵が検査をしているんじゃないか?……ん?今衛兵が賄賂を断ったか?


 遠目にちらりと見えた商人とのやり取りで、衛兵が賄賂らしき袋を商人に押し返しているのが見えた。


 アレは振りではなく、本当に断っているようだな。


 順番を早くしたり、申請していない商品の持ち込みは出来ないということだな……この規律がどこまで持つのかは分からないが……大したものだ。


 不自然にならない程度に衛兵たちの仕事ぶりを観察したり、周りの商人達の会話に聞き耳を立てていると私の順番がきた。


「大変お待たせいたしました。商人の方で御間違いないでしょうか?」


「えぇ、おっしゃる通り商人です」


「商売許可証はお持ちでしょうか?」


「砦で入国許可証でも問題ないと聞いたのですが……」


「あぁ、エインヘリアに来られるのは初めてなのですね。はい、入国許可証でも問題ありません。商売許可証は街門で発行出来ますので、検査が終わり次第手続きを致しますね」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 私は声をかけて来た衛兵に国境で、発行してもらった入国許可証を渡す。これには私の偽りの身分と積み荷の内容が記されている。


 それにしても丁寧な衛兵だ……周りの声を聴く限り、この衛兵だけが特別丁寧という訳でも無いようだが……商人相手にここまで丁寧な対応をするとは……疲れないのだろうか?


「拝見いたします……ヘイロース=プロン様。積み荷は食料品と衣類ですね。それでは申し訳ありませんが積み荷の確認を……ん?」


 入国許可証を確認した衛兵が、顔を上げて言葉を続けようとして動きを止め、再び入国許可証に目を落とす。


 なんだろうか……?少なくとも現時点で疑われるようなところはない筈だが……。


「申し訳ありません、ヘイロース=プロン様。もしや、サレイル王国のプロン商会のヘイロース=プロン様でしょうか?」


「……はい。プロン商会のヘイロースですが、何か問題でもありましたか?」


「いえ、申し訳ございません!プロン様、お話は聞いております!どうぞこちらへ!馬車と商品は、我々が責任をもって宿までお届けいたしますのでご安心ください!」


「……どういうことでしょうか?」


 なんだ?一体何が起こっている?


 話は聞いているとは一体?


「申し訳ございません。私はヘイロース=プロン様が本日街へいらっしゃることと、大事な客人なので丁寧に応対し、担当の者の所に案内するように言われているだけでして……」


 どういうことだ?


 離脱するか……?いや、訳の分からない状況ではあるが、このまま逃亡するのはマズい……偶々同じ名前の客人が来る予定だったとか……?


 何の冗談だそれは……?


 偽装した名前と同じ人物が同じ街に同じ日に来る予定があった?そんなことはあり得ない!


 だが、何にせよここで逃げてしまっては怪し過ぎる。人間違いにせよ何にせよ、担当者とやらに一言言えば話は終わるだろう。


 まぁ、相手が誰かは分からないが、衛兵の上役であろう人物に繋がりが出来るのは悪い話じゃないしな。


「そうですか……分かりました。案内よろしくお願いします」


「はっ!お任せください!馬車の警備と移動は頼む。どの宿に送るかは覚えているな?」


「問題ありません」


 私と話していた衛兵は、部下らしき者に馬車の事を頼んでから案内を始める。


 十中八九人違いだろうと考えながら歩く私だったが、何か大きなミスをしているのではないかという思いも拭い去る事が出来ないでいた。


 何が起きてもすぐに反応出来るよう気を張っておきながらも、傍から見て自然体であるように注意する。


 しかし、前を歩く衛兵からは大事な客に対しての緊張を感じるものの、それ以上の警戒や不自然さは感じられない……何も知らされていないだけなのか、それとも本当にただの勘違いなのか……一切読むことが出来ないまま、私は街門をくぐる。


「あちらです」


 門の内側には箱馬車が用意されており、衛兵の先導に従って私はその馬車に近づいていく。


 箱馬車には警備がついている訳でもないし、兵が伏せられている様子もない。


 しかも、この辺りは一般には解放されていないらしく、付近に人影は一切見ることが出来ない。


 あからさまに怪しいが……それでも前を歩く衛兵の様子に不自然な所は見られず、私の困惑は増す一方だ。


「リーナス様!プロン様をお連れしました!」


 衛兵が馬車の中に声をかけると、一人の人物が馬車の中から出て来た。


 衛兵の様な鎧姿ではなく、軍服のようなきっちりとした印象の服に身を包んだ男だ。


 見覚えはない……仲間が手の込んだ悪戯を仕掛けて来たという訳でもなさそうだな。


 まぁ、そんな奴がいたら首を刎ねるが……。


「ありがとう。もう業務に戻ってくれて構わない。ここからは私が応対する」


「はっ!失礼いたします!」


 私達に一礼をした衛兵が去って行くのを確認してから、男が私に向かって頭を下げる。


「お待ちしておりました。ヘイロース=プロン様」


「えっと、申し訳ありません……確かに私はプロン商会のヘイロース=プロンに間違いないのですが……恐らく人違いではないかと」


「人違い、ですか?」


「えぇ。私が今日この街に来たのは食料と衣服の販売の為でして……その、偶然名前が一致しただけだと……」


 気まずそうに私が言うと、男はにっこりとほほ笑みながら首を振る。


「いえ、間違いなどではありません。貴方こそ、私が本日お会いすることになっていた方で間違いありません」


「……どういう事でしょうか?」


 警戒は表に出さず、ただただ困惑している一般人を装い私は首を傾げる。


「そのままの意味です。遥々スラージアン帝国からいらっしゃった御客人を接待しないなどと……外交官見習いの名折れと言うものです」


 スラージアン帝国の者だとバレているだと?


 馬鹿な……どういうことだ?


 ソラキル王国に潜伏していた者達が見つかり情報を吐かされた?


 いや、私が今日この街に来ることや、この偽名を使っている事は潜伏していた者達は知る由もない……ならば……国にいる誰かが裏切った……そういう事か。


 だが……まだカマをかけているだけの可能性は十分ある。もう少し情報が必要だ。


「スラージアン帝国……?やはり人違いの様ですよ?私はサレイル王国出身の商人ですので……」


「いえいえ、確かに今日はそうかもしれませんが、昨日まではスラージアン帝国資源調査部所属のディーク殿でしたよね?大帝国から来たと言っても問題ないと思うのですが……」


「……」


 確定だ。


 誰かが裏切り、情報を売った……任務は失敗だが、大事な……絶対に持ち帰らなければならない情報を得ることが出来た。


 これ以上韜晦する必要も意味も無いだろう。


「あ、これは失礼いたしました。自己紹介がまだでしたね。私はエインヘリア外交官見習いのリーナスと申します」


 そう言って折り目正しく礼をする男。


 そんな無防備な姿を見せながら……隙が無い。


「ディーク殿に楽しんでいただけるように、精一杯おもてなしをさせていただきたいと思います。それと、最後になってしまいましたが……ようこそ、エインヘリアへ」


 不意に気配が膨れ上がった男に、私は袖口に隠していた礫を投げつけつつ、全力で後ろに飛んだ。


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