第209話 部下と話そう
魔王滅ぼすべし。慈悲はない。
その想いを抱いてから数日が経過したが、流石に王である俺が不機嫌をまき散らすわけにはいかないので、俺は表面上普段通りに過ごしていた。
それに、今日はとある人物と個人的に会うことになっている……一応部下ではあるが、一対一で話すのは初めてだし、何よりかなりの切れ者なので油断は出来ない。
油断すると湧いて出て来る感情をしっかりと抑えて相対することにしよう。そんな風に俺は相手が待っている一室の前で気合を入れてから、リーンフェリアの開いた扉を潜った。
部屋の中では立ち上がり、こちらに向かって深々と頭を下げている男が一人。
彼の名はレブラント=アーグル。
先日よりエインヘリアに加わった元商人だ……その経緯については……なんと言うか、キリクひでぇの一言に尽きたが、そんな経緯の割にレブラントはしっかり働いてくれているらしい。
いつも傍に居るロブという男は、今日はいない様だな。
「すまないな、突然呼び出して」
「いえ、陛下のお呼びとあれば、何を置いても駆けつけさせていただきます」
「いや、仕事は優先してくれて構わないからな?お前が受け持っている仕事はこのエインヘリアにとって重要なものだ。一言くれれば、後回しにされたところで俺は気にはせん」
「寛大なるお心遣い、痛み入ります」
再び頭を下げるレブラント。
ビクトルやカルモスもそうだけど、堅いよなぁ。
エファリアやバンガゴンガくらい気安くとはいかないだろうが、オスカーくらい肩の力を抜いてくれてもいいんだが……。
「まぁ、座れ。ここには身内しかいない、お前が普段通り喋ったところで咎める者はおらん」
「よろしいので……?」
今この部屋にいるのは俺とレブラント、それからリーンフェリアの三人。
俺が許可を出している以上、リーンフェリアが文句を言う事は無いしね。
「この国に俺が出した許可に文句をつけられる奴は……あまりいないからな」
椅子に座った俺が肩を竦めると、レブラントが苦笑する。
「……そこは一人もいないと断言してもらいたかったですわ」
「お前も知っての通り、うちの部下達は優秀で……怖いだろ?」
「あははっ!そこは黙秘させてもらます。でも、分かりました。折角の陛下の御言葉です、楽にさせて貰いますわ」
そう言いながら、椅子に座り肩の力を抜くレブラント。
よし、とりあえず軽い話題から振ってみるか。
「今日は、あのロブという者は一緒ではないのだな?」
「えぇ、アレには今ゾ・ロッシュに行ってもらってます」
「アーグル商会か?」
俺が尋ねると、レブラントはとんでもないとばかりに首を振る。
「いえ、しっかりエインヘリアのお仕事ですわ。外交官見習いの人らと一緒に、商協の連中の動きを探らせとります」
「ほう?」
「どうもあちらさん、緩やかにですが……食料と鉄の値段が上がり始め取るみたいです。食料は、小麦を中心にって感じですわ」
「ふむ、戦争準備というわけではないな?」
「えぇ、商協のおっさんらは、自分達が兵を出して外征をするってのは無駄やって思っとります。今の緩やかな物価上昇は、エインヘリアと大帝国の戦を見据えての準備ってところですわ」
「実に商人らしい動きだが、連中は我々の戦が長引くと踏んでいるのか?」
「恐らく。まぁ、売り先は帝国ではなく我々エインヘリアを想定していると思いますが」
そう言って口元を釣り上げるレブラント。
「大帝国は馬鹿みたいに広い国土をもっとるんで、そうそう食料や武器に困る事はないでしょう。ですがエインヘリアは違う。こっちはここ最近ずっと戦いっぱなしですし、大帝国とぶつかり合えば、息切れ間違い無しと取られてもおかしくないです」
「ふむ……」
「といっても、エインヘリア国内で食料や鉄が高騰しとらんことは、見ればすぐに分かりますし……それもあって、あちらさんも動きが緩やかなんやと思います。エインヘリアに余力があるのか、それとも強がっとるだけか……その辺を見極めようとしとる。そんな段階ですわ」
「うちの食料を買い漁ろうとはしていないのだな?」
「そういう派手な動きはバレたら大問題になりますし、今は水面下でって感じですね。時期的に、そろそろ大帝国も目立った動きを見せて来るやろうし……そしたら商協も本腰いれて動き出す算段やと思います」
「エインヘリアが混乱すればするほど、戦いが長引けば長引くほど儲けられるという訳だ」
「まぁ、あちらさんがそう考えるのは無理もない話ですわ。私もエインヘリアの内情を知らんかったらそう考えて動いとったと思います」
レブラントは、今度は苦笑しながら言う。
「兵糧や武装を殆ど必要としない軍隊……反則過ぎですわ。しかも怪我しようが死のうが一週間で完全復活って……よその将軍とかが聞いたら泣きますよ?」
「若干有利なのは認めよう」
「若干どころちゃいますって……まぁ、将を討たれたら万の軍が一気に消滅するってリスクもありますが……そもそも軍を率いとる人らを倒すんが無理やし……」
まぁ、うちの子達を倒せるような相手が敵にいるなら、そもそも召喚兵を薙ぎ倒せそうなもんだしな……。
「弱点が無いという訳ではない。召喚した兵達は一週間経てば強制的に消えてしまうからな。行軍に一週間以上かかる場所には、そもそも派兵が出来ないのだ」
「その弱点は、魔力収集装置があれば解決できるんとちゃいますか?」
「いや、アレの稼働には民が必要だ。焦土作戦をされると中々厄介だな」
「うーん、でもエインヘリアの軍って、その気になったら馬もびっくりな速度で行軍出来ますやろ?正直その範囲で焦土作戦なんかやったら、それだけで自国滅ぼすことになりません?」
「くくくっ……確かにな。あまり現実的とは言い難いが……だが膨大な国土を持つ大帝国なら可能かもしれんな」
俺が軽い様子で言うと、少しだけ考えるそぶりを見せたレブラントだったが、すぐにかぶりを振って見せる。
「流石に無理やと思いますけど……村の一つでも残したらその焦土作戦も水泡に帰すわけやし……。そもそも召喚兵に時間制限があるだけで、将の方々や技術の方々にはそんなの関係ないわけで……適当な内地の村に外交官を派遣して、そこに魔力収集装置を設置したらおしまい……そら、キリク殿が自信満々に勝てるって言う訳ですわ」
「キリクであれば正面からぶつからずとも、大帝国を引っ掻き回して陥落させられるかもしれんがな」
「陛下がやれって言うたら、キリク殿はやりますやろ?」
うん……間違いなくやっちゃうだろうね……。
「ソラキル王国の時のようにか?」
俺がそう言って笑いかけて見せると、レブラントはうへぇと言った表情を見せる。
「アレは完全にしてやられましたわ。まぁ、魅力的な餌に釣られて、ほいほい賭けに乗った私が悪いんですが……」
「俺ならキリクと賭け事は絶対にしないな」
「ほんまですか?陛下ならしれっと勝ちそうな気もするんですけど……」
「読み合いでキリクに勝てるとは思えんな。イルミットなら良い勝負をするかもしれんが……」
「イルミット様ですか……」
「あぁ、彼女はのんびりしているように見えて、その智謀はキリクに匹敵するからな。怒らせるなよ?」
「そらもう……キリク殿からも言われとります。まぁ、そもそも女性を怒らせたらタダじゃ済まないのは重々承知しとりますんで」
そう言いながら、おどけた様に体を震わせるレブラント。
……女性を怒らせる……その一言でとある魔王の事を思い出し、内心に複雑な感情が湧く。
「……あれ?陛下……もしかして、なんかありました?」
そんな俺の内心を読み取ったのか、レブラントが首を傾げながら尋ねて来る。
……エスパーか!?
「何かとは?」
「……女性を怒らせたとか?」
「そのような記憶はないな」
怒らせたのは俺ではない……奴が俺を怒らせたのだ!
「……陛下、その返答は色々駄々洩れですわ」
「……」
やっべ、ちょっとばかし冷静さを失っていたようだ。これも魔王の呪いか!?
「心当たりはない感じですか?」
「……年寄り呼ばわりした気がするな」
「陛下……そらあきません……絶対やったらアカンやつです」
愕然とした表情をしながらレブラントが言う。
「女性相手に年齢の話はタブーですけど……もし話さんといけんのやったら、相手が十五歳までやったらプラス五歳、二十五歳までやったらマイナス五歳、三十五歳までやったらマイナス十歳、四十五歳までやったらマイナス十五歳といった具合に年齢を削るのが常套手段ですわ」
なるほど……相手が五千歳超えてる場合はどうしたらいいんだ?
……いや、待て待て。
部下にそういった相談をする覇王ってありか……?
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