七章 大陸最大の国と我覇王

第208話 誕生日!

 


「一歳の誕生日おめでとうなのじゃ!」


「……ありがとう?」


 開口一番、長い黒髪に黒いドレス姿の女性が祝辞を述べる。


 わざわざ言及するまでもないが、俺をこの世界に呼び出した……生み出した?元魔王であるフィオだ。


 しかし一歳か……つまり俺がこの世界に来てから一年が経ったということ……早い物だ。


 俺達の本拠地であるエインヘリア城がある辺りは、四季が殆ど無く、特に冬の様な寒さはあまり感じられなかったこともあり、一年という時が経ったという実感はなかった。


 エインヘリアの中でも北の方にあるソラキル地方では、この辺りよりも気候の変化があるという話だけど……恐らくさらに北にある大帝国になると、冬の寒さは厳しい物になるのかもしれないね……そう考えるとエインヘリアのあるこの大陸は、北半球にあると考えるべきなのか……?


 いや、地球の常識に当てはめても仕方ないか……もしかしたら天動説を地で行っている世界である可能性もあるしな。


「ほほ、その辺は私も調べた事は無いが……それにしても一年で随分と大きくなったのう?」


「……そうなのか?」


 身体検査とかしてないから成長したのかどうかは全く分からないけど……エイシャやマリーの様な子供もいるし、アランドールの様な年配の子もうちにはいる……健康診断とかした方が良いのだろうか?


 誰かが風邪を引いたとかって話は聞いたこと無いが……健康状態には注意が必要だ。


 イルミットとかに相談しておくか。


「まぁ、そうやって色々考えが巡るのは悪くない事じゃが、私が言っておるのは身体ではなく国の事じゃからな?」


「……あぁ、そういうことか」


 確かに一年であり得ないくらいデカくなったな。


 最初は龍の塒にあるエインヘリア城から始まり……ルモリア王国、エスト王国、ユラン公国、フレギス王国、ラーグレイ王国を併呑。


 さらにルフェロン聖王国が属国となり、ドワーフの国ギギル・ポーが恭順を示す。


 その後ソラキル王国とクガルラン王国を併呑……うん、やり過ぎ感が半端ないな。


 ノッブの野望だって、最初の一年でここまでの戦果は上げられんだろう……。


「まぁある意味、エインヘリアは国力を上げる期間が五千年あったと言っても良いからのう」


「俺達の場合は他とはレギュレーションが違う感じがするから、準備期間がどうとか言う問題じゃない気もするがな……」


 外交官を増やすために外交官見習い達に特訓を続けているけど、彼らがウルル達レベルの強さになるとはとてもじゃないけど思えない。


 間違いなくこの世界の人々の延長線上に、俺達はいないと思う……。


「ふむ。一般人であればそうかもしれぬが……英雄たちの強さは、この世界の者の中では間違いなく規格外と言えるからのう。前回遭遇した者はリーンフェリアによってあっさりと倒されたとは言え、侮る事は出来んじゃろ?」


「あぁ。情報によると、リーンフェリアが戦った英雄は、大帝国の序列では最弱的な感じだったからな。油断するつもりは一切ない」


「うむ、分かっておるのなら問題ないのじゃ。ところで今話に出た捕らえた英雄じゃが、今どうしておるんじゃ?」


「あー、多分どっかで軟禁しているんじゃないか?」


「お主の事じゃから、てっきり登用を試みると思っておったが……」


「時期が来たら帝国に返す必要があるってキリクが言ってたからな。俺は完全にノータッチだ」


 大帝国の動き次第って話ではあるけど……キリクの予想ではそろそろ大帝国が動き始めるとのことだ。


 大帝国の女帝さんか……怖いなぁ……どんな人物なんだか……。


「ほほほ、向こうは向こうでお主の事を全力で警戒しておるはずじゃ。どんな人物なのか非常に楽しみじゃな」


 そう笑いながら言うフィオは、気負いを全く感じさせず非常に楽し気だ。


「他人事だと思いやがって」


「我が事ではないからのぅ」


 ぶっ飛ばしてぇ……。


「ほほほ、このような美女に対して、酷い奴じゃな」


「見た目はともかく中身が残念だからな……」


「ふぅ……失礼な奴じゃ。まぁ、ヘタレのお主に何と言われようと気にもせんがの」


「へ、へたれちゃうわ!」


「ほぉ……?オトノハやカミラ、レンゲから色々アプローチをされておったようじゃが……どれもこれも覇王に相応しい態度とは言えんかったのう」


「ぐふっ!」


 いや、ちっげーし!


 カミラはからかって来てる的なヤツだし、レンゲはマジ俺のベッドで眠りに来ただけだし、オトノハは……アレ以降ちょっと目線を合わせてくれないけど、アレアレコレコレなだけだし?


「ほぉ?アレアレコレコレのう?楽しそうで何よりじゃなぁ?」


「自分から振って来て機嫌悪くなるって理不尽過ぎね?そもそも何でお前が不機嫌になるんだよ」


「はぁ?不機嫌とか超言いがかりなんですけどぉ?キモっ!ドーテーマジキモっ!」


「どどど、ドーテーちゃう……ってこともないけど……本気で傷つくからやめてくれる?」


 なんか変な感じになって来たから話題を変えたい……。


「……う、うむ、そうじゃな。お主がヘタレなのはさておき」


 話題変わってねーし……そうじゃなって台詞はどこ行ったし……。


「お主はこの一年、見事に王としてやってきたと思うのじゃ」


「……お?」


 雰囲気を一変させたフィオが、柔らかく微笑みながら言葉を続ける。


「突然見知らぬ世界に放り出され、ゲームキャラ達の助けがあったとは言え、手探りでこの世界に挑み生きて来た。極力少ない犠牲で最大限の効果を上げられたのは、お主だからこそじゃろうな。他の誰がお主と同様の力を手にしていたとしても、ここまでの事を成し遂げることは出来なかったじゃろう」


「……」


「運よく事が運んだことも多々あったじゃろうが、お主の優しさに救われたものは少なくない。今のエインヘリア国内の穏やかな空気は、お主がここまでやって来た成果じゃ。これからも多くの者に敬われ、慕われ、そして恨まれていくことじゃろう。夢の中だけでしか会えぬ身ではあるが、私はいつもお主の傍に居る。私は誰よりも本当のお主の事を理解しておる」


「……」


「間違えることもあるじゃろう、失敗を恐れることもあるじゃろう。じゃが、お主が望めば私はいつでも相談に乗る。お主が道を違えそうな時は必ずその前に咎めてやる。それが出来るのはお主をこの世界に生み出し、心の内を知る私だけじゃろう。じゃから、お主はお主のまま……成したいように成すが良い、私はいつでもお主の味方じゃ」


 そう言って慈愛の笑みを浮かべるフィオはとても美しく……先程までドーテーとか口にしていた人物とは思えない程だった。


「……このタイミングでそういうことを考えるお主は、本当にクソ野郎だと思うのじゃ」


「俺もその意見は否定出来ない気もするが……仕方なくない?」


 ほんの十数秒前に言われたばかりですし?


「本当にお主という奴は……そんなんだからヘタレ覇王だとか、なんちゃって覇王だとか、ドーテー覇王だとか言われるんじゃ」


「全部お前からしか言われたことねーよ!」


 なんという誹謗中傷か!


 コイツには人の心が無い……正に魔王だ!


「まったく……折角誕生を祝いに来てやったというのに、お主という男は本当にしょうもない奴じゃ」


「しょうもない言うなや……お前が成したいように成せって言ったんだろ?」


「ほんとにガキじゃな……鬼の首を取ったように揚げ足取りばかりしおって」


「……そりゃ五千年前から魔王やってる奴にしてみれば誰であろうとガキだろうな。そして全人類からすればお前はババアなわけだが」


「ほぉ?」


 笑顔の形をした般若の形相を浮かべつつ、ゆっくりと近づいてくる。


 や、やんのか?


「ほほほ、折角の誕生祝じゃ……そのような事はせぬよ」


 近づいて来たフィオは、ファイティングポーズを取った俺の拳を自分の手で優しく包み込んでそっと下す。


「な、なにを……」


 そしてそのままくるりと半回転して、もたれかかるように俺に背中を預けて来た。


 ふぁ!?


 更にフィオは、俺の手を優しくつかんだまま、自分のお腹に添えるように導く。


 ふぉっ!?


 や、やわわわわ!?


 後滅茶苦茶いい香りが!?


 夢なのに!?


「ほほほ……ババアにこのような事をされても、嬉しくないかのう?」


 そう言って、俺に寄りかかりながら髪をかき上げ肩越しに見上げてくるフィオ。


 至近距離でフィオを見下ろしている俺の目には、フィオのうなじやら鎖骨のラインやら……まつ毛の一本一本まで見えて……さらにフィオが喋るたびに動くお腹の感触が手のひらに……。


「嫌じゃったらそう言って欲しいのう?」


 かすれるような声で言いながら、ゆっくりと手を伸ばしたフィオが俺の頬を撫でる様に触る。


 は、はわわわわ!


 動揺のあまり俺が何も言えずにいると、フィオは俺の胸の中で再びくるりと反転する……つまり……俺は正面からフィオを抱きしめる形となったわけで……ほわわわわわわ!?


 俺の動揺が限界突破しそうになったタイミングで、俺を見上げていたフィオが頬を薄っすら赤く染めつつ、目を瞑り軽く顎を突き出すようにしてきた。


 こここここここ、これは!?


 このシチュエーションはあああああああ!?


 俺の心臓が早鐘どころか、秒間百八回のペースで鼓動を打つ。


 まて!フェルズ!ダメだ!考えはフィオに筒抜け!ここは考えるな!行け!躊躇うな!行くんだ!フェルズ!それ行け覇王!


 ハッピーバースデー俺!


 俺は堅く目を瞑りゆっくりと目標目掛けて顔を動かしていき……やがて、俺の唇にぬるりとした感触が帰って来た。


 そしてゆっくりと目を開けた俺に目には、嬉しそうな表情でこちらを見つめる……ルミナの顔があった。


 ……。


「……」


「……?」


 見つめ合ったルミナが首を傾げた瞬間、俺は全て理解した。


 は・め・ら・れ・た!


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