第205話 近衛騎士の視察



View of アーネ ルフェロン聖王国近衛騎士






 久しぶりの休日に、私は王都で買い物兼散歩に出かけていた。


 近衛騎士としてはまだまだ若手で懐事情もそこまで余裕のない私は、王都に自分の家は持たず王城に併設されている兵舎にて生活している。


 生活に必要な品々は国から支給されるし、食事も兵舎で出してもらえるので……自室には個人の持ち物は殆ど存在していないし、嗜好品の類も特に求める事は無い。


 だから基本的にお金を使う事は無いのだが……最近国の方針で軍の縮小が始まり、多くの兵は所属を変更することになったことで、広かった兵舎はどんどん人が減っている。それに伴い兵舎のの規模を縮小するという話が出ていて……もしかしたら兵舎から追い出されるかもしれない。


 そうなった場合、どこかに部屋を借りなくてはならない。近衛騎士という職務上、有事の際にすぐに聖王陛下の下へ駆け付けられる城内に居を構えることが出来るというのは、非常に助かっていたのだけど……いや、新しい兵舎にもなんとか潜り込むことが出来れば……そんなことを考えつつ、大通りをゆっくりと歩く


 普段休日は基本的に訓練に当てており、城下町に出るのは随分と久しぶりな気がする。


 というか……近衛の先輩から、偶にはちゃんと休めと城から放り出されたんだけど……。


 まぁ、いくつか装備がへたって来ていたし……何より聖王陛下より以前から言われていた件もあるので、丁度良い機会と王都を散策してみることにした。


「……」


 しかし、以前城下町に来た時に比べて随分と賑やかになったような……いや、人口自体は変わっていないのだけど、大通りの人口密度は上がっている……活気があるという感じだろうか?


 数か月前……我がルフェロン聖王国は隣国の属国となった。


 ただの近衛……しかもその下っ端に過ぎない私では、一体何がどうなって、歴史あるルフェロン聖王国がエインヘリアという突然現れた国の属国になることになったのか、全く理解できなかった。


 しかも、それを決めたのは失礼ながら……まだ幼い聖王陛下だ。


 行く末が不安にならないとはとてもではないが言えなかった。


 隣国の陰謀に聖王陛下が騙されていると考える方が、自然と言うものだろう。


 しかし、陛下の叔父であり、先王陛下の兄君であらせられる摂政閣下もその話を受け入れており……その対抗派閥であった宰相は、聖王陛下達が動く以前からソラキル王国と通じ、聖王陛下を弑そうと計画を進めていたとのこと。ルフェロン聖王国は、まさに八方塞がりといった状況だったのだ。


 私がその事を知らされたのは全ての企みが明らかにされて、宰相派の貴族達を捕える段階になってからだった。あの時程、自分の無力を感じた事は無かった……それと同時に……聖王陛下にもっと信を置かれたいと、心の底から思った。


 だから私は、今まで以上に職務に忠実に……訓練に邁進していたのだが……実は今日の散歩はその事とも関係している。


 聖王陛下が秘密裏に国を離れ、エインヘリアへと行っていたことすら知らされていなかった私だが、最近は聖王陛下の側に控えることが多くなっていた。


 聖王陛下はまだ幼くあるが女性だ。だから護衛をする近衛も、女性であった方が都合が良い場合は少なくない。聖王陛下が王位につかれてから女性騎士の育成は進められているのだけど、まだ数は多くない……だからこそ、近衛騎士で唯一の女性である私は、必然的に陛下の側で護衛をするのだが、以前よりも聖王陛下が公務に就かれることが多くなったこともあり、護衛の機会が多くなったということだ。


 傍で護衛をする事が多くなり、私は聖王陛下の事を良く知ることになった……聖王陛下はまだ成人すらされていない御歳とは裏腹に、非常に聡明で行動力もかなりある。


 年齢という時間以外に解決する方法の無い事を除けば、完璧と言ってよい程優秀なお方で……もしかしたら、摂政閣下の助けがなくとも、このルフェロン聖王国を既に立派に治めていくことが出来るのではないかとさえ思う。


 いや……偶に子供の様な、というか子供らしい行動もとったりするのだが……聖王陛下に限って言えば、それは本心から来るものというよりも、計算ずくでやっている節がある。


 しかし、そんな陛下から言われたのだ。


 近衛騎士の職務は聖王を守る事だが、それはその身を守る事だけではない……聖王が道を誤りそうになった時、諫言を以て聖王自身から聖王を守る事も任せたい。そして聖王の仕事は国と民を守る事……故に近衛騎士は聖王以上に民の事も知っていて欲しいと。


 一介の近衛騎士の身には余りある大役だ。


 しかし聖王陛下は、私という近衛騎士は、恐らく今後も長く聖王陛下の側に控えることになる故、広い見識を持って欲しい……その上で自分を支えて欲しいと言われた。


 私はその言葉を聞き、心の底から聖王陛下に忠誠を誓い……この一生をかけて、陛下に全てを捧げる誓いを立てた。


 だからこそ私は訓練に励み、勉学に勤しみ……死に物狂いで自分を鍛え……民と国の現在を知るために、散歩という視察に出ることにしたのだ。


 幸い私は地方の貧乏貴族の出で、感覚的には庶民に近いと言える。


 民の目線から陛下に助言することは、そんなに難しくは無いはずだ。


 幼くはあるが聡明で、実行能力もある聖王陛下だが、やはりその幼さ故侮る物は少なからず存在する。そして、そんな聖王陛下の推し進めたルフェロン聖王国の属国化の話……当然国民も貴族も猛反発することとなった。


 いや、聖王陛下に限らず、誰が提唱したとしても猛反発必至の内容ではあるけど……。


 特に既得権益を失うことになる貴族達の反発は激しく、折角宰相派という国内に巣食った病巣を取り除けたというのに、ルフェロン聖王国は内戦前夜と言った所まで行ってしまったのだ。


 しかし、そんな危険な状況をあっさりと吹き飛ばしたのは、宗主国であるエインヘリアだった。


 その内容は実にシンプルで、かつ凶悪な物だった。


 エインヘリア軍による軍事演習……これを見せただけで内乱の火はあっさりと鎮静化、王家の排除やむなしと声を上げていた貴族達はあっさりと手のひらを返し、聖王陛下の英断と褒めそやし始めたのだ。


 しかし、私はそんな貴族達を蔑むようなことは出来なかった。


 それほどまでに……エインヘリア軍の強さは圧倒的だったのだ。


 正直、近衛騎士としては口が裂けようとも言葉には出来ないが……あれと戦うよりも属国として隷属した方が生き残る確率が高いと思う。


 それに……エインヘリアが軍の強さだけの国でないことは……宰相派の企みを一瞬で打ち砕いたことで分かっている。


 味方として……いや、宗主国としてこれ以上頼もしい国はないと断言できるだろう。少なくとも、あのソラキル王国でさえ、相手にすらならなかったことは既に証明されているのだ。もしかするとあの大帝国すらも、エインヘリアの前では膝を屈するのではないか……そんな思いさえ私は抱いている。


 そして、反発し不安を覚えていた民達は……属国となった今でも、何ら変わらず今まで通りの生活……いや、明らかに生活の質が向上し、属国となる以前よりも裕福になっているのだろう。


 私個人として城下町に来ることは久しぶりではあるが、聖王陛下の御公務や視察に護衛として城下町や王都以外の街に同行することはあるので、街の様子を全く知らなかったという訳ではない。


 無論陛下の護衛という使命がある以上、民達の暮らしの細かい部分までに目が行くはずも無く、あくまで表面をなぞるようにしか把握はしていない。


 そもそも、陛下が視察に出る際に……民達が普段通り振舞える筈がないのだから、取り繕われた表面上の物しか見えはしない。


 まぁ、取り繕われた質が遥かに以前よりも上がっている事も見えてはいたが……それにしても、生の姿を見ている今……この活気ある様子は圧巻とも言える。


 もはや、属国という立場に怯えていた民の姿は何処にもない。


 商人達の客を呼び込む張りのある声、通りを駆ける子供達のはしゃぐ声、友達同士、恋人同士で語り合い笑う声……全てが属国となる以前より存在していた物だが、明らかに質が変わっている気がする。


 属国である以上、宗主国の方針や言葉には逆らうことが出来ないが……民達にとってエインヘリアの方針が良き物であることは、わざわざ確認するまでもないことだろう。


 そんな事を考えつつ一通り大通りで民達の様子を眺め満足した私は、馴染みの鍛冶屋に向かおうと大通りから路地へと向かおうとしたのだが……不意に見覚えのある薄紫の髪をした少女が視界の端に映り、動きを止める。


 一瞬の事だったが、今見えたのは……。


 あり得ないことだと心の中で否定しながらも、私は路地に向かおうとしていた足を止め、先程見た少女のいた方へと向ける。


 一瞬の事だったし、それなりに距離もある……見失っても仕方が無いと思ったけど、そんな私の考えはあっさりと覆された。


 その年頃の少女にしてはゆったりと、気品のある様子で歩いていく少女。その少女の傍には従者であろうメイド服姿の金髪の女性が一人……間違いなく良家の子女と分かる装いだが、その傍に護衛の姿は見えない。


 いや、見えないだけで陰ながら護衛が付いている筈だ。


 そうでなくてはならない。……いや、心の底からそうであって欲しいと願いつつ、私はその少女へと近づいていく。


「……こんなところで何をされているのですか?」


 誰に止められることも無く少女に追いついた私は声をかけた。


「あら……?えっと……どちら様でしょうか?」


 私が声をかけると、あからさまに視線を逸らす様な事はせず、私の顔を正面から見据えながらにっこりと笑みを浮かべつつ尋ねてくる少女。


 その堂々した佇まいに、一瞬こちらの勘違いだったかと不安を覚えてしまうが、それも本当に一瞬の事……私は半眼になりつつ再び問いかける。


「もう一度お尋ねしますが……こんなところで何をされているのですか?……聖王陛下」


「……」


 最後の呼びかけは非常に苦心しつつ、目の前にいる少女……エファリア聖王陛下にのみ聞こえるように言う。


 こんな言葉を誰かに聞かれれば、大変な騒動になってしまう……周囲への警戒を最大限にしつつ、私は笑顔のまま何も言わない聖王陛下の顔をじっと見つめる。


「……少し歩きましょうか。ここでは話もしにくいですし」


 一切動じる様子を見せなかった聖王陛下だったが、私から不退転の決意を感じ取ったのか、人気のない路地の方へと私を誘う。


 本来であれば聖王陛下にそのような場所に行って欲しくないのだが、この状況では仕方ないだろう。


 それにしても……私が聖王陛下に近づいた際も、守ろうとする動きを見せる者はいなかった。


 まさか……本当に護衛がいないってことはありませんよね……?


 このメイドも立ち振る舞いからして武の心得があるようには……観察するようにメイドの姿を盗み見た私は、その横顔に何か既視感を覚える。


 けして私の方を見ようとしないが……どこかで見た事がある……陛下付きのメイドではなさそうだけど……どこで……?


 護衛の有無、そしてメイド……いや、そもそも聖王陛下がメイドと二人でこんな場所にいる理由……色々な事に納得が行かないまま、私は聖王陛下に導かれ路地へと入る。


「さて、この辺りなら問題ないでしょう」


 そう言って振り返った聖王陛下の瞳に、何やら悪戯を思いついた子供の様な光が宿るのを感じた。


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