閑章

第202話 エインヘリアの光と闇



 魔物ハンター協会。


 およそ三十年程前、スラージアン帝国にて立ち上げられたこの組織は、拡大していく領土に反比例するように悪化する治安と危険、それに対抗する為に生まれた組織と言われている。


 魔物ハンターの名の通り、主な仕事内容は魔物の討伐だが、利用者のニーズに応えていく内に、街の便利屋的な仕事も多くこなす様になっていった。


 現在では帝国で生まれた協会を参考に、複数の国で魔物ハンター協会が立ちあげられている。


 無論、帝国で生まれた協会と他国にて模倣された協会に直接の関係はない。


 しかし、その一方で魔物ハンター協会はスラージアン帝国に近しい国にしか存在しておらず……何らかの繋がりが存在している事を示唆している。


 当然、帝国から英雄を派遣されていたソラキル王国にも存在しており、ソラキル王国が潰れた今でも変わらずそこに残っている。


 協会に所属するハンターたちにとって、国の名は関係ない。


 彼らにとって大事なのは己の名誉であったり、そこに住む住民達の生活であったり……ハンターとして活動する理由はそれぞれだが、少なくとも国の為に仕事をしているわけではない。


 国の名が変わろうと彼らは今まで通り、依頼をこなし引き換えにその報酬を受け取る。引退するその日まで……もしくは失敗して命を落とすその日まで、そんな生活が続く物だと思っていた。






 View of ランディ=エフェロット ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター






「なぁ、ジーネさん。なんか最近依頼少なくね?」


 俺は日課である朝一の依頼チェックを終わらせた後、受付で暇そうにしているジーネさんに声をかけた。


「ランディ君、おはようございます」


 俺の質問には答えずに、普段通りの笑顔を見せながらジーネさんが朝の挨拶をして来た。


 しかしその笑顔に若干圧力のような物を感じる……。


「お、おはようございます。それでジーネさん依頼……」


 俺はその予感に逆らわず、ジーネさんに挨拶を返してから話を再び切り出す。


「ふぅ……そうですねぇ。ランディ君の言う通り、最近は依頼の数が減っているんですよ」


「だよな。今も提示版を見て来たんだけど、なんか街中の雑用みたいな仕事ばっかりで……なんかこう、魔物ハンターらしく魔物退治とかさ、野盗の討伐とかさ……そういうのが全然ないんだけど。なんかおかしくないか?」


「……そうですね。ランディ君がこの異常に気付いてくれたことはとても嬉しいです。成長しましたね……少しは周りが見えて来たのでしょう」


「へへっ!当然だろ?常に成長を続ける俺だぜ!」


「……やはり気のせいだったみたいですね。ランディ君はやっぱりランディ君でした」


「……?まぁ、俺の話はともかくさ。依頼だよ依頼!何でこんなことになってるんだ?それに……朝一だってのになんでこんなに人が少ないんだ?」


 俺は、いつもは人でごった返している協会の変わりように首を傾げながら尋ねる。


 少ないというか……協会職員を除けば、俺しかいない?


 そんな俺に対し、ジーネさんは物凄く深いため息をつきながら子供に物を教える様な声音で話し始める。


「ランディ君。ソラキル王国が戦争に負けて無くなったのは御存知ですか?」


「そりゃ、当然知ってますよ」


 ソラキル王国がエインヘリアとか言う国との戦争に敗れてから、既に二か月くらいが経っている。


 流石にそういった話に疎い俺でも、そのくらいは耳にしていた。


「そうでしたか……現在、私達のいる国はエインヘリアという国になりました」


 もちろん知っているが、俺は素直に頷いておく。


 ジーネさんは、俺が駆け出しのころからお世話になっている協会職員……当然付き合いも長く、こういった時は素直に話を聞いておいた方が、結果的に話は短く済むと学習しているのだ。


「さて、このエインヘリアという国はとても素晴らしい国で、国に住む私達をとても大事にしてくださっています」


「へぇ……そんなことがあるんですね」


 国って言うのは、俺達庶民から税とかを搾り取って苦しめる存在だと思っていたけど……そんな国もあるんだな。


「税金は今までと比べ物にならない程安くなりましたし、食料に苦労していた農村部では国が配給をしているみたいですよ」


「国が配給を?本当ですか?」


 ジーネさんの説明に、思わず疑問を挟んでしまう。


 なんせ、俺はこの王都からかなり離れた田舎の村出身だ。


 村での暮らしは非常に辛い物で、どれだけ働こうとも自分達で作った農作物のほんの一部しか自分達のモノにならない。


 常に腹をすかせたままで、少しでも金を手に入れる為、また口減らしも兼ねて子供が奴隷商人に売り払われることもざらにある。


 幸いうちの家で売り飛ばされた子供は、俺の知る限り居ないが……俺の友人は何人かある日突然村から姿を消している。


 その当時はよく分からなかったが、こうして大人になって何が起こったのかは理解出来た。


 願わくば、あの頃の友人達がどこかで元気にやっている事を願っているが……それが難しい事も分かっている。そんな望みを持てないくらい……貴族という存在が残虐であることを、俺はハンター協会の仕事を通じて知ったのだ。


「えぇ、本当です。それもかなりの量みたいで、おかげで随分と農村部も生活が楽になっているみたいですよ」


「凄いじゃないですか。そんな貴族がいるなんて……」


「あぁ、エインヘリアには貴族はいないわよ?国王陛下はいらっしゃるけど、貴族は全部廃止……ソラキル王国時代に悪い事をしていた貴族は、みんな粛清されたって話ね」


「粛清?それって、どうなったんですか?」


 なんか響き的にあまり良い事じゃなさそうだけど……。


「簡単に言うと処刑ね。まぁ、ソラキル王国は敗戦国だし……本当に悪い事をしていた貴族もいたでしょうし、そうでなかった貴族も処刑されているとは思うけどね」


「……結局、エインヘリアって国はいい奴なんですか?」


「どうかしら?少なくとも今は民に優しくしているみたいだけど、短期的な人気取りって可能性の方が高いんじゃないかしら?」


 話を聞いている限り良い国みたいだけど……それにしてはジーネさんが刺々しいというか……これ、間違いなく怒ってるよな?


「えっと……いい事ばっかりな様に聞こえますけど……何か問題があるんですか?」


「……エインヘリアはね、治安維持活動にも物凄く精力的なんです。今街の外は子供だけで遊びに出られるほど安全なんですよ」


「本当ですか?いくらなんでもそれは……」


「事実ですよ。だから……依頼がこんなにも無いのですから」


「あ……」


 そう言う事か!


 だから討伐系の依頼が全然なくて雑用系ばかり……。


「魔物の討伐依頼は激減。薬草なんかの採取も、割高なハンター協会を使うよりも商会の人間が直接人を雇って採りに行ったりしている。それはそうよね、危険手当込みのハンター協会に依頼するより、安全と分かっているなら一般人を送り込んだ方が遥かに安いもの!」


「あ、あのジーネさん?」


「残ってるのは雑用と、遠方に向かう人の護衛任務くらいかしら?雑用はともかく護衛任務の方もどんどん減って行っているわ!恐らくもう数か月もしたら職員の給料だって……」


 ジーネさんがこんなに取り乱しているのを初めて見た……言葉遣いもなんかいつもと違うし……。


「所属してたハンター達だって、もう殆ど出て行ってしまったわ!耳が早く鼻の効くベテランたちは、もう国を出て大帝国の方に行ったみたい!今この街に残っているハンターは、理由があってこの街から移動できない人か時勢の読めないポンコツだけ!」


 ……時勢の読めないポンコツって俺の事じゃないですよね?


 って……大帝国……あ、そういうことか。


「だからラッツの奴、大帝国に行こうって言ってたのか。てっきり観光か何かだと思ってたけど、そういう意味だったのか」


 俺はハンター仲間であるラッツが、少し前から大帝国に行こうとしきりに誘ってくる理由がやっと分かった。


 アイツも言葉足らずなんだよな……遊びに行くんじゃなくって拠点を移すって事かよ。


「もうおしまいよ!来る日も来る日も、荒くれ者達相手に笑顔を絶やさず頑張って来たのに!昇進だって間近だったし……本部付きの幹部か支部の副支部長まで後数年で行けたのにぃ!」


 な、なんか、ジーネさんからドロドロした物が溢れて来たんだけど……。


 よし、帰ろう!


「あ、ジーネさん、俺はそろそろこの辺で……」


「あー、そうですか!駆け出しのころから色々お世話してあげたのに!私を捨てて大帝国に行くって言うのね!そうよね!ランディ君は基本的にポンコツだけど、そこそこ腕は立つもんね!そういえば、少し前に三級への昇格テストの話が会議に出てたかしら!」


「えっ!?嘘!?」


 ジーネさんのとんでもない暴露に、俺は踵を返そうとした足を止めてしまう。


 しかし、それも無理はないだろう。だって三級ハンターへの昇進テストって……一流ハンターになる為の登竜門と言われているんだぞ?


 ハンターは協会に登録した時点で五級ハンターとなる。


 そこで一定数の依頼をこなした後、昇格試験を受けて四級ハンターになるのだが……一般的に五級ハンターは新人、四級ハンターは中堅と呼ばれ、三級ハンターからは上級ハンターと呼ばれるようになるのだ。


 三級への昇格テストを突破すれば晴れて上級ハンターの仲間入りだが、そもそも昇級試験を受けるだけでも凄い事なのだ。


 テストを受けるには実績もさることながら、ハンター協会自体にその実力を認められなければならない……その試験に俺が選抜されたとあっては、興奮するなという方が無理な話だ。


「ジーナさん!その話詳しく……!」


「でももう三級ハンターになっても意味は無いよね!だって、依頼が無いもん!上級ハンターになってまで、手紙の配達とか庭の草むしりとかどぶ攫いとかしたいかしら!?」


「あ、いや、それはちょっと……」


「もうそんな依頼しかうちには無いのよ!」


 ジーナさんの叫びが、協会内部を木霊する……しかし、それを聞いて眉を顰める者はいない。


 今ここに居るハンターは俺だけだし、他の受付の人達もジーナさんと同じように頭を抱えているからだ。


「あ、でもどぶ攫いとかの仕事も無くなると思うわよ?なんか、そういった清掃業務を、公共事業としてスラムの人間とかを雇ってやらせるって話だったから……そうなると、ハンターに出せる仕事は草むしりだけね」


 て、手紙の配達もありますよ?とは流石の俺も言えなかった。


「ほんと凄いわよね!ここまで徹底的に国民の為にって、色々な政策を実施していくんですもの!みんなとっても幸せになれると思うわ!私達以外はね!最悪よ!最悪のクソ侵略者共がぁ!」


 そう叫びながらジーネさんは綺麗に整えられていた頭を掻きむしった後、糸の切れた操り人形みたいなポーズで動きを止めた。


 もはや、綺麗な受付のお姉さんは何処にもいない……いるのは髪を振り乱しホラーチックな様相を呈しているかつての受付嬢だけだ。


「ふ、ふふ、ふふふ……おしまい、おしまいよぉ。私もう二十七なのに……嫌らしい目で見てくるハンター達を受け流して仕事一筋で頑張って来たのに……ここから再就職……ハンター協会の受付業務のキャリアって潰しがきくかしら……?大手商会とか雇ってくれるかしら?ふ、ふふ、ふふふ、多分駄目ね。あと十……いや、後五歳若ければ……ふ、ふふ、ふふふ」


 いや、ジーネさんは十分若くて綺麗ですよと言いたいと思うけど……挨拶をする前までなら素直に言えたのだが、今の姿はお世辞にも綺麗とは言い難く……むしろ怖い。そして年齢については……現在十九歳の俺がそれを言って、果たしてぶん殴られないだろうか?そんな思いが俺に二の足を踏ませる。


「ここは、若くてお綺麗ですよっていうところでしょぉ!?」


 しまった!逡巡している間に、ジーネさんが爆発した!


「ジーネさんはまだまだ若くてすっごくお綺麗ですよ!」


「はんっ!」


 未だかつて見た事の無いような表情でジーネさんに見下された。


 俺が悪いのかな……。


 いや、そう言えば昔親父が、女相手には条件反射で褒められるようになれって言ってたような……こういうことだったのか……。


 そんな風に、俺がやさぐれているジーネさん相手に本気で困っていると、協会の男性職員が封筒を片手にジーネさんに声をかけて来る。


 この人も顔色が物凄く悪いけど……今のジーネさんよりは幾分かマシだな。


「ジーネ。気持ちは分かるがそこまでにしておけ。ランディ君が全力で引いているぞ」


「別にもうどうでもいいわよ……」


「はぁ……とりあえず、君宛に手紙だ。その紋章を見る限り、早く中身を確認した方がいいぞ?」


「もんしょぉ?」


 やさぐれすぎて下街のチンピラみたいな喋り方になって来たジーナさんだったが、手紙の封蝋に押された紋章を見て動きを止める。


「それ、エインヘリアの紋章だろ?出頭要請か?お前何やったんだ?」


「な、ななな、なにもしてないですにょ!?」


 滅茶苦茶狼狽えながら、ジーネさんが男性職員に答える。


 うん、この様子だと間違いなくなんかやってるな。


 まぁ、物凄く小物臭がしているし……大したことはしてないんだろうけど。


 そんなジーネさんは、顔を青褪めさせ、手を震わせながら手紙を取り出して……その内容に目を落としたまま完全に動きを止めた。


「ジーネ?大丈夫か?」


「ジーネさん?」


「……」


 俺と男性職員が声をかけるも、一切の反応を返さないジーネさん。


 一体手紙に何が……?


「……ランディ君。依頼の件でしたね?今の君には簡単な仕事しかないけど、出来るだけ実入りが良くてやりがいのある仕事を見繕ってみますね」


 一瞬で乱れた髪を整え豹変したジーネさんが、今朝会った直後よりも綺麗な笑みを見せる。


 女神の如き微笑みだが、どことなく腹黒さが透けて見えるのは……先程の狂騒を見ていたからだろう。


 はっきり言って、怪しいことこの上ない。


「お、おい、ジーネどうしたんだ?大丈夫か?処刑でもされるのか?」


「ふふふっ、仕事中に何を言っているんですか?エインヘリアの様な素晴らしい国が、そんなことする訳ないじゃないですか」


 ……もはや別人の如き手のひら返し……いや、俺が一瞬目を離した隙に別人になった可能性があるな。


 なんか色々とどうでも良くなってきた俺が遠い目をしていると、男性職員が目を見開きながら震えだす。


「ジーネ、まさかお前……!?」


「ふ、ふふふ……あ、そうだ。受付業務もかなり暇……いえ、人手も足りていますし、明日はお休みいただきますね?それと辞表って係長に出せば大丈夫でしたっけ?」


「お、おまっ……ほ、本当に!?」


 男性職員がそう叫んだ瞬間、協会内……いや、俺以外は協会職員しかいないけど、彼らがざわつく。


 どうやら他の職員たちも聞き耳を立てていたらしい……みんな相当暇なんだな。


「ふふっ、ごめんさない。私はもう沈まないの……溶けていく泥船から豪華客船に乗り移るのよ!一度は完全に途絶えたように見えた出世の道が、以前よりも光り輝くものに置き換わったのよ!」


「ジーネ!貴様裏切るつもりか!」


「裏切るだなんて人聞きが悪いですよ。転職なんてよくある事じゃないですか。ふふっ」


「ジーネ!嘘でしょ!?」


 わらわらと協会職員たちがジーネさんの下へと集まって来るが、当のジーネさんは余裕の笑みを浮かべ……いや優越感に塗れた笑みを浮かべている。


 ギャーギャーと騒ぎ出した職員たちに背を向けて、俺はハンター協会の出口へと向かいながら考える。


 ……ラッツの言うように大帝国に行くのがいいかもしれない。


 仕事を奪われたことに思う所が全くないとは言わないけど……エインヘリアという国が、先程ジーネさんが言っていたように一時の人気取りで今の様な方針をしているのではないのであれば……俺としては歓迎したい。


 人々の生活が豊かになって悪い事は無い……俺の家族だってこの国に生きている訳だしな。


 折角築き上げて来た功績が無くなってしまうのは勿体ない気もするが、また一から始めるのも悪くないだろう。


 俺達はまだ若いし、何より腕も立つ。大帝国でも上手くやっていけるさ。


 そんなことを考えながら協会の外に出た俺は、空を見上げる。


 空は何処までも広く青かった。






View of フェルズ 何故か徹夜をしてしまった覇王






「キリク。色々な改革を進めているが、それによって職にあぶれたりするものが出ているのではないか?」


「おっしゃる通り、既存の職では食べていくことが出来なくなった民は一定数おります」


「それは私の望むところではないな……」


「はい。ですが改革によって新たな雇用もそれ以上に生まれておりますし、職を失った者には新たな職を斡旋しております。出来る限り本人の希望に沿った職を斡旋しておりますので、零れ落ちた者がいないとは言えませんが、大多数は以前よりも充実した生活を送っていると断言出来ます」


「ふむ……キリクであれば抜かりはないと思うが、手厚く対処してやってくれ。民の為にと一部の者達に負担を強いる事をしてしまっては本末転倒だからな」


「畏まりました。少しの見落としも無いように尽力いたします」


「完璧にしろとは言わないが、可能な限り頼む」


 俺は若干の眠気と戦いながら、キリクと共に書類仕事を続けた。


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