第201話 大変なことになった



 さて、キリクの予想……いや予定ではスラージアン帝国が動くまで少し時間がかかるらしい。


 その間に、俺達は魔力収集装置の設置と新たにエインヘリアに加わったソラキル、クガルラン地方の安定に尽力……それとアーグルが商協連盟とのやり取りを始めるとのことだ。


 それにしても、次は大帝国かぁ。


 まぁ北に向かう以上避けては通れない相手だけど、流石に今まで見たいに一回の侵攻で潰すって事にはならんよねぇ……。


 今回の会議では相手の出方次第でこちらの対応を変えるとのことで、具体的な内容についてキリクは説明していなかったけど、どうせキリクの事だから大体の計画は練ってあり……既に動いているんだろうね。


 覇王的には、そんなキリクの計画はちゃんと理解していますよ的な態度でいる訳で……いや、震えるわ。


 まぁ、知ったかぶりをして本格的にやばい事になる前に、ちゃんと確認はするつもりだけどね……。


 さてさて、今日の所はこれ以上難しい話をするつもりも考えるつもりもない。


 帝国や商協連盟が動き出したら忙しくなるだろうし……その前にというか、忘れる前にやっておきたい事があるのだ。


 そんな訳で城内をうろついているのだが……当然、俺の傍にはリーンフェリアがいる。


「……リーンフェリア。一つ聞きたい事があるのだが」


「なんでしょうか?」


「うむ、個人的な話だから、話したくなければ答える必要はない。無理強いをするつもりはないからな」


「はっ。フェルズ様の御質問であれば、私の知る事であれば全てにお答えいたしますが……そのお心づかいに感謝いたします」


 ……嫌な事は嫌と言ってもらった方がいいんじゃよ?


 そう思ったけど、何度も断って良いと伝えるのも変な感じなので、そのまま話を続けることにした。


「リーンフェリア、お前には姉がいたな?」


「はい。もう長い事会っておりませんが」


「……どんな人物か、聞いても良いか?」


 俺がそう尋ねると、一瞬驚いた様な表情になったリーンフェリアだったが、すぐに普段通り……いや、いつもよりも心持ち表情を柔らかくしながら口を開く。


「はい、勿論です。姉は……私の二つ年上で、勉強や仕事のことになるととても厳しく……他人にも厳しいですが、何よりも自分に厳しい人です。ただ、仕事を優先し過ぎ寝食を忘れて没頭してしまうのがとても心配なところではあります」


「そうか……ふっ……真面目な所はそっくりなのだな」


「そ、そうでしょうか?姉に比べるとかなり適当だと思うのですが……」


 リーンフェリアがかなり適当って……マジ?


 いや、うちの子達はみんな真面目だけど……リーンフェリアはその中でもトップクラス……相当な堅物だと思うんだけど……。


 これ以上に真面目なタイプって……どうやったらなれるの?


「真面目が服を着たような人物ですが、普段はとても優しく……私と違って頭が良くてとても頼りになる姉です」


「リーンフェリアにとって良い姉なのだな」


「はい。二つしか違わない姉でしたが、色々な事を教えて貰いました。運動だけは苦手だったみたいですけど」


 そう言ってリーンフェリアがくすりと笑う。


 ……普段から傍で護衛をしてくれていて、とんでもない美人なのは百も承知だけど……今の笑顔は無茶苦茶ヤバかった……。


 俺は一瞬で激しくなった動悸を押さえるようにしながら、リーンフェリアに尋ねる。


「なるほど、リーンフェリアと違い文官寄りということだな?」


「はい、そうですね。仕事は、エインヘリアの城下にある博物館で学芸員をしておりました。フェルズ様がダンジョンで発見した品を展示していた国立の博物館です」


「……ほう?」


 博物館……?そんな施設あったか?


 いや、待てよ……?確か、遺跡系のダンジョンをいくつかクリアすると、本拠地の人口増加イベントで博物館を建てたとか何とかいうのがあった気がする。


 そんなイベントが絡んできたりするのか……?


 これは思っていた以上に、レギオンズのイベントや設定が深くうちの子達に組み込まれている感じがするぞ……?


 今まで、ゲーム時代の話をすると記憶の齟齬とかが生まれそうで、怖くてあまり突っ込めなかったんだけど……皆に色々と話を聞いてみるのも面白いかもしれないな。


 俺がのめり込んだゲーム……いや、俺自身はその人物の記憶を引き継いだに過ぎないが……それでも、レギオンズというゲームが心の底から好きだったという記憶と思いが俺にはある。


 そんな世界でリーンフェリア達は確かに生きていた……そんな風にリーンフェリアの言葉からは感じることが出来たのは、どこか嬉しさを感じる。


「……ですが、やはり心配ではありますね」


「心配……?」


「はい。今、このエインヘリアにはフェルズ様がおられます。そして微力ではありますが私達も……ですが、私達のいなくなった元の世界のエインヘリアは……恐らく大混乱が起こっているのではないかと」


「……そうか」


 元の世界のエインヘリア……そんなものは存在しない筈だけど……でもリーンフェリア達にとっては、元の世界……レギオンズの世界があるのは当然の事なんだ。


 俺にとって日本という元の世界があるのと同様に。


 いや、もしかしたら日本という世界だって、フィオの儀式によって作られた記憶かも知れんが……まぁ、今の俺には関係ないしどうでも良い事だ。


「いや、大丈夫だろう。確かに俺は今ここにいるが、それ以前……俺が神界に残った時は、お前達がエインヘリアを守り導いてくれただろう?そんなお前達も去り、残された民達がただ嘆き悲しむだけだと思うか?あの邪神の苛烈な攻撃から生き延びた民達が、俺達と共に戦い抜いた民達が、そんなに柔だと思うか?」


「それは……」


「エインヘリアの民はただ守られるだけではない。自ら考え行動を起こせる者達だ。間違いなく今も全力でエインヘリアの民である誇りをもって生きている筈だ。無論お前の姉も同様にな」


 すまん、レギオンズの民の皆さん。


 適当な事言ってるけど……今はこう言い切らせて貰いますわ。


「俺達が心配しなければならない程、エインヘリアの民は弱くない。違うか?」


「……いえ。フェルズ様のおっしゃる通りです。エインヘリアの民はフェルズ様が去られるという、最大の不幸を乗り越えた民です。それに比べれば、私達程度が消えたところで、その日の夜には、もう通常通り国家運営がされている事でしょう」


 いや、それはない。


 覇王がいなくなっても大して困らんと思うけど、キリクやイルミットがいなくなった場合のダメージは軽く国が何度か滅びるレベルだと思う。


 ……無論、そんなことは言わないが。


「頼もしい民だ。少なくとも俺は何の心配もしていないぞ?だからこそ、神界に残ったわけだしな」


 俺がそう言うと、リーンフェリアは瞑目し、小さく頷く。


 リーンフェリアの姉……おあつらえ向きに、文官タイプのビルドが適用できそうだな……。


 新規雇用契約書を使う際の第一候補としよう。


 そんなことを考えながら足を止めずにいると、俺達は目的地へと辿り着いた。


「フェルズ様。これから訓練をされるのですか?」


「いや、ジョウセンに用があってな。今日は城にいるはずだし、奴が居るとすればここだろう?」


「そうですね。ジョウセンであればここに居る筈です」


 この訓練所は戦闘部隊の子達やメイドの子達が結構入り浸っており、ジョウセンもその一人だ。


 戦闘部隊で訓練所にあまり来ないのは、俺の護衛として付き従っているリーンフェリアくらいだろうか?


 そんなことを考えつつ訓練所に足を踏み入れると、入り口の傍に居たカミラが俺達に気付き声をかけて来た。


「あらぁ?フェルズ様、珍しいわねぇ?」


「そうだな。最近は書類仕事が多かったから少し訓練所から足が遠のいていたな」


「運動不足は良くないわよぉ。私で良ければいつでもお相手致しますわぁ」


 そう言ってシナを作りながら体をこちらに寄せて来るカミラ。


 お、お相手って……何のお相手御座るか?


「カミラ、フェルズ様に近づき過ぎです」


 普段以上に鋭利な視線をカミラに向けるリーンフェリア。


「あらぁ?リーンフェリアもいたのねぇ?貴方も一緒でいいのよぉ?」


「……」


 そんなことを言いつつ流し目を送るカミラと、それを受けて若干顔を赤くするリーンフェリア。


「あらぁ?ふふっ。リーンフェリア、貴方何を想像したのかしらぁ?」


「カミラ!」


「ふふふっ」


 リーンフェリアの怒声に、カミラは先程までの妖艶な様子を消して子供の様な笑顔で笑う。


「カミラ、あまりリーンフェリアを揶揄うな」


「ふふっ、ごめんなさい、リーンフェリア。それでぇ、フェルズ様達は訓練かしらぁ?」


「いや、ジョウセンを探していてな。ここにいると思ったんだが」


 俺はカミラに返事をしつつ訓練所を見渡す。


「あぁ、ジョウセンならぁ、今模擬戦をやっていますよぉ」


「ふむ、相手は……サリアか」


 訓練所の奥の方、舞台の様になっている場所で模擬戦と呼ぶには相当激しい打ち合いをしている二人がいた。


 一人は槍聖サリア。そしてもう一人は探していた人物である剣聖ジョウセンだ。


「ジョウセンとサリアですか……サリアはどうしてもジョウセンに勝ち越すことが出来ないみたいですが……」


 二人の模擬戦を見ながらリーンフェリアが言葉を漏らす。


 お互いの獲物は剣と槍……リーチで言えばサリアに分があるけど……ゲーム的な話で言えばジョウセンは個人戦闘特化で、サリアはどちらかというと部隊指揮能力の方にビルドが傾いている。


 能力値的にはお互いカンストで五分五分だけど、アビリティ的に一対一での戦闘ならジョウセンに分があるだろう。


 因みに斧聖のレンゲはその二人の中間って感じのビルドでどちらも行けるタイプだけど、一撃の威力は最強だ。


 個人戦闘でもジョウセンより破壊力のある攻撃が出来るし、部隊を率いても正面からの突撃だけならサリアよりも強い。


 バランス型というよりも、ピーキーな感じのキャラビルドとなっているのがレンゲだ。


 近接物理最強格の三人はそんな感じだ。


 まぁ、その三人は魔法最強のカミラ相手だと、個人戦闘でも部隊戦闘でも勝てないんだけどね……。


 カミラに個人戦闘で勝てるのは遠隔物理最強格……弓聖の称号を持つ……。


「あ、模擬戦終わったみたいねぇ……最後はサリアの勝ちみたいだけどぉ、あらぁ?今日はサリアの勝ち越しじゃないかしらぁ?」


 カミラの台詞に意識が現実へと戻った俺の目に、悔しそうな表情のジョウセンと嬉しそうにしながらもきっちりと礼をしているサリアの姿が映った。


 俺がゲーム時代の知識を引っ張り出している間に、二人の模擬戦は決着がついたようだ。


 ゲーム時代の一騎打ちと違い、現実の戦いでは両者の調子次第で結果が左右されるみたいだな。


 舞台から降りていく二人の姿を確認した俺は、カミラに別れの挨拶をしてからジョウセンの下へと向かった。


「ジョウセン、見事な試合だったな」


「殿!見ておられたのですか?」


「あぁ、と言っても最後の方だけだがな」


「むむむ……お恥ずかしいところを」


「そんな事は無い。ジョウセンもサリアも素晴らしかったぞ」


 二人の動きは辛うじて目で追えたけど、俺があの速度で打ち合えと言われたら……かなり厳しいと思う。


 多分フェルズの肉体的にはついて行けるのだろうけど、俺の精神がついて行けない……そんな感じがする。


「ありがとうございます。殿の剣として恥じる事無きように、まだまだ精進いたします」


「それは楽しみだ。ところでジョウセン、訓練中にすまないが、今大丈夫か?少し話をしたいのだが」


「殿のお誘いとあらば否やはございません。何でござるか?」


「うむ、実はお前の妹について話を聞きたくてな……」


 俺がそう口にした瞬間、ジョウセンのキリっとした表情が突如熱したフライパンに落としたバターの様に溶けた。


「い、妹ですかな!?むぅ!殿に請われてしまっては、お話するしかありませんな!控えめに言って……そう、控えめに言って天使ですな!」


 控えめに言うの、最近はやっているのだろうか?


 ジョウセンの勢いに、俺はそんなどうでもいい感想を抱てしまった。


 そこから続くジョウセンによる怒涛の妹礼賛に……俺はこの場から去りたい想いでいっぱいになる……いつの間にかリーンフェリアが俺の傍に居ないし……。


 なるほど……リーンフェリアのお姉さんならこんな時でも一緒に居てくれるんだろうな……。


 そんなことを考えながら、かつてない程興奮しているジョウセンと向き合う。


 とりあえず覚えているのは、控えめに言って天使という事だけだ。


 設定欄に天使とだけ書いておくか?


 俺はジョウセンの何時までも終わらない詩的な表現を、虚ろな目で聞き流した。






「……参ったな。結局、天使以外何も覚えてないぞ……」


 気付いたら自室でルミナを抱き上げてもふもふしていた俺は、ルミナを床に降ろしながら呟く。


 床に降ろしたルミナが俺の様子を不思議に思ったのか、小首を傾げながら見上げて来る。


 くぅ……スマホがあれば、容量全てをルミナの写真で埋める程激写するというのに!?


 クラウドストレージも埋めて見せる!


 ……いかん、ジョウセン化している気がする……ジョウセンに感染したかもしれん……早く寝た方が良さそうだ。


 窓の外は既に日が落ち暗くなっているし……部屋の明かりもつけずにルミナをもふっていたらしい……今何時だ?


 俺がランプをつけて時計を確認すると……うむ、結構良い時間だな。歯磨きして寝よう。


 晩御飯を食べたかどうか定かではないけど……なんかお腹は空いてないし、意識はなかったけど食べていたのだろう。


 そんな事を考えながら口をゆすぎ、寝室へと向かおうとした所、部屋の扉がノックされる。


 恐らく部屋の外にいるメイドの子だろうけど、何かあったのだろうか?


「何かあったか?」


 俺が扉の向こうに声をかけると、予想通りメイドの子が返事をする。


「レンゲ様が御目にかかりたいと」


「レンゲが?ふむ……構わない。入れ」


 幸いまだ寝間着ではないし、問題ないだろう。


 そんなことを考えていると扉が開かれ、部屋にレンゲが入って来た。


 いつも通り眠そうな表情だが……何故かパジャマ姿で枕を持っている。


 ……なんで?


「フェルズ様、一緒に寝る」


「なんて?」


 レンゲの唐突な台詞に、思わず心の声がそのまま口から出てしまう。


「一緒に寝る」


「突然どうしたのだ?」


 俺は内心の動揺を抑え込み、覇王力を全開にして尋ねる。先程の台詞は無かったことにするよ!


「ギギル・ポーで勝負に勝ったご褒美」


 ギギル・ポーで勝負……あ、あぁ!あの時不覚を取ったアレか!


「褒美として閨を共にすると?」


 俺がそう尋ねると、レンゲはこくりと頷く。


 その動きに合わせて、レンゲの赤い髪がサラリと音を立てて揺れたような気が……更にパジャマは色々ゆったりした物なので、なんか色々な物が見えそうになったりならなかったり……!?


 俺は心臓どころか体内の全ての内臓……いや肋骨とかもぎゅっと縮こまったような感覚を覚える。


 ふぁ!?


 寝る!?一緒に!?俺と!?誰が!?レンゲが!?


「……そうか。なんでも望みを聞くと言ったからな。無論構わんが」


 構うよ!?


 え!?


 あの時の妄想が現実に!?


 いや、それは俺が勝った場合の思春期的な妄想であって、あれぇ!?


 逆に!?


 勝負に負けたのに思春期が現実に!?いや、現実が妄想に!?


 いや、もう何を言っているか分からないんだぜ!?


「ん」


 俺の返事を受け、レンゲがもう一度頷き俺の寝室の方にトコトコと向かう。


 ナニガドウナッテイルンダ?


 と、ととと、とりあえず、歯磨きしないと!?


 いや、さっきした気もするけど、歯磨きしないと!


 俺は洗面所に戻り、特に理由はないけど念入りに歯磨きを行う。


 じっくり時間をかけて歯を磨いた俺は、どこかふわふわした気分のまま寝室へと向かう。


 あぁ、なんだこれ?


 体の中が熱いような冷たいような、よく分からない物が頭と体の中をぐるぐると回っている感じが……覇王が……夜の覇王が覚醒してしまう!


 そんな訳の分からないことを考えながら寝室の扉を開くと、ベッドの上で普段見慣れない人物に首をかしげているルミナと……俺のベッドに潜り込んですやすや眠っているレンゲが目に映る。


 ……。


 あ、うん。


 一緒に寝るって、そういう感じね。


 持ってきた枕を俺の枕の横に並べ、すっかりと夢の世界に旅立っているレンゲの姿に、俺は膝から崩れ落ちそうになる。


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か部下の優秀さに戦々恐々としつつも、持ち前の覇王力で全てを受け止め蹂躙する、思春期にはまだ早い覇王だ。


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