第200話 今後についての会議・スラージアン帝国
「スラージアン帝国はそれなりに歴史の長い国ではありますが、数代前の皇帝の時代までは今の様な大国ではありませんでした。しかし先々代と先代皇帝が戦において非凡な才能を見せ、二代に渡り侵略戦争を続けた結果、この大陸で最大の版図を誇る大国へと成長しました」
キリクが黒板に描かれた帝国の版図を手で示す。
とんでもなく広いな……うちもソラキル王国とクガルラン王国の領土を収め、国土が倍くらいになったんだけど……それでも大帝国領の三分の一も無いかもしれない。
魔力収集装置の通信や転移を持たない大帝国が、よくもまぁこの広さの国を維持出来ているものだな……。
「現皇帝は、フィリア=フィンブル=スラージアン。在位十一年の女帝で、国外での評価は……外征を繰り返し領土を一気に拡大した先代、先々代と比べると、殆ど領土を広げることの出来ていない今代は無能と言われております」
へぇ……って、ん?女帝?
え?大帝国の皇帝って女の人なの?
イメージ的に偉そうな髭のおっさんだと思ってたんだけど……でも在位十一年か……結構おばさんなのかな?
「ですが、国内での評価……それと皇帝に直接会った事のある人物の評価は真逆です。今代の皇帝こそ歴代最高の皇帝であると」
外からは無能、内の評価は最高……どう考えても後者の評価の方が妥当なのだろうね……俺にとっては嬉しくない話だけど。
ヨイショの可能性もゼロではないけど……キリクの口ぶりから察するに、その可能性は無さそうだ。
「どちらの評価が正しいのかは……今の帝国が物語っていますね。先程商協連盟の話をした際にちらりと言いましたが、先代までの時代……スラージアン帝国は精強な軍を持ち、帝国の版図を大きく広げました。ですがその反面、戦争にばかり注力した帝国国内は不安定で、経済的にも治安的にも政情的にも良好とは言えず、付け入る隙がありました」
そう言って、キリクは帝国領内の数カ所にチョークで丸を付ける。
「事実、先代皇帝の晩年では帝国各地で内乱が発生しておりました」
キリクがチョークで丸を書いた場所で内乱が起こっていたのだろう。
というか、現在進行形で大小いくつもの丸を追加して行ってるけど、多すぎない?十個以上あるよ?国内穴だらけやん……。
「ですが、現皇帝即位後……これらは短期間で鎮圧。さらに皇帝は国内の安定化に尽力……国内を纏め上げ中央集権を確立。内政に力を入れ改革にも意欲的、治安も経済状態も先代の頃とは比べ物にならない程向上し、その国力は間違いなく先代の数倍に膨れ上がっております」
……うん、これはダメだ。
控えめに聞いても女帝さんめっちゃ有能……国外の評価が低めなのは……戦争で領土をバカスカ広げた先代や先々代すげーって風潮のせいかね。
どう考えても国内をまとめ上げて、国を豊かにした女帝さんの方が凄いと思うけど……まぁ、その辺は感性の違いだな。
そもそも国内の評価が高いみたいだし……これ以上無いくらい厄介な相手なのは間違いない。
「さて、そんな優秀な皇帝ですが……流石に彼女一人で帝国の全てを掌握している訳ではありません。彼女を支える二本の柱があります。一つは彼女の内政的な支柱……皇帝補佐官と呼ばれる文官集団です。彼女の考えた案を現実に則した形に落とし込み政策として実現させる。彼らの存在失くして帝国の安定は望めないと言われている程です」
補佐官か……宰相とか大臣とかじゃないんだな。
「補佐官はあくまで補佐なので、命令権は持ち合わせておらず、あくまで皇帝を補佐する役割しかありません。地位も名誉も与えられず滅私奉公する存在……皇帝の求心力は見事なものと言えますね」
そう言って皮肉気に肩を竦めるキリク。
微妙に馬鹿にしている様な態度だけど、なんとなく会議室にいる他の子達も似た様な雰囲気だな。
俺と……アーグルはちょっとよく分かってない感じだけど。
なんだろう……?うちの子達だけ通じるジョークが混ざっていたのだろうか?
……もしかして、俺がうちの子達に地位も名誉も与えていないって事かしら……?
あ、お腹痛くなって来たかも。
「まぁ、彼らの姿こそ本来あるべき忠誠の在り方なのは言うまでもありません。どうもこの世界の者達は、忠誠の見返りを求めすぎですね。まぁ、他人の事をとやかく言うつもりはありませんが、どうにもその辺りは我々に理解しがたい感覚ですね」
キリクの言葉に会議室に小さな笑いが起きる。
……なんか、一瞬……久々にというか……うちの子達の狂気を垣間見た気がする。
違う意味でお腹痛くなってきたかもしれん……。
「さて、それはさて置き、皇帝のもう一つの柱の話にいきましょう……こちらは武力的な支柱で、至天と呼ばれている存在です」
至天……天に至るってことだよね?また大仰な名前が出て来たな……それはそうと、四天じゃないのか……。
「これは所謂、英雄たちの総称ですね。現在至天には二十三名が所属。更に至天とは別に英雄予備軍のような者達も存在しています。この至天には格付けがありまして、この中でも格付け一位から九位までを上位者と呼ぶそうです」
英雄が二十三人って……多すぎない?
「因みに、商協連盟に所属していると言われている英雄は四名程です。帝国はその六倍弱……武力の差がぱっと見で分かると言うものです。先代までの時代ならともかく、今の帝国が本気で侵略に乗り出したら、商協連盟でも飲み込まれるしかないでしょう。現皇帝の治世、十一年という歳月は、スラージアン帝国を正に大帝国と呼ばれるだけの強大さにまで成長させました。その武力の根幹となっている至天……英雄の力はそれなりに強力なので、戦場に現れれば戦況を一変させられるというのはあながち誇張でもないすね」
俺達が会った事のある英雄はソラキルのエリアスって奴だけだし、リーンフェリアにぼっこぼこにされてたイメージしかないけど……やっぱりもっと強力な奴等がいるんだろうなぁ……。
でも、今キリク、至天に対してそれなりにって言ったな……。
「因みに先日リーンフェリアによって捕獲されたエリアスですが、彼は至天の二十一位だそうです。スラージアン帝国からソラキルに派遣される英雄は、至天の中で序列が一番低い者という事らしいのですが、現在の至天の二十二位と二十三位は特殊な能力を保持しているようで、戦闘力のみが高いエリアスがソラキルに派遣されたそうです」
「特殊な能力というのは?」
疑問に思った俺はキリクに尋ねる。
なんか俺達のアビリティ的な物を持っているのだろうか?
「アーグル殿の所にいるロブ殿のように、魔法とはまた違った系統の能力を持っているそうです。直接戦闘に使えるようなものから諜報等に使えるもの……全く役に立たない物まで様々なようですが……英雄たちの特殊能力については、現在調査をしている最中なので申し訳ありませんが、詳細の方はまだ」
英雄ってただ強いだけじゃないのか……中々厄介そうだな。
全ての不幸が相手に集約するとか、触れただけで対象が爆発するとか、時間を三秒止めるとか……そんなとんでもない能力じゃないと良いな……。
「そうか。まぁ相手からすれば切り札の様な物だろうからな。そう簡単に漏らしたりはしないだろう。何か分かれば情報を共有してくれ」
「畏まりました。それでは話を続けさせていただきます。広大な版図を誇るスラージアン帝国ですが、何故このように英雄やその予備軍を集めることが出来たかというと、それは帝国の制度によって可能となったのです。帝国は自国の民を戸籍にて管理しているのです。そして民を一級市民、二級市民、三級市民という三つの市民に分けております」
戸籍……一般の民の間でも身分制度があるのか?
「この市民権に関しては身分の違いという訳ではありません。一級市民は自分から数えて二代前……祖父母がスラージアン帝国生まれであることが条件。二級市民は本人が帝国で八年以上過ごし一定の税を納めていること。三級市民は帝国に戸籍登録をして八年の時を経ていない者、または八年以上住んでいても一定の税を納めていない者ですね。それと市民権を持たない者もそれなりの数います」
帝国に住んでる年数で級が変わるのか……しかし、何のために分けているんだ?
「一級、二級、三級市民に社会的な地位の違いはありませんが、就ける職に差があります。三級市民は公共機関への就職は軍のみ。二級市民は公共機関でも下部組織のみにしか就くことが出来ません」
生まれで就ける職に違いがあるのか……中々厳しい国な気がするけど……長く帝国に住んでいるからって優秀になるわけじゃないしな。
「無論例外はあります。国家試験と呼ばれるものが二年に一度行われており、市民権を持つ者であれば誰でも参加することが出来ます。この試験の成績如何で、己の市民権以上の職に就くことも夢ではないそうです。皇帝の補佐官には二級市民や三級市民も多いとのことですよ」
一応抜け道があるのか……もしかしてその国家試験で英雄を見出しているのか?
「お察しの通り、この二年に一度行われる国家試験。内容は多岐に渡りますが、その中で英雄やその卵を見つけているというのが一つ」
一つってことはまだ他にもあるのか……。
「もう一つは戸籍登録時の検査です。帝国では八歳になると戸籍登録を行うのですが、その際に魔力量を調べたり、身体能力や特殊能力の有無を調べており、そこで非凡な才を見せた者は召し上げられます」
青田買い……子供の頃から英雄に至りそうな人物を囲い込んでいるのか……そりゃ英雄も増えるってもんだよね……。
多分帝国の版図から考えて、人口億はいないだろうけど、五千万くらいは余裕でいそうだし……。領土の殆どがど田舎ってことはないだろうしね。
「そして、戸籍登録時や国家試験時に非凡な才能を示した者達は帝都にある教育機関へと入れられます。そこで教鞭をとるのは現英雄や、引退した英雄たちですね。そこでさらに篩をかけられ、勝ち残った者達が至天への挑戦権を得られます。そこで勝つことが出来なくても、認められれば至天を名乗る事が許される。帝国の英雄確保の仕組みはこの様な感じです」
スラージアン帝国は今まで戦ってきた国と比べると、力も社会構成も随分と毛色が違う感じだな。
「帝国の武力はこの英雄たちが担っていますが、それとは別に軍も当然存在します。至天の中には将軍位を持っている者もいますが、当然至天以外の将軍も相当数存在します。領土が広く、多くの国と接している為、全ての軍が一か所に集中することはありませんが、その総数は三百万を超えると言われております」
三百万……なんか、この辺の小国の総人口の倍以上の兵数なんだけど……多すぎるやろ。
いや、領土の広さからすれば、そのくらいいないと話にならないのかもしれないけどさ。
キリクの言っている通り全軍を一点集中はさせられないだろうし、仮に戦争が起こったとしても、三十万くらいしか動かせないかもね。
「英雄の数、そして兵数……スラージアン帝国と正面からぶつかることの出来る国はこの大陸に一国しかありませんね。正面以外での戦いなら何とかやり合うことの出来る勢力はいくつかありますが……正面からぶつかり、そして勝利できる国は我等エインヘリア以外にはありません」
キリクの一言で、会議室内の空気が一気に変化する。
「さて、スラージアン帝国についての大まかな情報は以上です。質問はありますか?」
その問いかけに声を上げる者はいない。
キリクは誰も質問してこないことを確認すると、眼鏡をクイっとあげて口を開く。
「では次の話です。我等エインヘリアの次の相手は大帝国……スラージアン帝国です」
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