第197話 置物覇王
「おや?置物かと思ったらなんちゃって覇王じゃったか。いや、良かった良かった。うっかり置物の夢にでも来てしまったかと……」
「はぁ?置物が夢を見るとか訳分らないんですけど?あれ?ボケた?置物と喋っちゃう感じ?ボケ防止には手を動かすのが良いらしいけど……手遅れか……」
姿を現して早々ボケ老人っぷりを発揮する残念魔王。
「「……」」
エインヘリアが国土を広げ、魔力収集装置の設置範囲が広がってから……フィオは以前のように用事がある時だけ顔を見せるのではなく、一か月に一度……定期的に顔を見せるようになった。
その事自体は、以前フィオから直接聞いていたので驚きはしなかったのだが……ギギル・ポー以降でのやり取り以降、なんか妙に突っかかって来るんだよな……。
「自意識過剰ではないかの?」
「……」
「まぁ、それはさて置きじゃ。お主、ここ二か月程何にもしとらんじゃろ?置物と間違えられても仕方なかろう?」
物凄いドヤ顔を見せながらフィオが言う。
「いや、めっちゃ仕事してたわ。お前も見てただろ?毎日のように書類書類書類……偶にキリクに要請されて会議やらなんやらに出て……六十連勤を軽く超えるワーカーホリックぶりよ?」
「……この世界の連中には、そもそも定期的な休日なんて物が存在せんがの」
「ダークネスだわ……ブラック通り過ぎてダークネスワールドだわ……」
「お主は使う側の人間じゃろうが。率先してダークネスな国を築いておるのじゃろ?」
……言われてみればそうだったな。
いや、俺がそれを強いている訳じゃないけど……。
「そもそも、どんな世界であろうと……覇王に定休日があるわけないじゃろ?」
「……シュールだな。覇王の定休日」
何故か南国的な雰囲気の場所で、サングラスにアロハを装備した世紀末的な覇王が脳裏に浮かぶ。いや、これじゃ覇王の定休日じゃなくって覇王の長期休暇って感じだな。
いや、そもそも覇王って職業じゃなくね……?
王様自体……職業じゃなくて立場というか……仕事は何って聞かれて社長ですって答えるようなもんでしょ?
「……まぁ、置物感が強かった点は、否定出来ない気がしないでもないと言えなくもない」
「いや、全力で言えるじゃろ?書類に目を通してサイン……ほぼそれしかしてないじゃろ?」
「いやいや、俺の決裁が無かったら色々な場所が困るんだぞ?重要な仕事じゃないか」
「その決裁をお主自身が判断しておるならその通りじゃが、違うじゃろ……?」
「そりゃまぁ……イルミットやキリクがチェックして通った物だけが俺の下に来るわけで……」
当然あの二人が弾かなかった案件を俺が弾ける訳も無く……。
「判子を作れば、鹿威しでもお主の代わりが出来そうじゃな」
「馬鹿言うな!鹿威しだけじゃ、書類をめくったりインクが渇くまで待ったり、次の書類を用意したり出来ないだろうが!」
失敬な奴だな!
「……そうじゃな」
優しい目でこっちみんな!言われなくても分かってるよ!
でも仕方ないだろ?
対ソラキル王国はキリクに任せ、国内の事はイルミットが一手に引き受けてる……この状況で俺が、ちょっと南の方に手を伸ばすわ……とはならんだろ?
「……まぁ、確かにキリクの今回の働きは見事なものじゃったし、余計な事をして邪魔したくないという気持ちは分かるがの?」
「だろ?正直ソラキルの姫さん……女王さん?面倒だから姫さんでいいや、あの姫さんと手を結んでるとか思わないじゃん?しかも俺がギギル・ポーにいる間に話を進めているとか……気付くわけないじゃん?戦いとは始まる前から勝敗は決しているとは言うけどさ……それにしてもあんまりじゃない?そんな綿密に組まれた計画の横で独自に動くとか、出来るわけないじゃん?」
「そうじゃな。何がその計画を乱すか分かったものではないしのう。傍から見ると、敵も味方もキリクの指示に従って動いて居るように見えるくらいじゃったし……ゲームが始まる前から終局までの手筋がキリクには見えていた……いや、そうなるように動かしたのじゃろうが、何をどうやったのかは、お主の視点からは全く読み取れなかったのう」
「はー、俺も『控えめに言ってチェックメイトです』とか言ってみたいわー」
「いや、お主には無理じゃろ」
分かってらい!
「お主はどちらかというと、力こそ正義ってやり方じゃろ?キリクとは真逆じゃな。いいとこ『多分チェックメイト?』『いや、まだですよ』辺りが関の山じゃろ」
「駄目じゃん!それチェックメイト出来てないじゃん!でも、多分そんな感じになるわ……」
情報を駆使して理詰めで事を成す……欠片も出来る気がしない。
フィオの言う通り、俺に出来るのは行き当たりばったりの力押しだけだろう。
格好つけてキリクの真似をしても大恥をかくだけだ。
「……キリクが凄いのは分かっていたつもりだったけど、こちらの想定以上というか……ゲーム時代は『準備は整いました、攻め込みましょう』しか言わなかったのと同一人物とは思えないな」
ゲーム後半の参謀は、アドバイスになって無いアドバイスを繰り返すだけだからな……参謀職の役割は常時発動するバフ、それだけだった。
まぁ、それはどの役職でも同じなんだけどね。
「そこはゲームのシステム的な部分であって、キャラクターの設定的な部分での台詞や行動ではないからのう……」
「キャラクターの設定か……そうだ、フィオ。一つ確認したいんだが……新規雇用契約書なんだが、新しくキャラを作るのに最低魔石が五億必要って言ってたよな?」
フィオの言葉に以前気になっていたことを思い出した。
良い機会だからちゃんと確認しておこう。
キリクのお陰で収入ががっつり増えて、新規雇用が見えて来たしね。
「うむ。言ったのう」
「うちの子達は、元はゲームのキャラクターとは言え、フィオの儀式と気が遠くなるほどの年月貯め込まれた魔王の魔力によって生み出された命だ。魔石に換算したとしたら五億どころじゃないと思うんだが、本当に大丈夫なのか?」
「その辺は問題ないのじゃ。新規雇用契約書自体が儀式と魔王の魔力を使って生み出された物じゃからな。必要最低限の魔力は既に保有しておる。魔石五億によって無色透明の魔王の魔力にパーソナルデータを書き込むと言った感じじゃな」
「……既に魔王の魔力によって作られた素体があるから、後は貯めた魔石でソフトを入れれば動き出すってことか」
「うむ。その通りじゃ」
なるほど……まぁ、フィオが最低五億と言ったのだから、そこは問題ないと思っていたがそういう仕組みだったのか。
細かい事は分からんけど、納得は出来た。
「じゃぁ、次なんだが……そのパーソナルデータって奴なんだが、ゲーム時代みたいにこんな感じのキャラ、みたいなのを考えることは出来るんだが……それで突然その通りの人物が現れるのか?」
「元々ゲーム時代のキャラ設定だって事細かに書き込んだわけじゃないじゃろ?ある程度お主が作った設定に合わせた人物が生み出されると言った感じじゃな」
「凄い不思議な現象だが、まぁ元々俺がこの世界にいる事自体訳分らん現象だし今更か。それよりも新しい人物は、当然皆知らないわけで、どう紹介するべきか……こっちの世界の者とは違う訳で、うちの子たち同様重用することになるんだが……」
「元の世界……レギオンズの世界から召喚したという事にすれば良いのではないかの?」
「召喚か……確かに、人ひとりを創造したよりは受け入れられるか……いや、待てよ?そうか召喚か!」
レギオンズの世界からこちらに召喚したという事にすれば、ジョウセンの妹やリーンフェリアの姉とか、設定上は居たけどキャラクターとしてはいなかった人物を作り出すことが出来るんじゃないか?
「ふむ……出来なくはない筈じゃ。じゃが、事前にそういった者達がどういう人物なのかしっかりと確認しておいた方が良いじゃろうな。召喚するのに必要とかそんな理由で聞いてみたらどうじゃ?」
「そうだな。ジョウセンにしても妹がいるって設定だけで、妹の設定までは考えた事が無かったし……うちの子達の記憶がどうなっているのか分からないけど、確認しておいた方が良さそうだ」
記憶を掘り返そうとして自己矛盾に陥って自我崩壊とか……そんな恐ろしい事になったりしないよな……?
「大丈夫じゃ。多少の齟齬はあるかも知れぬが、生まれ方が少々他と違うだけで、彼らは既に一個の生命として確立しておる。機械には不可能な思い違いや勘違い、そういった事で済ませられる筈じゃ」
「まずは軽い話題から確認していってみるとするか。ありがとう、参考になった」
「うむ。それにしても、随分と慎重になったものじゃな。初めの頃は訳分らんミスばかりしておったが……」
「うちの子達が関わる問題だ。慎重になるのは当然だろ?ついでに言えば、あの頃のミスはお前のせいだろ?お前がちゃんと情報を俺に伝えなかったせいで……」
「それは責任転嫁というものじゃ。最後まで人の話をちゃんと聞かず、何かと文句ばかり言うお主が悪い。いや、最初から妙な所で慎重ではあったか……ただどうしようもないくらい馬鹿じゃったが」
……なんか、コイツ不機嫌じゃね?
いや、今日に限らず最近妙にとげとげしいというか……。
なんかあったか……?いや、基本的にこいつは自発的には動けないのだから……俺が何か怒らせるようなことをしたか?
……心当たりはないが……ギギル・ポーから戻って来てからこんな感じだよな……?
「あ、あー、そう言えばアレじゃな?」
「……なんだ?」
「いや、アレじゃよアレ」
「だから何だよ?」
何故か目を壮絶に泳がせながらアレアレ繰り返す元魔王。
「いや、分かるじゃろ?アレじゃよ……」
「いや、分からんて……」
何が言いたいんだコイツ……?
さっぱり分からん……本格的にボケたか?
「誰がボケじゃ!つまりアレじゃよ……あー、アレじゃな、次は大帝国とやるのかの?」
「なんかとってつけた感があるんだが……まぁいいか。次は西か北か……どっちかになるとは思うが、俺的には西の方が怪しい気がするな」
「お主が西と思うなら北……いや、東かもしれんのう」
「……」
「……」
フィオがせせら笑うように言うのを見て一瞬怒りを覚えたが、その怒りは一瞬で鎮火した。
「いや、まぁ……確かに俺の予想は当たらんな」
「お?随分殊勝じゃな?」
「つい先日、完璧に計画されつくされた策を見たばかりだからな。俺程度の予想が通じる様な世界じゃないだろ」
状況を操り、軍も王も国も……全てを自分の描いた絵の通りに動かしたキリク。
自発的な行動は殆ど起こしていないにも拘らず、自分の望みを叶えたソラキルの姫。
俺にはいまいちその凄さが分からなかったけど、ソラキルの処刑された王も相当知略に長けていたらしいし……そんな連中が、恐らく他の国にもゴロゴロいるんだろうし、俺のなんとなくその場のノリで的な行動や考えなんて軽くお見通しって感じだろう。
「……ほほほ、お主は結構よくやっとるよ。ただ、彼等とは活躍の方向性が違うというだけじゃな。今回は正面からの戦いというよりも、策謀を得意とする相手じゃった。じゃからキリクは仕掛けられる前に仕掛けた、こういったものは後手に回れば圧倒的に不利じゃからな」
「まぁ、能力の違いは十分理解しているつもりだが……今後もそういった動きをする相手がいる可能性は高いだろ?」
「その手の手合いはキリクやイルミットが対処するじゃろ」
「まぁな。だからこそ俺の出る幕じゃないというか……」
「ほほほ、慎重なのは悪くないが……その心配は杞憂じゃな。お主が動き、キリクやイルミット達がサポートする。お主は完璧には程遠いが、部下達がそれを補う。キリク達は喜んでお主を助ける……お主はそんな彼らを信頼して自分の成したいように成せばよい。それが王としてのお主の役割じゃ」
「……」
「お主に王としての役割を押し付けた私がそれを言うのは間違っておるのじゃろうが……お主ならきっと大丈夫じゃ」
そう言って、少しだけバツが悪そうな笑みを見せるフィオ。
そんなフィオに俺は何かを伝えようとして……俺の顔を舐めるルミナと目が合った。
「朝か……」
最近起床時間になるとこうやってルミナが起こしてくれるようになったんだけど……今日は後少しだけ待って欲しかったかなぁ……。
俺は起こしてくれたルミナの首回りを両手でわしゃわしゃとしながら起床の挨拶をする。
なんか……強引に話題を変えられた感もあるが……それでも心が軽くなった気がする俺はとことん単純なんだなぁ。
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