第196話 クガルラン王国の滅亡



View of プルト=ロッセ クガルラン王国侯爵 クガルラン王国将軍 臨時政権代表






「……以上がこちらからの要求となります。ご質問等はございますか?」


 子細漏らさず降伏の条件を聞き届けた私と宰相は、しばし言葉を失ってしまう。


 なんだこれは?


 我等は全面降伏をしたはず……つまりは無条件降伏……何でもするから許してくれ、そういう宣言だ。


 確かに今回の場合、降伏後国を残すという形ではなく相手に全てを委ねている訳で……少なくともエインヘリアの民となる以上、民にとってはそれほどまで無体な条件は突き付けられないと考えてはいた。


 しかしこれは……。


「国が税の徴収を行わないというのは……一時的な物でしょうか?」


「いえ、全く行わない訳ではないですよ?農作物や畜産の一部、こちらは農地を持つ方全てに納品して頂きます」


「それは、承知しておりますが……」


「それと、国への上納に関しては、税率を今後上げることはありません」


 確かに農作物を収穫時に納める様に言われたが……その量がおかしいのだ。


 なんというか……季節の収穫時、一世帯につき一食分の農作物を納める程度の税率となっている。


 これでどうやって国を維持するのか、これだけ戦争を繰り返している軍事費が一体どこから出ているのか全く分からない。


 遠征の糧食はどうやって賄っているのだ?


 今回のクガルラン侵攻で考えれば、五万の兵が一日二食で十万食。それが約一ヵ月で三百万食……いくらエインヘリアの国土が広いからと言っても、この提示された税で賄える筈がない。


 なんせエインヘリアは、我がクガルラン王国とソラキル王国を入れて六か国を制し、三か国を戦争以外の手段で傘下に収めているのだ。その戦争で動員された兵の兵装に糧食……クガルラン王国の年間予算の全てを軍事費に回したとしても足りないだろう。


 その軍事費を捻出する為の根幹……民からの税を、この国は一切必要としていないというのだ。


 そんなこと、ある筈がない……ある筈がないのだが……私の正面に座る王もその隣でここまで丁寧に説明してくれた参謀も、至って真剣な様子だ。


「それと、民には他にも税負担をしてもらう必要があります」


「集落の運営費用ですね……」


 それに関しても国への上納が無い分、税率はかなり抑えめ……いや、領主という概念がなくなり、街の運営トップには代官という宮仕えの者がつくことになる。代官の給金は国から出ており、私腹を肥やすには賄賂等になるが……代官には監査が付く為、不正をした場合はかなり重い刑罰が科せられるという。


 したがって、集落の運営側が税を重くする必要性が全くないのだ。


 勿論、街の運営も一つの政治……清廉さだけでは立ち行かない。


 だがエインヘリアにおいては、代官という表の顔は清廉さを担い、裏の汚い部分は国の暗部が担うといったスタンスのようだ。


 これにより、目に見える代官の働きに民は安心と安全を覚え、自由を謳歌し未来に希望を抱く。


 未来への希望は生産性に繋がり多くの物資を生み、少ない税金は民の懐を温かくしてより多くの消費を生む。


 単純にして、理想的な流れと言える……。


「運営の一部ではありますが、治安維持部隊への給金や装備の用意もそこから捻出してもらう必要がありますね。といってもそこまでの重装備が必要という訳ではありません。外敵に備えるわけではなく、集落内の問題対処というのが主な役割なので。ただ、彼等の給金や装備に関しては、今後国が負担するようになるかもしれません。勿論我等が命令権を持つという訳ではなく、あくまでその集落所属の治安維持部隊という形のままですが」


「エインヘリアという国の、軍属という形にはしないという事ですか?」


「えぇ。治安維持部隊に所属する者達は軍人ではなく一般人。そしてエインヘリアは徴兵制を取っていないので、仮に所属する集落が敵に攻められたとしても、彼らを戦わせるような事はしません。もし集落に敵が攻め寄せて来て、国から派遣される軍が間に合わなかった場合は、門を開き降伏して貰って構いません。民の命を最優先に動いて貰いたいですね」


「……しかし、敵が紳士的であるとは限らないかと。武器を放棄し降伏したとして、果たして民の安全は確保できるでしょうか?」


 敵がエインヘリア軍のような規律ある行動をとる可能性はかなり低い。


 例え一切抵抗せずに降伏したとしても、攻め寄せた軍はまず間違いなく略奪に走るだろう。


「くくっ……確かに、無法者共が攻め寄せた集落で暴れる可能性は高いだろうな。だが、我が民を傷つけることが、果たしてそんな愚か者どもに可能かな?」


 今まで一切口を挟むことのなかったエインヘリア王が、愉快気に言う。


 しかし、その言葉の意味するところが理解出来ない。


 この王が軍の獣性を理解していないとは思えないのだが……。


「……申し訳ありません、エインヘリア王陛下。それは、どういう事でしょうか?」


「なに、簡単な事だ。先程キリクの説明にあっただろう?」


「キリク様の説明……ですか?」


 エインヘリア王の言葉に、資料に目を落としつつ先程受けたばかりの説明を必死になって思い出す。


 どういうことだ?


 一体エインヘリア王は何の話をしているのだ?


「まだ説明を受けたばかりで、内容を飲み込み切れていない様だな」


「も、申し訳……」


「良い。これはお前達の常識の範疇に無かった話だからな。すぐに思い至らぬのも無理はない」


 エインヘリア王は咎める様子も軽蔑する様子も見せず、無理からぬことと言ってえみをうかべる。そして、僅かに自信のような物を窺わせがら言葉を続けた。


「魔力収集装置の説明を先程しただろう?アレの機能……通信は遠方と情報のやり取りを一瞬で行うことが出来、転移は二拠点間の移動を一瞬で可能とする。集落には代官が必ず配置されており、予期せぬ敵影が見えた瞬間、代官は本国に連絡を入れる。その連絡はどれだけ離れていようと一瞬で……クガルラン王国の西の果てにある小さな村であっても、一瞬で情報をエインヘリア王城まで届けることが出来るのだ」


「っ……!」


 そういうことか!?


 つまりエインヘリアにとって魔力収集装置の設置さえ終わってしまえば、守りやすさという違いはあれど、どんな僻地であろうと援軍を送るという点で見れば、他の国が王都近郊の都市に援軍を送るよりもよっぽど素早く……。


 私の考えが伝わったのか、エインヘリア王が笑みを浮かべる。


「理解出来たようだな。そう……例え我等の裏をかけて目視できる距離まで敵の接近に気付かなかったとしても、視認出来てしまえばその情報はすぐにエインヘリア全土に伝わり、数分と経たず援軍が送り込まれることになる。その援軍とは、当然我等エインヘリアの正規軍だ」


「……」


 国の隅々まで……あの精強な軍が一瞬で……だから、軍を解体させ現在いる正規軍だけで国防の全てを担うと豪語する訳だ。


「さらに言うと、我等の常備軍は一時間……半刻と掛らずに現地に向かうことが出来る。どれだけ不意を打たれようと、迎撃するには十分間に合うだろう」


 違う……我々とは根本的に戦い方が違い過ぎる。


 こんなもの……勝てるはずがない。


「まぁ、すぐに援軍を送ることが出来ると言っても、百や二百カ所を同時に攻められれば流石に手は足りないだろうが……そういった場合は、代官の権限で転移機能の制限を一時的に解除することが出来るからな。民達は内地へと逃がすことが出来る」


「な、なるほど……」


「とは言え、そのような大規模攻勢を事前に察知出来ぬ我等ではないがな?」


「陛下、その規模の進軍を見逃す諜報員は、世界のどこを探しても見つけられないかと」


「それもそうだな」


 エインヘリア王の言葉に苦笑しながらキリクが言うと、エインヘリア王も愉快気に笑う。


 何という自信……そしてその自信が決して虚勢でも肥大化した物でもない事を、我等はその身をもって知っている。


 転移を利用した完璧な防衛網……急所は魔力収集装置だが、先程の説明では装置は結界に守られていて、ちょっとやそっとの攻撃では微々たる傷一つ着けられないという。


 仮に、隠密行動で魔力収集装置の破壊に成功すれば、初撃を食らわせることは出来るだろうが……エインヘリア側もそれは十分承知している筈。これだけの技術を持つ国の根幹とも言える装置の結界がそんな甘い物である筈がない。


 それに初撃が成功したとしても、次の拠点に向かう前にエインヘリアは防備を完璧に整えるだろう……そうなれば正面からやり合う他なくなる。


 あの軍相手に……。


「魔力収集装置の各機能については、実際目にしてみないと中々受け入れ難い物もあるだろう。この会議の後で実際体験してみると良い。クガルラン王国へ侵攻しながら、各集落に魔力収集装置の設置をしていたからな。大きめの都市であれば代表や宰相も見知っているだろう?」


 エインヘリア王の言葉を聞いた瞬間、全身に雷で討たれたかのような衝撃を受ける。


「も、もしや……侵攻の際、大小問わず集落を落とし、戦闘を殆ど行っていないにも拘らず侵攻がゆっくりとしたものだったのは……魔力収集装置の設置をしていたからですか?」


「その通りだ」


 さも当然と言ったようなエインヘリア王の言葉に、私は愕然とする。


 なんということだ……戦争の最中であっても装置を設置できる……エインヘリア軍の侵攻速度から見ても、装置の設置は恐らく数日程度で出来てしまうのだろう。


 ……兵站や補給線、それに負傷者の後送や兵の補充……侵攻軍における急所が……そもそも存在しない?


 魔力収集装置の設置が一度済んでしまえば、本国からいくらでも追加の軍を送る事が可能……は、ははっ……なんだそれは……?


 そんなもの……まともな戦になる筈がない。


 遠征軍単体であの強さなのだ……それがいくらでも補給を即時受けられる?攻め込まれた時点で……いや、戦争が始まった時点で、もう勝敗は決したようなものではないか……。


 その考えに至った私は動きも思考も止めてしまう。そんな私の様子をしっかりと見据えながら、エインヘリア王がゆっくりと口を開いた。


「プルト=ロッセ代表、グリー=ヨルハン宰相。我等エインヘリアは、貴国の民全てをエインヘリアの民として受け入れる。全ての民をだ。そこには元王族や臨時政権上層部の者達も含まれる。そしてエインヘリアは絶対に民達に無体を強いない。以前よりの民も新しく加わった民も等しく遇することを、我が名に誓おう」


 先程までの気楽な様子から一変、部屋に入室して来た時同様の覇気を纏い、エインヘリア王……エインヘリア王陛下が宣言をされる。


 その言葉を聞いた瞬間、私は胸の中に小さく熱いものが生じたのを感じた。


 そしてそれは、隣にいる宰相も同様だったのかもしれない。


 私達は示し合わせもせずに、自然と椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。


「感謝いたします、エインヘリア王陛下。我等クガルラン王国はエインヘリアの傘下に加わり、絶対の忠誠を捧げさせていただきます。陛下の道の一助となれるよう、全身全霊をかけてお仕えいたします」


「期待している、プルト=ロッセ。エインヘリアの、そしてここで生きる民の為……お前達の力を存分に揮ってくれ」


「「はっ!」」


 こうして、クガルラン王国の歴史は幕を下ろし、エインヘリアのクガルラン地方として新たな歴史を刻むこととなる。


 我等戦犯の罪は許され、その多くが代官やその補佐として登用され……元クガルラン王国の民達はエインヘリアの穏やかな統治を受け入れ、短期間で心の底からエインヘリアの民となっていった。


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