第192話 会議は踊る



View of プルト=ロッセ クガルラン王国侯爵 クガルラン王国将軍






 昨日の会議で陛下が退席してからも私達はエインヘリアの対策会議を続けた。


 しかし、エインヘリアとの戦闘経験のある私や部下達からすると、どんな対策が出されても意味が無い物の様にしか思えなかった。


 それでも意見を出し合い、敵の侵攻を遅らせる方法はないかと考えを絞り出す。


 それでもなお効果的と思えるような策は出ず、陛下の望むソラキル王国が援軍を派遣してくるまで時間を稼ぐと言うには程遠い状況だ。


 今のペースのままエインヘリアが進軍を続けた場合、最短で半月……南北を完全に制圧してから王都を目指した場合でも一ヵ月後にはここまでたどり着く。


 一応エインヘリアが攻めてきた時点でソラキル王国には援軍要請を送ってあるが……最短でソラキルが動いてくれたとしても、ここから一ヵ月で援軍が間に合うかは難しいと言わざるを得ない。


 そして何より……ソラキル王国がエインヘリアとの戦争中であると考えるなら、一ヵ月耐え忍んだとしても援軍が送られてくるとは思えない。


 陛下にそれを伝えたところで、ならばもっと時間を稼げと言われるだけだろうが……。


 それに……根本的な問題がある。


 そもそも、ソラキル王国から援軍が来たとして……果たしてあのエインヘリアを押し返すことが出来るだろうか?


 いや、私が知らないだけで、ソラキル王国がエインヘリアを圧倒した可能性もゼロではないんだが……どうしてもあの軍が負ける姿が想像できない。


 だからこそ……私は昨日の方針会議の後、今日の会議で和睦に賛同してもらえるように根回しをした。


 本来は昨日の会議の時点でしておかなければならなかったことだが……私の認識が甘かった。


 ここまであっという間に押し込まれているのだから、彼我の戦力差を陛下も他の上層部も思い知っていると考えてしまっていた……。


 それに、そもそもこちらは攻め込まれる以前より、大量の捕虜を取られている状態だ。本来であれば彼らの返還交渉を行わなければならないのだが……陛下はその事も一切気にすることも無く、ただ時間を稼げの一点張り。


 徴兵に従い死地へと赴いた彼らに対する扱いとして、あまりにも不義理ではないだろうか?


 それに引き換え、エインヘリアに占領された各集落は、占領前と何ら変わらぬ……いや、寧ろエインヘリア統治下の方が穏やかに過ごしているとの情報が入ってきている。


 略奪や凌辱を繰り返し、襲われた土地には何も残らない……そういった野蛮な振舞いを一切せず、一兵卒に至るまで完璧に統率された規律ある軍。


 そんなものがこの世に存在するとは信じられなかったが、どれだけ調べてもエインヘリア軍による民への被害の情報は一切出て来る事は無かった。


 クガルラン王国の将軍としてあるまじき思考ではあるが……エインヘリア統治下の方が民は幸せなのかもしれぬな……。


 私は沸き上がった考えを振り払うように頭を振る。


 いかんな……エインヘリア侵攻以降、考えが後ろ向きになり過ぎているな。


 我がクガルラン王国、陛下の治世に問題は全く無い。


 多少ソラキル王国の言いなりと言った感じはあるが、それでも長いものに巻かれ平和の維持に尽力している陛下の功績はけして小さいものではない。


 だが、今和睦の申し入れをするという考えは後ろ向きな考えから出た物ではない……彼我の戦力差、エインヘリアという国の在り方、それらをしっかりと考えた上での物だ。


 今ここで和睦を申し入れ、例えどんな条件を突きつけられたとしても受け入れなければ……クガルラン王国は、今までエインヘリアが相手をしてきた国と同じ末路を辿る。


「将軍……大丈夫ですか?」


 私の顔色を窺うようにフェローキン子爵が問いかけて来る。


「あぁ、問題ない。フェローキン子爵も昨日はすまなかったな。色々走り回らせてしまった」


「いえ、この役目は、エインヘリアの軍と直接対峙した我等でなければ務まりませんから……」


 私は、椅子には座らず傍に控えているフェローキン子爵に小さく頷いて見せる。


 私と共にエインヘリアの捕虜から解放されたフェローキン子爵を含めた部下達は、昨日の会議後関係各所の根回しの為に夜を徹して動いて貰ったのだ。


 無論私も昨日の会議に参加していた重鎮達への根回しの為、一睡もしてはいないのだが……私が王都に戻って来てから半月あまり、エインヘリアの脅威については散々伝えてはいたものの、こういった動きはしてこなかったことが仇となったな。


 私は生粋の武官で、こういった政治的な動きからは距離を取っていたのだが……いや、この状況こそが己の怠慢の結果と言う事だろう。


「今日の会議で、なんとしても陛下に和睦の件について了承してもらう必要がある」


「はい。流石に重鎮の方々全てが和睦するべきだと主張すれば、陛下も折れざるを得ないでしょう」


「うむ。陛下の了承さえいただければすぐに動く手筈は整えてある。ここからは時間との勝負だ……」


 王都から和睦の使者が敵軍の所に辿り着くまでは数日を有する。その間いくつかの集落が新たに占領されるだろうが……その被害を最後に停戦せねばクガルラン王国は終わる。


 和睦発案の責任者として、私は首を斬られるかもしれない……例えそうなったとしても、この和睦さえ纏めることが出来れば本望だ。


 そんな覚悟を決めて会議室にいる面々に私は視線を向ける。


 既に私の案に賛同してくれているとは言え、それでも陛下の勘気に触れれば意見を翻す者も出て来る可能性はある。


 けして油断することは出来ない……。


 そんなことを考えていると、会議室の扉が開き陛下が入室してこられる。


 ゆったりとした足取りで最奥の席に着いた陛下は、我々を見渡すとやや不機嫌な様子を見せながら口を開く。


「それで、時間稼ぎの策は出たのだろうな?」


「陛下、我等の試算では敵軍は早ければ半月、遅くとも一ヵ月で王都まで攻め寄せて来ると出ております」


 陛下の問いに、宰相ではなく私が答える。


「……既に半月前にソラキル王国には援軍の要請を出しておるが、それでは間に合わぬのではないか?」


「然様にございます」


「では、どうやって時間を稼ぐ?」


「我が国で今から徴兵できるものを全て動員したとして、恐らく十万程の兵集めることが出来るでしょう」


「ほう?悪くない数字だな。敵軍の二倍か」


 私が口にした十万と言う数字に陛下の表情が和らぐ。


 確かに数の上では頼もしく見えるが……。


「しかしこの十万、当然のことながら訓練が出来ておらず、装備も十全には行き渡らないでしょう。それに引き換え敵軍は精強で、各街や魔物監視用の砦程度では足止めすら出来ません。なので、この十万の軍を王都の防衛に当てます」


「……この王都を戦場にするのか?」


「敵軍が二つに分かれている以上、どちらか一方に軍を当ててしまうと、もう片方の軍に攻め寄せられた時に成すすべなく蹂躙されてしまいます」


「ならばこちらも軍を二つに割れば良かろう。二万五千に対し十万でかかれば盤石かもしれんが、五万でも十分時間稼ぎにはなろう?」


「陛下、徴兵したばかりの兵で構成された我が軍と、戦を重ね練度を高めた敵軍がぶつかれば、数の有利等簡単にひっくり返されてしまいます。恐らく、十万の兵で籠城したとしても……王都は一日と持ちますまい」


 あのエインヘリアの魔法を叩き込まれた時点で城壁など無いに等しい……籠城だろうと野戦だろうと、稼げる時間は一刻程の差もないだろう。


「貴様!またそれか!それをどうにかするのが貴様の仕事だろうが!毒を盛るとか儀式魔法を使いがけ崩れを起こすとか、色々やれることはあるだろう!?」


 陛下がそう叫んだ瞬間、会議室の扉が叩かれ扉の脇を守る兵が誰何をする。


 しかし、顔を赤く染めた陛下はそんな動きを気にすることなく私を睨んでいる。


「陛下……和睦の件、どうかご了承いただけませんか?今ならば……いえ、今しかないのです。敵軍がこれ以上侵攻を進めてしまえば、もはやそのまま併呑されるのみとなります。今この時こそ、クガルラン王国を未来に繋ぐことが出来るかどうかの分水嶺なのです」


「黙れ!ロッセ将軍!貴様が何と言おうと和睦なぞありえん!次にそのような事を口にするならその首を落とすぞ!」


「お待ちください陛下。この会議はエインヘリアへの対策会議です。自由な意見を語り合わなければ意味はありません。ロッセ将軍は決して逆臣などではなく、国を想ったが故の発言です。どうか御寛恕いただきたく……」


「……」


 陛下の隣に座る宰相の言葉を聞き、陛下は憤懣やるせないと言う様子ながら言葉を止める。


 その隙に、という訳ではないのだろうが扉の脇に居た兵が宰相に近づき耳打ちをした。


「っ!?急ぎ伝令を中に」


「はっ」


 顔色を変えた宰相の様子に視線が集まる。


 伝令……?一体どこから……しかし宰相の様子を見る限り重要な要件なのは間違いない。早くその内容を知りたいと考えているのは私だけではないが……そんな我等を焦らすような真似はせず、兵が扉の元に戻る時間を使い、宰相が会議室にいる者達に軽く説明をしてくれる。


「外で待っている伝令は、ソラキル王国に送った使者、ボーイン殿から送られたものです」


「おぉ!何故それを早く言わん!早く報告させぬか!」


 喜色満面となった陛下が伝令に早く入室するように促す。


 この伝令が何を齎すか……もし、援軍が派遣されてくると言う話になったら……クガルラン王国は滅亡するかもしれない。


 ふっ……援軍が来なければ良いと考えるとは……完全に国賊の思考だな。


 自嘲気味に私が内心苦笑していると、扉が開かれ疲弊した様子の伝令が会議室へと入って来る。


「伝令よ。ここにいる者たち全員に関係のある話だ、全員に聞かせて構わん」


「はっ……ソラキル王国に使者として派遣されたボーイン様よりの伝令です!ソラキル王国はエインヘリアに降伏!また、ソラキル王は処刑されました!」


「……は?」


 伝令の言葉に、そんな気の抜けた声を出したのは誰だろうか?


 陛下かもしれない。宰相かもしれない。会議室にいる他の誰かかもしれない。もしかしたら私かもしれない。


 声を出したのが誰かは分からなかったが……恐らくそれは、この部屋にいる誰もが同じような心境だったからだろう。


 ……ソラキル王国が降伏……?


 伝令が移動する時間を考えれば、少なくとも十日前にはソラキル王国が降伏していたと言う事……。


 確かに私はエインヘリアは強い、負けること等想像できない……そう主張してきたが……だからと言って、開戦から一ヵ月と経っていない状況でソラキル王国が降伏しただと?


 その唐突に齎された致命的な内容は、会議室にいる者たち全員の言葉を詰まらせ、正常な思考を破壊して余りある威力があった。


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